ココラー9 一人だけのスカウト
時は遡り鈴鹿が小学校に入ってすぐのころ。彼女は今とは違い物静かであまり率先して行動が出来ないタイプの少女だった。
お洒落もしていない目元を紙で隠しているいつもクラスの中でモジモジしている俗に言う陰キャ。そんな彼女はクラス内のいじめっ子にとって格好の標的だった。
いつも些細な事でいじめられる日々。その日も公園で楽しみにしていたゲームをしていたところを悪ガキに一方的に盗られてしまい、取り戻そうとするも軽くあしらわれていた。
「返して!」
「や~だよ~!! お前みたいな下手くそな奴が最新機種持ってるなんてもったいね~んだ! こういうのは俺みたいな将来プロになる奴が遊んでやるべきなんだよ!!」
大柄な悪ガキは空いていた左手で鈴鹿を張り倒し、奪い取ったゲーム機で遊ぼうとこの場から離れていこうとする。
だがあれは鈴鹿がお小遣いを貯めてようやく買えたものだ。楽しみにしていた自分へのご褒美を一度も遊べずに奪われては頑張ってきた意味がなくなってしまうと、鈴鹿はしがみついてでも取り戻そうとする。
「返して!! それは私のゲーム!!」
「うわっ! 鼻水が付くだろ! 汚いなぁ!!」
「返して! 返して!!」
必死に泣きつく鈴鹿に鬱陶しさを感じた悪ガキは怪我をさせることもいとわずに彼女を強引に放そうとする。暴行を受けた鈴鹿が地面に落とされかける直前、彼女の身体は突然受け止められた。
「えっ?」
自分に起こった事態に困惑する鈴鹿に覗かせる顔。彼女の歳が近い少年のものだ。
「大丈夫?」
「えっ? う、うん……」
突然現れた少年は鈴鹿が態勢を整えるのを手伝うと、しめしめとした様子で公園から離れていこうとする悪ガキに向かって叫んだ。
「オイ! そのゲーム! 返せよ!!」
「あ?」
悪ガキは今度こそゲームが出来るものと思っていた楽しみの心に水を差されたことに怒りを感じつつ振り返ると、少年は正面切って悪ガキに突撃をかけていった。
体格の大きい相手に対して何度殴られようとも奮闘する少年。ついには根負けした悪ガキがゲームを手放し、負け惜しみともとれる台詞を残して逃げ去っていった。
とはいえ大怪我をしてしまった少年。鈴鹿はすぐに彼の元に駆け寄り心配の声をかけた。
「あの、大丈夫……ですか?」
「アハハ、君のゲーム、取り返したよ!!」
自分の怪我よりも鈴鹿のゲームの事を先に告げる少年。鈴鹿は手渡されたゲーム機を大事に受け取ると、涙を流しながら少年に対し感謝の言葉をこぼした。
「ありがとう……ありがとう……」
少年は顔の傷を少々痛めながらも鈴鹿の様子を見て満足げに笑う。
「俺、『宇高 雷太』! 君は!?」
「私? 『石動 鈴鹿』です」
自己紹介を終えてすぐに雷太は目を輝かせて顔を近づけながら鈴鹿に次の質問をする。
「鈴鹿もゲーム好きなの!? よかったらなんだけど、俺と通信しない!?」
「はい!?」
少々強引な姿勢によって縁が出来た雷太と鈴鹿。以降二人は何度も一緒に遊び、この時間を楽しみながら成長していった。
「鈴鹿! 一緒に遊ぼう!!」
「うん! 雷太兄!」
遊ぶとき、悩みを打ち換えるとき。将来の夢を話すときもあった。
「兄は、将来何になりたいの?」
「俺? 俺は~単に今みたいにゲームを楽しめたらいいかな。うん。後は普通に仕事する。鈴鹿は?」
「私は……せっかくなら、有名になりたいかな」
「有名に?」
「うん! 凄いゲーマーになって、世界的に有名になりたいの!!」
「そうか! いい夢だな!!」
年月が経過し二人が高校生になっても、仲の良さは変わらなかった。
「雷太兄! あのゲーム買った?」
「もちろんだ! 既に徹夜でストーリーはクリアしてやった!!」
「うわガチな奴だ……大丈夫? 眠くならない?」
「フフフ……足りない分は授業中にがっつり寝るから大丈夫さ!!」
「全然大丈夫じゃないわよ。後で痛い目見ても知らないからね」
「そんなことはいいさ。それより今日もいけるか?」
「もちろん! 雷太兄の頼みだもん!!」
その上二人はお気に入りのゲームのプレイ動画を配信し、カップルものでないライバル同士の戦いを見るものとして徐々に人気を博していた。
だが単なる趣味の延長として始めたこの動画配信が二人の今後を変えることになった。
配信に流れていた下手なプロも顔負けのプレイの様子を見つけたゲーム会社の社員によって、目を付けられたのである。
事前にメールでのやり取りに始まり、直接スタッフがやって来た日に二人の生活は変わった。
「GINGAGAMEからDMが来たですって!!?」
「ああ、詳細は直接話をしたいってことだそうだからまだ分からないけど」
『GINGAGAME』、この世界では有数の巨大ゲーム会社だ。人気の出ている有名作品は八割がたこの会社が制作しているとまで言われている。
そんな企業の方から話を持ち掛けてくることなんてただ事ではない。鈴鹿は飛び跳ねるほどに喜んだ。
「もしかして、GINGAGAMEが私達のスポンサーになってくれるって事!? 凄い! 凄いよ雷太兄!!」
「まあ、スポンサーになるかどうかは分からないけど……でも、確かに話が出来るだけでとんでもない事だ! 何があるのか……楽しみだね!!」
二人はまたとない機会に胸を膨らませ、連絡を送って来たGINGAGAME本社に向かっていった。
しかし、いざ会社に到着した二人に告げられたのは、耳を疑う内容だった。
「この度、我が社は多方面に向けた宣伝をするため、モデルケースとしての若い女性プレイヤーを採用したいということになりまして……
石動鈴鹿さん! 是非貴方に我が社と契約していただきたいのです!!」
聞いて最初に二人はなんと返答するべきか言葉が思いつかなかった。
すなわち、GINGAGAME側が要求して来たのは、鈴鹿一人が契約する内容だった。当然これに雷太はもちろん、鈴鹿も反論する。
「俺……自分にはないんですか!?」
「何故私だけなんですか!? 雷太兄……雷太だって私と同じレベルのゲームプレイヤーです! 契約するのでしたらぜひ彼も一緒に!!」
「いいえ! 今回我が社が求めているのは鈴鹿さん一人ですので」
「そんなのって!!」
「鈴鹿!!」
前のめりになって怒り声になる鈴鹿を諫める雷太。彼女が後ろに引くと、雷太は一瞬視線を下に向けながらもすぐに相手の顔を見て中途半端な返答をした。
「少し、考えさせてください……」
雷太の一声によって話を一日預かったままこの日は解散になった。
鈴鹿と雷太はこれまで二人だからやってこられた。それをいきなり解散することなど出来ない。
戻ってすぐに鈴鹿は自分だけが誘われた事態に叫びながら反対していた。
「なんで私だけなのよ!! 雷太兄だって私と同じ! いや、それ以上に腕が立つっていうのに!! あの会社見る目なさすぎよ!!」
「……そうだな」
激高している鈴鹿に反するように雷太は落ち着いていた。鈴鹿は彼の様子にまた苛立った。
「なんでそんなに落ち着いてるのよ! あの会社! 兄の事完全に舐めてかかって!!」
「あのさ!」
自分一人でしゃべり続けていた鈴鹿だったが、そこに挟まれた雷太の声に飛び出し続けていた台詞がせき止められる。
「どうしたの雷太兄」
「お前、本当は行きたいんじゃないか?」
「えっ!!?」
雷太からの問いかけに鈴鹿が驚きながら歪んだ形相を彼に向ける。
「何言ってるのよ雷太兄!! 私は兄のいない場所に行く気なんて」
雷太は否定する鈴鹿に目を向けて冷静な調子のまま話を続けた。
「自分では気づいてない癖。鈴鹿、指摘口調ではあるけど、さっきからあの会社の事ばかり話してるよ」
「それは! 兄の事をのけ者にしたアイツ等に腹が立ったからで!!」
「でも、その度に口元が震えている。子供の頃からそうだった。気になることがあったり大切なことがあると、周りをお構いなしに自分本位の行動をしてしまう。
何より、お前の夢をかなえるまたとないチャンスだろ?」
雷太は座り込んでいたソファから立ち上がると、改めて鈴鹿に問いかけた。
「もう一度聞く。鈴鹿、本当はあの会社に行きたいんじゃないか?」
「そんな……そんなこと!!」
目線を下に向け、両拳を強く握りながら体を震えさせて拒絶する鈴鹿。彼女の瞳が潤み、涙がこぼれかける。
雷太は鈴鹿の悲しそうな様子を見た途端に慌て出してソファから立ち上がると、鈴鹿に迫って自分の言った事を謝罪した。
「ごめん! そんなんになるなんて思ってなかった!!」
鈴鹿の頭を撫でて上げようかと手を伸ばしかけた雷太だったが、触れそうになった超然に手が止まってしまい引いた。
もどかしい思いが残りつつ、雷太は鈴鹿の顔を見て謝罪の台詞を吐いた。
「悪かったよ……そうだよな、俺とお前はずっと一緒。これからもそれは変わらないよな!!」
鈴鹿も雷太の言葉に押されたのかどうにか防いでいた涙がとうとうこぼれ出してしまい、感極まった言葉が咳き込むように吐き出された。
「そう! そうだよ!!……雷太兄は!! 私たちは二人で一緒だからこそ意味があるんでしょ!! もう! そんなこと! 言わないで!!」
「会社からの誘いは、断ろう……」
鈴鹿は雷太の胸に頭を当てて泣き続け、雷太はそんな彼女を悲しそうに見つめていた。
翌日、いつものように鈴鹿が雷太と共にゲームをしている場所に向かい、部屋に入る。ところがそこには普段彼女より先に来ている雷太の姿が見えなかった。
「兄は……まだ来ていないのかな?」
鈴鹿が部屋を見渡すと、ゲームハードが置かれている机の上に置手紙を見つけた。手に持って広げ、内容を見た鈴鹿は驚愕した。
手紙に書かれていたのは、自分がもうこの部屋にはやってこないこと。雷太自らの勧めという形で鈴鹿のGINGAGAME所属を決定したことだった。
「何よこれ……何よ!! そんなの!! 雷太兄!! 勝手に!!!……決めて……」
直後、すぐ近くで車が止まる音が聞こえてきた。部屋を出てみると、スーツ姿の男が車から降りてくる。昨日会った人と同じ。つまりはGINGAGAMEの社員だ。
まるで待ち構えていたかのように素早い行動。おそらく鈴鹿がやってくる時間も雷太からある程度聞いていたのだろう。
震える拳。だが鈴鹿としても雷太が身を切る思いで選んでくれた。鈴鹿もこれに応えなければならないと、腕の震えを抑えて前に向かっていった。
こうして鈴鹿はGINGAGAME所属のアイドルプレイヤーとなり、有名なゲーマーになったのだ。
ランの過去話、『FURAIBO《風来坊》STORY0』を番外編として投稿していきますので、是非ともそちらも一読していただけるととても感謝です!!
『FURAIBO《風来坊》STORY0』リンク ncode.syosetu.com/n6426it/
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