5-23 そういう
祭りの人混みの中に迷い、唐突に絡んできた男の対処に困っていたユリ。適当に言い訳を付けて離れようとしても、向こうが勝手についてくるのだ。
「あの、ついてこないでください!!」
「そんなこと言わないでよ。せっかくのお祭りなんだ。ここで出会ったのも何かの縁だし一緒に楽しもうよ~」
などと言っている男だが、その頭の中では完全に邪な思考が流れていたのだ。
(逃がして溜まるかよ! 次警隊の祭りは一般人も参加可能。人の数も多いからいい女がいないか物色しに来たが、ここまで高レベルな女に出会うとは!!
こんな美女に出会える機会なんてそうそうない! 絶対に連絡先交換して今後のキープに入れてやる!!)
ここに来て男には吉兆、ユリには不幸なことに逃げようと計画性なく動いていた二人は、自身でも知らない間に出店の列から離れて暗がりの多い場所にまで来てしまっていた。
(しまった! こんなときに人目のつかないところに!!)
気付いたもとき既に遅し。男は近くに植えられていた木にユリを追い詰めて壁ドンならぬ木ドンをしてきた。
「ちょ!!」
「ドキッとした?」
「そんなわけ!!」
「おいおいいい加減にしなよ。ここまで来たんだ、攻めて世話をかけたお詫びにちょっとは俺に付き合え!!」
嫌悪感の顔を示すユリに若干苛ついた男は、こうなれば強引にいってしまおうかと空いていた左手をユリの身体に触れさせようとした。
しかし腕を伸ばしかけたタイミングで突然後ろから何者かに右手によって男の腕が掴まれ、直後に力強く振り上げられて拘束されてしまった。
「イタタタタタ!!! 何だ一体!? 良いところに!!?」
後ろを振り返る男。そこには表情こそ変わらないものの一瞬で分かる威圧に発しているランの姿があった。男はこれを見た途端に全身から汗を噴き出して顔が青ざめた。
「さ! 三番隊隊長の将星ラン!!?」
既に恐怖している男にランは体勢も表情も変えないまま、威圧だけ強めて口を開いた。
「このまま何もせずに去るか、腕を一本もがれて去るか、好きな方を選べ」
「す! すいませんでしたあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ナンパ男は鬼気迫る勢いでこの場から逃げ出していき、ランはやれやれと鼻息をこぼしユリに話しかけた。
「はぐれないように忠告したばっかだったんだがな。おまけにこんな人気のない場所。捜すのに苦労したぞ」
「あ~……ごめん」
「なんで攻撃しなかった。お前ならあの程度、軽く捻れたはずだろ」
「祭りの中で暴力沙汰なんてやったら騒ぎになるでしょ! せっかく久々の平穏だもん。皆が楽しめなきゃ意味がない」
「なるほど。でも、それでお前がピンチったら本末転倒だろ。勘弁してくれよ。お前が酷い目に遭ったら、俺が凹むだけじゃすまない」
ユリはランの言い分を受け顎を引いて目線を下げる。そして申し訳なさそうな顔をした。
「分かってるわよ。私がいないと、アンタはダメになっちゃうもんね!」
せっかくの謝罪の顔が話をしながら変わっていき、台詞が終る頃には元の上からな態度に戻っていた。
ランはこれも彼女らしいと考えて受け入れ、おもむろに彼女の右手を自身の左手で掴んだ。
「ちょ!」
「こう出もしないとまたはぐれるだろ? 少しは辛抱してくれ」
いきなり手を握られて嫌がっているかと思われたのか、ランは遠慮気味に説得してきた。ユリとしては『そんなんじゃないんだけど』と心で思っていたのだが、すぐにランが出店の方角に引き戻そうとしたがために別の台詞が口から出る。
「ちょっと、何処行くの?」
「あ? 出店の方に戻るんだ。お前まだまだ遊び足りないんじゃないのか?」
ユリはランの予想とは反対に自身の方にランの腕を引っ張ってきた。
「逆よ! たまたまだけどせっかく来たんだし、この奥を見に行かない? 私とアンタ、二人子供のときのように」
ユリからの提案にランは一瞬判断に迷ったが、彼女の何処か楽しそうな瞳に惹かれてついて行くことにした。
「分かった。ただしこのまま手は繋がせて貰うからな」
「結構。というか、私はこっちの方が……」
「ん?」
「……何でもない」
「手を繋いでいるのがいいなら、喜んでつけ込ませて貰う」
聞こえていたのに一度聞こえなかったふりをしたランにムスッとなるユリだったが、握る手をさりげに強くするランに彼女はしわを寄せた表情を柔らかいものに変えた。
二人は手を繋いだままに出店の列とは逆方向の木々の先の奥へと歩いて行った。
そこから離れた木々を抜けた先の河川敷に座っている二人にまで微かながら聞こえて来ていた。
「何、今の叫び声?」
微かに耳にはいってきた奇っ怪な声に後ろを振り返るユリ。彼女の手を繋いだまま隣で座っているランが目を閉じて詳細を伝えた。
「祭りの席でしょうもないことを考えた阿呆が粛正された音だな」
「説明ありがと。なんとなく誰のことか察したわ。例のごとく零名ちゃんに見つかったのね」
ランの説明から大悟の顔を浮かべて苦い顔をしながら前に向き直した。
二人の間に沈黙が流れ、少し気まずい空気になる二人だが、すぐにユリが別の話題に切り替えたことで沈黙はすぐに止まった。
「この場所、似てるわよね。私達の秘密の場所に」
「そうだな。俺が空から落ちたあの場所にな」
ユリはランの返事を聞いて一度彼の顔を見るも、何処か思うところがあるように目線を下に下げながら過去を思い返しながら話を続ける。
頭の中に浮かんでくるのは、少年時代のランとの思い出だ。
「そうよねえ。突然重傷で落っこちてきたアンタを私が治して、起きたかと思ったら、いきなり首を絞められそうになるし!!
出会ってすぐの頃のアンタは、本当に荒れてたわよね」
「それに関してはすまないと思っているさ。今も」
ランがユリの顔を見ていると、彼女は目線を夜空に上げつつ、思い出話に花を咲かせる。
「私じゃ止められなかったアンタの暴走を、おじ様が受け止めて、アンタを弟子にした。ま、荒れてたのは変わらなかったけど」
「ほっとけ、親父と俺はぶつかるのが普通なんだ。第三者としちゃお前が一番知ってるだろ?」
「そうね。私もずっと見て来たし、側にいた。今じゃアンタを一番見て来たもん」
「そうかい」
お互いに顔を向け、目を見つめ合う二人。次第にゆっくりとお互いの顔の距離が近付いていく。
「それで、今の俺はお前の目にどう映っているんだ?」
「周りには大人びて見えるように取り繕っているけど、中身は全然変わってない。私から見れば、生意気で諦めが悪くて……
言った事を実現するほどの努力を真正面からただただしてきた。不器用な男よ」
言いたい放題のユリに一瞬顔をしかめたランは、反撃のばかりに自分から見たユリを語った。
「よく言う……お前だって俺から見たら、いつも勝手に動いて、誰の言うことも聞かなくて……
そのくせ誰かがピンチになるとすぐに飛び出して助けようとする。危なっかしくて見てられねえよ」
ふとランの右手がユリの左頬に優しく触れる。彼女もこれに自身の左手を重ねて摩り、顔の距離がより近付いていく。
「でも、そんな女と付き合ってくれている。アンタは」
「だな。そうなっちまったんだから仕方ない」
何処か良い雰囲気に包まれた二人はそのまま顔を近付け、もう少しでキスをするほどにまで接近した。
「ラン……」
ユリは目を閉じ、彼の好意を受け入れようと構える。ランもこれに対して唇を接近させて本当にキスを交わすかに思われた。
ラン自身が突然接近を止めるまでは。
ユリは待っても来ない相手にふと目を開けると、ランは目線を下に向けて我に返ったようだった。
「やっぱり駄目だ。俺達は、そういう関係じゃないんだからな」
「……」
彼女に触れていた右手を放し、繋いでいた左手も力を緩めてしまった。
「……意気地無し」
微かに呟いたユリの台詞が、ランの胸には深く突き刺さった。再び気まずい空気が流れ出そうとしていた直後、ランはブレスレットか立体映像を出現させて現在を時刻を確認する。
そして逃げるように腰を上げて立ち上がると、不完全燃焼でしかめた顔になっているユリに別の話題を話しかけた。
「もうすぐ花火が上がる時間らしい」
「ふ~ん……あっそ……」
露骨に機嫌の悪い態度のユリ。甘い空気が一変して再び気まずい空気が流れ始めていく中でランはユリに立たせようと呼びかける。
「向こうに行った方が花火がよく見えるらしいぞ。ここで座っていてもどうにもならないし、そろそろ移動するぞ」
この気まずい雰囲気を変えるために、何よりふてくされてしまったユリの機嫌をもう一度良くするために彼女を連れて移動しようとするラン。
しかし声をかけても立ち上がろうとしないユリに、ランは頭をかきながら後ろを振り返り移動し始めようとする。
「腹が立つのは分かるが、そこは配慮してくれ。すまない」
聴力が人より良いために多少離れていようとユリの場所が探知できるからと先に歩き始めるラン。
ユリは三角座りの膝に頭を埋めて身体を震わせると、心の中で何かが爆発するかのように叫びながら立ち上がった。
「アアァァ!!! モウッ!!!!」
ユリはそのまま暴走した機関車のごとく一直線にランの元に詰め寄り、後ろから彼の右腕を掴んで身体を引っ張った。
警戒していない相手に不意を突かれたランはそのまま身体を傾かせてしまうと、打ち上がる最初の花火の動きと同時にユリは瞼を強めに閉じながらかかとを上げて背伸びをし……
チュ……
花火が華やかに上がった瞬間、ユリは迫ってきたランの右頬に自身の唇を当ててキスをした。
直後、ランは目を丸くして顔を固めてしまい、無言のまま脚を肩幅に広げて動かなくなってしまった。混乱している彼に対してユリが前に出ると、恥ずかしさから頬を赤くしつつ、目線も逸らして問いかけてくる。
「このくらいは……良いでしょ? 私の勝手なんだから……アアァモウッ!! 出店に戻るわよ!! もっと食べ物にがっついてやるんだから!!!」
沸騰しそうな赤い顔で後ろを振り返り出店の方角に走り出していくユリ。
置いて行かれたランはゆっくり右手を動かし、ついさっきキスをされた頬を優しく指で触れる。
「ホント……アイツには一生敵う気がしないな」
軽く頬を赤くし、嬉しさと気恥ずかしさが混ざったような表情のラン。自然と口角が上がった顔人なりつつ、放っておくとすぐに迷子になる自分の嫁を今度こそ見失わないように後ろをついていった。




