5-41 零名のマフラー
時間は少し前、南が試験会場の部屋に入ったところにまで遡る。
「南……ようこそ……零名の試験へ……」
部屋の奥の方で肩幅に脚を広げて待ち構えるように立っていた零名。南は彼女がここにいることに正直驚いた。
「零名……さん?」
「さん……いらない……祭りの時から、引っかかってた」
零名としては自分より背丈も大きく年も上な南に敬称で呼ばれるのが少々引っかかっていたらしい。
「ああ、ごめんなさい。じゃあ、零名ちゃん? その……君が僕の試験担当者って事でいいのかな?」
南が一応問いかけた質問に零名は無言で首を縦に振って肯定する。
南は困惑する。子供である零名を相手に、自分の拳を当ててもいいのだろうかと。だが、第四試験の内容は試験管がそれぞれ決めると聞いている。
零名が試験内容を決めるのであれば、そこまで危険なものではないのかもしれないと思っていた。
だが零名が口を開いて南に説明した試験の内容を説明し始めた。
「南が合格する条件……零名にダメージを与える……南が気絶したら負け……以上」
「ええ? だ、ダメージ?」
零名が首を縦に振る。南は考えた。彼女の言う試験内容は正直ざっくりとしすぎている。怪我をさせろということなのだろうか。
とはいえ子供である零名を相手に攻撃をするべきか悩んでしまう南。そんな様子の彼女に零名はジト目をより深くしながら南に挑発の構えを取ってきた。
「遠慮はいい……一発殴れ」
堂々とした態度で戦闘を促す零名に、南は少し戸惑いながらも自分から仕掛けなければ始まらないと思った彼女は少し力を緩めつつ拳を握り、飛び出しながら零名に殴りかかった。
しかし零名に拳を触れた瞬間に異変は目に見えて分かるほどにハッキリした。拳が接触した零名の右肩は、まるでレース中の車がスリップしてしまうように拳が滑っていき、勢い余って斜め前方向にずれていき、壁に激突した。
「な、何今の!? ガッ!!」
今起こった事態に戸惑う南に普段大悟が受けているのであろうものと同じドロップキックが直撃してきた。反応が遅れて受けが間に合わなかった南はそこから更に左端の壁にまで激突させられた。
(こ、これが普段大悟君が受けている蹴り! 思っていたよりも強烈)
自業自得とはいえ何度もこれを受けているのであろう大悟が少し不憫に感じた南。激突した壁から復帰して体勢を戻した南に、零名は表情を変えないまま補足を伝えた。
「ちなみに……零名が攻撃しないとは言ってない。注意して」
つまりこの試験は、零名の攻撃に対処しつつ彼女に攻撃を命中させろということだ。
だがその為には、さっきの謎の現象が一番に引っかかっていた。
(さっきの滑るような感覚、気のせいとは思えない……やっぱり零名ちゃんも何か能力を持っている?)
謎の現象の正体を掴むためにどう戦うべきかを頭で考えている南。これに零名は思考させる時間を与えないためか自分から迫ってきた。
(また蹴りを入れてくる? さっきの威力、連続で受け続ければマズい! 手を抜いている場合じゃない!!)
南は子供だからという認識で手を抜くことは止めた。というより油断している場合ではなかった。
幼い少女のものとは思えない威圧。今南の目の前にいるのは、まさしく次警隊の正隊員だ。
(まずはカラクリを見破る!)
南は山羊乱によって自身前方広くにほぼ同時に打撃を与えた。だが南は表情が崩れ、動揺から冷や汗が流れる。
「手応えがない? 近付いてくる相手に拡散しながら撃った打撃全てに当たっていないなんて、そんなこと……ハッ!!」
南が頭を悩ませている隙に、彼女の首に見覚えのある長方形方の布が巻き付いてきた。キツく首が絞められていき息が詰まりそうになる中で、南は布の正体に気が付いた。
(これは! 零名ちゃんのマフラー!? クッ……)
南はマフラーを千切って逃れようと魚斬を直撃させた。しかしマフラーは切断されるどころか少しも破れていない。何より南の手の方にかなりの痛みが走ってきた。
(固いっ!? まるで鉄の塊にでもぶつけてしまったような……とにかくこのままじゃマズい!! 壊せないのならどうにかほどくしかない!!)
南は両手でマフラーの結び目を掴むと、力一杯に結ばれた部分をゆるめにかかった。幸い即席で首を結ばれた箇所は結び目が緩かったためになんとかほどくことに成功した。
「ガアッ!……ハァ……危なかったな……いきなり気絶するかと思った……」
息を整えている南。零名はほどかれたマフラーを自分の首回りに巻き付かせることで元の状態に戻した。見た目では判断しづらいが、どうやらあのマフラーは相当重ね気味で巻き付けられているようだ。
そんな彼女は、獲物を睨み付ける蛇のような目付きを南に向けてくる。
「零名……強い……舐めてたら……潰す」
零名は再び巻いていたマフラーの一部をほどくと、今度は南の上空から金棒を振り落とすような要領で攻撃してきた。
南が右に走って回避すると、激突した周囲にはヒビが入り、直撃した部分に至っては少し陥没していた。
(マフラーであんなに重い一撃を! 直撃したら一撃で気絶してしまいそう)
ここで気絶で済むと考えてしまう辺りが南も十分に人間離れしていることを表わしているのだろうが、零名のそれは南の常識の範疇を超えていた。
零名はそこから両手で持ち上げたマフラーを南のいる方向へ振り回す。これまたどういう訳か振り回されているマフラーは風圧でしなっており、見てくれは完全にただの長いマフラーといった感じだ。
空気抵抗のためかマフラーの動き自体は遅い。これならば追い付かれる前に反撃が出来ると考えた南が零名に向かって走った。ところが彼女のある程度走ったところで、彼女は自分の足の裏に強烈な痛みが走ったのを感じた。
何事かと思い下に顔を向けると、全く気付きもしない間に仕掛けられていた鋭いまきびしによって彼女の足が貫かれている光景が見えた。
「ナッ!!」
意識が逸れた一瞬の隙にマフラーは迫る。こうなれば砕く勢いで殴ってしまおうと拳に力を入れてマフラーに右腕を向かわせた。
ところが今度は拳がマフラーに触れた途端、普通のマフラーと同じように力のかかった箇所の布地がしなり、攻撃の威力を流してしまった。
「ナッ!……マフラーが曲がった!? (ついさっきはあんなに固かったのに!?)」
更に零名はマフラーを器用に操り、拳が当たって曲がっていたマフラーを彼女の伸ばした右腕に巻き付かせ、結び絞めながら身体を引っ張った。
(身体が持ち上がっていく!? あの子、マフラーを操る技術といいさっきの蹴りをいい、どれだけの力を持って!?)
持ち上げられた身体は軽々と床に激突させられ、強烈な衝撃を受けてしまう南。
南はマフラーが放されてすぐに立ち上がるも、零名はすぐに手裏剣を投げて追撃をかける。
「手裏剣!?」
「零名……隊長に鍛えられた……当然、忍者の技術……使える!!」
零名は更に手元に隠していた手裏剣を投げつける。大悟や入間のように成長した大人の体格であれば服の何処かしらに隠すことも出来るのだろうが、まだ小学生ほどの背丈である零名がここまで大量の手裏剣を隠し持てるとは思えなかった。
南は手裏剣の所在を確認するも、パワーチャージをして次に大技を放つために膝を曲げて受け身の構えを取った。
次々と身体に突き刺さる手裏剣。南は息を吐きながら敢えて攻撃を受けると、次には弾き飛ばして部屋中に手裏剣をばらまいた。
零名は既に聞いていた情報から南の能力については知っている。
(受け身からのカウンター……受けたダメージ分の力を身体で循環……武術を使って相手に押し返す……
即刻決められれば良かった……押し潰れれば、カウンターはなかったから)
零名の方も正直なところ南のパワーにはかなり警戒している部分があった。そしてこの警戒による一歩引いた動きが、南に違和感を感じさせる結果となった。
零名はまたしても手裏剣を投げて牽制し、後ろに身を引きつつマフラーを操って蛇が首筋に噛み付くかのように南に襲いかかってきた。
(手裏剣から逃げた途端にマフラーが当たるようにしている。零名ちゃん、ラン君と同じ器用に戦うタイプなんだ。
でもなんだろうこの違和感……さっきから武器を使った攻撃ばかりで、零名ちゃん自身はずっと距離を取っているような……近付かれると何かマズいことでもあるのかな?)
思えば、最初のお試しで攻撃させて貰った時以外、一切間合いに入らせようとしてこない。零名は、南に再度近付かれるのを恐れているのではないだろうか。
南の思考にそんな仮設が浮かんだ。なら何故そんな考えになるのか、近付いたら倒せるからというのなら、さっきの流されるような感覚はまず起こらない。
ならば最も考えられるのはこれだ。
(近付いて注意深く攻撃を仕掛ければ、零名ちゃんの能力の正体が分かる?)
そうならば南が状況を打破するのに最もいいのは零名に近距離まで近付くことだ。間合いにさえ入ってしまえば例えダメージを与えられなかったとしても攻撃自体は届かせることが出来る。
ならばと南は、零名の攻撃を再び敢えて受け止めた。当然その分だけダメージは南の身体の中に蓄積され、カウンターとしてのパワーが充電されていく。
そしてすぐさまに南はこの蓄積された力を足に向かわせ、床を砕いて陥没させるほどに踏み込ませると、その脚力によっていっきに零名までの距離を詰めた。
「ッン! ここまでの距離を……一足で……」
この素早さには零名に回避する時間などない。南はこのチャンスをものにすると両拳を握り、貫手の構えを取って蠍突きを仕掛けた。
「これで、どう!!」
普通の拳よりも鋭い攻撃。拳と違って突き刺さる感触になると思っていた部分もあった南だったが、目を凝らしてよく見た自分の攻撃が流された理由は文字通り目を疑う光景だった。
目に映ったのは、貫手が接触した零名の胴体部のみがペラペラの薄い紙のように形を変形させ、その体をしならせることにより攻撃を流していた様子だった。
「これって、一体!?」
攻撃を流しつつ南の目に視線を向けてきた零名の瞳は無事な両腕に力を入れている。攻撃を想定外の方法で流されてしまったことにより、再び南に危機が迫っていた。




