5-38 浮幽
第四試験、大悟が担当する試験室。フジヤマが手を放して扉が閉まりきると、大悟は不気味にわざとらしく笑い始めた。
「クックックックック……正直今めっちゃ嬉しい気分やで。お前とは、アキさんを賭けて戦って以来、決着が付いてなかったからなぁ」
「まだ引きずっていたのか、あの事……まさか逆恨みで俺のことを不合格にする、なんてことはないよな?」
「アホか。そんなんしたってなんもおもろくないわ」
笑い顔を引っ込めて直後に真顔になる大悟。彼はポケットの中から二つの小さな手裏剣型のバッチを取り出すと、一つをフジヤマに投げ渡した。
「試験内容は単純。そいつを胸に付けて先に破壊された方が負け。シンプルやろ」
「文字通りの喧嘩だな」
「まあな、ランは小細工をよぉ使ってくるけど、お前はどう戦ってくんのか楽しみや。もっとも、俺は手ぇ抜く気は一切ないで」
「臨むところ」
フジヤマがバッチを右胸に付けて大悟に対して構えようとした瞬間、大悟の姿は既に目の前から消えていた。
「ッン!? 何処に!!」
「アカンなぁ、隙見せすぎやで」
背後から聞こえて来た大悟の声に驚くフジヤマ。振り返るももう遅く、彼の回し蹴りを直撃して壁に叩きつけられてしまった。
体制を整える大悟は、壁には目も向けずに捨て台詞を吐いた。
「バッチを付けるまで優しく待って上げるとでも思ってたか……それとも『よーいドン』って合図を言うとでも思ってたんか?
甘いなぁ、実戦はいつ始まって攻撃されるかなんて分かったもんやないねんで。この程度の不意打ち、常に警戒しておかんと身がもたへんぞ。ま、この程度でお前さんはダウンなんてせえへんねんやろうけど」
大悟の最後に言った台詞通り、フジヤマは蹴りを直撃し壁にぶつけられたにもかかわらず、半身を鱗に覆わせた戦闘モードに変身してすぐに立ち上がった。ただし目付きは鋭くなり、余裕はないようだったが。
「お前の言うことはしごく正しい……だがそれでも、いきなり刺客から蹴りを入れられるのは単純に腹が立つ」
と文句を口にしているフジヤマ。しかし彼怒る氷上とは違いは内心では冷静に疑問を浮かべていた。
(コイツ……一瞬で後ろを取る素早さといい、今の蹴りといい、普通の人間のレベルじゃない。
考えてみれば前に戦ったときもそうだ。俺の攻撃は軽々と変わり身を用意されて回避されていた。コイツも何かしら異能力が使えるのか?)
余裕そうな態度のままに正面から近付いてくる大悟。フジヤマはこのまま壁際にいても勝負には勝てないと右手を銃の形状にして大悟に向ける。
「ほお、来るか?」
フジヤマは試しに人差し指と中指の先端の間から圧縮して生み出した水を一本線引かせるように発射した。大悟はどう出るのか伺ったフジヤマだったが、彼は逃げることなく正面から向かってきた。
「正面から!? 馬鹿な、貫通するぞ!!」
思わず心配の声を出してしまうフジヤマに、大悟は意気揚々と返す。
「へっ、ご忠告どうも。でもこんなん、俺にとってはかわす必要もないって事や!!」
大悟はいつの間にか右手に持っていた手裏剣を面の方を正面に向けて軽く放ると、フジヤマの発射した水が激突する直前に手裏剣が独りでに空中に固定され、大量の電気が流れて全快で起動するモーターのように高速回転した。
「あれは?」
フジヤマの攻撃は手裏剣に正面から衝突するも、まるで強靱な壁に阻まれるかのように接触した水が当たりに飛び散り、すぐに無力化されてしまった。
「防がれた!? あんな手裏剣一つで!!?」
フジヤマの驚きようを見てある程度満足したのか、大悟は口元を少しニヤけさせながら自慢気に話し出した。
「凄いやろ? 俺の能力。ま、言っちまったら風を操っているだけのことやねんけど」
「風?」
大悟が掌を上にして右腕を前に出すと、そこに渦を巻くような形で風邪が発生し、揺らめく塵埃によって動きがフジヤマにも視認できた。
「この通りや。そよ風、強風何でもござれ。幸助のようにいくつもの属性を操るなんてぶっ飛んだ芸当はでけへんけど、その分一つの属性を極めてある。
だから目にも止まらぬ速さで移動したり身代わりを置いたり出来るし、武器に纏わせれば敵の攻撃を防ぐ固い防御に、そして」
大悟は防御の効果が無くなって落ちてきた手裏剣を受け止めると、一度腕を引いてから勢い良くフジヤマに向かって投げた。
(攻撃か! だがこの速度なら余裕で回避を)
手裏剣を放り投げてすぐに、大悟は解説の続きを話した。
「攻撃用に投げた手裏剣に強風を纏わせれば、ぶっ飛んだ破壊力を持つ強靱な技となる」
台詞が切れた途端に、手裏剣の回転が普通のし回転とは比べものにならない速度で高速回転をしながら回転していく。
あまりのはやさに手裏剣の描く円周上に光りが発生し、瞬く間に光りを巨大化させた。
「マズい!!」
「<八つ裂き手裏剣>」
実質巨大化した手裏剣が高速で迫ってくる事態に、フジヤマは自分の判断が遅れたことを知るも後悔している場合ではない。
一刻もはやく回避行動を取らなくては、身体が切断されるどころか全身の大部分が抉れて消失してしまいそうだ。
とかいっている間にも巨大手裏剣は間合いにまで迫っており、次の瞬間には爆発を起こした。
発生した爆煙を煙たがる大悟は、顔には当たらないように左手で軽く塵埃を払った。
「おっと少々やり過ぎたか? 手加減はしたつもりやってんけど、これだと重傷は確定か?」
少しフジヤマの状態を気にした大悟だったが、そんな彼の目の前からさっきと同じ一本線状の高圧水が煙を突き破って飛び込んできた。
「ッン!!」
咄嗟に回避した大悟。だがこれによってフジヤマが正面方向にいること、戦闘継続が可能な状態であることは分かった。
「俺が起こした煙を利用するとはやるなぁ。さてはランにでもやられたか? でもま、即刻攻撃を出してしまったんじゃ位置を知られるようなもんやで!!」
大悟はまたしても一瞬で取り出したクナイを前方に投げたが、飛ばした先からは刺さった音も聞こえず、大悟は違和感を感じていた。
直後、彼の左方向から同様の水鉄砲が飛び出し、大悟は後ろに身を引いて回避する。
「既に移動済みか! 八つ裂き手裏剣の直後にこのスピード、どないなっとんねん。まさか完全にかわしたってんか?」
後ろに下がってすぐに三発目の攻撃が飛んできた。素早い身のこなしで大悟は回避するも、そこからは次々にフジヤマの水鉄砲が四方八方から煙を突き抜けて発射されてくる。
これを一発も身体にかすりもさせず動き続ける当たり刺すが正隊員といったところなのだろうが、このままでは大悟にとってらちがあかないの気付いていた。
(どうやったか分からんけど、この部屋の中に隠れているのは確定。罠の作動のリスクはあるかもやけど、これ以上ちょこまかされてこっちが削られんのもややし、払っとくか)
大悟は右掌を広げて風邪の渦を発生させると、部屋全体に広げて一瞬で煙を払った。そして彼の目に見えたのは、正面から移動せずに立っていたフジヤマの姿と、大悟を周囲一帯に取り囲んで水の球体を浮かんでいる様子だった。水球の数は二十を超えている。
「あ~らら……どんな罠かと思っとったけど、想像以上やったなぁ……」
ここから動く時間を与えさせないようにフジヤマは水球達を操作し、大悟に向かって一斉攻撃を仕掛けてきた。
大悟はこれに為す術も無く全方面からの攻撃がぶつかり、またしても規模の大きな煙を発生させた。
少し時間が経過しても反応がないことから撃退したものかとフジヤマが警戒を怠らずに煙が晴れた場所を見ると、攻撃の中心地に大悟の姿は影も形もなかった。
「移動したのか!? 前後左右囲んでいたのに何処へ?」
「そ、前後左右は囲まれてた。けど上はおざなりやったな。ま、幸助達と違って姉貴の散歩に付き合ってないから知らんのも無理ないか」
上方向から聞こえてきた声にギョッとしながら顔を向けるフジヤマ。なんと大悟は部屋の天井付近にて空中に直立状態になっていた。
よく見ると大悟の両足の底には先程フジヤマの目の前で見せた風邪の渦が発生している。
「<秘伝 四鬼術 浮幽>。予め生成した風邪の渦を足場に空中を歩き回る移動方法。まあ、言っちまえば俺は空を飛べるってことや。
こんな室内じゃそこまで自由は効かんけど、ああいう集中砲火を避けるにはうってつけの技やろ」
「秘伝?」
真下にいるのは危険だと思い後ろに下がりつつ引っかかった部分を口にするフジヤマに、大悟は彼は自分の技のことを何も知らないことを気付いた。
「<疾風家秘伝 四鬼術>、俺の家系のもんが代々会得している四つの忍術や。移動法から暗殺術、大技まで柔軟に戦えるようになってる。
俺の実家はかなり歴史のある忍者でな。この世界を牛耳っているのは次警隊が発足するよりもずっと前や。次警隊を組んだときに参戦したのはメンバーは俺の爺ちゃん。改めて考えたら結構最近やな、これ」
自分で口にしておいて勝手に感心している大悟。隙が生まれたと思ったフジヤマは戦闘の最初にやられたことに仕返しとばかりにすぐさま水球を発射した。
よそ見をしていた大悟に今度こそ命中するかに思われた攻撃だったが、間合いに入った瞬間に大悟は右脚を上げ、発生させた真空波で水球を破壊すると同時に反撃を仕掛けてきた。
「<浮幽 脚刃>」
「破壊された!?」
咄嗟に右方向に動いて避けた攻撃は、壁と床に激突した途端に深く斬撃の跡が深く残っていた。大悟の技の威力に冷や汗を流すフジヤマに、大悟は牽制の意味を込めて減らず口を叩いていた。
「脚から斬撃が飛んできたことに驚いたか?」
「……まあな。引き出しは他にもあるって事か」
「技っていうのは応用してなんぼのもんや、引き出しは多くするだけ損はない。もっともこれに関してはお互い様やろ?」
フジヤマに取ってさっきの斬撃が想定外だったように、大悟にとってもフジヤマの包囲攻撃はかわしはしたものの応えている部分はあるようだ。
その大悟は敢えて余裕な態度を崩すことなく、挑発めいた台詞を口から出す。
「さ、伝統ある忍者の技術。ご笑味あれ、科学者君」
フジヤマも息を吐いて感じかけた焦りを引っ込めると、鋭い視線で大悟を見上げながら顎を引いて身構えた。




