5-52 身内贔屓
時は少し遡り、ランやジーアスが突如現れたユウホウを相手に戦闘していた頃、この時間は誰も歩いていないだろう廊下。
だが静かに音を立てなように誰かがこの場所を歩いていた。周りを警戒するようにチラチラと目線を変えるその人物。
確実に何処かに向かって足を進めているその人物だったが、そこにふと声がかかってきた。
「こんな所で何をしてんや? 丹後隊員」
声が耳に入ってきた二番隊の丹後隊員は体を震わせ冷や汗を流しながら後ろを振り返った。彼に話しかけたのは、彼の部隊の隊長たる入間だ。
丹後は何処か緊張を強めた様子で返答した。
「いやその……試験の資料を提出するために貴方を探していたんですよ! 見つかって良かった」
丹後の返答に入間は少しニヤけて返す。
「ほう、それでどうしてここに来る。確かに私は観戦室からは離れていたが、わざわざこんな人気のない廊下に来る理由は? この先にあるのは、姫様のために用意されたゲストルームだけやで」
「え? いやそれは……」
「それにもう一つ気になることがあってなぁ」
入間は目を閉じて腕を組み、壁にもたれながら話を続ける。
「ついこの前調べたところ、本部に送るように制作していた今回の試験の資料が、私のデバイスから盗み見られている痕跡が確認された。シークレットゲストで姫様が来る事についても書かれた資料をな」
「それは大変だ! まさか盗まれて!? 今すぐ犯人を特定して」
「感情的に叫んで誤魔化さなくてもええ。もう分かっとる」
「え?」
丹後は入間の言い回しから、自分が情報を流した犯人だと疑われていると判断した。
「ま、待ってくださいよ隊長! 自分は」
「デバイスを操作された時間について発覚したから、監視システムを確認けど綺麗にその部分だけ映像は消されていた。でも残念。さっきある人に復旧して貰って分かったわ」
入間は髪をまとめている髪飾りについた紫色のクナイ型の装飾を外した。彼女が装飾に軽く触れると、立体映像が出現した。映っていたのは、誰もいない時間に彼女のパソコン型デバイスを操作する丹後の姿だった。
「ッン!!」
「この通りや。今この基地内に侵入している赤服を手引きしたのはお前やな? 言い逃れはでけへんで」
もたれていた壁から離れつつ目付きを鋭くさせて睨みを効かせる入間。丹後はこれに顔を大きく引きつらせて彼女から逃げ出した。
だが相手は次警隊の隊長格。移動速度は段違いでありすぐに回り込まれてしまう。
「逃がす気は毛頭ないで。大方お前の目的も奴らと同じく姫の身柄やろう。そう易々と行かせへんで。この場で逮捕させて貰う!!」
入間は丹後を逮捕しようと突撃した。だがここで彼女は引っかかる。ついさっきはあれだけ全力疾走していた丹後が今度は逃げも隠れもせずに待ち構えているようだったからだ。
とはいえ飛び出した勢いは止められない。入間はそのまま丹後に触れたが、やはり悪い予感は当たった。
丹後に触れた途端に入間の右手には突然激痛が走り、彼は間合いには言ってきた入間をそのまま捕まえようと両手を伸ばしてきたのだ。
入間はすぐに判断して身を引いたことで難を逃れるも、目視した彼女の右掌は彼女自身の出血で真っ赤に染まっていた。
「これは……」
仕組みは分からないが今の丹後にうかつに触れるのは自分にダメージが入るらしい。入間が謎の負傷に冷や汗を流すと、ここまで臆病な態度だった丹後の様子が変わる。
「やっぱりそうだった。次警隊はいつも僕の力を分かっていない。僕の才能を理解しようともしない。けど赤服は……いや、星間帝国は違った」
入間が様子の変わった丹後に再び目を向けると、彼の語りは続いた。
「この部隊はいつも隊長やその弟ばかりが評価されている。僕の方が優れた実力を持っているのに! 家柄が良いという理由だけで理不尽に評価された!!
だが帝国は違う。僕の才能を認め、僕を勧誘してくれた!!」
「そんなもの、ただ口を合わせて利用しているだけだろう。用済みになれば、切り捨てられる」
入間のもっともな台詞を受けた丹後は途端に眉間にしわを寄せて怒りに満ちた表情になる。
「黙れ! 家族びいきのエゴイストが!! 僕は僕を正当に扱ってくれた帝国のために働く。この腐った組織を潰す足がかりを作るんだ!!」
丹後が叫び声と共に両腕を伸ばすと、入間の左腕と右脚が突然切り裂かれ血を流した。
(速い! 見えない程に素早い何かが飛んできたんか!?)
ならば実態があるはずと後ろを見て攻撃の正体を確認しようとする入間だが、丹後はこれを許さない。直後に追撃がかかり、目視できない入間に次々と傷を負わせる。
(耳の良いランならば対策がしやすいんやろうけど、私にはその手は使えんからな……でも浮幽脚刃のような懺悔期を飛ばしたものやない。傷の一つ一つが小さいし、風と言うより固形物にあたったような感触があった)
受けた負傷から丹後の能力について分析する入間。
(丹後にそんな能力はなかったはず。とするとこれは、星間帝国と繋がって手に入れた後天的なもの。ということは……)
入間は分析の中で浮かんできた仮説を丹後に質問した。
「丹後、お前まさか兵器獣の改造を受けたのか!?」
「ああ、帝国の技術は素晴らしいものだろう? 一度改造を受けるだけで簡単に人間を越えることができる。僕の才能を理解できない馬鹿を、この手で分からせる事も出来る」
丹後の言い分に入間の顔付きが変わった。彼女は入院中のランから、兵器獣の開発に関わらされていたフジヤマとアキの事情を聞いていた。
彼等が治療などの平和的に人に役に立てる技術として開発した発明品を、丹後は文字通り自らのエゴを通すためだけに使っている。
その事実が、ここまで平常心のままでいた入間に怒りを走らせた。
「そうか……丹後、お前がどういう思いから私達を裏切ってしまったのか、私の知らない事情があるのやろう。だがそれでも、今の言葉は私にはとても看過でけへんなぁ!!」
ただ鋭いだけでなく、確実に目付きが変わった入間に丹後は一瞬直感的な恐れを抱いた。
だが自分には改造によって手に入れた力があると恐れを振り切ると、再び何かを飛ばして入間を襲う。
ところが今度は何かに遮られるように丹後の攻撃は弾かれ、廊下の壁や床に突き刺さった。そこで入間は初めて攻撃の正体を目視できた。
「あれは……鱗か?」
目に見えたのは魚の鱗薄く小さい鱗となると、高速で飛ばされれば見えないことにも納得が出来た。
(とすると丹後はフジヤマ君と同じく魚類系の兵器獣。同じ系統のはずなのにどうしてこうも人が別れてしまったのだか)
攻撃を弾かれたことに躍起になった丹後は鱗を連続して飛ばすも、全て入間が身動きすることなく弾いてみせた。
「なんで! 何で当たらない!?」
「少し落ち着けば分かる事や。私の能力については知っとるはずやろ?」
指摘を受けた丹後が冷静に考えていると、自分の身体に向かい風が当たる感覚を受けた。
「風?」
「<秘伝四鬼術 破流 弾膜>。ただ飛ばすだけの攻撃ならば全て風の流れに乗って弾かれる。前方に味方がいると流れ弾が飛んじゃうんやけど、今回は問題ないやろ」
この廊下という空間の中でならば、一面に透明な壁を生成するのと同じようなもの。単に鱗を飛ばす攻撃が出来ないどころか、位置取り上丹後は姫のいる部屋へ行く道を塞がれてしまった形だ。
入間は壁はそのままにまた丹後に話しかけた。
「これでお前の攻撃は通らない。裏切ったとはいえ部下を攻撃するのはキツいものがあるんや。大人しく降伏してくれんねんやったら、これ以上何もせえへんで」
降伏を持ちかける入間。だが丹後は彼女のこの態度に余計に腹を立てていた。
「降伏しろ? そうだ、それだよそれ!! そうやって貴方はいつも僕の事を舐めている! 僕が持っている力も才能も軽んじて認めようとしない!! だから嫌いなんだ、この組織が!!」
丹後が怒声を吐きつつ唾を吐き捨てるような態勢を取ると、彼の口の中から鱗とは違う何かが飛び出してきた。
この攻撃は鱗を弾き返したときとは違い、一瞬にして入間が生成した風の壁を位置も簡単に貫き彼女の右肩を貫通した。
(さっきとは違う攻撃? 威力も速度も段違いやな)
間髪入れずに次の攻撃が飛んでくる。入間は瞬時に何処かからクナイを取り出して投げつけることで応戦する。
だが鱗よりも更に見えない攻撃に攻撃で相殺することは至難の業であり、彼女がクナイを飛ばすよりも先に更に彼女の右腕や左足をおそらく同じ何かが貫通した。
「クッ!!……」
丹後の謎の能力に翻弄されてしまう入間。逆に戦闘が有利に運んでいる丹後の方は身体に風を受けた感覚が無くなったことを確認してから鱗も飛ばし、謎の攻撃と鱗による連撃を続ける。
この場が狭い廊下であることが大きく災いとなった入間。この場では下手な分身も機動力も返ってやりづらくなってしまう。
次第に負傷が多くなっていく入間に丹後は調子に乗り啖呵を切る。
「どうしたんですか隊長! この程度で追い詰められて!! やはり僕の才能は隊長などより上だったんだ! なのに優秀である僕を差し置いて、あんな将星ランを隊長にする!!
全く腹立たしい!! たかだか前の隊長の弟子だったというだけで隊長が決められ、自分の弟というだけで評価される!
この組織は縁故による採用が多すぎる! こんな組織に! 宇宙を平和に出来るわけなどない!!」
持論を叫び散らし入間を追い込んでいく丹後は、見えない攻撃をいくつか同時に発射した。入間の対処が追い付かず、眉間や心臓に突き刺さってしまった。
瞳から光が失われ、表情も虚ろになって倒れていく入間。彼女の呆気のない様子に丹後は呟いた。
「勝った……これで、僕の才能は証明された!!」
丹後は内から高笑いをしたい衝動が溢れ出そうになるも、まずはこの先にいるというマリーナ姫を拉致するために部屋に向くことを優先した。
そこから何事もなく部屋に辿り着いた丹後は電子キーを自身の盗んだマスターキーで開け、彼女を救助しに来た隊員を装いつつ部屋の中に入る。
「姫様! ご無事ですか姫様!!」
マリーナ姫からの返答はない。だが丹後は椅子に座っている彼女に近付きつつ声をかけ続ける。
「星間帝国の刺客が侵入したとの知らせが入り、姫様を脱出させるための使いとして来ました! さあ! 僕と共にここを出ましょう!!」
丹後が手を伸ばし姫を掴もうとする。だがそこで彼は突然何かが刺さった痛みを感じた。右掌を見ると、見覚えのあるクナイが突き刺さり出血していた。
「ッン!?」
「甘いなぁ……侵入者がいると分かった時点でここに姫様を放置しているとでも思ったんか?」
丹後は目を丸くして声を失うほど驚いた。椅子から立ち上がって姿を見せたのは、マリーナ姫ではなく先程彼が殺したはずの入間だった




