5-27 第三試験 借り物競走
試験開始の合図が出され、一斉に動き出す受験生達。ある者は検索機を探しに、またある者は巡回しているスタッフを見つけて情報を聞き出そうと躍起になっていた。
当然ながら中には例外もいて、周りが焦り混じりではする中メリーはニコニコしながら気楽に歩いている。
これら全ての受験者の様子を、観戦室ではモニターが代わりばんこに映し出し、席に座っているラン達に見せていた。
「ジーアス隊長らしい、いやらしい試験内容だな」
「アハハハ……あれだけ広大な場所で一冊だけを捜すって、確かに骨が折れそうよね」
近くに座っているアキが苦笑いしながら返事をする。ランは突然話しかけられて少々濁したような反応をしてしまう。
「お、おう……まあな」
「あれ? 別のことでも考えてたのかな? ……ていうか、さっきから気になっていたんだけど、その子達は一体……」
アキが指摘したのは、ランの隣にちょこんと座っている三体のぬいぐるみだ。それぞれ恐竜、牛鬼、ロボットと共通性はなく、何より全員自分で勝手に動いていた。
「あ~……俺が旅に連れてる異世界獣達。コイツらも幸助と南の活躍を見たいってカプセルの中で暴れ出したんだが、そのまま出すにはデカすぎるんでな」
「そこで、私が結晶の力でぬいぐるみ化させたんです!」
ぬいぐるみ三体を挟んで反対側に座っているユリがランの話の途中に割り込み、ランは話の腰を折られてしかめた顔になる。
アキも彼の顔を見て一瞬苦笑いをしてしまうも、とりあえず説明には納得した。
ぬいぐるみの正体は、ランが必要時にカプセルから出現させている異世界獣、『ヒトテツ』、『ニギュウ』、『ミノティラ』だ。
アキはヒトテツ以外の異世界獣を見るのは初めてだったために、興味本位で触れようと手を伸ばす。これにミノティラは好奇心旺盛にアキの手を両前足で握って楽しそうにし、ニギュウは逆に怖がってしまい、瓜の右腕にしがみついてしまう。
「ああ、ごめんなさい。この子、人見知りが酷くて……」
「基本ユリに甘えているんだ。一番警戒しない相手らしい」
「そ、そうなんだ……ラン君達も大変ね……(何というか、三つ子連れの夫婦みたい。いや夫婦だった)」
アキは前を向き直し、ユリもニギュウをなだめて座らせ、再び試験の見物に集中し始めた。
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その見物されている先の試験空間。一向は別れ、それぞれが指定された本を探し始めた。
幸助はまず検索機を探していたが、開始前にいっていたジーアスの台詞に引っかかっていた。
『妨害、戦闘についてだが……この試験における基本的な戦闘は認める』
(借り物競走なんて試験に、なんで戦闘に関する諸注意なんて……)
疑問が残ったままに歩きながら、番号札を手に持って自分が捜す本の名前を表示させる。
「それで、俺が捜す本は一体どんな・・・・・・」
幸助が確認すると、彼の顔は微妙に歪んだリアクションを取ってしまった。彼のお題の本は、童話『因幡の白兎』だったからだ。
「なんで童話!? こういうのって小説とか図鑑とかじゃないの!!?」
思わず突っ込みの声を上げつつも、指定された本を捜さなければと広い図書館を駆け回っていた幸助。周囲を見回しながら進んで数分間走り続けたタイミングで、ようやく検索機を発見した。
しかし考えることは皆同じというべきか、大勢の受験生達が我先にと向かっていって、完全にもみ合いになっていた。
何人かに至ってはこの悶着に負けて外野に放り出されて本棚に激突し、本をいくつか床に落として変な折れ目を付けたり傷を付けてしまっていた。
「しまった!」
声を零す受験者。すると直後、本を落とした受験者が一瞬にして転送されたのか、瞬きをした途端に姿が消えていた。おそらく会場外に転送されたのだろう。
揉め事に巻き込まれて失格してしまったら元も子もない。幸助は検索機で捜すのは諦めて別の方法にすることにした。
とはいっても他の検索機もスタッフも、見つけたところには既に人だかりが出来ていた。情報が得られる方法が少ないとこうも不便になるのかと冷や汗をかく幸助。
試験を合格する一歩目の時点で躓いてしまった幸助。そんな彼がふと本棚の角を曲がると、今の彼と同様の様子の南と鉢合わせした。
「南ちゃん!」
「幸助君!」
南は幸助の様子からすぐに彼も自分と同じ状況だと察した。
「二人揃って手詰まりって感じだね」
「本を捜す情報を得ようにも、どこも混み混みだからね……どうしたものか」
動こうにも何処に行けば良いのか分からない二人。首を傾げて頭を悩ませていると、何処かから二人とは違う声が聞こえてきた。
「おや? お二人ともさっきぶりデスネ~」
「この声」
「メリーさん?」
「はい、メリーデ~ス! 例のごとく後ろにイマ~ス」
幸助は言葉が切れた途端に背後に感じた幸助が驚きながら前に飛び出しつつ後ろを振り返ると、ついさっきまではそこにいなかったはずのメリーの姿があった。
「例のごとくいつの間に」
「毎度毎度心臓に悪いから止めて欲しいかな、その登場の仕方」
南がだんだんと慣れてきて呆れた表情をしながら現れたメリーに話しかけると、彼女は自分が何故二人と同じ所にいるのかを説明した。
「本の皆さんのお話を聞いていたらここに辿り着きまして。ここにワタシの捜す本があるらしいんです」
「あぁ~……ものとお話が出来るっていうあれね」
「ものとお話? それって!!」
思い立った南はいきなりメリーとの距離を詰め、彼女の両手を包み込むように握って頼み込んだ。
「お願いします! 僕達の本を捜すの! 手伝って!!」
メリーは南も申し出を快く受けてくれた。自分の分の本を本棚から引き出して時間に余裕があるからと幸助と南の捜し物を手伝ってくれた。
その道中、メリーは道行く先にある本棚や本に近付いていき、気楽な様子で話しかけていた。
「すみません、捜し物があるんですが。『因幡の白兎』と、『超必見! 人見知りの直し方講座』なんですが」
「南ちゃんも変な本当たっちゃったね」
「童話は別に底まで変でも無いような気がするけど」
自分の捜す本の特殊さに幸助がましに見えてしまう南。幸助もああは言ったものの確かに自分の方がまだましなのではないかと内心思うところはあった。
端から見ていると一方的にモノに話しかけているようにしか見えないシュールな光景。しかしメリーからしてみれば会話が成立しているようで、向こうからの意見を聞いて返事をしている。
「はい! おそらくそれで……そうそう! 多分その本デス!」
「本当に本棚と話しかけている」
幸助と違い、メリーがモノとお話をしている様子を初めて見た南は、ここまで考えもしなかったような能力を現実で見たことに唖然となっていた。
何度か問答をしたメリーは、ほがらかな笑顔をより明るい顔にして本棚に対しお礼を言った。
「へえ、左の方にしばらく進んだ先にあるんデスね。教えていただきありがとうございます!」
今の台詞で本棚との会話を終了したらしく、メリーは小走りで二人の元に戻って来た。
「情報は貰ってきました! さっそく行きましょう!!」
「もう話がついたの!?」
「ハイ! ここの本さん達皆さん親切デ~ス! すぐに教えてくれました!!」
メリーが本達から聞いた情報を元に幸助達を案内し、それぞれに課題とされていた本の場所に見事到着した。
「ここが幸助君の課題の本の場所デ~ス」
「ええっと……あ! ホントにあった!!」
第二試験の終盤に一緒に行動していたことから、メリーの能力について疑っていたわけではない。だが普通の人間(幸助も正直異常だが)に物体の声など聞こえるわけがないので、本当に場所を探し当ててしまったことに改めてメリーの凄さを実感した。
目的の本は棚の高い位置にあったために、近くにあった台を持ってきてそれに乗り、背伸びをしてどうにか届き、本を掴んで引っ張り出した。
本を探すだけでも相当に時間がかかると想定していた幸助は、時間に余裕を持った形で本が手に入ったことについつい喜びの声を口から出してしまう。
「よし、本ゲット! すぐに南ちゃんの分の本も回収して、皆で一緒にゴールして……」
笑顔になりながら南に語りかけていた途中、南は幸助の後ろに突然現れた他の受験生の男が起動状態のスタンガンを片手に声を殺して襲いかかっていた。
「幸助君! 後ろ!!」
幸助が振り返るもとき既に遅し。身体を振り向かせて対応するのが間に合わず、背中に直撃したスタンガンの電撃を直撃してしまい、その場に崩れてしまった。
不幸中の幸いか幸助の身体は膝を崩した状態で止まって倒れなかったために、口から涎を零して部屋を汚し失格になる事案にはならなかったが、力が緩んだ手から掴んでいた本が落ちてしまった。
「幸助君!」
襲ってきた男は幸助が落とした本を拾い、すぐさまこの場から逃げ出した。
「あの人! 本を奪って!!」
「もしかして、お題の本が幸助と同じだった!?」
この本棚だらけの図書館の中。見失ってしまえば何処に行ってしまうか分からない。早急に攻撃をしようとする南だが、メリーが肩を掴んで止めた。
「メリーさん!?」
「ダメデス! 下手に戦えば本を傷付けてしまいま~す!」
「だからって! このまま放っておいたら本当に見失っちゃう!!」
「ダイジョウブデ~ス! ここはメリーにお任せくださいナ!! あんな卑怯な人には、鉄槌を下してやりま~す!! もっとも、皆さんの手を借りてデスが」
メリーが何かを企んでいる中、追いかけられていないのを良いことに意気揚々と逃げ、ゴールを目指す男。
「ヘッ! コイツは幸運だったぜ。労せず本は手に入れてすかさずゴール。第二試験もこれでいけたし、今回も楽勝だな」
悪い笑顔を浮かべて一目散に走り続ける男だったが、突然脚を置いているカーペットが波打つように動き出し、男の足取りを歪ませて転倒させた。
「ヌワッ!!?」
男は床を汚さないように何とか顔を横に向けて転ぶが、そんな彼の背中の上に、まるで示し合わせたかのように本棚から大量の本が落下し降り注いできた。
「アガアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!」
訳の分からない不幸の連続に苛まれ、トドメに頭に落下した本の角をぶつけて気を失ってしまった。
「な、何が……」
気を失い数秒後、追いかけてきた南とメリーが大きな音を元に追い付いてきた。南は目に見た状況に驚き目を丸くした。
「これ、一体何が」
「皆さんお疲れ様デ~ス! ありがとうございました!!」
「はえっ?」
南はこの事態をメリーが起こしたのではないかと気になって仕方なかった。




