5-57 赤紫砕
地面を陥没させるほどの威力を軽々と発生させるコクの五角ノ撃鬼に汗を流して肝を冷やす幸助だが、今のパワーからしてコク歯重心が前のめりになっているはず。
すぐには次の攻撃が来ないと予想し、角度は変わりながらも強く握ったままだった剣を振るってコクの頭を狙った。
「う~ん、やっぱ甘いね」
コクが一言呟くと、パワー形態の拳の時とは違う素早い武器捌きで地面に激突した五角ノ撃鬼を振り上げ、更に正面に突き出して幸助の腹に先に命中させた。
「ウガッ!!」
「コイツは拳よりパワーこそ小さいけど、その分機動力はある。おまけに鋭い一撃は単に殴られるより痛いはず」
「クッソ!」
コクの言うとおり幸助の腹に激痛が走ったが、みぞおちに当たっていなかったこともあり気を失ったり倒れたりするほどではない。
幸助がこのまま武器を受け止めて使えなくし、反撃に出ようと止まりかけた剣を再び腕に力を込めて振るうが、彼の攻撃に一切動揺する様子はなく彼に話しかけた。
「ちなみに、今押しつけているこの武器の先端からビームがでるって言ったらどうする?」
幸助がコクの言った台詞に動じて武器から手を放して逃げようとするも時既に遅く、五角ノ撃鬼から発射された光弾が幸助の腹に至近距離からぶつかり、今度こそ身体を吹き飛ばされてしまった。
近くにあった樹海の木の一つに激突し、身長を超えるその幹を折ってしまいながらどうにか止まった。
地面に崩れるように尻を突いて頭が下がる幸助。一方のコクは突き出した武器を持ち直しながらボソボソと独り言を呟く。
「仕事もあることだし、気を失っているんならこのまま放っておいて先進みたいんだけど……」
直後、コクは気を失っているかにみえた幸助の右手の指が微かに動く瞬間を目にした。
「やっぱり、やる気満々。骨をグチャグチャにでもしないと、何処までも向かってきそうだな」
コクの予想通り、幸助はまたしても立ち上がってきた。だがやはり受けたダメージは相当なようで、光弾を当てられた腹の服が燃やされ火傷の跡が生々しく残っている。
幸助は左手で痛む腹を押さえつつ考えた。
(あの金棒……物理攻撃も仕掛けも思っていたより威力が高い。下手に近付いたら拳か武器で滅多打ちにされちゃいそうだ
だからって開けた場所で距離を取っても素早さで追い詰められるか、最悪逃げられる。だったら打てる手は……)
幸助は自分がぶつかった木。そしてその後ろにバラバラに生えている木々に目を向けた。
(ランみたいに器用には出来ないけど、試験に使うはずだった新技、やるしかない!)
幸助は意を決するとすぐに雷矢を発射した。素早い飛び道具はコクの意表を突いたかに見えたが、残念ながら彼はこれにも瞬時に対応してみせ回避した。
「アブソバと同等レベルの速度。技の仕方は似ているみたいだね」
再度コクが幸助の姿を確認しようとするも、先程吹き飛ばした場所から幸助の姿は消えていた。
「消えた? いや、後ろの木々の中に紛れ込んだのか」
コクに選択肢が出来た。木々に逃げていった幸助を見つけ始末するか、彼のことを無視してマリーナ姫を捜しに向かうか。
だが幸助がここでコクを逃がそうとするわけがないことは、ここまで彼と戦闘をしてきたコクにも分かっていた。
(下手に場所を離れようとして火力高い一発を喰らいたくはないな。三発喰らっただけだっていうのにかなり身体が消耗しているっぽいし)
コクも飄々とした態度とは裏腹にあまり余裕はなかった。腹や頬に受けた渾身の拳にランと共に付けられた切り傷。幸助も大概だがコクも次戒心の一撃を直撃すれば倒されかねない状態だったのだ。
「……うん、不安要素は取り除いておいた方が良いか」
コクが判断して攻撃に移ろうとする直前、木々の中から突然何かが彼に向かって飛んできた。先程と同様の雷撃。
コクはこれを軽く身体を揺らしただけで回避。今度こそ武器を構えようとするが、すぐさま第二撃、三撃と絶え間なく攻撃が続いて飛んできた。
(次々来るとはいえ同じ攻撃、それの素早いとはいえ初見で回避出来た技だ。少しの間踊っていれば体力が尽きて技が出なく……ん?)
コクは思考の途中で一つの違和感に気が付いた。
幸助はここに至るまでに既にコクやアブソバとの戦闘の時間がかなり経過し、多くの技を出して来ていた。オーカーの能力によって一度回復したとはいえ、既に大技を何度か出しているはずの幸助がこうも連続して雷撃を発射していることがおかしかったのだ。
(この技は消耗が少ない? いやここまでかわされていては無駄打ちになることも分かっているはず。さっきの攻撃で思考が鈍ったか?
いや、やけくそにして攻撃に荒々しさを感じない。間に合ってこそいないが割と正確に俺を狙っている。この行動には何かある)
幸助の意図が読めないコクは、こうなれば幸助を見つけだして倒すのが一番確実だと考える。
だが木々の奥に隠れて飛び道具を撃ってきている彼に対し自分から近付いていくのは愚策だ。ならば一番確実なのは周辺の木々ごと一気に破壊する攻撃と判断した。
コクは次々飛んでくる雷撃一瞬の合間に五角の撃鬼を地面に突き刺して手を放し、両腕を前に伸ばして右手を上にして両掌を重ねた構えを取る。そこから腕を左右に大きく広げると、右腕からは赤い光、左腕からは紫の光を発生させていく。
そこから幸助が隠れている木々の方向へ身体を向けつつ広げた両手を猫だましの感覚で叩いた。
「<赤紫砕>」
瞬間、コクの両手の間から視認できない何かが飛び出した。それ歯攻撃の正面方向にあった木の一本に接触した途端、一瞬空間が渦を巻くようにねじれ、次の瞬間に周辺一帯が粉々に粉砕された。
『赤紫砕』。音もない一瞬の合間に広範囲を破壊する大技。コクが使う技の中では最大級のものである。
今回は下手に建物を破壊して騒ぎを大きくすることを良しとしなかったために敢えて出力を絞っていたが、それでも木々が生えていた箇所が半分以上が更地に変えられていた。
「跡形もなく破壊しちゃうから、始末した確証が残らないのが難点なんだけど、これだして無事だった奴は今までいないからね」
独り言を吐くものの目線は何度も向きを変えて幸助の撃退を確認しているように見えた。
だがそれもある程度見回して満足したのか、目を閉じて息を吐いた。
「終わりかな? いや~仕事前に張り切り過ぎちゃったよ。これ以上派手にやるとノバァに何言われるか分からないし、いい加減仕事に戻らないと……」
歩きかけた足を止めたコク。彼は理解するのに一瞬間があってしまったのだ。
目の前にいる倒したはずの相手に。そしてその相手が自分に向かって剣を振るっていることに。
(いつの間にこんなに近くに? いや、それよりなんで生きている!? 木々の他に隠れられる場所なんてなかったはずだ!!)
幸助のこの行動。つい前の世界での彼には出来なかったことだろう。これは入間に教わった隠し球の一つだ。
幸助は初撃の雷撃を撃った直後、稲光に紛れる形で最近会得したばかりの魔術を二つ発動させた。疾風姉弟が使用するのと同じ忍術、『分身』だった。
幸助は一体だけ技と魔力の少ない分身を生み出し、木々に潜り込ませつつもう一体が分身の放った雷撃に紛れつつ自身が出て来た穴にまで移動していた。
前方ばかりから攻撃を飛ばしたのはコクに幸助がそちらにいると思わせるため。そしてコクが技を放つのと同時に分け身を解除。分身の中に余っていた力も取り戻した上で消耗したコクに仕掛けたのだ。
七色に光る剣。七光衝波を撃つ直前状態だが、幸助は攻撃した先にある建物への被害を配慮し、剣で直接切り裂く手段に出た。
だがコクもここで素直にやられはしない。地面に突き刺さっていた五角ノ撃鬼を引き抜き、鈍器の部分で剣を受け止める。
(最後の大技! 想定外な形できたがこれを捌けば俺の価値だ)
渾身の一撃。コクがそう予想した攻撃は瞬時に崩れた。幸助は腕の力を緩めてわざと剣を捨て、流れるように右拳を握ってこちらを七色に光らせた。
同時に手放された剣の光も消えている。コクはこれを見て剣に全然力が籠もっていなかったことを理解した。
(ハッタリ? まさか光らせるだけ光らせてブラフを張ったのか!? まさかあの時の雷撃も!!)
そう、幸助が連続して雷撃を発射できた理由もこれにあった。あれは全て光の魔術で作ったいわば幻であり、質量や効果など始めから存在しない。だから力の分量を少なくした分身でもこの状況を確立できた。
コクは幸助が木々に隠れたと判断した時点で彼のハッタリにかかっていたのだ。
(あ~……やられた)
幸助はコクの負傷した腹に七光拳を直撃させ、自分が飛ばされた方向に吹っ飛ばした。奥の方に残っていた木々を破壊して突き抜けていった。
「……」
静まり返ったその場にて肩幅に脚を広げつつも膝が少し曲がっている幸助。次に彼が力が抜けて地面に膝をついた。
「ガァッ!!……ハアァ!!……ゴホッ! ゴホッ!!……」
ここにきて酷く咳き込み気力がなくなっていく幸助。どうにか絞り出して大技を出せたものの、やはり幸助の身体もコクと同じく、あるいはそれ以上に消耗していたようだ。
(当たった……なんとか……出来た……けど……)
自分の大技を直撃させたとはいえ、下手に吹っ飛ばしてしまったがためにコクが意識を失ったかどうか確認が出来ていない。
すぐに彼が飛んでいった方向に移動し、決着が付いたのかを確認しなければならない。そう頭の中では思っていても、幸助の身体はとても彼の思考について行けず、立ち上がることが出来なかった。
(あともうちょっと! 気力持ってくれ!!……)
根性論で身体に鞭を打とうとするも既にボロボロに打ち付けた後。幸助は膝が崩れたまま上半身が倒れていき、頭まで地面に落ちてほとんど思考が回らなくなってしまった。
(オーカーさん、無事かな? ランも……まあ、アイツは大丈夫かな。いっつも危険な目に遭っているのに、何故か死ぬ気がしないし……)
この思考を最後に、幸助は意識を失い入眠した。




