ココラー3 石動 鈴鹿
ココラに正体を見破られ、途端に焦るイシヒメ。すぐさまサングラスを拾って付けて被っている帽子を念入りに深く押し込んでいると、現代に日本の世間体に関する知識のないココラは声量を普段通りに彼女の話しかけた。
「あの! 貴方もしかしてイシヒフグッ!!」
自分の名前は言わせまいとばかりに左手でココラの口を塞ぐイシヒメ。
「名前を呼ばないで! いい。今私はここにお忍びで来ているの!」
モニター腰のテンションの高い態度とは違う少々高圧的な態度をとるイシヒメ。圧にやられたココラが口を塞がれたまま首を縦に動かして分かった意志を伝えると、イシヒメは手を退けた。
「よろしい。こんな所で名前を叫ばれたら大事になっちゃうから」
イシヒメはイベントが終了し去っていくプレイヤー達との距離が十分に離れたのを確認してからココラに再び話しかける。
「よし、離れたわね。貴方もログアウトしなさい。イベントクエストは終了よ」
「はい?」
キョトンとした顔で首をかしげるココラ。彼女にとっては今イシヒメの言ったセリフの七割以上意味が分からなかったのだろう。
だがココラの事情を知らないイシヒメはぶつかって目的を果たせなかったこともあってか怒り気味にもう一度声をかける。
「だからログアウト! 変身解いてって言ってんの!! もうゲームは終了よ! さっさと元の姿に戻って!!!」
「あの、さっきから何の事だか?」
「ああ、もうめんどくさいわね!!」
話が通じないと見たイシヒメがココラの服をまさぐり始める。イシヒメとしてはゲームプレイ用に他の人達が使っていた機械を探しているのだろうが、ココラがくすぐったい感覚に襲われるだけで何処にも見つかりはしない。
「あれ? ない? 貴方、起動トリガーは何処に入れたの?」
「き、きどうとりがー?」
「もう! さっきから何なの其分かりませんって感じの顔!! 貴方ここにゲームしに来たんでしょ!? ゲームプレイ用のデバイス何処に持ってるの!!?」
「そ、そんなもの持ってませんよ!! 大体、ゲームって……私、そんな事をするために来たんじゃ」
「はあ!? じゃあ貴方何しにここに!? ていうかいい加減変身解いて!!」
「だから! 変身なんてしていませんよ!!」
ココラの最後の台詞にイシヒメの怒声が止まり、二人の間に沈黙が流れた。
「……え? 何の冗談?」
「冗談じゃないですよ……さっきからあなたが言っている事、私ほとんど分かりません」
嘘をついているようには見えないココラの態度にイシヒメは無遠慮に彼女の尖がった耳を触って来た。
「ヒャウ!! そ、そこは……」
感覚が敏感なのかビクッとしてしまうココラ。イシヒメは彼女の状況をお構いなしに吟味している。
「立体データじゃない……本当に尖ってる? てことはこの金髪も、服装も!!? 貴方、一体!!?」
「私ですか? 名前って事じゃないですよね……私、『エルフ』です」
普通に聞いただけなのなら冗談として流してしまうであろう台詞。だがここまでの経緯とココラの態度から、イシヒメはさっきのココラ以上に仰天して大声を上げてしまった。
「ハアアアアアアァァァァァァーーーーーーーーーー!!!!!?」
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二人揃って落ち着いて話をしたい気持ちになり、場所を移動する流れになった。幸いこの世界でココラの格好はゲームのプレイ中と見なされたようで特に指摘させることもなく喫茶店の中に入り、テラス席に向かい合って座った。
出されたアイスティーをストローで飲みつつ凝視してくるイシヒメに、ココラは冷や汗を流して視線を何度も別方向に動かしていたが、軽く息を入れてから話しかけた。
「その……イシヒ」
「鈴鹿!」
「はい!?」
「『石動 鈴鹿』、私の本当の名前。プライベートなんだからこっちで呼んで」
「は、はい! 鈴鹿さん」
「いきなり呼び捨て? まあいいわ。それで、貴方は何者なの? まず名前は?」
鈴鹿に問いかけられたココラは一度ペコリと軽く頭を下げてから礼儀正しく名乗った。
「はい、私は『コンフォート・ヒリング・レクト・フルムン・エイトセブ・コントウ・ラクト・ユー・フロスト・ムン・スマシュ・ヒリング・エプリス・フィチャー・スペロ・ローナ・コズニム・エッヂ・レド・ルウ・ナナァ・エル・ボリ・イム・ゲーキ・エクストラルト』です」
「なんてなんてなんて!!?」
軽く耳に入れて覚えられるものとばかりと思っていた名前の強烈な長さとややこしさに鈴鹿は閉じていた眼を飛び出させる勢いで驚きながらもう一度問いかけた。
ココラはこれに再び優しい笑顔で口にした。
「コンフォート・ヒリング・レクト・フルムン……」
「長い長い長い!! 貴方のいた世界って皆そんなに名前長いの!?」
「はい。私の出身していた集落では子供が出来る度に名前の先祖代々の名前を連ねて、その最初に自分の名前を刻むんです。私はまだまだ短い方で」
「つまり、コンフォートが名前で残りが苗字って事?」
「仲間は愛称で『ココラ』って呼んでくれています」
「ああ~フルネームから三文字だけ取ったのね」
名前の説明を終えた後、続いてココラは正直に現在の自分の事情を説明した。
それなりの時間が経過し話し終わった後、鈴鹿はキュビスムで描かれた絵画のような表情になってしまった。
「つ、つまり……貴方はこことは違う別の世界を冒険していたところを、変な奴を追いかけてこの世界にやって来た本物のエルフってこと!!?
細かいことを聞いてもやっぱり訳が分かんないわね。頭こんがらがりそう」
「ま、まあ当然だと思います」
ココラがこの世界に来て何もかもに混乱したように、鈴鹿もまたココラのいた勇者の世界の情報を言っても早々理解は出来ないものだろう。
ココラは自分の身の上話を終わらせたため、次に質問を飛ばす。
「それで、この世界は一体?」
「ん? ああ、この世界についての概要って事? そうねえ、正直貴方から見れば何もかもが違うと思うんだけど……」
ここからの鈴鹿の説明を要約すればこういう事だ。
この世界は立体映像を始めとする電子技術が大きく発達し、その技術を利用した立体体験型ゲームが大ヒットした『ゲームの世界』。
鈴鹿はそのいくつもあるゲームの中でも一番に人気のある世界的大ヒットコンテンツ『ギャラクシーラグナロク』のトッププレイヤーであり、企業公式の宣伝隊長兼アイドルを請け負っているらしい。
「それじゃあ、さっきの魔物……いや、モンスターはとの戦いは全てその、立体映像ってやつで、実際には怪我も何も全て安全な偽物だったってことですか?」
「まあ、そういう事かな。偽物って言われるとちょっと聞こえが悪いけど」
「それじゃあ、私が回復術をかけようとしたのは余計な事だったんですね」
ごく普通の会話のように回復術なんて言葉を出すココラに鈴鹿が微妙な顔を浮かべていると、ココラが顔を上げて唐突に鈴鹿に聞いてきた。
「ところで、どうして鈴鹿さんはあんな所に? それもログイン? はしていませんでしたよね?」
「……人探しよ」
「人探し?」
一瞬話すかどうかを悩んだ様子だった鈴鹿だったが、ここまで身の上話を放してもらった相手に自分は何も言わないのは公平ではないと判断し正直に話した。
最もこんな一言だけではココラは疑問を浮かべるだけだろうと分かっていた鈴鹿は、軽く説明した。
「私、数年前までここに住んでたの。そこで仲の良かった人がいたんだけど……」
「見つけたぞ!!」
話が具体的な内容に入りかける直前、突然二人の間に割り込んで入った声。声からして起こっていることがすぐにわかる二人に店の外からスーツ姿の背の高い男が迫って来た。
「鈴鹿! こんな所にいたのか!!」
「ゲゲッ! マネージャー!! こんなにすぐ見つかるなんて、ほら! ずらかるわよ!! アンタも」
鈴鹿がココラを引き連れて喫茶店から逃げ出そうとするも、正面にいるマネージャーはここまで大変だったのか汗は流しつつも不敵に小さく笑い、右手の指で音を鳴らした。
すると他にも隠れていた黒いスーツ姿の男達が、劇の垂れ幕が閉まるように二人の周りを取り囲んで逃亡を許さなかった。
「こんなにいっぱい!」
「当然だ。会社としても君に勝手にいなくなられるのは非常に困るのだよ。君はこの世界一のアイドルなんだからな!!」
息を整えつつ自分達の必死さを鈴鹿に伝えるマネージャー。焦っていた気持ちが落ち着いてきた彼はここで初めて鈴鹿と共にお茶を飲んでいるココラの存在に気が付いた。
「鈴鹿、彼女は?」
「ココラ。さっき悪い男につかまりかけたところを助けてくれたゲームプレイヤーよ」
「えぇ!!?」
唐突に知らぬ存ぜぬなでっち上げた経緯を口にした鈴鹿に白目をむき口を開けて驚くココラだが、鈴鹿は視線を一瞬だけ彼女向けて『話を合わせて』と言いたげなアイコンタクトを送って来た。
ココラは目を戻して少し戸惑うも、確かに自分の正体を正直に伝えてよりややこしい事態になっては鈴鹿に迷惑がかかると思い、彼女の方便に乗ることにした。
「そ、そうなんです。鈴鹿さん、何やら一人で危ない目に遭っていたので、放っておけなくて……」
「おお、そうだったんですか! それはうちの社員がご迷惑をおかけしました」
「ああいえ、そんなことは」
頭を下げてくるマネージャーに、ココラもマネージャーと変わり万古のタイミングで頭を何度も上げ下げした。
オウム返しのように何度も続いたお礼をしていると、事の原因である鈴鹿がこっそり話から抜け出して逃げようと気配を消して歩いていたが、マネージャーはノールックでこれに気付き彼女の腕を掴んで止めた。
「いや! セクハラ!!」
「放したら逃げるだろう。今夜にだって仕事があるんだ! 自由行動を許している時間なんてない!!」
「そんなぁ……お願い! 今日だけは見逃して! 今日だけでいいから!!」
「駄目だ! イベントは明日で今日はリハーサル! もう変更は効かない。君の気持ちも分かるが、堪えるんだ」
納得していない鈴鹿だったが、場に居合わせたスタッフ達が半強制的に迎えの車の中に引き連れていった。
困惑するココラだったが、代表して鈴鹿のマネージャーが再び軽く頭を下げながら手元に取り出した紙切れを渡した。
「そここちら、お詫びの印としてはなんですが、明日の夜行われますイベントのチケットです。よろしければ来てください」
「こ、これはどうもご丁寧に、ありがとうございます」
こうして鈴鹿と男達は嵐のように過ぎ去っていった。残されたココラはこの世界に来て何度目かの困惑した姿になりつつ貰ったチケットを眺めていた。
このイベントが、ココラにとって今後の転機へのきっかけになることは、今の彼女には少しも思っていなかっただろう。
ランの過去話、『FURAIBO《風来坊》STORY0』を番外編として投稿していきますので、是非ともそちらも一読していただけるととても感謝です!!
『FURAIBO《風来坊》STORY0』リンク ncode.syosetu.com/n6426it/
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