6-31 ヴァイラス ミスト
怒りに満ちた表情になり、ノバァに堂々と宣言をした南。台詞を聞いたノバァは、彼女の真剣な眼差しに怒りを浮かべることはなく、逆にほんの少し呆れていた。
「ふざけないでですか……随分と道徳心があるのですね。相当平和な世界で育ったようだ」
ノバァはふと物思いにふけるように鎌の刃に映った自身の顔を見る。
「貴方の考え方を頭ごなしに否定はしません。ですが、気に入らない」
ノバァは台詞の終わり際に鎌に息を吹き付け、南に斬撃を繰り出して来た。
(さっきの斬撃! かわしても形を変形させてまた向かって来る。だったら)
南は拳を引く構えを取り、斬撃が間合いに入る直前に拳を放った。
「<四式 牛圧>!」
南が拳から放った拳圧はノバァの毒の斬撃を触れることなく押し返し、彼女に向かっていった。
「触れずに押し返すとは」
ノバァは自身の顔に触れる前に斬撃を霧散させようとしたが、想定以上の勢いに斬撃を消滅する前に顔面に拳圧が腹に激闘した。
衝撃に身体が吹っ飛ぶノバァ。すぐに身を捻って受け流すも、南の攻撃力に率直に驚かされた。
「中々に強烈なことで。ですが、やっぱり甘いですね」
「甘い?」
ノバァからの反応に真剣な顔は崩さずに疑問を感じる南。だが彼女の隣にいる零名の方はノバァの言いたいことを理解しているようだった。
「本当に倒す気なら、さっきの一撃で私を始末しているはず。貴方は、意図的に力を緩めた。
先程から私に怒りを感じていながら、私の命を奪う事にすら戸惑うとは……よくあの隊長と共にいれるものですね」
ノバァの言葉は南の胸に突き刺さる。確かに南はランや幸助と違い、相手の命を奪う事が出来ない。その甘さのせいで、今の攻撃でノバァを倒せなかったのも事実だ。
「南……」
零名からも心配の視線を感じる。だが忍者の世界で修行する前ならばまだしも、今の彼女は違った。
「確かに……僕は甘い。あの二人のような覚悟は持ち合わせていないし、それを持とうとも思えない」
「ほう、素直に認めますか」
「だけど!」
返事を仕掛けたタイミングに大声を重ねられたノバァは、彼女の勢いに強引に黙らされた。
「僕には僕の覚悟がある! 命は皆助ける。罪を犯した人には、生きてその罪を償ってもらう!
それが、僕の決めた僕のやり方だから!」
南の真っ直ぐな目付き。ノバァはこれを受けて目を細めつつ鎌で顔を隠した。
(芯のある甘い台詞……綺麗事を実現させる覚悟……どうにもなんだか……)
「無性に……腹が立つ!」
鎌が離れて露出したノバァの顔に南と零名は心の内から響き、身震いした。一瞬だけ見えたノバァの顔は、大きく歯を開いて血走った瞳を大きく広げている狂気の笑顔。
南も零名も、率直ながらこれを人間のものとは思えなかった。
相手の二人が身を怯ませた瞬間、ノバァはこれを見逃さずに鎌の刃に何度も息を吹きかけ、連続で斬撃を飛ばした。
我に返った南は既に近くにまで飛んで来た斬撃に危機を感じた。
(複数の斬撃! さっきと同じなら、一つでも触れれば即敗北。牛圧の一方向では防ぎきれない!)
南は零名の前に出つつ、両腕の肘を曲げて後ろに引いた構えを取った。
(でも対策されることは予想済み。もちろん次の手は考えてある!)
南は引いた拳に力を籠め、以前にはなかった応用技を発動した。
「<十二式 改 山羊乱 空撃>!」
山羊乱の構えで次々と出る拳。そこから牛圧の要領で飛び出した空気圧が、斬撃と対になる方向で衝突し、元来た方向へと押し返した。
「これも押し返しますか」
「だてに鍛えてはないから」
ノバァが南の技に気を取られた瞬間、彼女の背中に気配を隠していた零名が数本のクナイを飛ばした。
当たれば急所の攻撃ばかり。それでもやはりノバァのウイルスの防壁を突破することは出来ず、全て溶かされてしまう。
「消えたと思っていましたが、その方の背後に隠れていましたか」
零名の場所を再確認するノバァ。反対に零名は自分の攻撃がノバァには一切通じないことにほんの少しだけ腹を立てていた。
「届かない……厄介……」
「やっぱり、拳圧で攻撃する以外に今思いつく方法はない。かといって策を考えている間にスタッフさん達がまたここに来たら、またその人達も巻き込んでしまう」
「なら、すぐに決着を付ける……南、走って……零名、フォローする」
南は零名の指示に頷くと、言われるままにノバァに対して真っ直ぐ突撃し始めた。
「援護に期待してか、それとも被害拡大を防ぐために向かって来ましたか。
私を倒そうと勝負を急ぎましたね。そうまでしてそこらの赤の他人を助けたかったのか……」
ノバァは鎌を持った右手を下ろしつつ、唇を少し尖らせて大きく息を吐いた。
(<ヴァイラス ミスト>)
ノバァの口から吹き出された赤紫色の霧。閉鎖空間全体に広がるこの霧は、向かって来る南と零名にとって逃げ場のない猛威だ。
「広範囲の霧!?」
「私が一度に吹き出せる毒物の量は、斬撃の時のあの程度ではない。勝手に勘違いしてしまったあなた方の負けです。」
南はここまでの攻撃で、ノバァの異能力はウイルスを何かしらの物体に纏わせて攻撃するものだと思っていた。
しかし今度の技は単純で素早い物量攻撃。閉鎖空間でこんな事をされてしまえば防御技を使ったところで効果が弱い。
迫りくるウイルスの霧に、南は突破口だけでも作ろうと牛圧の構えを取った。
「牛あっ……」
部屋や廊下を覆いつくすほどに広がっていく霧に、南はしかし量も速度も先程の比ではないノバァの攻撃は、南が技を発動するよりも早く廊下ごと飲み込んでしまった。
ノバァは目の前に見える自身の作り出した霧だけの光景に、小さく息をついて独り言を呟いた。
「溶かすウイルスと侵すウイルスの重ね掛け。拳圧で排除するよりも先にどちらかが身体に接触することは避けられないでしょう」
ノバァは音の聞こえなくなった空間にほんの少しだけホッとしたような表情になる。
(これで終わったのなら良かった。これは広範囲な分、霧が晴れるまでのしばらく視界が遮られる。
その上下手を打てば他の味方まで巻き込みかねないのであまり使わないのですが……まあ、リサートは別室にいることは分かっている。大丈夫でしょう)
ノバァは霧が晴れるまでの間にリサートに連絡を取ろうとブレスレットを操作するノバァ。早速着信をかけてみるが、何故か通話は繋がらなかった。
ノバァは知らなかったのだが、このとき既に資料館にいる少女『リサート』は、同じく部屋に侵入した幸助と大吾によって撃退されていたのだ。
「着信に出ない?」
(何かあったのか……すぐに資料館に行った方がよさそうですね)
ノバァはブレスレットの通信を切ると、同じくブレスレットを操作して資料館に直接移動する用の穴をその場に生成しようとした。
ところがノバァが操作をしている最中だった。突然ノバァの左脇腹に激痛が走った。
槍のような突起物に突き刺されるような激痛。どうにか動かしたことでかすった程度で済んだが、それでもそれなりの出血をしている。
「これは!」
この激痛の原因として考えられるのは一つしかない。ノバァは南と零名がいる方向に汗を流しながら目を向けると、薄くなってきた霧の中から何かが見えてきた。
普通に考えればウイルスに感染し、更に肉が溶かされて原形を留めていない遺体があるはずだった。
だがノバァが実際に見たのは、身体を寄せ合って表面積を出来るだけ減らしている南と零名だった。南は貫手の構えを取り、二人の周辺には原形を留めていない鼠色の何かが囲っている。
「<十一式 改 射手ノ矢 空撃>」
「ギリギリ……耐えた……」
ノバァは南達が生きていた事にもちろん驚いたが、次に二人の周囲に残っている残骸に目を向けた。
(あれは盾の残骸なのか……まさかあれで防いだ? しかし盾ならば、分厚いものを複数枚用意しなければ即座に溶けているはず。
それを霧がかかる一瞬の合間に用意した? デバイスから取り出すにはとても時間が足りなかったはずなのに!)
(なんて、思っている……でも零名なら、出来る)
霧がかかる寸前、零名は服の内側に忍ばせていた薄い紙切れの様になった大盾を六枚取り出し、これで身を寄せ合った二人の周りを囲ったのだ。
零名は忍者。常日ごとからあらゆる局面を想定し、様々な仕込み武器を服の内に忍ばせている。
それも零名は自身の異能力『二次元化』によって、触れたものは全て、それこそ分厚い鉄板や主運管接着剤ですらですら紙切れの様に出来る。この防御は、零名だからこそ出来た即席のバリケードだったのだ。
(防御、出来た……でも、凄いのは……)
だが零名は奢っていない。今彼女は、すぐ近くにいる味方に対して驚いていた。
(ほとんど相手、見えなかった……なのに、攻撃、的確に当てた……相手を、仕留めないために)
防御こそ素早く対応した零名だが、守っているだけで戦いに勝てるわけではない。だから攻撃の面については、南に一任させた。
零名の予想としては、この即席で作ったバリケードでも溶かすウイルスによって破壊されることが十分にあり得ると思っていた。
南は盾が溶け切るのも予見し、ならば逆にそれを利用するべきと判断した。
(この分厚い防壁なら、全て溶け切るまでに時間がかかる。穴が開いた時、ウイルスが侵入する前に攻撃する!)
南は頭の中で戦法を組み立てると、瞬時に放つ技を考えた。
そして穴が開いたタイミング、南は右手で貫手の構えを取り、零名に触れないギリギリのあたりまで腕を引いた。
(狙いは脇腹、致命傷にならないよう当たった瞬間に威力が消滅する感じに力加減を調整して!)
南はほんの少しだけ空間が開き、ノバァの姿が見えた途端に標準を合わせて技を繰り出した。
二人がそれぞれの役割を全うし、この状況を作り出したのだ。
ノバァは想定外の手痛い一撃に意識こそ失っていないが、ダメージは大きかった。
(やられた。この攻撃、かなり鋭い。その気になれば内臓ごと貫かれて即死になっていたのでしょう……
おまけに霧も晴れてきている。再びあれをやるにはまだ時間がかかる!)
追い込んだつもりが逆に追い込まれてしまったノバァ。南と零名は相手の調子を見て効果があったことを確認した。
「効いてる」
「今なら、逮捕できるかも!」
次で決めるつもりで駆け出す二人。ノバァが対処に悩んでいる間に間合いに入ってあと一撃というタイミング。突然の大きな音に三人は動きを止めてしまった。
「何」
「暴走したスタッフ? でも単純に暴れたにしては音が大きいような」
三人が目線を揃えた先、何かが破壊されて発生した煙の先には、赤く光る目が見えた。




