5-25 青春の1ページ
オーカーは握手していた手を話すと、再び零名に近付いて話しかける。
「それで、いつになれば始まるのだ生け贄の処刑は? この悪魔を封印せし右腕が、生け贄の命を吸い取りたいと騒いでいる」
「厨二設定にしても普通眼帯か腕の片方だけだろ。両方って……」
突っ込みを入れる幸助。逆に零名の方は首を傾げて眉をしかめる。どうやらオーカーの中二病の言葉遣いが脳内で翻訳できていないらしい。
そのために接客が出来ず二人はここで立ち往生になっていたらしい。状況を察した幸助が二人の間に割って入り、オーカーの厨二語を零名に伝えるための翻訳係をすることになった。
「あ~零名ちゃん。この人、回りくどい言い方してるけど、要するにこの人が言いたいのは射的をやりたいって事だから、銃の用意をして上げて」
幸助の説明を受けてようやく理解した零名は、二人に対し軽く頷いてすぐに射的用の銃を用意してオーカー、そして幸助にも手渡した。
「あれ? いや俺は別に」
「せっかくだし、やっていこうよ」
隣にいた南の提案に、幸助は少し考えながらも彼女の言い分に乗ることにした。すると零名はあっという間に人数分の銃を用意し、全員に手渡した。
「おぉ、出店のはずなのにプロ並みの手際」
「射的のプロって何? 狩人?」
「ウゥ……こんな俺にまで分け与えてくれるなんて……感謝しかないよ零名ちゃん」
「泣かないでクダサ~イ、黒葉サン」
「クックック……ようやく開戦だ。各々準備はいいか?」
口元をにやつかせて取り仕切るオーカーに、全員が銃を構えて準備を整えた。鋭く光る視線に盛り上がってきたと見た零名は、いつの間にか取り出していたレースの合図の銃を上に掲げて合図係になる。
緊迫した勝負の場。いざ誰が勝つかと思われたが、ふとそのとき、磔にされて動けない大悟が視線を上に向けてあることに気が付いた。
「ん? これ、まさか皆俺の存在忘れてやないか? 目の前にいるんやで!! ちょい待て!! もしかして俺結構ピンチなんじゃ!!!」
大悟の不安を余所に、零名は試合開始の合図を銃を発砲した。
「よ~い……ドンッ!!」
「バンッ!!」っと大きく鳴り響いた音を聞き、集中していたいた五人が一斉に高得点を狙って発砲した。目の前に一人縛られていることを忘れて。
「ギイヤアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!」
夜の空の下で響き渡る男の悲痛な叫び。大きな声は出店の盛り上がった。
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少しして、出店の列の奥から花火が上がってきた。次々と打ち上がり咲き誇る花火を見上げる祭り客達。射的の戦いを終えた幸助達も、一団揃って楽しそうに夜空を見上げていた。
黒葉は先程の射的に完全勝利し、大量の景品を両手に抱えて少し窮屈そうなメリーを心配そうに何度か見ていたが。
花火を楽しみ、出店を楽しみ、祭りを満喫する受験者達。すると人混みを抜けた先で、彼等に近付く足音が二つ。幸助達が見失っていた、ランとユリだ。
「あ! ラン!」
「ユリさん! やっと合流できた」
すぐに駆け寄る幸助と南。気軽に接する二人に対し、ランとユリは少しよそよそしくお互いの顔を見ようとしない。
「あれどうしたの? 何かよそよそしくない?」
「ああいや、うん……」
「その……ね……」
ランは右頬を手で抑え、ユリは口元を指で触れる。南は彼等が二人でいたときに何があったのかを頭の中で仮説付けた。
実際には全然微笑ましいレベルのアクションだったのだが、南は過剰に捉えたらしく、幸助を引っ張って後ろに引く。
「チョイチョイチョイチョイ! どうしたの南ちゃん!?」
南の謎の行動について行けない幸助が聞くと、南は幸助の耳に近付いて小さめの声で話す。
「二人のあの感じ! 絶対そういう事があったやつだから!! そっとしておいて上げないと!!」
「そういうこと? どういうこと?」
「もう! 幸助君恋愛方面鈍過ぎ!」
「ええ? 何かいきなり説教された?」
「盛り上がっているところ悪いが、おそらくお前が思っている状況になってないぞ、健全だ」
ひそひそ話でもランには通じず筒抜けだったようで、即突っ込みを入れられてしまった。
四人にとってはいつもと変わらないたわいのない会話。しかしこの場にて遭遇した他の人物。特に面と向かって会うのが初めてな黒葉とオーカーは仰天した目付きになった。
「さ! 三番隊隊長の将星ラン!!?」
「お主ら! 何故隊長殿と親しげに!?」
驚く二人に、事前に事情を聞いていたメリーが軽く説明する。
「お二人は、この試験を受けるまで隊長さんと一緒に色んな世界を渡る旅をしていたらしいデ~ス」
「「何っ!?」」
揃って驚愕した表情でメリーに顔を向ける二人。ランも二人の存在に気が付いたようで、幸助と南に彼等のことを聞いてきた。
「んでお前らはどうしたんだ? 引き連れてる数が増えてるかと思えば、ファイアの姿がないが」
「あぁ……何というか、成り行きで」
「集まって、楽しくしてたんだ」
ランが視線を向けてきた途端、黒葉はもちろん、オーカーも厨二病キャラが崩れて敬語口調になりながら先輩後輩の上下関係のごとく深々と頭を下げてきた。
「ははは春山黒葉です!!」
「おっ! おおオーカー・トダマです!! お目にかかれて光栄です! 将星隊長!!」
「社交辞令は止めてくれ。そういうのは苦手だ」
黒葉達に近付いていくランに、そっぽは向いたままでついてくるユリ。黒葉はここで彼女のことを指摘してきた。
「あの、それでその女の人は?」
「俺の家内」
「家内!!?」
「奥さん!!?」
二つ目の衝撃に更に顔を変形させ、ほとんど原形を留めていない変顔となってしまう二人。普通なら見た途端おかしさに吹き出して笑ってしまいそうだが、恥ずかしさが残っていたユリは目を向けながらも相手の顔を見ていなかったために真面目な声で自己紹介が出来た。
「三番隊副隊長の『ユリ』、以後よろしく」
「ええぇ? ユリって、名簿にあったぬいぐるみの!?」
「こいつ、また余計なことを口に」
呆れるランを余所に自己正体がてらの挨拶に右手を差し出すユリ。オーカーは完全に厨二病キャラが何処かに行ってしまい、アイドルの握手会に行き慣れていないファンのように詰まった言葉を出して握ってしまう。
「あ! あの……どうぞ……よろしくおねがしましゅ!!」
(テンパって完全にキャラを見失ってる!?)
(知っている人からしたら、ラン君は本当にスターなんだなぁ……僕ら、本当にとんでもない人と旅してたんだ……)
若干汗ばんだ手に一分以上握られたユリが困りかけたときに、オーカーも気が付いたようで手を放し引っ込んだ。
ユリは放された右手。彼女は次に黒葉に握手しようと手を伸ばすも、オーカーと違って黒葉はユリと握手することをためらっていた。
「ああいや! 俺は良いですよ、ユリ副隊長!!」
「え? 女の子だからってためらってるの? 別に私は気にしないし、片方に握手してもう片方にしないのは、私自身が気持ち悪いわ」
黒葉はユリの言い分を聞いても身を引いて握手をしようとしない。ユリは意地になって自分から彼の手を掴もうと近付いていった。
ランと会話をしていたがために気が付くのに遅れた幸助と南。ユリの行動がふと目に入ったときには、既に彼女の浴衣の裾が黒葉の手に触れそうになっていた、
「あれは!!」
「マズい!!」
「は?」
事態が飲み込めていないラン。かといって事情を説明する時間はないと二人が駆け出すも、とき既に遅し。ユリはいつもの調子で自分から黒葉の右手を掴んでしまい、彼の指がユリの浴衣の裾に触れてしまった。
「ナッ!!」
「やばい!!」
「え? 何? 何なの?」
幸助達の焦りの意味が分からないラン。そんな彼を置いて全速力で走る二人。あまりに緊迫した空気だからか、目に見える景色の動きがスローモーションに見えるほどになっていた。
それが故に、ユリの浴衣の帯が徐々に緩んでいく瞬間がよく見えてしまう。
(やばい! はだける!! こんな衆目の前でユリさんがはだけた様子なんて見せたら)
(ユリさんの黒歴史になるだけじゃない!! 確実に黒葉君がラン君に粛正される!!)
見える速度はゆっくりでも、実際は素早い速度で緩んでいく帯。結び目はほどけ、浴衣はミカンの皮を剥くかのようにはだけ、服の奥の白い肌が出店の明かりに照らされかけてしまう。
(まずい! このままでは間に合わ)
直後、ついさっきまで状況をよく分かっていなかったランが、突然目付きを鋭くさせつつ、幸助と南を追い抜く速度で走り出し、両肩が露出仕掛けたユリの浴衣を目にも止まらぬ早業で修正し、ほどけた帯をキツく締め直してみせた。
「「オオォ……」」
「何? どうしたのラン」
「いや、何でもない」
ランの手際、道なき道を進む器用さと素早さ。まさに神業と呼べる手腕であり、この場にいる全員が感心して拍手してしまった。
ただ一つ、最後の詰めの甘さを覗いては。
ユリの身代わりなのか、ランは移動の最中に黒葉の手に接触していたらしく、着ていた袴を抵抗なくはだけさせ、細マッチョな素肌を晒してしまった。
「ギャアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!! ラアアアアアアアアアァァァァァァン!!!!」
ランは察したかのように冷静な顔をしていたが、至近距離でこれを見たユリはいきなり男の肌を見てしまったことと、色気のある自分の旦那への興奮にさっきの大悟の超える大きさの叫び声を上げてしまった。
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受験者を中心とする若人達が祭り囃子で盛り上がっている中、二番隊の基地内とある部屋では、瓶の日本酒をラッパ飲みしながらキーボードを操作している入間。
「仕事の最中だったか。邪魔だったかな」
黙々と作業をしている彼女だったが、部屋に入って来たジーアスに声をかけられて酒瓶を机の上に置く。
「いいや。ちょっと愚痴を聞いて貰いたい気分やったんで、良かったです」
「愚痴……今度の第三試験からのことか」
「こういう形であの御方を連れてくるなんて……正直あまり気乗りしないんやけどなぁ」
入間は画面に映っている来賓関係の資料の内容に頭を悩ませているようだった。ジーアスもこれを見て、少し上げていた口角を落としてしまう。
「確かに、下手をすれば次警隊の危機かも知れない。だが、これが一番なのも事実だ。話し合いもした。あとは、当日になってどうなるかだな」
二人の隊長の懸念。裏に何かがある試験後半の準備は、着々と進められていた。




