5-19 メリー
南は番号札を手に入れたことにとりあえず嬉しく思うも、直後にどうしてファイアが自分からこれを渡してくれたのかを質問した。
「どうして、これを?」
「別に深い意味なんてないわよ。ただアンタを認めただけ」
「認めた? 何に?」
ファイアは自分の台詞の意図を理解してくれないファイアに少々苛立ちを覚えつつも、認めた要員についても一から説明してくれた。
「アンタがラン様の仲間だって事をよ。始めに聞いた時は、適当に流されるまま旅をしていただけなんじゃないかって思ってたけど、受け止めた拳にはなんだか覚悟を感じたわ。
アンタが生半可な思いじゃないって事が分かったから、もう倒す必要はないと思ったの。そもそもアタシ同担拒否じゃないし」
「でも! 番号札がなかったら君が!!」
南はこれではファイアが失格になってしまうことを案じたが、その辺は彼女も想定済みだった。
「大丈夫。アタシ、番号札はもう十枚持ってるし」
「エエッ!!?」
驚く南に、ファイアはポケットから取り出した大量の番号札を見せつけ、何故そんなにたくさん番号札を持っているのかについても説明した。
「ここに来るまでの間、概要説明のときにラン様に陰口を叩いてた連中を出会い頭に軽く捻って回ってたのよ。
あの人のことを外面以外何も知らずに勝手に罵倒する奴なんて、次警隊にいらないから」
「そ、それ全部!?」
南はいくらランとユリを慕っているにしても、彼を少し批判しただけの人達を必要以上に撃退する意味があったのかと疑問に思ったが、これを口にする前にファイアの方が勝手に話す。
「当然よ! 私の野望のため」
「や、野望?」
ファイアは瞳の中で星を浮かべたように輝かせながら右腕でガッツポーズを浮かばせると、口角を上げてより高らかに声を出しながら自身の野望を語り出した。
「アタシの野望は、ラン様を次警隊の大隊長に出世させること! アタシはその組織の大幹部にまで出世して、所属する隊員達は全員彼を崇拝する組織に作り替えて、宇宙全体をランユリ派一色にしてやるのよ!! グヘヘ……」
ファイアの不気味な笑顔を見た南は思った。
(この人、思っていたのとは別ベクトルにやばい人だ!!)
正直ドン引きに等しい感想を持たれながらも、口には出していないためにファイアは気付いていないまま、彼女に再び話しかけた。
「それじゃあ揉め事も解決したことだし、ここでたむろしてても仕方ないから移動しよっか」
「いやその揉め事! 全部君のせいで起こったんだけど!!」
勝手に起こされた揉め事を勝手に収束されたことに流石の南を突っ込みを入れてしまうも、とりあえずこの場での戦闘は和解で解決し、二人はカラクリ屋敷の出口を探して移動することになった。
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一方屋敷の罠に引っかかり、現在進行形で滑り台を滑り続けていた幸助。真っ暗な中右に左に転がされ続け、異世界転移のときに似た気持ち悪さを感じていた。
(やばっ! いい加減脱出しないと吐きそうだ!!)
最早リバースするのを覚悟しかけた幸助だったが、不幸中の幸いにも彼が完全に気が参る前に滑り台は終了し、壁が開いてまた見知らぬ部屋の中にへと放り出された。
急に終った流れに対応しきれなかった幸助は身体を床に激突させてしまい、どうにか立った後も目が回り、脚もふらついてまともに歩けていなかった。
「アアァ……目が回る……」
クルクルと回転しながらどうにか移動し、襖を開けて次の部屋へ移動する幸助。とりあえずトラップはなく進むことが出来た彼だったが、ここにて別のトラブルが発生した。
進んだ部屋の中で混乱していた幸助はその部屋にいた人物に気が付かず、相手も彼の存在に気付くのが遅れたために身体をぶつけてしまった。
「ウワァ!!」
お互いに尻餅をつき、幸助は聞こえた声から誰かにぶつかってしまった認識から我に返り、痛がる間もなくすぐに相手に声をかけた。
「あ! すいません! 大丈夫!?」
幸助が前見ると、さっきぶつかったはずの相手がその場から消えていた。幸助はたった今のことが気のせいだったのではないかと疑ったが、何処かからその人物のものらしき声が聞こえてきた。
「大丈夫デ~ス……ワタシ、怪我してません」
片言で少しイントネーションのずれた言い回しの台詞。まるで日本へ来て勉強中の外国人と会話をしている感覚だった。
とはいえ幸助はこの声が何処から聞こえているのかが気になっていると、声の主は全く気配を悟らせることなく、いきなり後ろに出現して声をかけてきた。
「今、貴方の後ろにイマ~ス……」
「ウワアアアァァァァオ!!!?」
突然後ろから声をかけられて驚きのあまり変な声を出して前方に飛び出してしまう幸助。少し距離を取ってから振り返ると、今度こそぶつかった相手の姿が見えた。
お洋風の人形のような輪郭に青い瞳。金髪のロングヘアの一部を左右でお団子状にまとめた特徴的な髪型をした少女。
ほがらかで見ていると心が安まるような笑顔を見せる彼女だが、幸助は彼女から醸し出される謎の雰囲気に恐怖心が湧いてきていた。
まさかさっきぶつかったときにセクハラでもしてしまったのではないかと顔が冷や汗でいっぱいになった幸助は、頭を床にこすりつけて大声で謝罪し始めた。
「あ! いや! その!! なんか、すみません!! わざとじゃないんです!!!」
幸助がテンパってしどろもどろな台詞を吐いてしまっていると、向こうの方は彼の面白い態度をみてふと吹き出してしまった。
「フッ!……変な人デスネ。ご安心クダサ~イ。別に間違いは起こってマセ~ン」
少女の優しい声かけに、幸助は恐怖心が収まって安心を感じていた。
「受検者さんデスね。それも番号札を二つ持っている」
「え? どうしてそれを!?」
「ワタシ、『メリー』言いマ~ス。ワタシも番号札二つ持ってマ~ス。安心してくだサ~イ」
自己紹介をしつつ自分が持っている番号札二つを見せる少女メリー。幸助は不思議ながらもとりあえず闘う必要はないと確認したため、彼女に対して警戒することは止めにした。
(名前に後ろから突然現れてって……完全にメリーさん人形のそれだよな)
幸助が頭の中でメリーに対する第一印象を思い浮かべていると、メリーの方が何処か楽しそうに幸助に話しかけてきた。
「そうデス! お互い目的は同じなんですし、いっしょに出口まで行きませんか? ワタシ、道案内出来ますし」
「道案内?」
「まあ、正しく言うと、ワタシも教えて貰うんデスガ。皆さんに」
「皆さん?」
皆さんとまるでこの場に他の誰か居るような言い分だが、幸助が辺りを見渡してもそれらしき人物は誰もいない。隠れている能力でもあるのかとも予想したが、それなら隙を突いてとうに攻撃しているはずだろう。
「ちょっと待って? 教えて貰うって、誰に? この部屋には今、俺と君しかいないんだけど」
「いえいえ、いっぱいいますよ。ソコにも、アソコにも!」
幸助がメリーが指を差している先を見ても、目線の方向にあるのは襖や床だけだ。
「あの~……もしかして教えて貰うって、幽霊とかからってこと!?」
「幽霊? 違いマ~ス。さっきか指を差しているとおり、壁さんや床さん、襖さんからデ~ス」
幸助の顔が訳の和から無さから大きく歪んでしゃくれてしまう。すると肝心なことを言い忘れていることに気が付いたメリーが説明してくれた。
「アアッ! ワタシ肝心なことを言ってませんデシタ!! ワタシ、物の皆さんと会話が出来るんデ~ス」
「物と会話? それじゃあ、壁や床とお話が出来るってこと?」
幸助の聞き返しに快く頷いてくれるメリー。彼女は続いて自分の能力について詳しく説明してくれた。
「壁さんも床さんはもちろん、車さんや本さん、そちらが共にいる番号札さんだって、皆意思を持っているんデ~ス!
ワタシはその声が聞こえているってだけデス。そのおかげで、色々な経験をした物さん達のお話を聞けて、とても楽しいデス!!」
仕組みはよく分からないものの、幸助が何故番号札を二つ持っていることがバレたのかについてもこの話で説明が付いた。幸助には聞こえないが、メリーには番号札の声も聞こえているからなのだろう。
「番号札さんが言ってマ~ス。コウスケさん、友達のためにとても頑張る人だって」
「アハハ……もう名前も分かっている訳ね。一応フルネームで自己紹介。『西野 幸助』です」
「改めまして、『メリー』デ~ス。よろしくお願いシマ~ス」
不思議な少女、メリーと手を組んでこのカラクリ屋敷の攻略に臨むことにした幸助。
この判断は正解だったようで、彼女の道案内通りに進んでいくと、今までの事が嘘のようにトラップに引っかかる事なく円滑に部屋を進んでいけた。
(本当に今までのことが嘘のようにスイスイ進んでいくな。ありがたいけど、今までの苦労が何だったのかと悲しくなって来ちゃうな……)
ときに隠し扉を、ときにはしごを使いながらも、二人は難なく道を進んでいき、ある程度したタイミングでメリーが優しく微笑みながら前方に指を差す。
彼女が指す先には、捜していたこのカラクリ屋敷の出口が見えていた。
「後はこの部屋を抜けて、アソコに見える出口を抜ければOKだそうデ~ス」
「凄い、ここまで本当にトラブルもなく来られるなんて。なんか、色々借りが出来ちゃったね」
「良いんです! 困ったときお互い様デス!!」
グーサインを送ってウインクをしてくれるメリーに、幸助も自然と表情が和らいでいく。
このまま順調よく二人が屋敷を出るかと思っていたが、ここに来てどういう訳かメリーが足を止めてしまった。
「あれ? どうしたの? もう少しでゴールなのに」
「あ、スミマセン……なんだか嫌な声が聞こえて来たので」
「嫌な声?」
「なんだか……痛いって言っているような?」
「痛い?」
幸助が首を傾げると、メリーが目線を向ける方向から微かに音が聞こえてきた。耳の良いランでもないのに聞こえているということは、ある程度の距離から聞こえているのだろう。
「何だ、この音?」
幸助が疑問を抱いた直後、突然二人の目線の先にある壁が破壊され、その衝撃波が速度を緩めずに二人に襲いかかってきた。
「ウワッ!!?」
「キャッ!!」
二人は抵抗する間もなく衝撃波を受けて後方に吹き飛ばされてしまった。
その頃、ゴールを出てすぐの場所で受験生達を待ち構えていた入間。
「さてさて、最序盤の何人かが出てきてしばらく経ったが、ここでどうなるか?」
入間が身構えていると、咄嗟に彼女は何かに気付いて後ろに身を引いた。彼女の勘は当たり、ゴールから突風が飛び出し、ゴール直後の箇所に大きな土煙が立ってしまった。
「何だ? 何が起こった!?」
フジヤマを始め、既に合格していた受験者達が注目する中、煙が晴れて現れたのは、目を回して前方に倒れ込む幸助とメリー。
次いで手に持った剣を振り回して気分よくしているファイア。最後に彼女の派手な行為にリアクションに困っている南だった。
「で、出てこれたのかな? 俺達」
「ワカリマセ~ン……目が回りマ~ス……」
「フンッ! ザッとこんなものよね」
「本当にやばい人だ、この人」
その後、派手な登場っぷりに笑いがこぼれていた入間に番号札をそれぞれ見せ、見事四人は第二試験を合格した。




