5-58 吸い取れ
少し時は戻り、試験会場から離れたとある開けた場所。次警隊が模擬戦を行なうときに使われる演習場だ。空中に縦方向に亀裂が入り、扉のように開いて中から二人の人物が飛び出した。
強引に移動させられたようででてきた二人は地面に倒れ込むように落ちていき、揃って受け身を取ることで衝撃を和らげた。
扉は閉じ空間は修復される。出現した二人、将星ランとアブソバは立ち上がってすぐにお互いを睨み、いつ何処から仕掛けられるのか思考を回していた。
(開けた場所に連れて来られた。周りにはエネルギーを吸い取れるものも見当たらない。溜っている分もそこまで無い。面倒ね)
(とりあえずコイツと戦うのに有利な場所に移動したが、下手に動けば即死するのは変わらない。かといってレーザーや結晶の使っても吸収されるのがオチか。さてどう動くか)
既にランはコクとアブソバ二人同時に相手していた先に受けたダメージがある。アブソバもランと幸助から何度か攻撃を受けているが、大技を出しにくい能力なこともあってランほどの損傷はない。
禁じ手とはいえ自己回復を持っているランが幾分か有利ではないかといったところ。だが勝敗は出方に酔ってどうとでも変わる未知な部分が大きかった。
(バカスカ技を撃ってこない辺りエネルギーに余裕がないか引きつけてから罠にはめるつもりか。どうにしろ向こうから攻める気はないようだな。
幸助が抑えているとは思うが最悪コクがやって来る可能性も考慮すると、罠にはまる覚悟で攻めるか!)
ランは敢えて自分から走り出し、アブソバとの距離を詰めた。
(痺れを切らして向かってきたわね。でも相手は次警隊の隊長。そう単純な事をするとは思えない)
アブソバは動かずランの出方を伺っていると、ランはある程度距離を詰めたタイミングで何かを投げつけてきた。
(デコイで間を潰そうとするか!)
アブソバはランが投げた物体を捌く選択も考えたが、下手に捌いて何か仕掛けがある可能性も十分にあると判断し、走り出して回避した。
(何をしたいのか知らないけど、そう易々と近付いてくれる気はない。かといってジリ貧のままじゃ勝てない。ハグラのハッキングのおかげでここら辺の地図は頭の中に入っている。ウチに都合の良い場所に移動した方が良さそうね)
アブソバはランの攻撃を回避した勢いに乗せてこの場から移動を始めた。だがせっかく自分の土俵に持ち込んだ相手を逃がすわけがない。
走っている途中、突然アブソバは右足首に何かに捕まえられた感触を受け転倒しかけるもバランスを保って耐えた。
「なんで脚が!? これは!!」
やはりランが投げていたものは単なる飛び道具ではなかった。それどころかその正体は彼のメインウエポンであるブレスレットを変型させた杭。更にそこから一部を変形させることでマジックアームを生成しアブソバの脚を掴んでいた。
「この場から逃がすわけがないだろ」
「単純な罠ね。貴方の思考回路を物語っているようだわ」
アブソバは確かに拘束されたが、ランはそれによって武器を失ってしまっている。蹴りに来る可能性はあるもののかわして肌に触れてしまえばこっちのものだ。
構えるアブソバ。彼女の予想の通りランは右脚を挙げて蹴りをしかけ、彼女は反撃しやすいようにギリギリの回避をした。
(隙だらけ。長時間戦って功を焦ったわね)
首根っこを掴んで終わりと踏んだアブソバだったが、ランの攻撃はここで終らなかった。直後、アブソバは右足首に激痛が走った。
これに意識が散らされたところ、ランは至近距離にいるアブソバに右腕で肘打ちを決め、挙がった脚が着地した途端に右脚を軸に身体を回し、対応の遅れている彼女に左脚による回し蹴りを浴びせた。
攻撃を受けるために視線を右側に向けていたアブソバは脚の激痛の正体を知った。先程ランが彼女の足首に付けた拘束具。目で見たそれは取り付けられた時とは形が変わり、内側にいくつもの鋭いトゲを生やして彼女の足首を貫いていたのだ。
(いくらでも変形できるのこの武器!? 攻撃自体のパワーが弱いけど、その分を小細工でカバーしてくる。固定観念で捉えていたら足下すくわれる!!)
ランはここで耐久性の落ちた彼女の足を解放することでバランスを崩そうとするために拘束具に変形させていたブレスレットを彼女から放し、剣に変形させて右手元に戻した。
脚の負傷と回し蹴りによって転倒するアブソバに、ランは身体を真っ二つに切り裂く勢いで剣を振り下ろした。
そのときのランの顔を見たアブソバは一瞬恐怖を覚えてしまい、必死になって攻撃から逃れようと脚を上げ、彼の右腕を蹴り上げて時間を稼ぐことに成功。立ち上がってすぐに彼から離れようと走り出した。
距離を離されたこともそうだが、ランがここで驚いたのは右足首を負傷させたはずのアブソバが負傷前と変わらず軽やかに走っていることだった。
追いかけながら足首をよく見ると、拘束具によって出来た負傷が傷跡もなく回復している。
(再生している!? 吸い取ったエネルギーを元に自己治癒能力を上げたのか。だが今奴はそこまでエネルギーの残量があるとは思えない。精々後一、二度が限度だろう)
一方の逃走するアブソバは、ランに対しての評価を内心改めてより警戒を強めていた。
(さっきの攻撃の時の目付き。やばい……容赦がないとかそういうレベルじゃない! 乾ききってる!)
アブソバが見たランの瞳。瞳孔が開き、真っ直ぐ見下ろしてくる目付き。だがその瞳の中に潤いは見えず、乾ききった瞳の奥に深く侵食している闇があるように感じた。
ここでコクがランの事を初対面時から気に入っていたことを思い出す。
(なるほどね。コクがアイツを気に入ってた理由がなんとなく分かって気がする。家族を守る為なら他は全てどうでもいい。人にの思考で普通曖昧になる部分がキッチリ線引きされているぶっ飛び具合。
コクと共通するところがあったってことか……本当にいやになる)
アブソバは背中で隠れてランに見えない死角にてブレスレットを操作。右手に取り出した鞭を振り返り様に振るってきた。
(鞭? やっぱブルーメと同じく能力に頼り切らないか)
だがアブソバが事前に距離を離れていたために普通に考えて鞭の所定は届かない。だが以前ブルーメと戦ったときの経験からランは悪い予想を立て、走る足は止めないながら姿勢を出来るだけ低くした。
直後、アブソバの鞭はランの位置を軽く越えるほどに攻撃部分が伸び、並の斬撃を越える速度でランの頭のすぐ上を通り過ぎた。
広間の側にあった建物の壁はこの攻撃によって容易に切り裂かれ巨大な跡を残している。一瞬後ろを見たランは想定以上の威力に汗が流れた。
(何だあれ!? 鞭が伸びるのは予想したがここまで威力があるなんて思わなかったぞ)
鋭く広範囲を切り裂くこの鞭は、むやみに振るえば辺り一帯を破壊してしまい危険性がある。建物を破壊して自滅の可能性がある狭い廊下で使用しなかったのも納得だ。
姿勢を低くしたために多少スピードが落ちたところ、アブソバは大きく飛び上がり、広間を囲っていた壁を鞭で破壊した。上手くいけばランを押し潰し、そうでなくても行く手を阻むように瓦礫が降り注いでいく。
「ンナッ!!」
「ウチらの目的は戦いじゃないから。発情している猿を相手する気はない」
そのままアブソバはランを放って演習場から抜け出していった。
マリーナ姫のいる場所へと向かうため、頭に叩き込んでいた地図を元に足を進めるアブソバは、ジャンプで一度高いところから見下ろすことで自分の位置を確認した。ランが着た時点で自分達の存在は露見していると判断し、多少の目立つ行動に躊躇しなくなった面もあるようだ。
「よしよし、やっぱり演習場の中か。とするといくつか突っ切っていくのが近道。この際多少強引な手段を使っても真っ直ぐは知り抜いた方が良い」
「そうだな」
「ッン!?」
アブソバが背後から聞こえたランの声に目を丸くして後ろを見ると、つい先程瓦礫を落として追っ払ったはずのランの姿が自身の上にあった。
「なんで!?」
「追々驚くなよ。元々転移であの演習場に来たんだぞ。他にいくつも移動場所は用意しているに決まっているだろ」
空中では回避行動は出来ない上、背後を取られて防御の姿勢も取れない。アブソバはランの落下に乗せた蹴りを受けてしまい、さっきまでいた演習場のすぐ隣、森林を再現したらしき演習場の中に落ちていった。
自由落下し地面にぶつかるかとも思われた二人だが、それぞれが別の木の枝をクッションに落下の威力を軽減し無事着地した。
「逃がす気はないって言ったろ? でもまだ戦うっていうんなら付き合うぜ」
「ハァ……本当に似てるわね、ウチの旦那と……」
耳の良いランは今のアブソバの台詞がハッキリ聞こえてくる。そして内容に顔をしかめた。
「嫌に気持ち悪いから止めろ。それ」
「聞こえてるの。まあどうでもいいけど」
着地から体制を整えたアブソバは、何故か鞭をブレスレットにしまって空いた両手に付いた土埃を軽く祓う。
「いいわ、戦って上げる。貴方、ウチの移動を阻止するのは良いけど、落とす場所にはしくじったわね」
今いる場所は森林を模した演習場。生命エネルギーを攻撃に変換できるアブソバにとってはかなり有利な状況になっていた。
「いちいち木に触れながら技を出すのか?」
「いいえ、時間はかけない」
会話を切ってすぐ、アブソバは自身の左親指で右掌に傷を付けて呟いた。
「<吸い取れ 心炎>」
台詞を唱えたアブソバは瞳を怪しく光らせ、全身を緑色の爆発が包み込んだ。ランが何が起こったのかと警戒を強める。
爆発が収まって現れたアブソバの姿は髪が腰辺りにまで伸び、手足があった箇所には赤いパイプのような細い触手がタコやイカの足のように大量に生えている。
遠目のシルエットこそ人型に近いが、実際の身体の構造はハグラと同じくやはり相当奇っ怪なものに変化していた。
「本気を出して……すぐにこの戦闘を終らせて上げる」
「リミッターを外したか。上等」




