5-9 ジーアス タイタン
次警隊入隊試験に向け、入間から用意された修行期間に入った翌朝。前日に起こった事件での疲れから朝日が入って来た部屋の中でもぐっすり眠っていた幸助。
しかし幸助が寝返りを打とうとした瞬間に突然マットレスが下からバネによって飛ばされ、彼の身体を天井に叩きつけた。
朝から強烈な痛みを受けて目を覚ました幸助は、瞬時に元に戻ったベッドに落ちてしまう。
「イッタタ……今の一体何だよ」
寝ぼけた状態で朝の準備をしようと部屋の床に脚を付けた途端、何かのスイッチが押される鑑賞を微かに感じた彼に、前方の壁紙から突然出現したクナイが襲いかかってきた。
「ドワアァァァ!! 何か来た!!」
目視した現実の状況に寝ぼけた頭を覚醒させられた幸助は、声を上げながら魔術を発生させて全て捌いてみせたが、起床して早々に極度の疲労を感じていた。
部屋の中で立ち上がるまでに一度死にかけた事にため息をつきつつ部屋を出ようとする幸助。
「ハァ……とりあえず、部屋を出て朝の身支度を……顔洗って落ち着かせよう」
そして何の気なしに幸助が寝室のドアノブを握り回すと、突然ドアが枠から外れて彼にのし掛かって来た。
「マジかコレェ!!」
目の前の事実に突っ込みを入れつつ、どうにか直後に起こる危機に対処しようと必死に力を入れた両手で向かって行った。
少し時間が経過し、道場にて幸助の姿を見た入間が彼の身に起こったことを口にした。
「それで、ドアを押さえて隠しスイッチを押して爆発。
その後洗面台で蛇口を捻り高圧水流の直撃。
ここまで来る廊下にてトレッドミル機能と竹串のトラップ。
最後に道場はいい手すぐに落とし穴に再び落ちて現在耐えていると」
「解説はいいんで助けて貰っていいですか!!」
直後救出された幸助は四つん這いになって汗を流しながら大きく息を吐いていた。
「ゼー……ハー……何なのこの屋敷。カラクリっていうか……殺人トラップ多過ぎでしょ……」
「この程度で人は死なん。一部を除いて」
「一部って何処までの範囲!? ていうかこの屋敷死人が出てるの!!?」
顔を上げて突っ込みを入れる幸助。このまま二人による漫才が続くのかに思われたが、南からの朝の挨拶が聞こえ、二人意識が彼女に向いた。
「おはようございます」
「あ、南ちゃん。おはよ……」
後ろを振り返って幸助が見たのは、頭や右肩に矢のようなものが刺さって血を吹き出し、青い顔になっている南の姿だった。
「っていってる場合じゃねえ!! 俺より重傷じゃん!!」
「重傷? 誰のこと? そんなことより何かこのお屋敷涼しくない? さっきから寒気がして」
「体温下がってるよ洒落にならない事態になってる!!」
急いで二番隊の回復員が呼び出され、的確な処置を受け元の状態に戻った南と幸助。
気を取り直して本日の稽古を付けて貰おうと入間の前に正座をする二人だが、入間の方は朝からここまで来るまでに大怪我をしてやって来た二人に目くじらを立てていた。
「う~む……二人とも、初日にして相当な洗礼を受けたな」
「洗礼ってレベルじゃない気が。一歩間違えたら本当に死んでしまうかもだったんですけど」
「せやな。やけど試験までは三週間。君らをそれまでに鍛え上げるには、これくらいの無茶はしとかんと間に合わんのや」
こう言われてしまえば何も言えなくなる幸助と南。入間はそこから試験に繋がる話題を口に出す。
「ウム……これでは早々厳しいな。フジヤマの方が一枚上手といった所か」
「フジヤマ……そうだフジヤマさん!」
会話内に名前が出た事で二人は、退院してすぐにランの病室に向かった際、何故か部屋にいたフジヤマとアキのことを思い出した。
「バタバタして聞けませんでしたけど、あのときどうして二人がラン君の病室に?」
南が聞いた質問に入間はすぐに答えた。
「ああ、それな。最初はランから保護対象にして欲しいって事やってんけど、本人たっての希望で君らと同じく試験を受ける流れになってなあ。
確か今日、ここに来ている四番隊の隊長に面会しに行ってるはずや。ランの話から興味を持ったみたいで」
「四番隊?」
「知恵の世界に住む。次警隊随一の賢者や」
二人が入間からの説明を受けている丁度その頃、フジヤマとアキは四番隊隊長と会うための待ち合わせ場所に向かっていた。
「次警隊一の賢者か……どんな人物なんだか」
「待合場所も書庫だなんて、やっぱり勉強好きな人なのかな?」
元科学者という身分としては、次警隊一の知識を持つであろうその人物にやはり興味を持つ部分がある。
「科学者としては、色々聞いてみたいな。それにしても」
フジヤマはふと右足で踏む位置を普通よりも前に持ってきた。アキが同じ場所を踏みかけると、腕を出してそれを止める。
「この屋敷、相当罠の数が多いな。いくら育成のためとはいえ、コレでは命がいくつあっても足りないだろう」
以前いつ兵器獣が現れてもおかしくない洞窟の中で長い間暮らしてきたフジヤマは、起床してすぐにいつくものトラップにはまった幸助と南とは違い、トラップの場所に勘付いて触れないように歩くことが出来ていた。
アキも彼の助けを受ける事でここまで一つも負傷することなく進むことが出来ていた。
そんなこんなで屋敷のシステムに呆れながら二人が歩いていると、事前に入間に渡されていた地図に書かれている目的地の部屋にまで到着した。分かりやすく、扉の上に感じで『書庫』と書かれている。
「ここか」
「なんだか、微かに声が聞こえてくるけど」
アキが指摘したためにフジヤマも扉に耳を澄ませてみると、部屋の中から何かの数を数えているらしき男性の野太い声が聞こえて来た。
「1979……1980……1981……1982……」
「本当だ聞こえる。本の数でも数えているのか? ま、入れば分かるだろう」
フジヤマがノブを握ってトラップを警戒しつつ扉を開け、二人は書庫の中に入った。
すると目の前にあるスペースにて、一人の人物が見えた。見えたのはいいのだが、二人は一度見てすぐに目をそらして今見た光景を忘れようと思った。
書庫にいたのは、黒光りする肌を持つ筋骨隆々のゴリマッチョな肉体をふんだんに晒したブーメランパンツ一丁の金髪男だった。
彼は書庫の中で片手で本を広げ持ち読書をしつつも、もう片手を床に付けた逆立ち状態になって腕の肘を曲げ伸ばしをし、筋力トレーニングを行なっていた。
外から聞こえていた声の正体は、この男が身体を上げ下げを数えていた回数だったようだ。
「1985……1986……1987……」
フジヤマとアキは全力で見なかったことにして書庫の奥に入ろうとしたが、本棚の死角に入る前に男に扉が閉まる音から気付かれてしまった。
「ん? おっと、もう来ていたのか。すまないな」
「ヒデキ君、今の私達に話してたのかな?」
「そんなわけないだろ。別の奴が入って来たんださっさ遠くにいるであろう賢者に会いに行くぞ」
「『ヒデキ フジヤマ』と『アキ ヨシザカ』だな。待っていたぞ」
名前を呼ばれてしまってはもう反応せざるを得ない。フジヤマ達はこの男がそうなのか、いやそんなことはないと頭の中で否定しようとしている。
そんな中でも男は筋トレを止めようとはしなかった。
「すまない。暇だったので日課の筋トレをやっていた。もう少しで切りの良い数になるから待っていてくれ」
少し時間が経ち、男がスピードを上げて二千回筋トレを終えると、汗を拭き取って黒いスーツのズボンを穿き、上着を直接羽織った姿に着替えて近くの席に座った。
「いや~すまんすまん。時間をかけてしまったな」
「いや……」
「大丈夫です……」
用意された椅子に座る二人。しかし表情はさっきまで何処か期待に胸膨らませていた明るいものではなく、何処から突っ込めば良いのか分からないといった暗いものになっていた。
よどんだ空気が流れる書庫の中、一人だけ明るいままの男が自己紹介を始めた。
「次警隊四番隊隊長、『ジーアス タイタン』だ。よろしく」
見てくれからはとても賢者とは思えない人物に何処からどう突っ込みを入れればいのかすら分からない二人に、ジーアスは一人で話を進める。
「君達のことはランからの報告で聞いている。元星間帝国科学者の男女だそうだな」
触れられたくない自分の過去にいきなり話を入れてきたジーアスに、二人は戸惑っていた表情を厳しいものに変えた。
「おっと、あまり口に出して触れるべきではなかったようだな。すまない」
「いや、どう誤魔化そうと、事実は変わらないので」
「私達がやってしまった実験の被害は、今も尚続いている。逃げることなんて許されない」
膝の上に置いた両手の拳を強く握る二人。ジーアスは自分を責めている二人を諭した。
「否定はしない。だがだからこそ出来ることもある。どんな形であれ君達が手に入れた知識は、使いようによって人を救うことも出来る。だから私は君達を自分の隊に入れたいと思った」
ジーアスは席から立ち上がると、後ろの本棚に刺さっている本を一つ取って説明した。
「我々四番隊は、次警隊のありとあらゆる知識の管理、それによる問題への対策を主な生業としている。二番隊が収集した情報も我らの方で受け取る兼ね合いから、ここへは定期的に来るようにしているんだ」
ジーアスは手に持っていた本をフジヤマ達の前に出す。それは彼等にとっても近しい、遺伝子工学の本だった。
アキは優しく本を手に取り、パラパラと流し見るように本を広げる。
「これって……凄い、私達の知らない研究まで!」
「これが、次警隊の記録」
否が応でも関心を寄せられる二人。ジーアスは再び席に座ると、本に興味津々な彼等への話を進めた。
「知は力なりという言葉がある通り、宇宙は広く、知識はいくらあっても損はしない。知識そのものに善も悪もなく、全てはそれを扱う者次第だ」
ジーアスの言い分に胸を打たれる二人。曇っていた表情が少し晴れて前を向くと、ジーアスが真っ直ぐ目を見て訴えかけてきた。
「我々は、自分を正義とは言わない。だが多くの人を助けるために、基地達の知識を貸して欲しい。頼めないだろうか」
言葉を句切ると同時に席を立ち、頭を下げるジーアス。フジヤマとアキは一度お互いの顔を見ると、数瞬、間を開けて頷いた。
「分かりました。ジーアスさん」
「俺達の知識が、今度こそ人の助けになれるのなら」
二人も席を立ち、ジーアスに対し手を伸ばした。彼も頭を上げてコレを受け止め、固い握手をした。しかし次の瞬間にヌメヌメとした汗の感触に二人は反射的に手を放した。
「ウワッ! 何か汗でベトベトする!!」
「タオルとかで拭いてなかったのかよ!!」
「ああ、すまない。急いで取り繕ったものだったのでな」
コレからのための大切な握手のはずが、カッコつかない結果になってしまった。
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