5-51 プラチナム
痛恨の一撃を受けてしまい、ダメージから床に倒れてしまうハグラ。一方彼女を攻撃したジーアスは油断しないで顎を引きながら相手を見る。
(今のでダウンしてくれていたらいいんだが……フジヤマ君を始め、ランが戦った人間ベースの兵器獣は相当タフを聞いている。
ここまで数度クリーンヒットさせている。手応えも感じているが、どうにも勝った気になれない。まだ何かある気がしてならない)
ジーアスの悪い勘は的中し、彼の前で倒れていたハグラは起き上がった。
「全くやってくれるじゃない。次警隊の隊長、ブルーメがやられたことはまぐれか何かだと思っていたけど、舐めていたことを認めるわ」
(ブルーメ? ランが輝身を使った撃退したという相手か)
立ち上がったハグラは口から吐き出た唾液を右腕で拭いながら一周回って笑って見せた。
「ハハハ! 胸クソ悪いを通り越して清々しいわ。アタシのオーダーメイドの武器や鉄骨をいくつも軽々と破壊して、それも肉体一つでどうにかしちゃうなんて……出し惜しみをしている場合じゃないわ」
ハグラは荒くなる息を整えつつ説明をし始める。
「次警隊なら知っているでしょう? 鉱石の世界。あそこに生まれた奴らは、全員膨大なエネルギーを身体に宿している。
そして戦闘時に覚醒させることで強力な戦闘力を発揮することが出来る能力、『輝身』帝国は、その力をずっと欲しがっている。でも何度攻め落とそうとしても、次警隊が邪魔で落とせなかった。何でも二人ほど化物がいたらしいわね」
眉を少し抱け動かすジーアス。ハグラの指す二人に心当たりがあるようだ。
「手に入らないのなら作ればいい。帝国は兵器獣の実験を応用し、融合した生物の力を覚醒させる能力を確立させた。お見せしようじゃない。次警隊に対抗する為に生み出された技術を」
ハグラは右拳を親指を立てた状態で固く握り、それを自身の眉間に貫く勢いで突き刺した。額から出血する彼女は、静まり返った空間で呟く。
「<引きつけ 心炎>」
瞬間、ハグラの瞳は怪しく光り出し、彼女の髪の色と同じ暗い青の爆発が発生した。思わず腕を回して受け身の体勢を取る。
煙が晴れた先に目線に被った腕を外したジーアスが見たのは、さっきまでの人間のシルエットからは大きく離れた怪人の姿だった。
肌の色は青く変わり、眉間からチョウチンアンコウのような触覚を生やし、背中からはハリネズミのものより数段太いトゲが大量に生えている。
「随分と姿が変わったな。それが君の本気というわけか」
「見かけ倒しじゃないって事、証明して上げる」
ハグラが次に右腕を伸ばすと、ジーアスは自身の身体に強力な重みを感じ取った。彼の身体と、彼が立っている床にピンポイントで磁力を発生されたようだ。
(エネルギー弾を当てることなく磁力を!)
ジーアスは発生した磁力を受けて膝が床に付いてしまい、そのまま無理矢理四つん這いの体勢にまで崩される。
(さっきよりも強力な磁力! 仰向けに潰れないようにするのが精一杯だ)
威勢が良かったジーアスの表情が曇った様子にハグラは少しスッキリした気分になったのか、再び口角を上げて口を開く。
「強い磁力に負けそうね。でもアタシの攻撃はこれだけで終らないぞ!!」
ハグラが次に左手の人差し指を軽く上に振るような動作をすると、途端にジーアスは上方向に身体が引っ張られる感覚に襲われ、四つん這いの姿勢が強制的に膝立ちにまで上げさせられた。
「これは!!……」
「天井にも磁力を発生させた。上下から身体が思いっ切り引っ張られる感覚は想像を絶するものでしょう? それこそ文字通りからだが引き裂かれるように」
ハグラが天井の磁力を強めたのか、ジーアスの身体はクレーンゲームのアームに引っ張られる景品のように空中に吊り上げられてしまう。
「ヌッ!……グッ!!……」
こうなってしまえば動いて抵抗することも出来ない。ジーアスは上下から襲い来る強力な磁力を受けて腕をピクリとも動かせないより強い拘束状態に遭っていた。
「普通の人間ならこれくらいですぐに身体真っ二つに裂けるはずなんだけど、やっぱりとんでもない身体しているわ、アンタ」
褒め言葉をかけられたところで嬉しいどころか危機が迫っているだけだ。話しているハグラもその事を十分に理解し、その上で続ける。
「それじゃあ、ここから更に左右に引っ張られたらどうなるのか? やってみるのも一興ね」
口角は上がるも目は笑っていないハグラ。有利になったとて自分の作った武器を破壊されたことには心底腹を立てているらしい。
そしてハグラは宣言通りに軽く両手を振るい、文字通り身を引き裂かれる思いのジーアスにダメ押しの追撃をかけてきた。
上下左右からの強い磁力に最早指一本を動かすことすらままならない状態にされる。それでも身体がバラバラに裂かれないのは、受けているのがジーアスだからこそなのだろう。
だがそれも多少通常より時間が稼げているだけのこと。いつ限界を迎えてもおかしくはない。
「我慢はいつまで続くの? 何ならもっと磁力を強めて一気に引き裂いてやってもいいんだけど」
ジーアスから返事はない。何かを言い出そうと口は開きかけているが、力が足りず声は出ていない。
「声も出ない感じ? ま、いいけど……長時間戦闘をするとノバァに怒られるし、ここらで終らせた方が良いわね」
ハグラは両手を前に出し、ジーアスにトドメを刺しにかかった。だが彼女が腕を動かし磁力を操作する寸前、か細い小さな声で微かに呟いた。
「プラ……チナ……ム……」
次の瞬間、突然ジーアスの身体を丁度包み込むほどの小規模な爆発が発生した。身体が裂けるのとは違う現象にハグラの顔がこわばり、警戒を強める。
(爆発? 何が起こった!? 奴の身体が裂けた? いや、それだと爆発が起こるなんて不自然。まさか……)
悪い予感を浮かべるハグラに対する答え合わせはすぐに起こった。耳に響いてくるのはおよそ人のものとは思えない思い足音。同時に聞こえて来たのは、ジーアスの声だった。
「なるほどなるほど……まさか輝身を人工的に再現するとは驚かされた。いや実に危機一髪だったよ。私も君を舐めていたようだ。
ところで君が話していた鉱石の世界なのだが、実を言うと私の出身地がその世界でな。人工的ではなく天然物の能力が一つ備わっている」
爆煙から抜け出て見えたジーアスの姿は上半身の筋肉が膨張し着ていた服が破れており、露出された素肌に血管のような枝分かれの白金色の模様が浮き出し、心臓部と額に五芒星のようなマークが出現する。
瞳の色も模様と同じ輝きを放ち、両側頭部には山羊に似た角のオーラが伸びた。
姿形こそ違うものの、これは吸血鬼の世界でランが使用したものと同じ『輝身』だった。
「私の輝身『プラチナム』。鍛えに鍛えた筋肉に抑えていた力を覚醒させる。その力は、引き裂かれかけた身体を持ちこたえさせ、磁力の空間から抜け出させるまであったようだな。おかげで助かった」
「賢いのは分かったけど、やっぱり戦闘法は脳筋だな」
減らず口は叩くも自身の本気の能力を脱出された事に冷や汗を流すハグラ。対してジーアスは少々説明をしながら自身の身体が動くことを確認すると、右腕を槍拳の時より浅めに後ろに引いて構えた。
「本気の私を、ご笑味あれ。<銃拳 リボルバー 1>!!」
ハグラは攻撃を出される前に磁力を発生させて妨害しようとするも、次の瞬間にはジーアスは拳を少しも動かしていないように見えないがハグラは自身の腹に殴られた衝撃を感じた。
「ガッ!?……(殴られた!? 目にも止まらない一瞬で!?)」
「2! 3!!」
ジーアスのかけ声に乗るようにハグラは左肩、右肘と的確に殴られダメージを受ける。まさに銃弾の速度。その分威力は先程の槍拳よりは低いようだが、彼の攻撃を既に何度か受けている彼女からすればいたたまれないダメージがあった。
だが事態が有利に進んでいるはずのジーアスも、この状況に素直に安心できない部分があった。
(輝身状態の私の拳を受けて骨折もしないとは……彼女達の使う心炎なる技術。侮ってはならないものらしい)
続いてまた銃拳を打ち出しかけたジーアスだったが、ハグラは素直に攻撃を受け続けるわけがなかった。
「大人しくやられるか!! クソッ!!」
今度はジーアスが拳を動かす前に磁力を発生させて攻撃を向きをずらすことに成功した。
ハグラのすぐ近くの空間を通り過ぎて壁を破壊されていく。続けざまに彼女は複数方向に磁力を発生させてジーアスに仕掛けた。
強力な磁力は輝身状態のジーアスの身体をも引っ張り、動きを鈍らせる。
「これは!? この状態でも磁力に引っかかるとは」
「アタシの力をまだ甘く見積もっていたようね!」
「いや、そうではないぞ。例え身体が動かないだろうとも、攻撃を方法はある!」
ジーアスは拘束された状態のままに両拳を強く握ると、彼の身体は模様と同じ白金色に輝きだす。
ハグラはこれに何かあると横方向に動いて回避しかけたがジーアスのパワーチャージは想定以上にはやく、彼の前面方向から身体が離れきる前に攻撃は開始された。
目にもの疑うことに、攻撃の正体はジーアスの広がった全身そのものから発射される白金色の光線だった。
「<プラチナム キャノン>!!」
「マズい! クッ!!」
ハグラは寸前に予備の鉄骨をいくつも召喚して自身を守る盾に利用するが、発射された光線はいとも容易くこれを破壊し、ハグラに光線を命中させた。
「グアアアアアァァァァァァ!!!!」
叫ぶハグラ。明確にダメージを受けた彼女は磁力を解除してしまい、再びジーアスは解放された。
「うむ、威力を制限して放ったが、こうなってしまうか。奥の手は早々出すものではないな」
すぐにジーアスは目線を回すも、目視できる先にハグラの姿は見当たらない。光線でものの見事に消滅したのだろうか。
「直撃したか逃げたか分からないな……全く、我が力ながら恐ろしいものだ」
彼が次に目にしたのは、自分の技によって大きく抉れた床と壁だった。あとほんの少しでも力加減が大きければ、奥の部屋や廊下も同じことになっていたのだろう。
ハグラの姿が見当たらないことに不安は残るものの、とりあえずモニター監視室付近広間の戦いは、ジーアスの勝利で落ち着いた。




