ココラー18 アンタに救われた
意識を失ったココラの脳裏に、走馬灯のようにぼんやりと過去の光景が浮かび上がってきた。
それはココラがまだ勇者の世界にいたとき、魔王が旅の目的である撃退された翌日の事。突然とある人物に攫われたココラ達が救助され、目を覚ました病室でのことだ。
「皆! こんなときになんだけど、一つわがままを言っていいか!?」
口を開いた青年は『西野 幸助』。異世界の日本にて事故で亡くなり、勇者の世界に転生して来たという人物。そしてココラにとっては最初の旅の仲間でもある。
これまで他人に対して気を使い続けることの多かった幸助が真剣な顔を浮かべながらの頼み事とあらば、ココラ達は同じく真剣な表情を浮かべて強く聞く耳を立てる。
「わがまま?」
数秒間を置いて幸助は口を開き、頭を下げてきた。
「俺に、あの風来坊と旅に行かせてくれないか」
風来坊。幸助達が辿り着く直前に魔王を倒した張本人であり、聞いた話によれば誘拐されたココラ達が救助されたのもその人の助けがあってとこのとらしい。
なんでもその風来坊はいくつもの異世界を渡り歩くことが出来る。これまで元いた世界に帰る方法が存在しなかった幸助にとって故郷へ帰るための唯一の希望だ。彼が頭を下げてでも行きたいと申し出るのも無理はない。
一瞬戸惑った顔を見せた仲間三人。これまで幸助を含めた四人で旅をしていき、時に共に苦難に遭い、そして時に楽しみ合った。それをこんな唐突な形で終わらせたくない。そんな思いがあったのだろう。
だが三人はそれと同時に、ここまでの旅にて何度も幸助に助けられてきたことが思い浮かぶ。散々借りのある相手に対してその頼みを却下することなど出来なかった。
「あ、頭を上げるにゃコウスケ!」
「そうだ! 我々は何度もコウスケに助けられたのだ! そんなお前の頼みなど断れるわけがないだろう!!」
慌てながら幸助に迫り彼の頼みを受け入れる二人の仲間。これにワンテンポ遅れてココラも反応し、二人とは違って一歩引いて前のめりにはならずに優しい声をかける。
「そうですよコウスケ。私達はこれまで、数えきれないくらい貴方に助けられてきたんです。
こんな時にまで自分を押し殺さなくていい。むしろ私達としても、貴方の望みを叶えて上げたいんです」
「ココラ……ソコデイ……アーコ……」
幸助は一度俯いて少し迷っていたかのように見えたが、すぐに表情を明るく、目つきを覚悟が決まったように鋭くさせて前を向いた。
「ありがとう! みんな!!」
彼の心の中では整理が付いたのか三人に笑顔を見せてくれた。
これまで助けてもらってばかりだった幸助の背中を押すことが出来たからか、同じく笑顔を浮かばせる三人。だが旅路の中で幸助に対してそれぞれ思いがあったソコデイとアーコは彼から離れた途端に俯き、落ち込んでいた。
「せっかく一緒に獣人の村に行こうと思ってたのに」
「私もお父様に紹介しようと……」
二人が自分の思いをこぼす中、ココラは窓の外をふとぼんやり見ていた。まるで何か大切なものが抜け落ちたような、腑に落ちない思い。そんなとき、ココラは外であるものを見かけて病室内に振り返り、二人に呼びかける。
「皆! 見て!!」
「「エッ?」」
ココラに言われるまま二人も窓の外を見てみると、外にいたのはこの世界に現れた風来坊。そしてココラ達に向けて大きく手を振っている幸助の姿があった。
「「「幸助!!」」」
三人がこれが最後だろうと揃って耳を澄まし幸助の台詞を聞き洩らさないようにする。
「みんなぁ~!! 元気でなあああぁぁぁぁぁ!!!」
テンションの高い彼の声に三人は耳を澄まし幸助の台詞を聞き洩らさないようにし、間髪入れずココラ達は幸助に向かってこれが最後の別れの言葉になると大きく叫び出す。
「コウスケ! アタシ達の事忘れないでよぉ!!」
「無茶してボロボロにならないでくださいねぇ!!!」
「元気に頑張ってくださいいぃぃぃぃぃ!!!!」
幸助にもこれが聞こえたようで更に大きく手を振って返事をする。
「オウッ!! 行ってきまあぁぁぁす!!!」
こうして幸助は風来坊と共に別の異世界にへと転移していき、ココラ達と別れた。ソコデイとアーコが会話を始める中、一番最後に正気に戻ったココラは自然と僅かな笑顔になりながら幸助にエールを送る。
(行ってらっしゃい、コウスケ。)
内心でもう一度別れの言葉を出して割り切ろうとするココラ。だがどうにも彼女の胸の内には突っかかりがあるのか、すぐに笑顔は消えてしまい暗い表情になった。
そこから先、ココラは何度も自分の気持ちを振り払い、誤魔化し時を過ごしていた。だが日に日に思いは増していき、突っかかりは大きくなるばかりだった。
今の今でも、ココラの脳裏には幸助の背中が思い浮かんでしまう。
(コウ……スケ……)
「……ラ……コラ……ココラ!!」
耳に響いて来た声に意識が戻り目が覚めるココラ。ほぼ同時に起き上がった彼女は自分に顔を覗かせていた鈴鹿のおでことぶつかってしまう。
「イッタァ……いきなり起き上がらないでよもう……」
「ご、ごめんなさい……」
お互いにおでこを両手で抑える二人。少し距離を取り痛みが引っ込んでから手を下した鈴鹿は再びココラに迫って話しかける。
「突然気絶しちゃうんだから驚いたわ。身体、大丈夫?」
「ええ、まぁ……ここは?」
「GINGAGAME社ビル内の仮眠室よ。とりあえず寝転べる場所にって言ったら、フジヤマさんが連れて来てくれたの。
転移の技術にはびっくりしたけど……」
反射的に返事を口にしながらも本当に自分の身体が無事なのかを軽く動かしつつ、自分の今いる状況を確認する。
小さめの個室の中でココラの一番傍に鈴鹿が迫り、入り口付近のフジヤマと雷太が反応してもたれていた壁から離れ、ベッドの近くの椅子に座っていたオーカーが立ち上がっている。さっきまでの戦いの味方が全員揃っているようだ。
とりあえず全員無事であることにホッとしたココラ。鈴鹿は体の動きを確認している最中のココラにまた質問をする。
「貴方が倒れたのって、もしかしてだけど最後にやってたあの技のせい?」
鈴鹿の予想にココラは無言で頷いて肯定し、下げた顔を戻して説明した。
「『命転域』、私が使える最大の攻撃。周囲に特殊な結界を発生させ、結界内に入った敵の生命力を吸収して味方に還元する魔術です。
結界内に入った敵味方の判別を間違えないように、他の魔術と違って詠唱を全部唱える必要がある技でして」
「そんなんじゃなくて!!」
技の説明の最中に鈴鹿が大声で割って止める。鈴鹿の心配そうな目付きを見たココラは、この後言われる台詞を予想したからか視線を逸らして自分が倒れた原因を口にした。
「命転域はその範囲の都合上、発生させたときに大量の魔力を消耗します。そして敵から吸収した生命力は自分には反映されません。
技を発動して時間がたつほどに疲労は急激に蓄積してしまう。倒すまでに思っていたよりも時間がかかってしまいまして、倒れてしまいました」
説明の終わりに愛想笑いを向けてきたココラ。鈴鹿はそんなココラに怒りを見せた。
「何で言わなかったのよそんな重要な事!! 聞いていれば……」
「止めていた。ですよね」
ココラに言葉の最後を先に言われた鈴鹿が口を開けたまま止まってしまうと、ココラの方が話を続ける。
「以前旅をしていた仲間からも言われました。でも私は、自分が何かできるときに何もしないなんてことが出来なかった。それだけです」
ココラの言葉が鈴鹿の胸に深く刺さった。鈴鹿も先の戦いにて見ているだけでいることが出来ず、自分から参戦した身の上だからだ。
故にこれ以上説教することが出来なくなった鈴鹿は、迫らせていた顔を離す。
「ココラ……」
鈴鹿は説教を収めた代わりにこの場を代表して頭を下げ、ココラにお礼を告げた。
「ありがとう。そんなになってまで、私達を助けてくれて」
鈴鹿の誠意を受けて優しい顔を浮かべながら謙遜した。
「いえいえ、私はそんな大層な事をしてませんよ。
フジヤマさんにオーカーさん……雷太さん、そして鈴鹿さんのおかげです! 私は回復師、皆さんと違ってあまり前線に立ってっ戦うことは出来ませんから」
「でも、決定打を作ってくれたのは貴方よ!」
鈴鹿はココラの手を握り、また暗くなりかけたココラの表情を驚きで固めた。
「ココラがこの世界にいなかったら、今回の事件は解決しなかった。私もどうなっていたのか分からない!
自分を低く見るのはやめて! アンタが何を思おうと、この世界を救ってくれたのはココラなの!!」
ココラの脳裏に過去の光景が思い浮かぶ。勇者の世界にて、魔王を倒した功績として国中、あらゆる人々から感謝の声をかけられ続けた記憶。
あの時は謎の風来坊によって魔王を先に撃退され、いわれのない感謝をとても素直に受け取ることなど出来ず、心の何処かで悔しく、そして申し訳なく思う事しか出来なかった。
だが今回は違う。当然フジヤマを始めとした他の者たちの助けも借りたが、間違いなくココラは自分の力で事件に立ち向かい、兵器獣達を撃退して事を終わらせた。
フジヤマやオーカーだけでは苦戦を強いられ、一般人に被害が出ていた可能性も大いにあった。
鈴鹿がそのことを分かっているかいないのかはさておきだが、彼女の言う通り今回のゲームの世界の一連の事件はココラのおかげで解決した。
この世界は、ココラによって救われたのである。
「私が……救った……」
「そうよ! アンタが救ってくれたのよ!!」
念を入れるように口にする鈴鹿の声にフジヤマも無言で頷き、オーカーも笑顔になって肯定する。
雷太は鈴鹿の隣にまで移動し、口角を少し上げながら鈴鹿にアイコンタクトを送ると、真剣な顔になりながら彼女の隣でココラに頭を下げた。
「俺からも……ずっと一人で戦っていたから……協力者が出来て、何より鈴鹿を何度も救ってくれて……本当にありがとうございます」
ココラはこの世界の住民である鈴鹿と雷太からの心の底からの感謝の言葉に暗くなりかけた表情は消え去り、掴まれていない右手を胸に当てて感銘を受けた。
「鈴鹿さん……雷太さん……」
ココラは再度視線を二人から放して少し頭を俯かせるも、悲しみではない感動に涙をこぼした。
(コウスケ……ごめんなさい。でもこの感謝は……受け取らせてください……)
どこにいるかも分からない相手に謝罪を思うココラ。だがそんなことを思いつつも、受け取る相手の顔が笑っている気がしてならなかった。
(なんだか貴方なら、これも誇らしく受け取ってくれそうですね)
涙は出るままだったが、ココラの表情は笑顔になっていた。




