ココラー16 鈴鹿の意志
一斉に出現した以上に後出しで増えることはないようで戦闘員達の奮闘により少しずつ数を減らされていく兵器獣。だが一体一体撃退するごとに対する彼等の疲労も大きく溜まっていった。
特に実戦経験が一番少ない雷太のスタミナは他の面々よりも余裕はなく、徐々に一体の兵器獣への対処に苦戦が目立ち始めていた。
それでもこの事件をずっと追っていた身として、なにより今近くにいる鈴鹿のみが一番危険であることが彼の身体を突き動かした。
足早に二体の小型兵器獣を撃退した雷太は、潰れた廃屋からそこまで離れていない場所にて球状のバリアに覆われている鈴鹿を発見した。
「鈴鹿! これは?」
「ココラが! あのエルフさんが私を助けるために囲んでくれて……ッン! 雷太兄!!」
会話の途中で鈴鹿が雷太から視線をずらして叫ぶ。雷太が鈴鹿の教条から察して振り返ると、別個体の小型兵器獣三体が二人に見境なく襲い掛かった。
鈴鹿の声のおかげで襲撃に気付いた雷太は勢いに任せて大剣を振るい、横一線に兵器獣三体を切り裂き撃退した。
「危なかった。ありがとう鈴鹿」
頬に冷や汗を流し間一髪だったことが露見する雷太。息も荒くなっており、疲労していることが目に取れる。
「雷太兄、もう無茶だよ」
「無茶でもなんでもやるさ……この事件は、俺がずっと追って来たんだから」
追って来た理由は鈴鹿を守るため。と正直に口にすれば鈴鹿はすぐに自分を責めるだろうと思い言わなかった雷太。
鈴鹿のいる方向から振り返り、右往左往とさまよっている複数体の兵器獣に息を飲む雷太。だが誰かが倒さなければ被害が出てしまう。
雷太は疲労で下がる腕を上げて突撃をかけようと足を走らせた。
ところが雷太は注意を前方ばかりに向け過ぎていた。上空から突然影が差し込み続けて振るわれた巨大なしっぽの動きに対応が遅れてしまった雷太はこれを受けてしまい、元々疲労困憊だったところに手痛いダメージを受けてしまった。
「雷太兄!!」
吹き飛ばされた雷太は鈴鹿の近くの地面に倒れてしまい、装着用のデバイスも吹き飛ばされて装備も消滅してしまった。
地面に落ちてしまったデバイスを拾おうと手を伸ばす雷太だが、ここに来て今までの疲労が身体に響いてきたらしく、もがくだけで立ち上がる力も既になかった。
こうなっては雷太がたとえデバイスを拾えたとしても、もう先程の勢いで戦う事は出来ないだろう。バリアの内側から見ている鈴鹿はそれを理解してなおも動く雷太に叫ぶ。
「止めて雷太兄! これ以上は本当に無茶よ!!」
バリアを叩いても出ることは出来ない。鈴鹿は自分を守るために用意された防御壁を邪魔に感じて仕方なかった。
鈴鹿が苦い顔を浮かべていると、畳みかけるように別の兵器獣が雷太に目を付けて距離を詰めていった。雷太もこれに気付いてデバイスを急いで手に取ろうとするも、兵器獣はわざわざそんな時間など与える訳がなくに襲い掛かって来る。
「雷太兄!!」
叫びも届かず雷太が襲われるかと思ったその時、兵器獣は横から飛んで来た遮蔽物に弾き飛ばされ手瓦礫に激突。直後に袈裟切りにされて撃退された。
涙が止まって目が赤く腫れつつ大きく開く鈴鹿。視界をそのままにしていると、現れたのはつい先ほどこの場を離れていたココラだった。
優しい性格のココラの事だ。鈴鹿の叫びを耳にし、放っておけずに技を準備を中断したのだろう。
「良かった。間に合いました」
「ココラ!」
一瞬ほっとした鈴鹿だったが、息つく間もなく別の兵器獣がココラと雷太に迫る。しかしこれも廃屋の瓦礫を片付けたフジヤマが攻撃を飛ばし撃退した。
「フジヤマさん!」
「ココラ! 宇高……は、かなり応えているな。俺達より長期間気を張っていた影響が出たのか」
「雷太さん、すぐに回復します」
ココラはすぐ雷太に聖快をかけて回復させようとする。ところが杖をかざしかけたその時、フジヤマが割って入りココラの行動を止めた。
「待てココラ」
「なんで止めるんですか!?」
「オーカーから連絡は受けた。何か技をするのだろう? お前もここまででかなり技を出しているはずだ。下手に回復させて消耗するのはマズい」
「だからって放っておくことは!」
「回復は俺がやるって言ってるんだ。お前は技に専念しろ」
フジヤマにも回復技があることに少し必死が緩んだココラ。だがそれは同時にフジヤマも戦線を一時離脱しなければならないという事だ。
ココラは優れた戦闘員であるフジヤマの離脱のリスクを考えてしまえばやはり自分がやるべきではないかと再び杖を振ろうとする。
「ココラ!」
突然名前を呼ばれて動きを止めるココラ。呼んだ側である鈴鹿はバリアを拳で叩いてココラに頼みかけてきた。
「このバリア、解除して」
「何を言っているんですか!?」
「そうだ。お前をこれ以上巻き込ませるわけには」
「私は!!……」
バイアの解除を反対するココラとフジヤマだが、鈴鹿の一声の圧に黙らされた。全員が口を閉じたのをいいことに鈴鹿は続ける。
「私は、このまま守られてばかりでいたくない!!
ずっと私を守ってくれていた雷太兄にも、自分の仕事だからって戦ってくれている貴方達にも……会って数日だっていうのに、ここまで必死に守ってくれるココラにも、頼ってばかりでいたくないの!!」
「頼ってばかりで……いたくない……」
ココラの脳裏に自分達に背中を見せて戦う青年の姿が浮かぶ。少し迷いを見せたココラに畳みかけるように続けた。
フジヤマは反対の声を出しかけたが、また自分達に向かって来た兵器獣の対処に追われて話から外れてしまう。
「それに今から大技を発動するなら、私を囲っているバリアを解除した方がより技の精度は上がる。そうでしょ?」
「何を言っているんだ鈴鹿……馬鹿な事を言うな!」
鈴鹿の言い分は最もな部分もある。だが雷太からすればここまで被害者であり巻き込まれている彼女にこれ以上危険な目に遭ってほしくない思いがあり、当然彼女の参戦を拒否した。
「お前を危険な目に遭わせたくない! だから俺が!!」
「そんなの、私は望んでいないし頼んでない!! たとえ私のための行動だったとしても、私は雷太兄と一緒に入れなかったことが辛かった。勝手に決められて、悲しかった」
鈴鹿の返事に雷太は目を丸くして気付かされた。それは視線を下げたココラも同様であり、悩みを杖を横に振るってバリアを足元から消滅させていく。
「ココラ! お前!」
「雷太さんを回復してあげてください」
バイアから解放された鈴鹿は雷太が落としたデバイスを拾い上げるも、雷太は鈴鹿が危険な目に遭うことを恐れてこれを許可せず声をかける。
「待て!……鈴鹿……」
「雷太兄」
鈴鹿が雷太に見せた顔は、怯えているものでも同情によるものでもなく、勇気や覚悟に満ちた凛々しい表情になっていた。
数が増えていき、フジヤマの対処が間に合わずに鈴鹿に襲い掛かる複数体の兵器獣。鈴鹿はデバイスを右手に持って前にかざした。
「今まで何度も助けてくれてありがとう。でも、私のやりたいことは私が決める! 今度は私が、皆を守りたいから!!」
鈴鹿の台詞に合わせてデバイスは起動し、発生した光が彼女の身体を包み込む。そして光が消えて現れた姿は雷太の装備のときとは違い、鈴鹿が普段使っているゲーム装備『イシヒメ』のそれだった。
「この姿、なんで?」
「もしかして、装備品は持ち主のゲーム装備をそのまま反映しているのではないですか?」
「そうかな? いやまあ考えている間ないし、そういうことにしちゃおっか!!」
ココラとの会話を一時切り上げ自分達に向かう兵器獣に対抗しようと走り出す鈴鹿。そしてすれ違いざまに的確に剣を振るい、兵器獣をいとも簡単に討伐してみせた。
「驚いた! 一瞬で三体も」
「さすがトッププレイヤー、戦えるようになった途端にこれとは」
戦闘経験の長いフジヤマも目を見張る鈴鹿の動き。これには見ている側だけではなく鈴鹿自身も驚いていた。
「凄い……この装備品、本当にゲームで私が使っているものそのままだ。体が軽いしいつも通り戦える。これなら、いける!」
鈴鹿はまるでしがらみから解き放たれたようなように軽やかに動き回り、大小関係なく兵器獣達に果敢に挑み、倒していった。
だがやはり雷太としてはこの光景は心配でならなかった。
「鈴鹿……」
「なんだか、楽しそうです」
「え?」
ココラがこぼした一言に反応する雷太。そこにココラから補足される。
「鈴鹿さんは……鈴鹿さんの意志で、鈴鹿さんの望み通りに動いているんです。人のためを思って抑えていたものを開放している。だからあんなに楽しそうに動ける。
……私も、見習わないといけませんね」
「鈴鹿の……意志……」
雷太は強調されるように言われて考えさせられた。確かにこれまで雷太は鈴鹿のためを思って行動していたが、鈴鹿自身の意志を聞かず尊重していたかったことに。
「余計な事……だったのかな」
「そんなことないです!」
自分を卑下する雷太にココラは否定の声を出した。
「確かにすれ違いはあったかもしれない。でも、お互いがお互いを思い合っている。大切にしている。それは中々出来なくて、幸せな事なんだと思います」
(そう……だから私も)
ココラはもう一度フジヤマに視線を向けて小さく頭を下げる。
「頼みます」
「分かった。だがお前と違って少々時間がかかるぞ」
「構いません。回復薬が自分だけじゃないってだけでとても助かりますから」
ココラもここで何処か吹っ切れたような明るい顔をして返事をすると、兵器獣を対処するために鈴鹿を追いかけていった。
残された男二人は、ふと話し合い始めた。
「凄いな、お前の幼馴染」
「俺もびっくりだよ。スカウトされてた時も思ったけど、やっぱ敵わないや」
「そうではないだろ」
雷太は自分に手をかざして回復を始めるフジヤマの顔を見る。
「思い人のために影から必死で戦い続ける。俺だって同じような身だし、それを否定されなかった。少々上から目線に言われたがな」
「はい?」
「ああ、こっちの話だ」
フジヤマと雷太は顔を上げ、それぞれで暴れる少女三人に目を向けた。
「あとは彼女達に任せよう。大丈夫だ。きっと負けない」
「そうだな」
フジヤマも雷太も、自分達の仲間の頼もしさを少し誇らしく思った。