5-28 メリーの能力
男が連続の不幸にまみえる少し前、焦る南に対しメリーはムスッと怒りのこもった表情は浮かべながらも汗を流すことはなく、近くの本棚にまた話しかけていた。
「皆さん。突然ですが、ご協力お願いできますでしょうか?」
この瞬間にもメリーには本棚や本、その他この場にある会場の物体達と会話をしているようで、相手からの返事を聴いていた。
「はい! やはり皆さんも腹が立っていますか! はい! 皆さん、ありがとうございます!!」
会話を終えたメリーは南にグーサインを送って高めのテンションの台詞を口にしてきた。
「皆さんに協力してもらえることになりました! これで多分安心デ~ス!」
メリーが何を話していたのかいまいちよく分からない南。そのまま彼女に引っ張られる形で走り出し、そして少しするとメリーが向かっている先にて本が大量に落ちる音が響いてきた。
「今の音! 一体!?」
「皆さんが頑張ってくれました!!」
「はえ?」
メリーの言っていることが分からないまま到着すると、大量の本に潰されて気を失っている盗人の男がいた。普通に見れば彼が本棚にぶつかって倒したかのように見えるが、それにしては本は一つも開いていない上、本棚は少しも動いていない。ただ本が落ちたにしては不自然だ。
「こ、これって? もしかして、メリーさんが?」
微妙に不自然な状況に南が問いかけると、メリーは首を横に振って否定する。
「明確には違いマ~ス。ワタシはちょっと協力しただけデ~ス。」
「協力した?」
メリーは気絶した男が幸助から盗んでいった本を回収使用と近付きつつ、南に説明してくれた。
「『九十九神』って、知ってるデスか?」
「九十九神? 確か、長年大切に使い続けられた物には魂が宿るっていう」
「ハイ。でも魂が宿っているのは使い続けられた方だけではありません。使われなかった方、放っておかれた方、忘れられた方……そんな皆さんにも、魂が宿るのデス」
メリーは因幡の白兎の本を丁寧に拾い、ぞんざいに扱われた事を悲しそう感じながら、空いていた片手で本を優しく撫でる。
「中にはぞんざいに扱われた経緯から、歪んだ魂を持ってしまう方もいるのですが、今はその事はいいですね。今はワタシの能力を……」
メリーは本を優しく持ちながら立ち上がり、もう一方の掌を見ながら説明してくれた。
「ワタシは、触れた物に簡易的ながら動けるようにすることが出来るんデス。でもそれだけ。動くのかどうかは、皆さんの自由デ~ス。
今回の試験の開始時、道を通っていく過程で皆さんに触れていたんです。今回はその恩返しと、幸助さんのやられように思うところがあってくれたようで、手伝ってくれました!!」
「つまり、物を操るんじゃなく、あくまで意思のある物に動く能力を与えることが出来るって事?」
「簡単に言うと、そんな感じですね!」
自分の説明を噛み砕いて頭で整理した南。メリーは彼女の元にまで戻ると、男を攻撃した大量の本に対し、頭を下げてお礼を告げた。
「皆さん! 本当にありがとうございマ~ス!!」
お礼を言い終えたメリーは南に笑顔を振りまいてここからするべき事を告げた。
「さあ! ワタシ達も戻りましょう! 幸助さんの元へ!!」
雪崩のように次々起こるインパクトに完全に流されて忘れかかっていたが、会話に名前を出されたことで現在からだが痺れて動けないでいるであろう危機的状況の幸助の存在を思い出した。
「そうだ! 幸助君!! 急がないと!!!」
すぐに幸助が置いて行かれた場所にまで戻る二人。ところがその道中、当の幸助本人が反対方向から姿を現し、二人に鉢合わせをした。
まだ麻痺で身体が動かないだろうと思っていた南は目の前に突然現れた彼に目を丸くしつつ脚に急ブレーキをかけた。
「ウワッ!! 幸助君!? スタンガンにやられて動けないはずじゃ……」
「ああ、うん。何か少しの間待っていたら、いつの間にか身体が治ったみたいで……」
「えっ? 勝手に治ったって事!?」
南は改めて幸助のチートスペックに呆気に取られてしまった。
幸助はメリーから取り返してもらった本を受け取り、ちゃんとお礼を告げた。
「ありがとう。自分の課題って訳でもないのに」
「いえいえ! 友達には優しくデ~ス! それに、卑怯なことをする奴は、皆さん許せないって」
「アハハ……でも、さっきのことでタイタン隊長の行っていたことの意味が分かった」
「うん」
試験開始前にジーアスが言っていた台詞。借り物競走という種目では普通起こらないはずの戦闘に関しての諸注意だ。
『妨害、戦闘についてだが……この試験における基本的な戦闘は認める。ただし! この空間内にある備品、スタッフに対し、少しでもきづを付けたり、汚した受験者は、その時点で失格とする!!』
幸助が課題の本を手に入れた途端に別の人物がそれを奪い取り、一目散にゴールに向かって走っていた。これらが何を意味するのかは幸助達にも分かってきた。
「この試験、課題の本を敢えて被らせている。そうすることで受験者同士を対戦させて、勝ち残った受験者だけが合格できる」
「第二試験と同じ、対戦を前提とした試験って事? それだと、僕達が被っていなくて良かったよ」
「友達と争いになるなんてイヤですモンネ」
「とにかく、南ちゃんの課題の本をはやく見つけないと。誰かとお題が被っているのなら、もう取られているのかもしれないけど」
自分の本を優先したがために南が失格になったなんて事は幸助にとって申し訳ないではすまない。
三人はメリーの案内を頼りに早急に南の本を回収しようと目的の本棚にまで向かった。
「次を右で! その次左デス!」
「結構うねうね曲がるな」
「それもかなり離れてる……何というか、学校の校舎の端から端までの距離を走っている感覚」
南が元々学生だったから出てくる例えを口にしつつ脚を進ませると、その道中の道の中で一人の人物をすれ違いつつも、気にすることなく目的の場所に到着した。
「よし! 本さん達が言っていた場所はここデ~ス」
「俺の本の場所から結構離れていたな。ごめん南ちゃん。俺が足を引っ張った形になって」
「いいよ、僕がやりたくてやったことだし」
「エエッ!!?」
幸助と南が会話している最中に突然驚きの声を上げたメリー。二人の意識が彼女に向けられると、彼女は振り返って動揺した様子の顔を見せてきた。
「大変デス……南さんの課題の本さん……ついさっき持って行かれたみたいデス!!」
「「エエエェッ!!!?」」
幸助が予見していた悪い自体がさっそく発生してしまった。三人は揃ってマズいと揃って同じ表情を浮かべるも、メリーは両頬を自分で叩いて顔を元に戻し、この場の本棚の本達にもう一度話しかける。
「その! さっきこの場にいた方が、何処に行ってしまったのか分かりますか!? えっ!? さっきワタシ達がすれ違っていた人!!?」
「さっきの人が僕の課題の本を!!?」
肝心な物が近くにありながら気付いていなかったことに驚愕する三人は、すぐに先程すれ違った人物を追いかけていった。
幸い焦り急ぐ幸助達に対して相手側の方は本を手に入れた安心からか盗みを働いた男よりもゆっくり走っており、追い付くのにそこまで時間がかからなかった。
「見つけマシタ!!」
「あれが僕の本!!」
心拍が上がって息を吐きながら走る彼女達が見つけた後ろ姿。三人はこの後ろ姿が醸し出す雰囲気に何処か憶えのあった。
相手の方も息継ぎの音と声が聞こえて追いかけてくる三人に気が付いたようだ。そうして振り返った相手の正体は、ついこの前三人と共に縁日にを一緒に楽しんでいた春山黒葉だった。
「黒葉君!?」
「あれ? 三人揃ってこんなところでどうしたんだ?」
どうやら黒葉は自分と南でお題の本が被ってしまっていることは気付いていないようだ。
このまま知られていないうちに本をくすねてこの場を去る考えが頭によぎった三人だったが、それでは幸助から本を盗んでいった男と同じだと即刻思考の中で却下し、正直に話すことにした。最初に口を開いたのは、問題の中心たる南自身だ。
「実は、黒葉君が持っているその本、僕の課題の本と同じみたいで……」
「え? 同じ? それって一体?」
イマイチ意味が理解できていなかった黒葉に幸助が補足説明を入れる。
「本が被っちゃってるみたいなんだ。多分、取り合って勝ち残った方がゴールする感じなんだと思う」
「エエッ!? それってつまり……」
幸助は説明してすぐに自分の直球な言い回しに後悔した。縁日のときの会話から黒葉がネガティブ思考よりなのは分かっていた。
つまりこんな台詞をいきなり彼に言ってしまっての結果はすぐに予測した通りになった。
「つまり! 今から三人で襲いかかって俺からこの本を奪おうって事か!!?」
反射的に持っていた本を両手で抱きかかえるようにする黒葉に、南はジト目、メリーは苦笑いを幸助に向けており、幸助自身謝罪の気持ちでいっぱいになった。
そして当然黒葉がここで素直に本を渡すはずがない。彼は恐怖の表情を浮かべながら一目散にこの場から逃げ出した。
「あ! 逃げマシタ!!」
「もう! 幸助君もうちょっと言い方考えてよ!!」
「ごめんなさい。今のことに関しては本当に全部俺のせいです」
兎にも角にも黒葉を止めなければ南が失格になってしまう。またしても鬼ごっこが始まるとばかりに足を踏み出した三人だったが、次の瞬間、一瞬にしてメリーだけが何かに引っ張られるかのように横方向に移動させられてしまった。
「ちょっ! メリーさんが!!」
南が気付いて口にするも、さっきの反省と罪滅ぼしに駆られた幸助は耳に声が聞こえずに黒葉を追いかけて一人先に行ってしまった。
「幸助君!? もう! 何がどうなってるの!!?」
一瞬どちらに行くべきか迷った南だったが、二人と違い合格する本を持っていない南にとってはまず本を手に入れることが最優先だ判断し、高受けと同じ方向に走り出した。
一方のメリー。一人だけ何かに引っ張られたひょうしに停止した場所で勢いを殺しきれずに転倒してしまった。
「うわっと! イッタイ何が?」
状況が理解できないメリー。彼女が目を開けた先に見たのは、これまた縁日で共に行動していたオーカー・トダマの姿だった。
「決闘の場へようこそ、メリー嬢」
メリーを見る彼女の目付きは、厨二病はそのまあながら何処か油断できない何かを感じさせていた。




