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5-16 ファイア・タック

 屋敷内の壁を派手に破壊して周り、目の前に現れた少女に聞かれた意外な質問。南は戸惑いながらも、自分とランとの関係について素直に話した。


「関係って、僕は元々いた世界で彼に助けて貰って……それで、別の世界でも同じ事件が起こっていると知ったから、一緒に旅をして回っていた仲間なんだけど」


 一言一句嘘はなく目の前の相手に伝えた南に、少女は顔を下に下げ、目元に影を浮かばせながら握った拳を振るわせた。


「ラン様と……旅をしていた……ですって!?」


 少女は手に持っていたキャンディを再び口で咥えると、棒の先端についたあめ玉を一回で噛み砕き、空いていた左腕でいきなり殴りかかってきた。


 至近距離なため今から回避をしてもどうにもならないと思った南が受け身のを姿勢を取ると、目の前の拳は突然少女のものとは比べものにならない大きさに膨張し、同時に黒い岩のようにゴツゴツとした姿に変化して襲いかかってきた。


 その威力は南の想定を遙かに超え、彼女の身体を風に当てられた塵のように軽々と吹き飛ばし、屋敷の壁をいくつも破壊してダメージを負わせた。


(今の、幻!? 一瞬だけど拳が怪獣並みに巨大化してたような)


 歩いて近付いて来た少女は咥えていた棒を吐き捨てて怒声を吐き始めた。


「ふざけるんじゃないわよ!! このアタシ、『ファイア・タック』を差し置いて! ラン様と一緒に旅をするだなんて赦されるわけないでしょうが!!」


 少女ことファイアの怒りは尋常でないものを感じられた。南はさっきの妙な攻撃よりも先に、何故彼女がここまでランに関することで怒るのかが気になった。


「そんなに怒って! ラン君と貴方に、何があったって言うの?」


 率直なことを聞かれたファイアは、怒りの表情を変化させて赤面し、何処か恥ずかしそうな態度になって答えてきた。


「何って、アタシは……あの人に命を助けられて……あの人のことが、ほんっとうに大好きなの」

「……はい?」


 まるで恋する乙女のような態度に変貌したファイアに南は別の意味で冷や汗をかいてしまう。緊迫した空気が崩壊していく中、ファイアは一人語り続ける。


「あれは三年前のこと……次警隊五番隊隊長の娘だったアタシは、当時次警隊を敵視していた勢力の手にかかり、人質として誘拐されていた」

「五番隊隊長の娘!!?」


 しれっと流されるように口にしたファイアの身の上に南は衝撃を受けるも、本人にとってその事はどうでもいいようで、思い出話を一人続ける。


「そんなピンチのとき、誘拐犯達を軽々と倒してアタシを救出してくれたのが、ラン様だったの。本当に童話に描かれた騎士様が助けに来たものだと目を疑ったわ」


 照れた顔を揺らして惚れ込んだ様子で語り続けるルーカに、南は一つ思った。


(ま、まさかこの人。ラン君のことが男として好きって事じゃ! でも、ラン君には……)


 直後に南の脳裏の思い浮かんだのは、ランの妻たるユリの姿だ。


「で、でもラン君には」

「そんなラン様の……あの人が纏める三番隊の最初の一般隊員になり、頼られることが、アタシの目標だった!

 それなのに、何処の馬の骨とも分からない奴なんかにその夢を奪われるなんて!! 許せるわけがないでしょうガァ!!!」


 ファイアは南の話しに聞く耳を持たず、一方的なランへの情熱語りを終えた途端にズボンのポケットから取り出した三つの小さな癇癪玉を放り投げ、爆発させた。


「また爆弾! 逃げないと!!」


 南はここに至るまで、ファイアから爆撃をメインとした追撃から逃げ続けてきていた。というのも、ファイアの攻撃は見境がなく周り一帯ごと破壊しており、下手に受け止めて反撃に出ることも出来なかったのだ。


 この爆発に紛れ、ファイアが視覚から襲って来るかもしれない。そうなればますます不利になると踏んで急いで逃げ出す南だったが、ファイアはそんな彼女の予想に反して正面突破に姿を現し、腰に携えていた二本の剣を振り下げてきた。


 南は両腕で攻撃を受け止めると、続けて乙女翔を発動しファイアを爆煙ごと吹き飛ばした。

 床に着地したファイアはその場で剣を軽く回しつつ目付きを怒りとは違う鋭いものに変える。


「へえ、やるじゃない。0.5パーセント程は認めて上げるわよ」

「どうも……正面からやって来るとは、思ってなかったけど」


 南の率直な言い分に、ファイアは軽く笑いながら何処か自慢気に答えた。


「当然よ。アタシはコソコソするのが嫌いなの。やることなすこと全てド派手に!! それがアタシのモットーよ!!」


 ファイアは二本の剣を腰に戻すと、癇癪玉を入れていた方とは反対のポケットから、包み紙のついたキャンディを取り出した。


「そんなアタシには、生まれつきお似合いの能力を持つことが出来た。話のついでに教えて上げる」


 ファイアがキャンディの包み紙を剥がし、あめ玉に指を差して南に注目させる。


「これはただのキャンディじゃない。異世界で討伐した巨獣達の肉片を中に入れてるの。そしてこれをアタシが食べることで……」


 ファイアは再びあめ玉を口の中に入れると、すぐにかみつぶして中身の肉片を飲み込んだ。

 するとファイアの左腕が突然巨大になり、形を変化させていく。変形が止まったときには、左腕は南が先程一瞬見た、黒い岩のようにゴツゴツとした姿となっていた。


「その腕!」

「身体の一部を短時間だけ、肉片の元となった生物のものに変化させる事が出来る。もちろん、その生物が持っていた能力と一緒にね!!」


 ファイアは説明が終って再び攻めに転じてきた。南は幻覚じゃなかった巨大な腕の存在に驚愕しつつも、冷静に対処を考えた。


(あの大きさじゃ正面から受け止めきれない。だったら、受け流す!!)


 南は羊反の構えを取りつつ、自身の身体を左回転させながら右方向に移動した。身体に接触仕掛けた巨大な拳は羊反の力によって向けを変えられ、南にはダメージを与えることがなく屋敷の壁を破壊した。


「へえ、器用にかわすのね。つまんないの」


 一撃が終ってすぐにファイアの左腕は元に戻った。短時間しか効果がないのはブラフではないらしい。


 反撃を駆けるチャンスだと踏んだ南が足を前に進めるが、ファイアは戻った腕をタイムラグなく動かして剣を引き抜き、殴りかかる拳にぶつけて相殺した。


(素早い!)

(勝った! 素手で刃物受けて何で切れないの!?)


 とはいえお互い攻撃している状態で間合いに入ってしまえば、下手に引いた途端相手の攻撃をもろに受けかねない。

 二人は揃って相手が怯むまで攻め続ける手段に出た。


「<十二式 山羊乱>!」

「<波打(なみうち) 連波(れんぱ)>!」


 南は拳、ファイアは二刀流の剣で連撃を発動した。両者の技は拮抗し、流れ弾が飛んでいった周囲の壁や床の方が次々破壊されていく。


「中々やるじゃない! 5パーセントに繰り上げよ!」

「十倍か、もう数声ほしいかな」


 冗談を交えつつも、お互いに攻撃の手は緩めない。


(山羊乱を全部防がれてる! この攻撃、乱雑な分数回は当たることが強みなのに!)

(だからなんで刃物を素手で受けて切れないのよ!! それに、なんか段々拳の威力が上がってきてないかしら?)


 ファイアの勘は当たっていた。南は攻撃を受ければ受けるほどに蓄積されたダメージ分だけ強力なカウンターを放つことが出来る。

 接近戦に持ち込んだのは、南自身がすぐには無理でも長時間となれば自分が有利になることが分かっていたためだった。


(ダメージは十分に溜まった。一瞬でも隙を作ればそこに打ち込める!)


 丁度南がそんなことを考えた直後、ファイアが疲労からか剣の振るう速度が遅くなっていった。好機と感じた南はここで決めようと右手の構えを密かに蠍突きに変えた。

 とはいっても南はあまり人に怪我をさせる戦いはしない主義だ。狙いは彼女が握っている二刀流の剣。速度がより遅くなり、ハッキリ目視できたタイミングを見計らって攻撃を仕掛けた。


(ここだ!! <十式 蠍突き>!!)


 南の策がはまり、ファイアの武器が砕かれるかに思われた。しかし彼女の攻撃が武器に届く寸前、ファイアは突然剣を手から放し、蠍突きを逸らした。


(武器を放した!?)

「誘いにはまったわね」


 次に南の視界には、剣の後ろに隠れて見えていなかった黄色いキャンディが見えた。ファイアはこれを口でキャッチすると、すぐに噛み砕いて中身を飲み込んだ。


(しまった! 誘われた!!)

「遅い」


 実はファイアが剣の振るう速度が遅くなっていたのは、長時間の連撃による疲労からではなく、南のカウンターの特性を予想し、敢えて誘い出すことで罠にはめるためだったのだ。


 見事にはまってしまった南は身を引こうとするももう間に合わない。ファイアは右腕を変形させ、黄色い蛇のような長くしなやかな尻尾になった。


 尻尾は逃げようとする南の身体に足下から巻き付き、力強く拘束してしまった。


「ウッグ……」

「剣を素手で受け止められたことには驚いたけど、流石にこれを剥がすことは出来ないようね」


 ファイアは念のため締める力を強くし、南の抵抗力を奪っていく。


「少し焦ったけど、これでもう詰みね」

「これは、蛇の尻尾!?」

「ただの蛇じゃないわ。これはとある異世界に生息する電撃を操る大蛇の力。当然、その大蛇が持っていた電撃も発生させることが出来るわ」


 南が現状がどういうことなのかを理解して青ざめた。逃げられない、抵抗も出来ない拘束状態で、次に回避不能の高圧電流が全身に襲いかかって来ることを示していたからだ。

 いくら受け身に長けている南でも、全身同時に高圧電流を受けてしまえばどうなるのか分かったものではない。


「これでどっちがよりラン様の役に立てるのか証明がつくわ。アタシこそが、最もあの人の役に立ってみせるんだから!!」

「だから! 役に立つも何もラン君は!!」

「喰らいなさい! ド派手な高圧電流を!!」


 ファイアが尻尾に高圧電流を発生させようとした直前、南は危機的状況から脱したい本能からか、普段以上に大きな声を張り上げて彼女の耳に響かせた。


「ラン君は!! 既に結婚しているんだ!!!」


 現在いる部屋を中心に、壁が破壊された先の空間まで響き渡る叫び声。ファイアは無理矢理に耳の中にねじ込まれた南の台詞に対し、目元にさっきよりもより濃い影がかかっているように見えた。


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