5-47 禁術の書
幸助は目が覚めて間髪入れずに開いた瞼が限界まで開いて目を丸くしていた。オーカーは現在別の試験部屋にて彼と同じく入隊試験を受けているはず。
その彼女が何故この部屋にいるのか。その事付いては幸助の方から問いかける前に彼女本人がわざわざ建前まで口に出しながら答えてくれた。
「フフン! 何故この部屋に我がいるのかが気になっておるのだろう? 説明してやろう!!」
「こっちの台詞までどうも……」
オーカーの例のごとくの一方的な空気作りに微妙な顔を浮かべてしまうも、彼女は気にすることなく続けた。
「実のところ、我は試験が始まってものの数分で決着が付き試験に合格したのだ。そして部屋を出た矢先、ここに急いでいる将星隊長にたまたま遭遇して状況を知り、流れで手伝うことになったのだ!
事前に伝えた情報で、我が役に立つことは隊長にも分かっていただけたのだ!!」
「能力? ってあれ?」
幸助はオーカーの説明に反応したタイミングに自分の身体の違和感に気が付いた。
つい先程までアブソバの謎の能力によって完全に脱力し、追い打ちをかけるようにダメージを受けて倒れていたはずの身体がガソリン入れ立ての自動車のように活発に動いたのだ。
「俺の身体、どうして動いッ! イッツ……」
「おお、激しくは動くな。我の能力では怪我は治せんからな」
「え? これ、オーカーが?」
オーカーは自慢気な態度を取りながら隠れていたフレミコを右肩の上に出現させ、左手で顎を軽く撫でながら自身の能力の説明に入る。
「我のフレミコの闇はどんなものでも飲み込み、そして吐き出すことが出来る。
これを応用すれば、消化されて変換されたエネルギーを他人の体内に吐き出すことでその相手を回復させることが出来るのだ。<闇の体内回復>、通称<闇復>と言ったところか」
「体力だけ回復させる。ユリちゃんの逆って事か」
「ん?」
幸助が過去に見たユリの回復術と比べてポロッと呟いたことにオーカーは軽く首を傾げると、立ち上がった幸助がすぐに話しの話題を変える。
「そうだ! ランは!? ここにいた敵と一緒に何処に行った?」
幸助からの真剣な問いかけにオーカーの表情は曇った様子になり、ポーズを決めずに話した。
「ついさっきまで我は隠れていて……隊長は男の方と格闘して上手いこと部屋の外に誘い出して……
私がその後、貴方に襲いかかろうとしていた女の方をどうにかしようと不意打ちで闇吐きを使って隊長さんの方にまで飛ばした」
「二人ともランにぶつけたの!? 無茶だ!!」
「これも隊長さんに言われたの! 下手に離して逃げられたらお姫様が危険だから、纏めて自分が相手するって……」
幸助が途端に苦い顔になった。
「人にはそういうのを止めるよう言っておいて……急がないと」
すぐにランの援軍に向かおうと床に落としていた剣を拾って足を急ぐ幸助だが、オーカーは彼の腕を掴んで止めた。
「待って!」
「放してくれ! 回復はして貰ったんだ、俺も戦える!!」
「怪我が治った訳じゃないの! 傷口をやられたらそれこそ危ない!!」
心配してくれるオーカー。彼女の真剣な目を見た幸助は、吸血鬼の世界でのランとの問答を思い出した。
以前幸助はランから怒りにまかせて動き、その後に仲間に起こるリスクについて冷静に判断出来ていなかった。それ故に幸助を助けに来てくれたランが彼に変わって今まさに危機に陥っている。
『お前は怒りを理性で抑える事を覚えるんだ。でないと自分の力で、大事な奴すらも傷付けてしまう』
ランの台詞を思い出した幸助は、オーカーの視線から顔を逸らしてすぐに突然左拳で自分の眉間を殴った。
彼の自行動に汗を流して驚き掴んでいた腕を放してしまうオーカー。だが次に彼女に顔を向けた幸助は、怒りに満ちたものから普段の優しいものに変化していた。
「ありがとう、心配してくれて」
「こ、幸助……君?」
とまそうオーカーに幸助はニカッと笑って自分の調子が戻ったことを伝えた。
「君が一回止めてくれたおかげで背筋がシャンとなった。もう大丈夫。俺は冷静だよ、無茶はしないし、アイツにさせる気もない!! 俺は、アイツの足を引っ張るために次警隊に入るんじゃないんだから」
「幸助君……」
気持ちを切り替え、今度こそランの助けになろうと部屋を出て行きかけたが、直前にふと立ち止まって
オーカーの方に顔を向き直した。
「そういえばさっきの会話、演技っぽさがなくなっていたね」
幸助に指摘されてオーカーは自分の素が出てしまったことに気付き恥ずかしさから赤面して視線を逸らしてしまう。
「な、何のことだ幸助殿! そんなものは空耳! 気のせいだ!!」
大きな声を出して誤魔化そうとするオーカーだが、晴れやかな気分になっている幸助は恥ずかしがっている彼女ににこやかに口にした。
「俺、君は素のキャラの方がいいと思うよ! そっちの方が可愛い!」
「エッ!?」
「まあ、俺の勝手な言い分なんだけどね。助けてくれてありがとう! それじゃあ!!」
幸助が走り去っていき、一人取り残されたオーカー。彼が去り際に口にした言葉が頭の中で何度も反響し、響き渡っていた。
「素の方が……可愛いって……」
周りに誰もいない部屋で素が出てしまったことに気付いた時以上に顔が赤くなるオーカー。反響する言葉の次に彼女の頭に浮かんできたのは、ここに至るまでの経緯だった。
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オーカー・トダマは、魔法が発達した文字通りの『魔法の世界』出身。この世界の住民達は科学技術こそ持っていないが、魔法の力を持ち、あるときに発見された品質のいい魔法石の発見によって下手な世界の文明を遙かに凌駕する高度な発展を遂げていた。
そんな世界に生まれし少女オーカーは、大人も顔負けなほどの魔法の研究において素晴らしい研究を残していた。
「素晴らしい、トダマさん! 君の研究はこの先の世界に大いに役に立つ!! 是非これからも頑張ってくれたまえ!」
しかし、知識こそ深い彼女だが大きな問題が一つあった。それは……
「アッ……そ、その……ありが……ございます……」
極度のコミュ障だったことだった。
オーカーは研究熱心だったこともあり、幼少期から一人本棚にこもっては勉強する毎日を送っていた。そのために、周りの人達との碌な交流もなく年を重ねてきてしまい、このような人格に形成されてしまった。
その勉強の甲斐あって若くして優秀な結果を出すことの出来た彼女だったのだが、周りの歳の近い人達はよく知らない彼女のことを疎ましく思っていた。
彼女自身は意図せずに出来たその偶然の重なりが、オーカーに大きな不幸を与えることになった。
ある日のこと、彼女も通っている魔法の最先端を学べる学園の中で事件が起こった。男女それぞれコミュニティがある人達がこの話題に盛り上がっているようだ。
「エッ!? 本棚の中にあった禁書が盗まれた!!?」
「そうらしいわよ。職員の方達も血眼になって探してるって!」
「でも何の禁書なんだ? そんなに職員の連中が慌てるって」
「なんでも過去にこの世界に大きな災害を起こした魔獣を封印しているらしいぞ。解放されてしまえばどうなるか」
この噂は広がるのがはやく、それこそ普段から一人ぼっちで過ごしているオーカーにもすぐに耳に入ってきた。
だが一人勉強に熱中している彼女にとっては禁書のにようにこそ興味がそそられるも、誰かに聞くことも無くまた一人勉強をしていた。
しかしそんなとき、たまたまに持っていた分の本での勉強が終了し、他の本で勉強をしようと席を立ち、本棚に向かったときだった。
急ぎ足の他の生徒に激突し、お互いが抱えていた本をばらつかせてしまった。オーカーが自分の抱えていた分を回収していく中、ぶつかってきた相手の方は謝罪もせず、無言のまま焦って立ち上がると、すぐ近くにあった本一冊だけを拾って離れていった。
「アッ! ちょっと!!……」
人に協力することを頼めないオーカーは落ちている残り全てを拾わなければならない。慌てつつも次々拾った本を重ねて集めていくと、ふと触れた本に違和感を覚えた。
「あれ? この本……」
オーカーが他の本を置いてその本を拾う。手に持った本は他とは明らかに年代が違うのか紙が相当に黄ばんでおり、全体的にボロボロな見た目をしている。表紙に書かれている文字や模様もハゲており、内容が分からない。
「この本、どうしてこんなにボロボロに? 何処から取ってきたんだろう?」
気になったオーカーは試しに本を開いてみる。それがいけなかった……
本は開かれた途端に勝手にページがめくられていき、丁度中央のページが見開きになって描かれた魔法陣が見える状態で止まり、独りでに宙に浮かんだ。
「な、何!?」
驚いて腰を抜かしてしまうオーカー。本に描かれた魔法陣から黒い靄が飛び出し、彼女の身体を包み込んでいった。
「嫌! 何これ!? 助けて!!」
脱出しようにも闇の速度は素早く、彼女が普段に一人でいたために近くでそれを見た人達は助けに行こうとしなかった。
闇に飲み込まれ、意識を失ったオーカー。次に彼女が目を開くと、さっきまで図書館にいたはずが、周囲一帯が暗く、そして恐怖を与える威圧を感じさせる禍々しい空気の漂う空間の中にいた。
「ここは?」
戸惑う彼女の耳に、獣の唸り声のような音が聞こえてくる。背後に感じ取った気配に彼女が振り返ると、闇の中に見えたのは恐竜とも違う、巨大な怪物のシルエットが見えた。
暗い空間の中で全容は掴めないが、高いところから見下ろされる目付きにオーカーは萎縮するしかなかった。
「けい……やく……我に……身体を!!」
「えっ!? 何を言って……」
直後、怪物は身体を先程オーカーが見た靄の形に変形させてオーカーの口の中に入り込み始めた。
「アアアアァァ!!! アアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!」
これが悪夢なら覚めて欲しい。心の底から思ったオーカーは、苦しみのあまり目を閉じる。そして再び目を開けると、見えるのは彼女にとって見慣れた図書館の天井の光景。
「私……一体……」
起き上がるオーカーは、ふと近くにあった鏡に自分の姿が映った。いつもと変わらない自分の姿。だが鏡で視認した自分の左目は、普通の人とは違う者に変化していた。
白目が存在せず、全体的に黒い。黒目に当たる部分は多少紫がかった異様な瞳。この瞳が、この先の彼女を苦しめることになってしまった。




