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5-43 舐めている

 一番の武器であるマフラーを失い、挙げ句そのときに打撃をぶつけてしまった分南にはカウンターが出来る分のダメージが溜っている。

 現状、この部屋は零名にとって相当不利な状況になっていた。


 当然南の方はこの絶対的好機を見逃すはずがない。一気に距離を詰めて零名に攻撃を仕掛けにかかる。

 拳を握り最短距離を全力で走る南。零名はこれをされれば後ろに下がるしかないと予想していた南だったのだが、零名は下がるどころか南に向かってきた。


(正面から迎え撃ってきた!? マフラーを拾いに行くつもりなのかな?)


 ならばそうはさせまいと武器を拾われるのも警戒して構えていると、零名はまたしても何処かから取り出した手裏剣をばらまくように飛ばして牽制してきた。

 もっともこの程度の攻撃で今更南は怯まない。技を使うまでもなく弾き飛ばし、彼女に拳を叩きつけようとした。


「無駄……零名……ペラペラになれるから」


 零名は身体を二次元化させ、またしてもしならせることで南の拳を流した。

 だが南の今回はこれだけでは終らない。打撃の途中、南は敢えてゆるめに握っていた拳を広げると、零名の身体から腕が離かけた直前に彼女の左腕を掴んだ。


「何っ!?」

「これならペラペラになっても関係ないよね! 掴み技で投げ飛ばす!!」

「舐めるな!!」


 零名が少々怒りの混ざった声で反抗すると、彼女の左腕を掴んでいた南の右腕が零名と同様にペラペラにされてしまった。しかもどういう訳か、ペラペラにされた箇所だけピンポイントに力を失った感覚に陥ってしまう。


「何!? これ……」

「零名の能力……ただペラペラにするだけじゃない……ペラペラにしたもの、全て軽くする……

 重さも……力も……全て軽くする……掴むのは……自分を弱くするだけ」


 零名は説明の最中に服の中に仕込んでいたクナイを取り出し、力が抜けてしまった南を攻撃した。

 咄嗟の攻撃を前に素早く下がった南は切り裂かれることこそなかったが、零名からは手を放してしまい彼女の拘束に失敗してしまった。


 せっかく一番の武器を手放させて優位に立てたかに思われた南だが、その考えが甘かったことを気付かされた。

 こうなると零名の身体を掴むなどして壁際に追い込み、衝撃の逃げ場をなくしてからダメージを与えようとしていた策も考え直さなければならない。


(触れた箇所から自分の身体までペラペラにされてしまう……確かに、触れたものは全てペラペラにするのなら、それも当然だと考えておくべきだった)


 南は自身の手に一瞬視線を向け、自分がどう動くべきなのかを考える。


(ある程度のダメージは蓄積されている。技を出して壁まで吹っ飛ばすとかは……)


 南は自分の中で浮かんだ考えを自分で却下した。彼女の攻撃は威力がある分攻撃範囲が限られているものが多い。ファイア戦で使っていた『拡巻』ですら、小柄で素早い零名相手には効果が薄いだろう。何より技そのものを能力で流されてしまえばそれこそ後がなくなってしまう。


(零名ちゃんにパワーで押し勝つのはやっぱり厳しい。かといって小細工を使うにも、僕にはラン君と違ってそこまで器用な立ち回りは出来ない……武術の技術なら色々と学んできたけど、そんなことがこの場では……ッン!)


 そこで南に一つ思い当たる事があった。とある種目では、この技を使うことでピンチを切り抜けることが出来る。

 しかしそれが南に上手く出来るのだろうか。いや、出来る出来ないじゃなくやるしかない。そう自分の心に言い聞かせることで前方に足を踏み込ませた。


 零名も南の動きに何かがあると察し、横方向に動きつつまばらに手裏剣を飛ばしてきた。


(またしても手裏剣! でもこれなら弾けば!!)


 南が身体に向かってくる手裏剣を右手で払おうとする。だが零名の攻撃はここに来てまで単純なままではなかった。

 いくつかの手裏剣を弾いたすぐ後ろには、同じ軌道上に隠されていた別の手裏剣が飛び込み、ガラ空きになっていた南の身体に突き刺さった。


(後ろから間髪入れずに手裏剣が!?)


 南は手裏剣が刺さったことよりも、零名の器用な手さばきに驚かされた。


 今の攻撃は、零名がバラバラに飛ばした手裏剣の中に、一つだけ軌道上死角になる位置に隠すように投げていたのだ。

 銃弾ならばまだしも、これを手裏剣で、しかも人の手で行ないながら当たる寸前まで隠して見せたのは、何処まで鍛え上げたら出来るようになる技術なのだろうか。子供ながら、彼女の影に見える努力に南は垣間見えた気がした。


「ごめんなさい……」

「謝る?……何故?……」


 南からの突然の謝罪の意図が分からない零名。南は改まった姿勢になり、彼女に頭を下げた。


「僕は君が子供だからってだけで、何処か手加減をしてしまっていた。内心、君を舐めていた部分があった。

 けど今の技で確信した。君は大人と渡り合うために、いっぱい努力をしたんだって事を。どんな相手とも戦えるために鍛え上げてきたことを」


 零名はこの言葉をそこまで深くは受けていないようだった。子供にして次警隊に入っている彼女にとっては、そういう印象を受けるのは珍しいことではなかったからだ。


「別にいい……そういう目、いつも受けてきた……だからこそ、みんな油断する……そうしてみんな、零名に負ける」


 零名は台詞を言い終えると共に服の中に隠していたペラペラの何かを南の上方向にばらまくように飛ばしてきた。


「これは!?」

「ペラペラにしてしまっていたもの……忍具だけじゃない……」


 次の瞬間、南の上部に跳んできたペラペラの物体達が全て鋭い槍に戻り、文字通り雨のように降り注いできた。


「槍!? こんなものまで携帯を!!?」

「マフラーと同じ……ペラペラにすれば……簡単に曲げられる……折りたたんで、しまうことも出来る……

 みんな零名を甘く見る……まだ南も、甘い」


 隠し武器、ここまで色々と仕込んでいるのは実際南には予想外だった。だが南は下手に回避して被弾するよりも受けるが安しと考え、自分の真上に振ってくる部分だけを受け身で耐えた。


 刺さった分の槍も弾いてダメージを蓄積させると、耐えきった直後にどうしても隙が出来るであろう零名に飛び込みにかかる。掴まれる恐れはあっても、やはり近づいた方が攻略しやすいと思ったからだ。


 その焦りが、南にとって危機を生んだ。南がふと目に入ったもの。槍の後ろ部分に色を紛れ込ませて武器と共にばらまいていた着火前のダイナマイトだ。


「ダイナマイト!?」

「ほら……まだ舐めていた」


 零名は南が槍の範囲から離れるよりも前に着火済みのネズミ花火を飛ばし、槍の一本のダイナマイトを着火、周辺一帯の槍ごと丸ごと爆発させた。


 大きな音と煙が発生し、しばらくの間立っていても南が動く様子は見えなかった。

 零名はさすがにやりすぎたのではないかと少し反省する部分もあれど、確実に南を撃退させたものであると思った。


「零名の勝ち……すぐに医療班を呼ぼうかしら……」


 零名のこの安心と判断は、この戦いにおいて結果的に致命的になった。

 突如零名は前方から跳んできた何者かに捕まえられ、床に押さえつけられてしまった。


「ッン! 南!!?」


 跳んできたのは、爆発のダメージにも耐え抜いてみせた南だった。


「あれだけのダメージ、ここまでの跳躍と強い力に変換するには十分だったよ。ありがとうね」

「あのダメージに……耐えたの!?」


 これも皮肉な話だ。南が零名の能力を何処か舐めていたのと同様に、零名も南の力を少々舐めていた部分があったのだ。

 溜め込まれた力は零名の反応が追い付かないほどの速度を生み出し、おまけに床に叩きつけられたとなれば、壁同様に例え身体をペラペラにしても攻撃から逃れることは出来ない。


 零名は床をペラペラに擦ることも考えたが、それでは床が抜けて下に落ちてしまい、結局ダメージを受けることになる。

 手詰まり。まさにこの言葉が浮かぶ状況だった。南が右腕を引き、彼女が自分が攻撃を受けそうになる事態に、やはり反射的に目を閉じてしまった。そして


 パチンッ!……


 という音が静かな部屋に響いた。頭部に軽い痛みを感じた零名が目を開けると、南が零名にデコピンを喰らわせた様子があった。


「南……」

「ダメージは与えた。これで僕の勝ちでしょ」


 南は押さえつけていた零名を離して立ち上がる。零名もおって立ち上がるも、彼女の心境が分からなかった。


「どうして……殴らなかった?」


 零名の問いかけに南は笑顔を浮かばせて答える。


「僕は殺しは絶対にしない。それと同じで、むやみな戦いもしたくない。平和的に解決するなら、それが一番でしょ?」


 零名は南の言い分に言葉が出なかった。戦士をしてはあまりに甘い。だが、彼女はここまで激闘をしておき零名を舐めない上でこの行動を取った。それは零名にも伝わってきた。


 零名は一度視線を下げて彼女の言い分を受け止めると、顔を上げて彼女の目を見ながらグーサインを向けつつハッキリ伝えた。


「おめでとう南……最終試験、合格」


 南はこの台詞を受けて柔道や空手の例の構えを取り、頭を下げながら礼を告げた。


「ありがとうございました!!」


 礼を解いた南。自分が合格した今、次に彼女が心配する事は、旅の仲間である幸助の合否についてだ。


「幸助君、大丈夫かな?」



_______________________



 その南に心配されていた当の本人、西野幸助。彼も南やフジヤマと同様、指定された部屋の中に入って試験を受ける。





 ……はずだった。





「ウッ……グッ……」


 ほとんど力もないような苦しい咳に近い声を零す幸助。彼は今、全身から多量の出血をしており、重症を負った状態で膝を崩されていた。


「俺一人にやられてた奴が、二人相手に勝てるわけないだろ」


 虫の息の幸助に迫り、上から見下ろすようにして語りかける声。その男に幸助は憶えがあった。


 色白の肌に整った顔立ちに右目が紫、左目が赤い色のオッドアイをしている青年。本来この世界に入れるはずがない星間帝国の王子、『コク ゴース リベリオル』だ。

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