5-46 人間脆い
監視カメラの映像はハッキングされ、今試験部屋の中で行なわれている事件の状況は外には一切漏れ出ているはずがなかった。
しかし、観戦室の中にいたはずのランがこの場に現れた。コクもアブソバも、そして追い詰められていた幸助も全員がこの事態に大きく驚いていた。
「これはこれは……」
コクの反応、ラン自身が先程口にした台詞から、アブソバは現れた男が何者なのかを理解した。
「この人が、ブルーメをコテンパンにしたっていう三番隊の隊長?」
「ああ、最近見つけた面白い男。会うのは三度目だね」
気楽に話しかけるコクに反してランの表情は苦いものだ。
「まさかお前が来るなんてな。ここ最近変に縁があるもんだ」
「俺もそれ思うよ。道に迷ってばかりの俺だけど、やっぱり迷うからこそいいこともあるんだね」
コクはケラケラと笑っているが、アブソバはランに当然の質問を問いかけた。
「何故貴方がここに? ウチ達の仲間が偽装工作していたはずなのに?」
「その事なんだがよ……説明するほどのことか? そんなことより、だ……」
質問を流しつつ二人の奥にいる幸助に視線を向けるラン。幸助も目線だけを向けて内心安心感とは少し違う思いが上がっていた。
(なんでお前って奴はこう……いつもピンチになったときにやって来るんだよ……)
文句とも取れる台詞が浮かぶ幸助。しかしその表情は苦しいものから少し口角が上がった小さな笑顔に変化していた。
そんな幸助にランは捨て台詞を吐いてきた。
「ボロボロだな、馬鹿勇者。例のごとく無茶しやがって……今は寝てろ。コイツらの相手は俺が引き着いといてやる」
(今は……か……ユリちゃんほどじゃないけど、俺もアイツの言い回しがなんとなく分かるようになってきたな……
意地を張って邪魔になるのも迷惑だし……しばらく任せたよ……)
ランの登場で安心感を感じたためか、幸助は張り詰めていた糸が切れるかのように身体の力が抜けていき、その場に倒れて気を失った。
「向こうは気絶……選手交代か?」
コクが幸助の様子を見て口にすると、ランも話を合わせて返事をする。
「まあな。俺はそこの勇者と違って甘くない。大人しく逮捕される気がないのなら痛い目を見ることになるぞ」
「痛い目ね……どう思うアブソバ?」
「返り討ちで終わり……かな?」
減らず口を叩いて世間話をしているランだが、彼の頭の中では既に二人に対する対策を考えていた。
(さて、どう戦ったものか……頑丈さが売りの幸助が真っ向からここまでやられているとなると、相当ぶっ飛んだパワーか、相性の悪い能力持ちか……)
だが考え事の最中、幸助の時と同じようにランの間合いにまでアブソバは迫り、彼の首筋を掴もうと両手を伸ばしてきた。
「ッン!」
「これで終わり」
アブソバはとっととランも始末して目的の仕事に戻ろうとしていたが、そう上手くはいかない。ランは素早くのけぞってアブソバの手を回避し、自分の動きの流れに乗せて彼女の顎を蹴り上げようとする。
だが彼女も後ろに身を引きつつ、態勢が戻っていないランに火炎を放射した。
(火炎放射!? 危ないもんを!)
範囲外に逃れるためにランは部屋の外にまで飛び出さざるおえず、なんとか回避に成功した。
ところがランが足を床に付けた直後、瞬時に後方に現れたコクの拳が飛んできた。ランは片足を敢えてかかとだけ付けて足を軸に回すことで身体の位置をずらしこれもどうにか回避した。
「これも避けるのか! 器用な奴だね。でもこの前ブルーメと戦っていたときのピカピカのあれ、使わなくて大丈夫なのかな?」
「あれは小細工が通じないパワーキャラに使う奥の手だ。必要にならない時は使わねえよ」
無駄のない動きで回転回避の最中にブレスレットを剣に変形させたランは、そのままコクの首を刈り取る勢いで振るい、横一直線に切り裂いた。
直後、ランは人体を切ったにもかかわらずあまりに手応えがないことに違和感を感じていると、真後ろに足音を感じて咄嗟に剣の面を背中に回した。
ランの勘は当たり、直後に剣に何かがぶつかる衝撃が加わった。正体はやはりいつの間にか後ろを取っていたコクの拳だった。
「へえ、これも捌くんだ」
「残像残すほどのスピードってなんだよ。こんな攻撃俺も初めてだぞ」
「それは光栄だね。受け止められたから微妙な気分だけど」
減らず口の会話をするコクに対し、ランは返事をせずに視線を動かすと、いつの間にか出現させて左手に持っていたレーザー銃を発砲、何故か倒れている幸助に向かっていたアブソバにレーザーを飛ばした。
「ッン!」
コクはランの行動に突然目の色を変えると、剣に当てていた拳を放して赤目の姿に変身し、発射されたレーザーを素手の裏拳で阻止した。
「チッ!」
「俺の目の前で家族を攻撃とは……いい度胸をしているな」
「何!?」
コクが口にした台詞に一瞬引っかかったランだったが、それよりもまずは幸助の事をなんとかしなければならない。
(倒れている幸助に確実にトドメを刺す気か? いや、奴らがここにいるのはアイツの誘拐が目的。下手に殺すよりすぐに移動した方が仕事を終らせやすいはずだ)
アブソバのあの行為には仕事とは違う意味がある。とはいえまずは彼女の行動を止めなければ幸助が危ない。
だがコクと交戦中のランはアブソバの元に向かえない。コクの素早すぎる攻撃にランは上手く立ち回ってなんとか押さえつけられている現状だ。
「これも捌くのか。結構素早くやってると思うんだけど?」
「次警他の隊長を舐めるなって事だ」
「へえ、でもこのままじゃアブソバに君のお仲間が始末されるよ」
「そうだな、だから退け!」
「嫌だね。アブソバに怪我をさせたくないし」
正面に走ろうとした先で再び剣を拳が交わる。ランとコクが面と向かって睨み合う
「そんなに大事なんだったらこんな危険地帯に来させるなよ」
「君だって自分の嫁さんを旅先に引き連れている身だろ? 人のこと言えないじゃん」
「うるせぇ。とにかく邪魔だ退け!!」
幸助の危機が目前にまで迫る中、更に罰が悪いことになる。
ランが次こそコクに一撃決めようと彼の素早い動きの間を縫って剣を振るった瞬間だった。さっきまでの素早い動きとは違い、コクはランの剣を軽いものを掴むような感覚で受け止めて動きを止めてしまった。
ランが気付いてももう遅い。コクの体格は赤い瞳をしたパワー形態に変化しており、ランの剣を受け止めてすぐに開いていた彼の右脇腹に左拳を叩き込んだ。
「アガッ!!」
強烈な衝撃に嗚咽を吐いてしまいながら殴り飛ばされるラン。ただでさえ急がなければ間に合わないというのに、距離が離れてしまえばもう幸助の救出にはとても行けない。
コクはそんなランにまた近付いていき、アブソバの邪魔をしないように釘を刺しにかかる。
「まだ邪魔をするのか?」
「念には念をね……アブソバに必要だから」
殴られて痛めたのか右脇腹を抱えているラン。だが彼は今のことでコクについて理解した部分があった。
「お前、やっぱり自分の体格を操作できるのか。ぶっ飛んだスピードに鬼畜なパワー。これを瞬時に切り替えられる。合わせにくくて嫌な能力だ」
「へえ、二度目にしてバレたか。説明する手間が省けていいね」
とは言っても話に乗っているコクには、今ランが幸助と距離を取らされていることに内心かなり焦っていると思っている。
前回ユリに足を向かわせたときに自分の身を挺して守ろうとしたときと同じ。ランは仲間を見捨てることは出来ない。その焦りが、コクに勝機を与えると踏んでいた。
コクの予想通りランは幸助を助けなければと彼を抜き去る勢いで走り出したが、彼にそれは通じない。再びコクは体型を変化させ、向き去ろうとするランの腹を一瞬で何発も殴った。
「ガハッ!!……」
「焦ると人間脆いものだね。はじめっから出し惜しみせず本気モードになっておけば良かったのに」
膝を崩していくランを見届けたコクは、後方に視線だけ送って異変がないことを確認する。
「向こうも終ったところかな? 残っていても絞りかすしかないんだろうけど、一度耐えられたのが余程苛立ったんだろうね?」
アブソバが合流してすぐにこの場を移動しようと判断するコク。頭が下がって気を失ったらしきランは余所に彼女を迎えに行こうと足を運びかけたが、そんな彼の足が何かに引っかかった。
引っかかりを気にした一瞬の合間、振り返る隙にコクは強烈な衝撃を受けてしまった。
「イッツ!……今のって……」
左脇腹を押さえるコクが反射で下がってしまった顔を目付きを鋭くさせながら上げると、気を失っていたかに見えたランがブレスレットを変形させた寸鉄を右手に握った状態で立ち上がっている様子があった。
「へえ、気絶したフリも出来るんだ。騙されちゃった」
「焦るときだけじゃなく、慢心したときも人間脆いものだな」
ついさっき自分が言った台詞への返しと取れる挑発の言葉を受けて怒るどころか、口角を上げて喜んでいるように見えた。
「そうだね~……確かに俺も脆かったみたいだよ。本気モードにならなくても色々姑息に器用に動く。確かにその姿でも敵に回してカなり厄介だ」
「褒め言葉として受け取っておく」
誤魔化しはしつつもランにとってもさっきの連打は予想外のダメージだったらしく、空いていた左手はふとしたときに腹を押さえようと動いてしまう。
「でもどうにしろだ。君の仲間はもう間に合わない」
「その件については心配ない。時間稼ぎは十分だ」
「ん? 時間稼ぎ?」
ランの言うことにコクが疑問を浮かべた次の瞬間、突然コクの背後に何者かがぶつかってきた。振り返るとそこにいたのは、別れていたはずのアブソバだった。
「アブソバ!? どうしてここに!?」
「弾かれた……コイツら、隠れてもう一人連れて来ていた」
悔しそうな顔を浮かべるアブソバ。反対にほんの少し一安心した様子のラン。
そして事件現場になった試験部屋。ダメージから気を失っていた幸助が目を覚ます。
「あれ? 俺……」
「目が覚めたようだな幸助殿」
「殿?」
幸助が聞き覚えのある声とフレーズに首を曲げると、彼を膝枕で支えるオーカーの姿が見えた。
「オーカー!? 何でここに!?」
「クックック……隊長殿に、我の力を必要とされたのだよ」
オーカーはこの危機的状況でもキャラを崩すことなく笑っていた。




