5-59 星斬
目の前で突然異形な姿が変わったアブソバを前にし、頭の中を素早く回して仮説を立てるラン。
(リミッターの解放。もしあれが強化形態だっていうんなら、単純に能力の使用が効率化されていると考えた方がいい。とするとあの触手は……)
「フンッ!!」
ランの考えがまとまりきる前にアブソバは両腕に生やした触手を彼に飛ばしてきた。ランはこれを回避するも、そのほとんどが彼の周辺の木々に刺さり、途端に生命エネルギーを吸い取って朽ちさせていく。
回避を取ってすぐにランが下方向に視線を向けると、アブソバの足下にある草花も次々と枯れ果てていく様子が見える。
「チッ!……やっぱり触手の数だけエネルギーを吸い取れる方式か。あれ何本あるんだよ」
ランは試しに自分の近くに伸びていた触手を剣で切り裂いてエネルギー吸収を少しでも阻止しようとしたが、既に吸収されている分もあって切られた触手が瞬時に再生し、ランに襲いかかってきた。
ランはギリギリで回避するも、まだまだ数の多い触手は次々彼に迫ってくる。
(破壊しても意味はなし。単純な数の暴力……悪食娘といいヘラヘラ男といい、このチーム俺の嫌いなタイプばっかだな!)
ランは剣を如意棒に変形させ、中央を持って素早く振る舞わすことで触手を弾きながら距離を詰めようとするが、あまりの数の多さに一歩たりとも前には進めずむしろ何歩か後退させられた。
挙げ句捌くのに手一杯なランに対し、アブソバは触手の何本かから火炎を発射。ランは如意棒を大盾に変形させつつ後方に下がって攻撃を防ぎきったが、そのために更に距離が出来てしまった。
(吸収だけじゃなく吐き出しも可能。本当に丸まま手の数が増えた感じか)
考え事をしているランにより状況は悪くなる。周辺一帯に広げられていたアブソバの触手はランの周りを取り囲み、逃げ場をなくしていた。
「掌の上……いや、握り潰される寸前ってとこか」
「時間はかけないって言ったでしょ」
アブソバは取り囲んだ触手から一斉に電撃を発生させた。供給源である植物へのダメージをある程度軽減するため、対策を打たれる前にランを始末しておきたい部分もあったのだろう。
小細工ではどうにもならない危機的状況。ランに取れる選択肢は一つだった。
「エメラルルド……」
電撃による襲撃が過ぎ、発生した光りが収まった直後。アブソバが見たその場からはランの姿が消えていた。
「消えた? 攻撃の使用上灰は残るはず……何処へ行った?」
コクから事前に聞いたことやさっき上空で攻撃されたことから、ランを放って移動すると下手に動いて寝首をかきかねないと警戒するアブソバは、広げた触手を利用してランの捜索を始めた。
そのランは少し離れた物陰に隠れながら元に戻したブレスレットを使いあるところに通信をかけていた。
「ランよりユリへ……ランよりユリへ……」
通信が繋がったユリはまず映像越しに見た今のランの姿を指摘する。
「ラン! アンタその姿!! また無茶をしているの!?」
今のランはローブを脱いでエメラルルドを発動。短時間しか使えず副作用によるダメージも大きいドーピング状態になっていた。
ユリとしては使って欲しくない形態。だが追い詰められたランの切り札でもある。
「使わざるおえなかったっていっても怒るだろ? んな事より、俺の頭がまだ回っている内に質問するからすぐ答えろ。今俺がいる森の演習場周辺、誰かいるか?」
「東方向に幸助君がコクと戦闘中で、その真後ろに試験会場がある感じ。他すぐ近くには誰もいないわ」
「そうか……んじゃ東以外に飛ばせば良いな」
「飛ばすって……アンタまさかあの技を!? 止めて!! そんなことしたら!!」
「短時間で終らせるためにはこれが一番だ。納得してくれ」
この言葉を最後にランは自分から繋いだ通信を一方的に切断。一瞬立体映像で映したコンパスで方位を確認すると、アブソバのいる場所に戻っていった。
一方のユリ。ランの無茶な行為に腹を立てつつ、それ以上に沸き上がる心配に端末に触れる手が震えていた。
「ランの馬鹿……」
側で見守るアキがそっと彼女の背中に触れて励まそうとし、ユリもこれを受けて肩を少し下ろしていた。
森の演習場では触手を広範囲に伸ばしてもランが見つからない事に徐々にアブソバが苛立っていた。
「何処に行ったの? また転移?」
所が直後にアブソバ、というより彼女の身体に融合した異世界生物の本能による恐怖が彼女自身にも伝わってきた。
(何!? この悪寒……えげつないものが迫ってきている恐怖?)
悪寒を感じた数秒後、アブソバの前方にあった木々が軒並み同時に破壊されその範囲に延ばしていた触手も巻き込まれた。
「ンナッ!!?」
更地になった前方。これをやった犯人はフラフラと歩いて姿を現した。彼女が探していた人物将星ランだ。だが彼女は姿の変わったランを見た瞬間に理解した。本能的に怒っている恐怖の根源がこの男であることに。
(なるほど、あれがブルーメをコテンパンにしたっていう本気モード。現れただけでこんなに怖く感じるなんて、ウチよりよっぽど枷が外れているじゃ!
とにかく、はやいこと倒さないとマズい! それだけは分かる!!)
アブソバは破壊された触手を再生させつつより本数を増やしてランに向かわせて取り囲み、電撃だけでなく火炎も混ぜた波状攻撃を浴びせにかかる。
だがランはこれに動じる様子はなく、まともに攻撃を食らった。
「命中! これなら……ナッ!!」
発生した攻撃の後、ランは着ている服をボロボロにしながらも肌は一切損傷がないまま前に出た。直後、一瞬に間合いに入ってきた彼はアブソバの両腕部分に生えた触手の根元を力強く掴むと、彼女の腹に蹴りを入れつつ両側の触手を強引に引き千切った。
「ガアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!」
いくら再生が出来るとはいえ、一度にこうも大量の触手を千切られたことはアブソバに強烈な痛みを与える。更にダメ押しとばかりの腹の蹴り。ブルーメの時同様に瞬間ランの脚が爆発し彼女に火傷を負わせた。
立った一瞬ながら、受ける側としては溜ったものではない苦痛だ。
だが蹴られたおかげで距離が取れた。アブソバは痛みに耐えつつ再生しながら今のランについて考える。
(せっかく詰めた距離を自分で離す。それにさっきの強引な攻撃……今のアイツにはそこまで知性がないと見て良いわね
でもその思考判断を軽くカバーする圧倒的パワー……相手を殺す専門の極振りね……)
下手に策を練って細かい動きをしている間に潰される。圧倒的パワーの相手を倒すのに最も単純で確実な方法、それは……
(今のアイツの火力を越える全出力放射で一気に仕留める!!)
アブソバはランの状態が整って次に仕掛けてくる前に再生させた触手を脚の部分を含めた全てをランのいる前方方向に照準を合わせた。
一方のラン。うっすらと残っている意識の中でどうにか考えている事があった。
(よし……初撃で警戒して大技に打って出たな。方向もよし。後は俺の準備だけだ)
ランは先程試験会場廊下内にてやっていたのと同じく、ブレスレットを変形させた剣の刃を左手で握り、脚を肩幅に広げて膝を曲げ力を込める。
いわば左手を鞘とした居合い斬りの構え。何とかポーズを取っているランだが、内心では荒っぽくなる本能を理性で必死に抑えていた。
(くっそ頭ガンガンする……これでし損じたら俺がやられなくても理性が飛んで暴れ狂っちまうな。
味方が多いこの場でそれはマズい。絶対に決める!!)
ランの構えが完了するか否かのタイミングでアブソバは正面に向けた大量の触手から一斉攻撃を行なった。
「跡形も残さない! <解放一斉射>!!」
叫びと共に発射された巨大な光線。アブソバがこの森林から吸収した大量のエネルギーが全て真っ直ぐランに襲いかかっていく。
対するランは剣の刃を左手で強く握り締めたまま右手で持ち手を握り抜刀し始めた。当然左手は切り裂かれ出血してしまうも、今の彼の再生力によってすぐに傷は治癒され、身体と同じエメラルドグリーンに発光した血液が刃に重なり輝かせる。
そのまま鞘走りをさせつつエネルギーを纏った剣は抜刀されてすぐに振り切られ、アブソバの攻撃には見劣りするものの十分に巨大な縦寄りの斬撃を飛ばした。
一見するとただ斬撃を飛ばしただけ。だがこの技の真骨頂はここからにある。
斬撃はアブソバの大技に接触すると、自らを中心として相手の攻撃を渦を巻くように巻き込んでいき、そのほとんどを一つに固めた圧倒的に巨大な斬撃に変形。アブソバに向かって飛んでいったのだ。
(ウチの技を巻き込んだ!?)
自傷から始まり初撃に大きなエネルギーを消耗するため、ランはこの技を輝身発動時にしか使用できない。
ランが幼き頃に迷い込んだところを拾われ、育ててくれた先代三番隊隊長。タイプも戦術も毛頭違う彼から唯一受け継いだ大技
「<星斬>」
直後にランは斬撃に巻き込みきれなかったアブソバの攻撃をもろに受けてしまう形になってしまう。彼はこれを覚悟した上でこの技を放った。
攻撃の威力は彼の身体に対し死なない程度に威力は収まっていたが、それでも身体に激痛は走り、そして損傷した箇所を強引に再生させる治癒能力も働き、更にランの身体に鞭が打たれる。
「ンッグ!!……」
だがアブソバに向かって行く斬撃の威力はこんなものではとても済まない。高速で飛んでいくこれに回避も防御も間に合うはずがなく立った一瞬にしてアブソバの至近距離にまで近付いて来た。
(攻撃を撃つ!? 回避に動く!? いや、どっちも絶対間に合わない!! イヤッ! 死n……)
次の瞬間、ランの目の前に広がっていたのは、自分が今いる森の演習場を始めとしたこの先奥にある家屋が元の状態の原型すら全く残っていない程に纏めて大きく抉られ破壊されていた凄まじい惨状だった。
技の効果が修了し、上がった右腕をゆっくり下げるラン。敵を倒した確証がないため姿はそのままに剣を握る右手を見ながら自分の過去に見た光景を再び思いだしているようだった。
「まだまだ……遠く及ばずか……クソッ……」
ランは何処か不満げな顔をしながら腕を振り下ろした。




