6-1 ゾンビ
雨が降っている……酷い豪雨に雷が合わさり、すべての音を飲み込んでいく……
そんな空模様に包まれたとある町の中にあるマンションの一室。部屋の中では一人の少年が酷く怯え、部屋の角に縮こまって目の前の光景に恐怖していた。
声すら出せない狂気。目の前に広がるのはいくつもの死体。体のいたるところがちぎられ、バラバラにされた機動隊に似た服装の男達。そしてエプロン姿の大人の女性が、五体満足のまま腹部から血を流し死亡していた。
だが少年の恐怖の対象はこの景色では決してなかった。死体の中心。身体を返り血で赤く染めたダークグリーンの怪人。
「アァ……アアァ……アアァ……」
少年は目の前の異質な存在にただただ震え、自分の元に近付いて来る灰燼に心の底にその存在を刻み込んで堪え切れずに叫んでしまった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
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時と所は変わり、雲があまりない太陽の見える明るい昼下がり。どこにでもある平凡な日常が、響き渡ったアナウンスによってすぐに変化していった。
「ゾンビ出現!! ゾンビ出現!! 現場付近の皆さんは、政府からの指示に従い、速やかに避難してください」
アナウンスを聞いた途端にとある駅にいた人達が一目散外に出て避難していき、この駅に向かう大通りでは一台の遊撃車が他の自動車を端に寄せさせ、優先して疾走していく。
遊撃車が現場に到着すると後部に乗っている頭を特殊なヘルメットで覆った機動隊に似た武装をした人達が十人以上飛び出し、直ちに駅の中に入って出入口付近広間にて横並びに整列した。
機動隊達の目の前には一人の人らしきシルエットの何かがフラフラと歩いている。
ボロボロに敗れた服からいくつも突き出しているバラバラな長さの歪な棘を生やし、顔の六割ほどがただれたように歪んでいる。何より異常なのは、残りのただれていない身体は人間のものとは言えない、まるでジャガーのような毛を生やし鋭い爪を伸ばしていた事だ。
「全体! 攻撃用意!!」
機動隊の中から右端にいる一人が叫ぶと、隊員達は一斉に両手に持っていたマシンガンの銃口を男の方に突き付ける。
「撃て!!」
指示を出した人物を含めた全員が一斉に男に向けてマシンガンを発砲した。屋内に響き渡る大量の銃声。しかし銃弾を受ける側である男は何発も受けたにもかかわらず痛みを感じている様子も歩く足を止めることもなかった。
更にある程度近づいて来た男は人間とは思えない足の速さで機動隊の中心に飛び込んでいき、隊員に襲い掛かった。
間近にいた隊員達はマシンガンの発砲を続けるも直後に銃身を男に握られてしまい、人間とは思えない握力でこれを軽々と破壊された。
「ヒィ!!」
怯える声を出してしまう隊員に男は二人の隊員の顔を鷲掴みにすると、大き口を開けて涎をたらしながら彼等の頭を潰し肩に咬みつこうとした。
「「ワアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!」」
だが二人が頭を潰される直前、銃弾の嵐の中を突撃して男に蹴りを入れる人物が一人出た。先程隊員達に指示を出した人物だ。
「「隊長!!」」
『隊長』と呼ばれた人物はそのまま怯んだ男の開いたままの眉間に直接銃口を突き付け、至近距離から発砲した。
喚き苦しむ男に隊長は指示を出す。
「周りを囲んで一斉に撃て! この流れで仕留める!!」
隊員達は指示を受けて即座に男の周りを囲み、隊長に続いて男の全身にくまなく銃弾が当たるように発砲した。倒れた状態から立ち上がることが出来ず逃げられない男は数分間銃弾の直撃を受け続け、ようやく動きが止まった。
隊長が何度か男を踏みつけ軽く蹴りを入れることで男の死亡を確認すると、胸に備え付けられたトランシーバーを起動して誰かに通信した。
「ゾンビ一体、駆除完了」
ゾンビ、どうやら今機動隊が殺害した男の事を指しているらしい。連絡を終えた隊長は先程ピンチに陥った隊員に個人的に声をかけることはせず、全体に対して指示を飛ばした。
「ゾンビの四肢を残さず回収しろ! 終わり次第撤収する」
統制の取れた無駄のない動きに瞬く間に片付けられていく現場。そんな駅広場から少し離れた場所、遊撃車の傍にて他の隊員達と同じ服装をしていながら、立ち振る舞いに違和感のある三人組がいた。
二人は困惑したように周りキョロキョロと見渡しており、真ん中の一人は観察するかのように先程の戦闘を真っ直ぐ見ているようだった。
そんな三人を不審に思ったのか、機動隊の隊員の一人が近づいて話しかけてきた。
「おいお前ら、こんな所で何をしている」
声をかけられたことに驚いて対応に焦っている脇の二人。右にいた一人が前に出て何かを言いかけたが、直前に真ん中の人物に腹に肘打ちをされて引っ込まされ、代わりに真ん中の人物が敬礼をして返事をした。
「失礼しました! 逃げ遅れている民間人を発見し、避難誘導しておりました!!」
「そうか。人命救助はいいが、我々の仕事はゾンビの駆除だ。以降は気を付けろ!!」
「ハッ! 失礼しました!!」
叱責をした隊員が現場の片付けに戻っていくと、三人次に誰かに声をかけられる前にそそくさと現場を離れて人気のない場所に移動した。
周りに人がいないことを確認した三人はおもむろにヘルメットを外す。顔を見せた正体はラン、幸助、南の三人だった。
「いきなり腹殴ることないだろ!? 結構痛かったぞ!!」
「お前に任せたら確実にボロが出るだろ。上手い言い訳を代わってやったんだからチャラにしろ」
怒る幸助を諭すラン。ランの右肩の上には隠れていたぬいぐるみ姿のユリが出現し、会話に乗り遅れた南はため息をついた。
「ハァ……一時はどうなる事かと思ったよ。何とか抜け出せてよかった」
ラン達次警隊三番隊が何故機動隊らしき一行と共に駅にやって来ていたのかについては理由がある。
ラン達四人は、異世界への転移の際に目的である世界の結晶の場所を検知し、その付近に移動する。だが以前海中に飛び出してしまったように、この移動方法はいざ場所がどんな危険があるのか分からない危険があるのだ。
(最も世界観の概要も掴めていない異世界に移動している時点で安全など初めからないと言ってもいいのだが……)
今回はこの懸念が間接的に当たった。転移した先は高層ビルの上層階の中。それもショッピングモールの類ではなく、オフィスビル、それも隠れるところのない開けた空間の中だったのだ。
更にタイミングが悪い事に南と幸助が困惑している中にビル中にアナウンスが響き渡る。『ゾンビ出現』の声と共に周りが騒がしくなり、数分足らずでその場に機動隊らしき人達が走り出していった。
そこでランが冷静に隠れ場所を見つけようとするよりも前に幸助が自分達の着ている服に他者の服装をコピー出来る能力を使い機動隊の服装を転写させたのだ。
これにより不審者扱いされることはなかったものの、代わりに集合に遅れた機動隊の隊員として扱われ舞台にそのまま巻き込まれてこの場に来たのである。
「お前が勝手に服を変えたせいで飛んだとばっちりだ。一歩間違えたら拘束されてたぞ」
「しょうがないだろあの場じゃあれくらいしか思いつかなかったんだから!!」
動揺が抜けきれないまま言い訳をする幸助にランが呆れていると、横から南が幸助のフォローをしに口を挟んだ。
「まあまあ……おかげでこの世界の概要が少し掴めたから、良かったんじゃない?」
「結果的にはな」
南の言い分も取り入れて説教を諫めたランは、とりあえず現時点で分かった事を整理する。
「ここは『ゾンビ』とか呼ばれているあの歪な生物と、それを討伐する組織が存在しているいわば『ゾンビの世界』ってとこか」
「そのまんまなネーミングだな」
「うるせえよ。いちいちセンス良く考えるだけ無駄だろ」
「まあまあ……」
また口論に発展しかねなかったランと幸助を仲裁する南。次に彼女は頭に浮かべていた疑問をランに問いかけた。
「結晶はビルの中にあるのかな? 地面の中とか?」
「いや、それなら一階か地下に転移しているだろうが、俺達が出てきた階から機動隊はエレベーターを使って下方向に移動していた。
つまり結晶はあのビル内。それも上の方の階にあるってことにある」
仮説を語るランの表情は険しいものだった。幸助はランが何故そんな表情をしているのかが分からず首を傾げて聞いた。
「なんだよ? それの何が問題なんだ」
「大いに問題だ。人工的に作られたビルの中にあるんだぞ。つまり」
「建物内に埋め込まれている。あるいは誰かが持っている可能性が高いね」
幸助の疑問の答えに応えながら南の表情も曇っていった。彼女自身元々『魔法少女の世界』にて結晶を隠し持っていたことがある。それが故に理解できたのだろう。
幸助も理解が追い付き、同じく表情が暗くなる。
「それ、つまりマズいんじゃ……赤服……いや、星間帝国に勘付かれて襲撃されたら、大都市が被害に遭う!!」
「何でそんなところにあるのかは分からないがな」
ランの脳裏には過去に『吸血鬼の世界』にて出会ったカルミが己の首飾りに結晶を持っていた例もあった。気づいているのかいないのか分からないが、まずは元いたビルに戻ることが先決だ。
「何をするにしろまずは情報収集だな。あのビルやさっきの機動隊が詳細には何者なのか。分からないと入ることも出来ないからな」
「情報収集ってどうやって?」
「そりゃあ足で探す」
途端に幸助と南が拍子抜けした顔になった。ランは二人の反応に目を細めながら答えた。
「毎度毎度都合よく情報を教えてくれる人がいる訳じゃないんだよ。これまで朝やラルコン達に出会った方がラッキーなんだよ」
「確かに……」
「それはごもっとも……」
「探すのが面倒くさいんなら今回も都合の良い人物を見つけることだな。大抵『何言ってんだこいつ』って振り切られて終わりだが」
という訳でこの『ゾンビの世界』の情報を集めるためにランとユリ、幸助と南に分かれて行動することになった。
丁度そのころ、彼らがいる場所から少し離れた所にて歩いていた一人の青年が、突然足を止めて独り言を呟いた。
「感じる……気配を……近くにいるな!!」
その青年はすぐさま後ろに振り返ると、一目散に走ってラン達のいる方向へと向かっていったのだった。
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