5-61 竜喰波
時間はほんの少し遡り、ランとコクの攻撃で発生した衝撃を受けて思いふけっていたとき。
突然後ろから肩を掴まれたオーカーがギョッとして振り返ると、そこにいたのは試験を終えた南とファイア。彼女達の奥には同じく試験を合格して終ったフジヤマ、黒葉、メリーとこの試験で知り合った受験生達が集まっていた。
「何か知っているんですね?」
「アタシ、さっきから悪寒が半端ないの! ラン様と何か関係あるのよね!?」
オーカーは一瞬迷ったが、幸助とランを助けたい気持ちが勝ち知っていることを話した。
_______________________
余力を使い果たし、ボロボロのランの前に現れた二体の怪獣。応援に駆け付けた入間がその対応を仕掛けようとしたところ、突然怪獣が後ろから攻撃を受けてよろめいた。
死角になっていた後頭部の裏にいたのは南とファイア。怪獣がダメージに対して振り返るとファイアは飴を噛み砕き、南は右腕を後ろに引いて構える。
「<四式 牛圧>!!」
「ラン様への嫌がらせ! 報復を喰らえ!!」
南の牛圧、ファイアは黒い岩の怪獣の姿に変化させた左腕でそれぞれ別の相手を攻撃した。二度のショックに身体をふらつかせる怪獣だが、負けじと空中で隙だらけの二人に反撃しようとする。
「みなさ~ん! ヨロシクオネガイシマ~ス!!」
だが怪獣の攻撃が南達に当たる前に、突然彼女達の後ろから飛んできた何かが怪獣二体の腕に激突。その合間に南とファイアが地面に着地した。
「危なかった」
「ありがとうございます、メリー」
二人が後ろを見てお礼を言うと、いつの間にかその場にいたメリーが微笑んだ。先程怪獣に激突したのはメリーが力を与えた九十九神だったようだ。
「お役に立てて良かったデ~ス!」
ランと入間は三人がこの場にいることに対し当然の台詞を吐いた。
「南!? それにお前ら、なんでここにいやがる!?」
「ここは試験会場やない!」
だが説教の台詞が本格的に始まる前に南とファイアが反論してきた。
「そんなこと分かってます!!」
「だからって推しのピンチを助けないなんて! ファンの風上にも置けないわよ!!」
「それに僕はもう何度もこういうのと戦ってる。今更だよ」
だがおしゃべりをしている間に怪獣は複数回攻撃してきた南達三人に狙いを定めてオレンジの怪獣は火炎、水色の白い泡を吐いて襲ってきた。
三人はそれぞれで動いて回避。火炎が当たった地面は燃え盛り、泡の当たった地面は解けて陥没した。
「どっちも喰らったらやばそうな攻撃じゃない!!」
「建物に当たっても被害が大きい! 今この場で倒さないと大変なことになるよ!!」
「すぐに倒しマ~ス! 来たのはワタシ達だけじゃな~いですし!」
だがここに来て三人は移動した場所が悪かった。今は演習場の中。巨大生物が動くには窮屈すぎる虫かごだ。移動出来る道は少なく、怪獣の真下を通り抜けようものなら足踏みで揺れる地面に乱される。
先手の攻撃を避ける都合空中に飛べなかった咄嗟の判断の鈍さが招いたことだ。
「やばっ!」
「踏み潰されて!!」
三人の真上に怪獣の脚が接近。そのまま降ろされる質量は、人三人など感覚すら与えないほど小さい。
三人が逃げるには間に合わず踏まれるかに思われたそのとき、声が響いた。
「<分解>!!」
「<闇飲み>!!」
かけ声の直後、南達三人を踏み潰そうとした怪獣の脚が片方は外され、片方は消滅した。おかげで無事に通り過ぎた三人。これをやった人物はすぐに見当が付き、姿が見えた。
「黒葉君! オーカーさん!!」
声をかけられ手を振る黒葉とオーカー。ランは今南達がこの場にいる理由がなんとなく読めてきた。
「そうか、事を教えたのはオーカーだな。だが何で場所まで分かったんだか」
疑問を浮かべたランに側までやって来た南が答えてくれた。
「オーカーさんに聞いて、それですぐにユリさんに連絡したんだ。そしたら、ここでラン君が戦っているって聞いて……」
「アイツ……どんだけ俺を心配してんだ」
「カッカッカ! ホント愛されとるな~ラン」
「うっせ……」
入間の茶々に苦い顔をしながら少々照れくさそうに顎を下げるランだが、このタイミングに次々人が来てくれたことには内心では正直大きく助かっていた。
脚を失い巨体のバランスが保てなくなる兵器獣。だがどうやらこの二体は知性や痛覚を消しているようで倒れるままに火炎と泡を吐き出してきた。
「体勢を立て直すより攻撃を優先した!?」
「やばっ! 脚を奪ったのはマズかったか!?」
「ど、どうしよう……」
直前の自分達の行動が大きなミスだったのではないかと後悔しかけても間に合わない。
助けに入ったというのに揃ってピンチになりかけていた彼等。だがここにもまた、頼もしい味方がやって来た。
「兵器獣ではないようだが……せっかくの技術をどうしてこうも悪用しかしないんだ!! あの国は!!」
「全く、俺達より受験生達の方が活躍するなんて……正隊員の面目丸潰れやで」
繰り出される怪獣の攻撃に反対方向から二つの攻撃が飛んできた。巨大な水球と光を放つ手裏剣。当たった攻撃は相殺され、怪獣の目線から攻撃を放ったフジヤマと大悟の姿が現れた。
「零名。よろしく」
大悟に声をかけられ後ろに控えていた零名が不機嫌そうに眉間にしわを寄せて出てくる。
「腹立つ……でも仕方ない……」
零名は駆け出して前に出ると、怪獣は彼女に狙いを定めて攻撃しようとする。だが零名に攻撃が当たる前に彼女を守る為に南が出て来た。
「南!……」
「さっきは咄嗟だったか出来なかったけど、構えれば大丈夫!」
南は両手でおにぎりを握るような独特な構えをとり、降り注ぐ火炎と泡を技で対処した。
「<三式 羊反>」
南は火炎と泡を一纏めにしつつ弾き返し、彼女が開けてくれた道を抜けた零名が両手でそれぞれの怪獣に触れたすると怪獣は二体とも零名の二次元化の能力によって巨大な身体を神のようにペラペラに変形させられていく。
零名はこれを両手で掴み、天高く放り投げた。二次元化が解除されるまでにはタイムラグがある。その間に一気に畳み掛ける算段だ。
「ほら……後は任せた……」
零名に視線を向けられてさっきのやり返しのごとく大悟に怪獣の対処を押しつけてきた。
「うっわ人任せ……まあええけど……」
「待った」
トドメを刺そうとした大悟を、彼以上に怪獣に対して思うところがあるはずのフジヤマが何故か前に出ることを止める。
「なんや急に止めて? どうしたってんねん?」
「確かにあと一息だが、俺らにもう出る幕ないようだぞ」
フジヤマが顎で示す先に顔を向けた大悟は、彼の言い分に納得した。
「ああ~……そうみたいやな。後はアイツらに任せるとするか」
目線の先にいたのはコクと戦って意識を失っていたはずの幸助。そして輝身の使用で疲労困憊しきっているはずだったランだ。
そのランとはついさっきまで一緒にいた入間は眉にしわを寄せる。止めようとはしたものの結局言い分に押し負けたといった様子だ。
「あ~あ、また身体に鞭打って……生意気はチビの頃からずっと変わらんな」
隣り合って立つ二人。コク達のことには触れない程度に簡単な言葉を交わす。
「無茶すんな馬鹿勇者。コクとの戦いで結構身体に来てるだろ」
「俺が頑丈なのは知ってるだろ。そっちこそ、ボロボロなんじゃないか? 身体キツいだろ」
「大丈夫だ、アドレナリンが沸騰して動けてる」
「それ、大丈夫じゃないやつ……」
冗談を挟みつつ二人の視線が一瞬重なってオーカーを見る。どうやら二人とも彼女に一時的な回復をして貰ったようだ。
「どうにしろあまり余裕はないんだ。しくじるなよ」
「しないさ。俺だってこの世界に来て、鍛えられたんだから!」
幸助は両手で剣を握り自身の魔力を送り力を込め、剣の刃が七色に代わる代わる光り輝かせる。
ランは剣に恐竜の世界の結晶を当ててエネルギーを送り剣に纏わせた。
後は技を出すだけ。するとここで幸助はふと思ったことを問いかけてきた。
「そういやランってその恐竜の結晶使った技をよく使うけど、俺やみんなのように技名とかってないの?」
「あ? 何言ってんだこんなときに?」
「あ、確かに……いや、俺と一緒に技を出すのにお前だけ名前何乗ってちょっと変かなって」
「お前……実は余裕あるのか?」
「ごめん、我に帰った。アホな事考えてた」
本当に戦闘をしている状況で何を言っているのかという話しだが、ランも幸助からの指摘を受けて可視化にと思うところがあった。
「まあ、せっかくの機会だ。そうだなぁ……恐竜が噛み砕いて相手を倒す斬撃……『竜喰波』ってとこか」
「へえ、いいじゃんそれ!」
「満足したんならいくぞ! そろそろ零名の二次元化が解ける!」
ランの指摘通り、上空にペラペラの状態で飛ばされていた二体の怪獣が徐々にその身の厚みを戻していく。完全に元に戻ってしまえば重量でランと幸助は一瞬の内に押し潰されてしまうだろう。
ランと幸助は気を引き締めてそれぞれで剣を持った腕を上に振り上げた。
「俺が合わせてやる。お前はいつも通り、思いっ切りぶっ放せ!!」
「おう!!」
ランと幸助、二人が視線を怪獣に合わせると、丁度揃ったタイミングに上空にそれぞれの大技を放った。
「<竜喰波>!!」
「<七光衝波>!!」
飛び出した二つの技は空中に重なり合い、七色に光り輝く恐竜の頭部へと形を変えて体型がほとんど戻った瞬間の二体の怪獣に向かって飛び込んでいき、腹部の位置に激突した。
怪獣達は強烈な攻撃を受けて抵抗する間もなく前進の内側に力が巡り、直後に身体を爆散させた。
数秒間の間、静まり返った空間に沈黙が流れる。最初にみんなの耳に入った音は、幸助が地面に付いた尻もちの音だった。
本の微かな音だったが、耳に入った全員がたった今ようやく終った事が全員理解した。
「終った……か……」
この事実に気付いた途端、身体に無理をして戦闘を続けていたランと幸助が、またも同じタイミングに揃って仰向けに倒れた。
「アァ……終った……」
「何が何だかって感じだけど、どうにかなって良かった……」
ランと幸助は戦闘による疲労とコク達を逃した引っかかりから微妙な顔を空に浮かべつつ、お互いの片手を近付けてグータッチした。




