ココラー17 命転域
戦いの前線に突入した鈴鹿の勢いは止まらなかった。ここまで参加してなかったために体力が有り余っていたのもあるが、しがらみから抜けて解放された彼女の心境が彼女の身体を軽くしていた。
(体が軽い! 自分の意志だから! コソコソしなくていいから!! それがとても心地いい! 気持ちいい!!)
鈴鹿がそのままの勢いに乗せて数えて十五体ほど兵器獣を撃退したタイミングで同じく何体か退治したココラが合流して来た。
「鈴鹿さん!」
「ココラ!」
二人は背中を合わせ、お互いの隙を埋めながら迫りくる敵に対処する。あって数日でありながらもお互いに心から語り合った中である二人の動きは目を見張るものがあり、数の暴力で攻める兵器獣に劣らなかった。
更にそこに闇飲みで壁になっていた兵器獣を撃退してオーカーが姿を現した。
「ココラ譲! それに、鈴鹿譲!? 何故お主が前線に」
「質問は後! 今は奴らを何とかしないと。一体一体倒していては切りがないわ。さっきは私のために発動を止めちゃった技、もう一度出来ないかしら?」
「はい! ですが少々準備に時間がかかりますしその間私は動けません。準備の間だけ私の周辺にある程度兵器獣を集めてもらってもいいですか?」
「それで一気に片付くって事ね。OKよ!」
「一度了承した身、造作もないぞ」
鈴鹿とオーカーはココラの要望を快く引き受けると、鈴鹿がココラの護衛を、オーカーが兵器獣を集める役割を担って分散した。
中心にいるココラはもう一度杖の後部を地面に突き、真っ直ぐ縦方向に両手で握り目を閉じる。そして口を開き呪文を唱え始めた。
「癒しの力……反転し武の力へ……悪しきものを滅し、聖者に力を与えよ……」
ココラの出身地である勇者の世界には魔術が存在する。その習得にはそれぞれ決められた呪文を詠唱することが基本となり、詠唱の内容によって技の効果が細かく区分されている。
とはいえ戦闘中に悠長に呪文を唱えている時間など、ほとんどの場合存在しない。そのため幸助のようなチート性能を除いて魔術を極める者たち、特に戦闘職に就く者はどれだけ詠唱を簡略化するかを考え模索している。
だがココラが発動しようとしているこの魔術はそうはいかない。数ある魔術の中でも制御が難しく下手に呪文なしで行えば味方も巻き込みかねない危険な技。
故にサポート方面にチート性能を持っているココラでさえ、あえて詠唱することでより効果を確実かつ安全なものにしているのだ。
「我が周囲を囲む領域を広げ、命を吸い取り、与え、栄よ!!」
ココラが呪文の詠唱を続ける中で、オーカーは空間を飲み込むことで大型兵器獣の巨体を引っ張り言われた通り自分達の周囲にすべての兵器獣を集めていった。
「フゥ……一体一体倒すのよりかは多少労働量はましであるな」
一方の鈴鹿は素早い動きで動けないココラに襲い掛かる兵器獣を返り討ちにしていく。これに大型兵器獣が五体程密集して彼女達を叩き潰しにかかる。
「マズい! でもそれなら!」
鈴鹿はそこで兵器獣が向かってくる方向に真正面から飛び掛かった。一見すれば無防備なこの行動だが、鈴鹿は敢えて目立つ行動をすることでまず兵器獣達の注意を自分に向けさせた。
更に鈴鹿は自分に向かって来た兵器獣の拳を剣の側面で弾かせることで勢いを付けて回転し兵器獣の腕に足を乗せる。
ここで鈴鹿は他四体の兵器獣に斬撃を飛ばし、攻撃を受けた兵器獣に自分を殴らせる。だが直前に鈴鹿は飛び上がって回避し、兵器獣はお互いを殴った上に一直線上に並んだ立ち位置になった。
鈴鹿は飛び上がった状態から自由落下しつつ、左手を伸ばして前へ、剣を持つ右手を弓を引くような構えで後ろに引き左手に弓が生成し弓矢の構えを取った。
そして一番端の兵器獣の後頭部の位置まで落下したタイミングに鈴鹿は矢を放った。
「<ミストルテイン>」
右手を放して発射された剣は大型兵器獣の後頭部を射貫き、空中で発射しながらも寸分の狂いもなく一列になっていた兵器獣の頭部を一発で破壊した。
鈴鹿は再出現された剣を今倒した兵器獣の背中に刺してそのまま落ちていき、落下の勢いを弱めて地面に無事着地した。
「フゥ、大技はやっぱり爽快ね」
数はたくさんいても指令系統はなく一体一体はそこまでの能力はない。相手は二人でありながらも的が小さい上に軽々と動き回まれ暴れられ、一方的に撃退され行動が制限されていった。
とび職のように動き回っていた鈴鹿は遠目に見えるオーカーの活躍に感心していた。
「一瞬で敵が吸い寄せられている! あれがあの人の力、凄い!!」
対するオーカーもつい先ほど参戦した鈴鹿の素早い動き、討伐数に驚いていた。
「鈴鹿さん、あんなに軽やかに。ゲーム経験者ってだけなのにここまで兵器獣をほんろう出来るなんて!」
『感心するのは終わってからの方がいいだろう。今は作戦に集中だ』
「は、はい……」
頭の上に乗っかって来たオーカーの契約魔物『フレミコ』がオーカーの脳内に語り掛け、巣に戻りかけていた彼女の気合を叩き直す。
鈴鹿とオーカーが戦い準備を整える中ココラは詠唱を続ける。下手な怪獣よりの強力な二人を前に都合の良いように動かされ、一定位置内にまで残り全ての兵器獣は固められてしまった。
「ココラ!!」
「こっちはいいよ!!」
二人の掛け声が耳に響くと同時に、ココラは詠唱の最後の部分を唱えた。
「邪を滅ぼし命を繋ぐ聖なる結界……展開!」
ココラは詠唱の最後に目を開けて杖を一度上に持ち上げると、今度は力強く杖を地面に激突させて技名を叫んだ。
「<命転域>!!」
ココラの杖が地面に突いた途端、そこを発生源として足元に黄色い光が円状に広がっていき、兵器獣が収まった範囲から少し外に漏れる程に広がった。
「足元に光?」
「これがココラの奥の手って事?」
光の範囲に巻き込まれた鈴鹿とオーカーが戸惑っていると、次の瞬間に彼女たちの目の前で見て取れる異変が起こった。大量にいる兵器獣達が突如苦しみ、段々と体をやせ細らせていった。
「兵器獣の身体が!」
「何かを、吸い取られているの?」
兵器獣の異変が起こったそのころ、ギリギリ光の範囲内に入っていたフジヤマと雷太の元にも異変が起こっていた。フジヤマが今の今まで治療中であった雷太が突然飛び上がったのだ。
「何だいきなり!?」
「ああ、ごめんなさい……なんだか急に元気になったようなような気がして……」
唐突に何を言い出すのかと目豚を細めるフジヤマだが、彼の目から見ても雷太の状態が明らかに良くなったように見える。それだけじゃない。フジヤマ自身も腹が満たされたのとはまた違う、直接元気を注入されたような感覚だ。
(俺自身も何かいきなり回復したような気がする。足元に現れた光、ココラが言っていた技というのがこれか?)
何が起こったのかが気になるフジヤマは、光が広がってきた方向に目線を向ける。すると彼らがいる位置からでも、兵器獣が萎んでいく様子ははっきりと見て取れた。
「兵器獣が!?」
「あれだけの数、一気に……」
程なくしてバランスを保てなくなり次々と倒れていく兵器獣。そのまま兵器獣は土に還るように吸収されていき、跡形もなく消滅していった。
小型はもちろん大型の兵器獣も全て同じく吸収されていき、もうこれで片が付くかと思われた矢先、鈴鹿が近くにいるココラに誉め言葉をかけたいと顔を向ける。
「ココラ! こんなとんでもない技隠していたなんて驚かされたわ!!」
だが当のココラの姿を見た途端に鈴鹿の上がった口角は下がった。
今のココラは凛々しく伸ばしていたはずの足は膝が曲がり、杖を握る手もどうにか必死に食らいついているように必死なものになり、手の甲や頬にも大量の汗が流れていた。
「ココラ!? アンタ大丈夫!?」
「鈴鹿さん!」
心配の声をかけるとほぼ土おじに名前を呼ばれたことで会話の主導権を奪ったココラは必死な表情で目線を少しだけ鈴鹿に向ける。
「もう大丈夫かもしれませんが……この技の効果がどこまで続くかは私自身にも分かりません。だから念のため、残りの敵の撃退をお願いします!!」
「……分かったわ」
ココラの様子から今は話をしている場合ではないと顔を真剣に作り直し、まだ耐えている兵器獣達に向かっていった。
だがここで鈴鹿が飛び出した足はさっきまでより圧倒的に跳躍力が上がっていた。
「ほえ!? こんな勢い付けてないんだけど!?」
一瞬混乱するも、首を横に振って我に返った鈴鹿は動くことのできない兵器獣相手に最後の仕上げとしてそのまま進行方向に見える敵に軽く武器を振るい、一瞬にしてさっきの倍の数の敵を撃退した。
時を同じくしてオーカーも自分の力が突然上がったことに驚きながらも近くにいた兵器獣達を殲滅していた。
「何これ!? ちょっと力込めただけなのに」
『足元の光から力を感じる。おそらくあのエルフの能力だろう』
「そうなんですか!?」
『おそらく敵から吸収したエネルギーを味方に還元する技なのだろう。今の内に一気に片付けるぞ!』
「はい!!」
鈴鹿のオーカーの今まで以上の奮闘。畳みかけるように二人の眼前に手突然対峙中の兵器獣が破壊された。
「何!?」
「この技、来たかフジヤマ殿!!」
「遅れた分は取り戻す。終わらせるぞ!」
フジヤマも加わりより強力になった一行の力、何よりこのエリアを維持しているココラの奮闘により数分も立たずに残された兵器獣は撃退された。
「ギャオアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!」
最後の一体も断末魔を上げてココラの目前で光に吸収され、見事全ての兵器獣は撃退された。
戦闘が終了したことを確信したココラは展開した命転域を消滅させた。これにココラの一番近くで戦い、かつこの場で一番彼女に関わっていた鈴鹿が息を整えるよりも前に足を走らせた。
「ココラ!! やったわね!!」
鈴鹿の嬉しそうな声を聞いているのにしては反応が薄く、呆然と立ち尽くしているように見えるココラ。少し違和感を感じた鈴鹿がそのまま足を進めていると、なんとココラはガスが抜けたようにその場に倒れてしまった。
「ココラ!!」
足を速めた鈴鹿がすぐそばにまで近づいて来たココラは、意識を失っていた。