6-4 目の敵
幸助から来た連絡により警戒を強めながら彼と南、そして出会った人物の三人を待つランとユリ。
何処か警戒を強めているランに、ユリはそっと手を重ねて声をかけた。
「大丈夫よ」
「ユリ……」
「私達の事を知っているのはそうはいない。いるとしても味方と考えるのが妥当よ。アンタが心配している事態になることはないわ」
ユリの慰めの台詞にランは上がっていた眉を少し下げるも、警戒は解こうとしなかった。
「最悪何処かで情報が漏れたって可能性もある。かといってその場合下手に逃がすのも危ういしな。念のため、お前もぬいぐるみになっとけ」
自分の言い分を素直に聞こうとしないランにユリは作った表情を曇らせてしまうも、彼の言う事に従ってぬいぐるみの姿に変身しランの手元に収まり彼の服の内に隠れた。
すると丁度このタイミングに道の先の曲がり角を曲がった幸助が姿を現した。
「あ、いた! ラン! ……って、ユリちゃんは?」
「でかい声で叫ぶな。迷惑だ」
普通に聞くなら近所迷惑ととれるが、事情を知っている幸助にはユリの存在を出来るだけ隠しておきたいランの思いを受け取り反省する。
先に駆け足で距離を詰めて一人合流して来た幸助にランは服の内に隠したぬいぐるみ姿のユリを見せた。
「ここにいる。が、この場はお前に預けておくか。隠しておけ」
「え? なんで……」
幸助に有無を言わさぬ間にランはユリを幸助に落とさないよう丁寧に手渡した。ユリの存在を知っているという相手に本当に警戒している様子のランに一言物申したい幸助だったが、ランは彼の声が出るよりも先に事の本題を問いかけた。
「それで、お前らが会ったっていう奴はどうした? お前から少し離れて歩いてきている二人組。片方が南でもう片割れがってとこか……」
「え? ああうん。もうすぐ見えてくるはずだけど」
幸助の返事にタイミングを合わせるように、その人物は南と共に曲がり角を曲がって現れた。直後、ランとその人物はお互いの顔を確認し、目を真っ直ぐに見た。
「やっぱアイツか……」
「アイツ? じゃあやっぱり知り合いなのか?」
幸助からの問いかけには無視しつつランは足を前に運んでいく。対する相手側の方もランと同じような動きで距離を詰めていき、徐々に駆け足になっていった。その表情は口角が明かり、明るくなった屈託のない笑顔だ。
青年はランに手を振り、元気よく近付いて行く。
「久しぶりだなぁ!!! 元気にしてたかぁ!!」
「お前こそ! 随分と久しぶりじゃねえか!!」
大声を出し合いながら再開に喜んでいるように見える男二人。そして至近距離にまで近づき、友情のハグか握手でもするのかと思われたその時だった。
二人が動かした握手の為と思われたその手は、拳を強く握りしめて勢いよく相手に攻撃を仕掛けていったのだ。
「「しいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃねええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」」
シンプルで分かりやすい罵声の叫びを上げながら二人はお互いの拳をぶつけ、外野から見ていた幸助と南は二人の間に一瞬稲妻のような衝撃波が走ったように見えた。
「は?」
「……はい?」
二人の予想外の行動に幸助も南も白目を向いてフリーズしてしまう。
一方で渾身の拳をぶつけ合ったランと青年は一度後ろに下がり、さっきまでの明るい雰囲気から一転して殺気立った目をお互いの目に向けていた。
「まさか、こんな所で出くわすとはな」
「こっちの台詞だ。偶然とは恐ろしい。だがいい機会だ。ハッキリさせておきたいことがあったのでな」
ランはボクシングのような拳を構えを取る。対する相手は両手を右腕を前方に突き出し左腕は肘を曲げて引いた独特な構えを取る。
幸助と南は目の前で起こっていることについて行けないながらも、おかしいとはハッキリ思ったがために思ったツッコミを声に出した。
「ちょっと! 何してるの二人共!!?」
「ラン君! この人と戦って……もしかして僕達、敵を連れてきてしまったの!?」
二人からの問いかけにランは目線を変えずに動きつつ答える。
「敵か……ま、俺にとって目の敵であることは間違いない」
「フンッ! 相変わらず激情の塊のような奴だ。そんなお前の元に彼女がいるなど、やはり危ない」
二人は言葉を着るとすぐに走り出し、再びお互いの拳や腕をぶつけた。ちょっとしたいさかいや喧嘩のものとは思えないほどに激しい打ち合いに、周りの人達の視線も引き付けていく。
青年はランに拳を防がれたタイミングに囁いた。
「ここだと目立つようだ。場所を移そう」
「癪だが、そのようだな」
攻撃を弾いて再び距離が開いた二人は、そのまま青年が元来た道を戻る形で走り出した。
置いてけぼりを喰らった幸助と南が戸惑っていると、幸助の服の内に隠れていたユリが押し込むように手を当ててくる。
追いかけろという意味だと察した幸助が走り、微かにユリの姿が見えていた南も続けて駆け出した。
時折周りに視線を向けて注意しながら何度かぶつかっていく二人。お互いに隙を見せず、一進一退の攻防を繰り返していた。
後ろから追いかけている幸助も南も加勢しようとするも、二人の動きの隙の無さから下手な手助けは返ってランの邪魔になってしまうのではないかと迂闊に動けなかった。
何度かの激突の後、ランと青年は人気のない空間にまで移動し終えた事を確認しほぼ同時に足を止めた。青年は周りを一度確認するため視線を少しだけ左右に動かした。
「うむ……ここなら多少格闘しても大丈夫そうだ」
青年が視線を戻した時、ランは既に音もなく至近距離にまで近づき顎にアッパーを仕掛けようとしていた。青年は紙一重でランの攻撃を回避し後ろに下がる。
「全く、相変わらず卑怯な男だ。こんな手段でしか戦えないお前には、やはりあの仕事は荷が重すぎる」
「久しぶりの再会をしてすぐにゴチャゴチャと……お前こそ相変わらずなようで、何よりだよ!!」
ランは回避してすぐの態勢が整い切っていない青年に追撃の拳を伸ばす。青年はこれも回避し流れるようにランの背中に反撃に打とうとする。
しかし青年の読みは甘かった。ランは裁かれた拳の勢いに重心を乗せて転倒するように前方に倒れた。そして地面に手を付けることで支点とし、体を回して低い位置からの回し蹴りを浴びせたのだ。
「ナッ!」
「卑怯結構。俺は守るために勝たなきゃならないんでな」
対応に遅れた青年は足を払われ手態勢を崩される。すかさずランは立ち上がり、地面に叩きつける狙いで青年の後頭部に拳を振るった。
「こんな形で勝ったって、なんの誇りにもなりはしない!!」
青年はランのこの行動に腕を伸ばし、後頭部に当たろうとしていたランの右腕を掴み取って転倒に巻き込んだ。
「何!?」
「卑怯な奴は、それに動じない誇りを持った戦いを前に通じない」
青年はランの身体が覆いかぶさる直前に手を放し足を延ばしたまま前転をすることで倒れて来たランの顔の横から踵落としの感覚で蹴りを入れた。
トドメを決めるどころか強烈な一撃を叩きこまれたランは地面に側頭部を地面にぶつけられ、一瞬意識が朦朧となり目がかすんでしまう。
「クッソ……」
ランの視覚が回復するよりも前に青年は立ち上がり、確実に気絶させようと力を込めた拳を引く。
「騎士として、人を痛めることはしない。これで終わりにする」
青年はここまでの戦闘で一番に力を振り絞った拳を弓矢のように鋭く放った。
「終わりにされたたまるかよ!」
ランは破れかぶれに暴れるように右腕を振るい抵抗するが、青年は少しタイミングを遅らせるだけで簡単に攻撃を回避し警戒を怠らずに拳を当てようとする。
しかし青年の行動をランは読んでいた。振るった拳はいつの間にか開かれ、手の中に隠されていた砂や砂利を青年の目元ピンポイントにぶつけたのだ。
「しまっ!!……」
目つぶしを喰らった青年の攻撃は方向が狂い、ランは大振りになったところを見越して回避、同時に距離を詰めて相手の首筋に手刀を浴びせようとした。
だが青年もラン攻撃を見越し多様に腕を動かしこれを防ぐ。距離が詰まれ、面と向かった二人は空いていたもう一つの拳を握り締めてお互いの顔面にほぼ同じタイミングに振るった。
どちらがはやいかの一撃の勝負。どちらが勝つかに思われたこの戦いの決着だったが、攻撃が触れるか触れないかの刹那のタイミングに耳に叫びが響いて来た。
「止めなさい!!!」
聞こえた叫び声の正体が一瞬で分かった二人はピタリと動きを止める。二人の細かい動きに何度も見失いかけようやく追いついた幸助と南は驚いた。
ただし驚いたのは停止したランと青年ではなく、その二人に睨みを聞かせて指示を飛ばしたユリに対してだった。
「ユリさん!?」
「いつの間に抜け出して……というか、あの二人を声だけ止めちゃったよ……」
第三者視点で口を開く幸助と南を余所に、いつの間にか幸助の服から出て変身を解いていたユリは数歩ほど足を進ませて二人に格闘と止めた指示を出した。
「拳を引いて。二人が戦う必要なんて、ないでしょ?」
最後の台詞を強めの圧をかけて言い放つユリ。ランと青年は彼女の言う事には素直に従い、お互いに拳を引いて戦闘態勢を解いた。
「ユリ、なんで止める?」
「なんでもへったくれもないでしょうが! 面と向かって顔合わせるなりいきなり殴り合って……ランもお兄様も! ホントはた迷惑よ!!」
呆れ切っているユリが口にした台詞に同意しかけた幸助と南だが、彼女がしれっと吐いた最後の台詞に喉が詰まったかのような感覚を覚え、二人して目を丸くしながらユリを見て問いかけた。
「んん!!?」
「ユリさん、今なんて言ったの?」
「え? ランもお兄様もはた迷惑だって……」
間違いではなかった。幸助と南は確かにユリが口にした単語に驚いてオウム返しで叫んでしまう。
「「お兄様!!!?」」
驚愕の事実を日常会話のテンションで突き付けられた幸助と南が驚きのあまり顎が外れる思いになりかけると、冷静になったランがため息をつきながら二人に青年の正体を説明した。
「ああ、こいつはユリの兄貴……で、次警隊の一番隊隊長」
「「一番隊隊長!!!!!?」」
次々飛んでくる衝撃の事実にとうとう目玉が飛び出して完全な変顔になってしまう二人。青年ことユリの兄はここに来て幸助と南にちゃんとした自己紹介をした。
「鉱石の世界こと『惑星国家ヒカリ』第一皇子、並びに次警隊一番隊隊長、『スフェー ルド ユリアーヌ』。自己紹介が遅れた事、謝罪するよ」
スフェーは凛々しく礼儀正しい姿勢で自己紹介を終えると、二人に対して微笑むを向けた。その顔は、確かにユリと何処か似ていた。
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