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5-17 牛圧 拡巻

 決定打となる高圧電流を仕掛けようとした直前に、南から聞いた言葉の内容に動きが固まってしまうファイア。

 ファイアの憧れの人物、将星ランには既に結婚した相手がいること。


 南はこれをいってしまったことにどこか罪悪感を感じる部分があったが、下手にこのまま彼女がランに会って知ったときには、何をしでかすか分からないと思ったところもあった。


 南はファイアがこのまま怒ってより強力な攻撃を仕掛けてくるかもしれなことを警戒した。そしてファイアが次に顔を上げると、以外にもキョトンとした顔で頭にクエスチョンマークを浮かべているように見えた。


「それがどうかした?」

「はい?」


 南は質問で返されるとは思っていなかったために返答に戸惑ってしまった。言葉が浮かばず彼女が何も言えない中、ファイアの方は妙な返しの理由を口にする。


「ラン様が結婚していることなんて知ってるわよ。ユリ様のことでしょ」

「ユリさんのことも、知ってるの!?」

「当然よ! ラン様とユリ様。二人揃ってこその三番隊! そして、アタシの推しカプなんだから!!

 アタシを動揺させて拘束を緩めようとしたんだろうけど、当てが外れたわね!!」


 ファイアは縛る力を強めながら高圧電融を流し出し、南にトドメを刺しにかかった。周辺一帯に稲光が轟き、すぐに止んだ。


「ま、真っ黒焦げにならない程度に留めておいたわ。無益な殺生を、あの二人は良しとしないから」


 ファイアは南を拘束していた尻尾の力を緩めていくと、丁度制限時間が切れたのか腕の形も元に戻った。

 そのまま意識を失ったように落下する南の姿に勝ちを確信したファイアが後ろを振り返ってこの場を後にしようとした。


 しかしファイアは次の瞬間に表情を驚いたものに一変させて足を止める。前進が倒れたにしては聞こえなさすぎる音に。そしてそこから連想される嫌な予感に身体が振り返る。


「嘘でしょ?」


 振り返った後方には、猫背気味にこそなりなりながらも倒れることなく立っていた南の姿があった。

 ファイアからすれば確かに殺さないように手加減をしていたとはいえ、気絶はおろか倒れすらしていない現状には驚きを隠せなかった。


「どんな身体してんのよ!? 高圧電流まともに食らったはずでしょ!?」

「確かに……もう少し喰らっていたら……やばかったかも……

 それにしても、びっくりした……ユリさんも、知ってたなんて」


 流石にダメージは受けているのか出てくる台詞の始めの方は途切れ気味だったが、段々と息が整い世間話の続きを口にしてきたことから全く余裕がないというわけでもないらしい。

 ファイアは世間話を続けることで回復する時間稼ぎをするつもりなのではないかと考えがよぎったが、自分が何より敬愛するランに関連する話題なこともあって話を繋げることにした。


「ええ。さっきも言ったけど、アタシの一番の推しカプよ」

「その……推しかぷって何?」


 オタク事情をよく知らない南は『推しカプ』というワード自体を知らなかった。ファイアの方がこれにずっこけてしまった。


「『推しカップル』よ!! 何!? アンタこんな簡単なワードも知らないの! この『オタ活』が当たり前にはびこる時代に珍しい奴もいたもんね。

 余程田舎の世界出身? それともそういう趣味が全くなかったの?」

「後者かな? 小さい頃から、武術の修行ばっかしてきたから。でもだからこそ、今は広い世界を知りたいと思ってる! だから! ここで負けたくない!!」


 南は脚を肩幅に広げて右拳を握り絞め、肘を曲げて後ろに引く。

 構えからして牛圧のようだが、高圧電流を受けたダメージ分のパワーを身体に溜め込んでいるとなると、ファイアはもちろんのこと、その後ろにある部屋にもしかすればその先にいる人達も巻き沿いにしてしかねない。


 技を放とうとしている南自身もその危険性には気付いていた。だがゴンドラの一味と闘ったときの二の舞にはしたくない。


 そこで南が頭に思い浮かべるのは、この世界に入ってから入間に鍛えて貰った鍛錬の時間のとある一時だった。


 南も幸助と同様、入間と何度か組み手を行なっては軽々と敗北してしまい、道場の床に汗を流し膝をついていた。


「ほうほう、ここまでやって膝を付ける程度で済む辺り流石やなぁ。頑丈な体してるで南は。おまけに……」


 入間が次に指摘しようと視線を向けたのは、稽古場にしていた道場の壁を突き抜け、屋敷に大きな穴を開けていた。


「ごめんなさい。また僕……」


 謝罪する南に、入間は振り返って南の問題点を指摘する。


「南は技は鍛え上げられ洗練されている。でも……いや、だからこそ凝り固まりすぎてんねや。幸助とは真反対にぶっ飛んでる。

 だから南に必要なのは、型に囚われないしなやかさやな」

「しなやかさ、ですか?」


 入間からの指摘を受けても、当の南本人はピンときていない様子だ。入間はこれを受けて彼女に近付くと、次の瞬間に突然殴りかかってきた。

 ギリギリのところで腕を動かして攻撃を受け止めた南は、どうにかけ止められるギリギリの威力に緊迫した表情に汗を流した。


「い、いきなり何を!?」

「必死にすれば受け止まられるやろう。そういう強さに加減させてある。そしてここから細かく腕動かして調節すれば」


 入間は南が受け止めている拳を一瞬僅か後ろに引き。素早い左回転をかけながら追撃をかけた。

 南は同じ態勢で入間の攻撃を受け止めたが、今度は回転のかかった力の流れを抑えられず、受けた身体を拳と同じ方向に回転させて転倒してしまった。


「痛っ!!」

「受け身も取れなかったやろう。これがお前に足りないことや」

「これが?」


 南は右側頭部を手でさすりながら伸ばしてきた入間の右手を受け取り立ち上がる。入間は南を起き上がらせると共にさっきの攻撃の説明をした。


「攻撃はただ一方向にだけ向けるものではない。技自体の威力は多少下がったとしても、このように複数箇所に力を向けてたいての無駄に相手を傷付けず撃退することも出来る。

 これこそアンタが求めていた戦法やろ」


 南は次警隊に入るに当たって心がけた、『殺しはしない』という事柄のために入間が知恵を絞ってくれていたことを嬉しく思った。


「入間隊長!!」

「ま、志がどうであっても身につけた方が良いけどな。その固すぎる攻撃は、このままほっといたら隙だらけになってまう。

 もう一度言うで南。お前は、しなやかに闘え」


 そして現在。南は後ろに引いた右腕を右方向に出来るだけ捻らせると、南はこれを勢い良く前に出し、正拳突きを撃ち出した。

 ファイアが牛圧を見るのは当然初見だが、察しの良いことにただ拳を避ければ済むとは考えず、南から見て左方向に駆け出した。


(アイツ、技を出す瞬間だけ謎の凄みを感じた。そんな奴がただ単にパンチだけをしてくるわけがない!! でも残念ねえ!!)


 ファイアは自己正体で言っていたとおり次警隊の五番隊隊長の娘だ。この試験会場に集まった受験者の中でも、親に連れられる形で数多くの異世界を目にした経験があった。

 それが故に、初戦の手札が見えない相手に対しても常識という枠組みで物を見ない目を養っていた。


(大方本命にしようとしているのは拳を振るって発生させた拳圧でしょ? でもそれは真正面に飛ぶか拡散するかのどちらかが多い。至近距離で横にかわしてしまえば攻撃範囲からは外れる!

 保険として右手に剣を持てば、すぐに攻撃も仕掛けられ、仮にかわした先での格闘術にも対処できる! 死角はない!)


 ファイアは軽くニヤけて後はどう仕掛けようかと考えていたが、その直後に自身の状態に異変を感じた。

 足下で何かに躓いたわけでもないのに、身体が前方向に転倒していく。いや、まるで何か強い力に引っ張られているかのように下方向に吸い込まれていったのだ。


「何これ!? 何が起こって!!?」


 ファイアは顔を床にぶつけてしまったが、これだけでは全然引っ張られる力は止まらない。今度はそのまま脚から引っ張って上空にへと放り出され天井に激突させられた。


「カハッ!!」


 そこからは床へ天井へと、何度も脚を釣り糸で引っかけられて引っ張られるように何度もぶつけられた。

 何がどうなっているのかと知ろうとしたファイアは振り回されながら視界を変えると、メモ前に会ったはずの部屋の空間が丸く曲がるように大きく歪まされ、破壊されて残骸が自分と一緒になって吹き飛ばされているのを発見した。


「部屋が歪んでいる!? これ……」


 これは、南なり訓練の答えだ。本来正面突破で対象を攻撃し、破壊もしかねない威力を誇る牛圧を、相手を殺さない程度かつ被害を抑える方法。

 自身の真横までに広げた攻撃範囲に牛圧の威力を回転させながら拡散させ、重傷こそあれどしにはしない威力に留めたのだ。


「<夕空流格闘術 四式 改 牛圧 拡巻(かくまき)>」


 退館時間にしてかなり長く感じられた攻撃が終ったときには、ファイアは大ダメージを受けていたが、腕が千切れて宙を飛ぶなんて事はもちろん、骨折の一つも起こってなかった。


 南は正拳突きをおえた構えから息を吐いて整わせながらゆっくりと体勢を崩す。


「ハァ……ハァ……」


 体勢を崩してすぐに息を切らす南。どうやら彼女が普段放っている分のパワーを別方向にコントロールするというのは、彼女自身にとってもまだ負担の大きいことのようだ。


(ため込んだパワーが大きいと、ここまで疲れるなんて……相手を生かしてかつ。やっぱり難しいな……)


 とはいえ、結果的には何も破壊せず命を奪わずに所入りすることが出来た。南は倒れて気を失っているらしきファイアの側に警戒しながら近づき、彼女の番号札を回収しようとした。


 しかし足を止めて手を伸ばしている最中、南は倒れているファイアが動かした右手に腕を掴まれ止められた。


「君! 起きてたの!?」

「取らせはしないわ……アタシは……ラン様の役に……立つんだから!!」


 必死の抵抗で掴んだ腕の動きを止め続けるファイアだが、声の出し方といいやはりダメージはあるようだ。


「僕の勝ちだ。番号札を貰うよ」

「ヘッ! 負けを頼んでいる時点でアンタはまだ勝っちゃいないわ。アタシは絶対、こんなところで終るわけにはいかないの!!!」


 ここまで負傷を受けていながら諦めない意思。南もファイアも、合格したい信念においてはお互いに一歩も譲らないところがあるらしい。


 そんなファイアが今、力を振り絞るために頭に浮かべていたのは、幼少期にランと出会ったときの事だった。

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