5-21 次警隊 縁日
その日の夜は試験のときに受けた負傷や疲労の回復に専念し、その間に次警隊の二番隊隊員に寄って準備が執り行われ、全員が入間に言われた場所に集合したのは、翌日の夕方。
最初に到着した袴姿のランと幸助が何気ない話を始める。
「よ、昨日は眠れたか」
「ぐっすりと……」
「ほう、それはそれは。で、なんでそんなによそよそしくしてんだ?」
ランは、幸助がどこか着ている袴に対して触ってみたりなでてみたりとどこか着ている衣服に楽しんでいるように見えた。
妙な動きをしていた幸助に質問すると、彼は少々照れくさそうに返答する。
「アハハ……元々日本出身だったけど中世ヨーロッパの世界観に長いこといたから、なんだか懐かしくって」
「なるほどね」
「ところで、ユリちゃんと南ちゃんは? ここで集合で大丈夫だよね?」
「着付けに時間がかかっている。女の身支度は気長に待つのが男の勤めだぞ」
こんなことをしれっと言えるから若くして夫婦円満なんだろうと、幸助は率直に思った。
などと男子二人で沈黙のまま時間が進むかに思われたそのとき、固い空気を吹き飛ばす明るい声が響いてきた。
「ラ~ン!! お待たせ~!!」
二人が声のする方向に顔を向けると、髪色と少し違う鮮やかな緑色の浴衣を着たユリと、黄色く美しい浴衣を着た南がこちらに歩いてきていた。
これから行く先へのテンションが上がっているためか、ユリが右腕を大きく手を振っている。
「おっ、二人とも浴衣がとても似合ってるね」
ランに負けじとしたためか彼より先に女性陣の褒める幸助。ユリは元気よく、南は着慣れない浴衣に恥ずかしそうにしながら嬉しそうな顔をした。
「ありがとう! 幸助君。素直に褒められるのは嬉しいわね」
「僕はこういうの着慣れないから、ちょっと恥ずかしいけど」
「いいじゃない可愛いし、別に水着のように肌の露出があるわけでもないんだから。
それにこれから出店の食べ物たくさん食べに行くんだから!!
「食べること最優先!?」
しかしここでユリはランの元に行くと、ずっと握っていた片手を広げ、持っていた黒いリボンを彼に差し出して指示した。
「でもその前に……はやく結んで。浴衣に似合う髪型でね」
「ハイハイ……」
ランはリボンを受け取ると、ユリの髪をボリュームを残しつつ和服に似合うサイドテールに結んだ。これにて支度が完了したユリは、一行の先頭に立ってこれから向かう先に指を差す。
「それじゃあ! 行くわよぉ!! 数々の携帯グルメが集まるイベント!! 縁日へ!!」
「ユリさん、食べることしか考えてない」
「祭りはグルメ市場じゃないんだけどな」
一人だけどこかずれた楽しみを抱きながら、四人は入間から事前に言われた場所に向かっていった。
到着した一向、特に日本から離れて日が長かった幸助は目と口を大きく開いて魅了された。
暗い空の下に輝く提灯や店の明かり。各店から聞こえる明るい声。色とりどりの浴衣や袴を着て賑わう人々。
かつて自分が家族と行って楽しんだ、あのお祭りの風景と同じものを感じた。
「……」
「幸助君?」
呆然と立ち尽くしていた幸助を心配に思った南が声をかけ、彼は我に返った。
「あぁ、ごめん。こういう縁日の景色、久々に見たもんだから、懐かしく思っちゃって」
南も幸助の言い分を聞いて彼の心情をなんとなく察した。
「良い気分、かな?」
「ああ! でも楽しむのはこれからさ!! ところで」
幸助が次に指摘したのは、いつの間にか先頭を歩いていたはずのユリの姿が消えていたことだった。
「ユリちゃん、何処行ったの?」
「えっと……あ! あそこ!!」
南が指を差した方向に首を回す幸助。捜していたユリは既に買った唐揚げを頬張りつつ反対側の手にはチョコバナナとリンゴ飴を持ち、ただいま焼きそば屋の列に並んでいた。
「来て数瞬の間にもう買い食いしてる」
「余程楽しみだったのかな? そしてラン君もしれっとユリさんの隣にいるし」
例のごとく動きの速いラン。ユリの動きを見越していたのか既に彼女の隣に移動していた。
幸助は二人の様子を見て南に提案する。
「ハハッ……二人も楽しんでいるみたいだし、俺達も追いかけよっか」
「そうだね」
「いや、そんなことよりもっと楽しむ方法があるわ」
二人が勝手には行って来た第三者の声に振り返ると、いつの間にかピンクの浴衣を着こなしているファイアの姿があった。
「ファイア!?」
「いつの間に」
二人がいきなり現れた彼女の存在に驚いている間に、ファイア本人は例のごとく勝手に話を進める。
「二人の後をついてったってつまらないわよ! アタシがとっておきのプランを教えて上げる。こっちに来なさい!!」
そう言うとファイアは二人の腕を掴んで強制的に何処かに連れて行ってしまった。
こうして取り残されたランとユリ。リンゴ飴を舐めながら二人がいた方向に目を向けると、突然姿が消えたことに声を漏らした。
「あれ? 二人がいない?」
「さっきファイアが連行していったぞ」
相変わらずの耳の良さで先程の会話を全て聞いていたランに驚きを通り越して呆れるユリ。
「相変わらずどんな耳してんのよ」
「鍛えたからな。誰かさんがすぐにどっか行くから」
ユリは軽くランを睨みつつ、なくなり欠けていたリンゴ飴をかじって飲み込んだ。失言で不機嫌にさせたフォローを入れるためか、ランは話題をすり替えた。
「ま、どっか行ったっていっても二人一緒なんだ。ここなら別に放って置いても大丈夫だろう。せっかくの縁日なんだ。俺達は俺達で楽しもうぜ」
「おやおや~? 可愛いお嫁さんとデートでもしたいのかなぁ、ラン君」
フォローの効果もあってユリの不機嫌な顔を変えることには成功したが、代わりにわざとらしい顔で舌から覗き込むように挑発してきた。
ランは彼女のコロコロ変わる態度の対処に困った顔をしながらも、何処かむず痒そうに目を細めて顔をかきながら小さめの声で返事をする。
「……悪いか? 俺だって時折こういう時間は欲しいんだよ」
「フフフ! 素直でよろしい!!」
軽くからかいながら笑顔を見せるユリにランは心の中で可愛らしいと思ってしまう。
画してその場の流れで始まったランとユリのお祭りデート。二人は焼きそばを買って持っている食べ物を完食すると、遊びの出店に向かうことにした。
「本当色んな出店があるわね。いざ行くってなるとどれにしようか悩んじゃうわ」
「くじ引きにスマートボール、スーパーボールすくい……ありきたりなものは取りそろえているな。でもせっかくなんだから何か変わり種があれば良いんだが」
「らっしゃい! らっしゃい!! 変わり者揃いの金魚すくい! 寄ってき寄ってきぃ!!」
周りを見回すランに、ふと何か知り合いの姿を見かけた気がした。だがここは気のせいということで片付けて別の店に行こうとするが、離れる前に相手の方が気付いて声をかけられてしまった。
「お! ランにユリちゃんやないか。こんなところでデートか?」
「あら大悟君。こんなところで出店やってるの?」
「おう! 金魚すくいをな。縁日を利用して小遣い稼ぎや」
ユリが会話を繋げてしまってはもう見なかった振りは出来ない。諦めたランはユリと同じく大悟に顔を向けて会話に加わった。
「それで金魚すくいか? お前のことだ、何か裏でもあるんじゃないのか?」
「そんなことして何になんねん。やる前からケチを付けんなや気分の悪い」
「そうよラン。それにこれこそ私達が捜していた変わり種の出店じゃない。丁度良いし、やってかない?」
ユリに言いくるめられ、大悟が開いている変わり種の金魚すくいをすることにした二人。
出店に入ってすぐに子供が遊んでいるビニールプールに見せつつ、大悟は二人に説明した。
「まあ要領は普通の金魚すくいと同じや。ただ違うこととして、すくう金魚の種類によってもらえる景品があるんや」
「景品?」
大悟が指を差した方向に見えるのは、どの金魚をすくうかによってもらえる景品の一覧だ。
金の金魚をすくえば指輪。銀の金魚をすくえばバッグ。銅の金魚をすくえばハンカチと、どれもブランドものの商品ばかりだ。
「よく用意できたな。これだけのブランド品」
「当たり前や、俺は次警隊諜報員のエリートやで。情報を集める奴はおのずと色んな宛が出来るもん。そこから少しコネを使っただけや。
さあユリちゃん、どれでも好きな物を選びぃ。ランが頑張って取ってくれるで」
「肝心な所俺頼みかよ」
「そりゃあ商品なんや、ただで渡すわけにはいかん。かっこいいところ見せるチャンスやで旦那はん」
調子の良い上、断りづらい誘いを投げかける大悟に苦い顔になるラン。対してユリは楽しそうに景品を眺め、その内の一つを指し示した。
「そうねぇ~……せっかくなんだから、一番豪華なのが欲しいかしら」
「てことは指輪、金の金魚やな」
「まぎわらしいな金の金魚って」
「それでどうすんねや? 彼女の旦那様」
純粋な視線と嫌らしい挑発。二つの方向から向けられる視線にランはため息を吐きながら実質一択の選択を返答した。
「分かったよ。挑戦してやる」
「フフンッ! そうこなくっちゃなぁ!! そんじゃさっそく奥に行こっか」
「あ? ここでやるんじゃないのか?」
「まあ、ここは子供向けのエンジョイゾーンやからな。ガチ向けの方々は奥や」
この台詞に既に嫌な予感を感じるランだったが、一度引き受けた以上今更引き渡るわけにも行かないと二人は大悟について行った。
そこから流れるように空間に扉を開いてその先をくぐっていく三人。何処かの室内に入ったところで戦闘の大悟が足を止め、二人もこれに続いた。
「よし到着や。ここがカップル向けのガチゾーン。ここで金魚をすくえば景品ゲットや」
わざとらしい笑顔を見せて大悟が台詞を吐いた直後、彼の後方から巨大な何か飛び上がってきた。
まさかと注目する二人。シルエットが見えたそれは、巨大ながら間違いなく金魚、それも金色のだった。
「おい、まさかあれが」
「おう、ここの出店一番の難易度。『金魚の世界』から連れて来た『キング金魚』や」
「キング金魚!?」
「連れてくるの大変やってんでぇ。飼い慣らすのには余計にな」
改めて景色を見回すラン。今彼等がいるのは何処かの体育館。その二階、試合の観客席に当たる部分だ。そして真下を見てみると、キング金魚という一番巨大なものを始めとした大量の大型金魚が泳いでいる巨大プールが目に見えた。
「さあ、アトラクションの始まりや。思う存分楽しんでってな!」
大悟は一切表情を変えず笑顔のままでわざとらしい台詞を吐いた。




