【第28話】僕の事情と、アメリアからの手紙
引き続き他人視点です。
次回ももう一話、sideユリシスが続く予定です。
ーsideユリシスー
アメリアから手紙が届いた。
忠誠心の厚い侍女はアメリアからの伝言とは別に、必ず読むよう訴えて行った。
もちろん読むつもりであったので、了承する。
先日アメリアには酷い態度をとったのに、まだ謝れてすらいない。
怒らせたと言うより、傷つけたと言う事が、ここ数日僕の心に重くのしかかっていた。
何が書かれているのか少し怖い。
でも、とにかく読まないことには、と恐る恐る手紙を開封する。
封筒には便箋と、招待状と思しきカードが同封されていたが、まず手紙から目を通す。
”親愛なるユリシスお兄様へーー“
そう宛てて書かれていた手紙は、最初に「まだ文字が書けないので、代筆なのが悔しい」と書いてあった。
まだ5歳だ、文字なんて書けなくて当然だ。
自ら手紙を書こうとする事自体が、すでに幼児の枠を超えているのではないだろうか?
(親愛なるー……か)
それから読み進めても、あの日の僕を責め立てる言葉は一つとして書かれていなかった。
“親愛なるお兄様へ
まだ私は文字が書けないので、初めてのお手紙が侍女の代筆になってしまう事が悔しいです。
次のお手紙はきっと、自分の手で書きますね!
先日は驚かせてしまってごめんなさい。
だけど、私はずっとお兄様にお会いしたかったので、一瞬でもお顔が見られて、嬉しかったです。
嬉しくて、お隣に座ろうとした事で、眠っていたお兄様を起こしてしまいました。
邪魔してごめんなさい。
一応言っておきますが、私はあの時のことを反省はしていますが、怒っていませんからね。
私はお兄様が何を恐れていたのか、少しですが知っているつもりです。
だけど、私はそれに当てはまりません。
私はお兄様の造形に嫌悪など抱くことは決して無いのですから。
そう言われても、直ぐには信じられないと思います。
だから、私がお兄様に嫌悪感を抱かない理由をお話しする機会を下さい。
私は、これから先のお兄様と過ごす時間を、どうしても諦める事が出来ないのです。
お兄様の決めた機会では無いのが気掛かりではありますが、明日私の誕生日パーティーの後に、私とお兄様だけの……二人きりの誕生会を、ささやかながら開きたく思います。
そこで私の事情と、お兄様への気持ちを全部お話しいたしますので、是非参加して頂きたく思います。
では、お兄様に誕生日を祝っていただけることを願って……
貴方の妹アメリアより“
便箋に、読みやすくもびっしりと書かれていたのは、アメリアの僕を気遣う言葉ばかりだった。
実の両親以外から、こんなに気遣われた事があっただろうか……
この手紙からは、僕に傷ついて欲しくないという気持ちばかりが伝わってくる。
だけど……正直、面と向かって会うのは怖い。
今は僕を気遣ってくれてるからこそ、怖い。
嫌われたくない。
嫌われるくらいなら行きたくない……とも思う。
近くでしっかり見たらダメだったとか……そう思うかもしれないじゃないか。
今後長く同じ屋敷で過ごすアメリアに、直接そう言われて僕は生きていけるだろうか?
少なくとも、心は死んでしまう様な気がする。
僕は侯爵家に引き取られるまで、言葉を交わしてみる事もないままに、この自分でさえ嫌悪を感じる顔のせいで、強く拒絶されることが多かった。
僕の両親を除いて。
僕が生まれ育った家でさえ、母と遠慮がちな父以外からは冷たい扱いを受けていた。
僕の世話を使用人たちが嫌がっているのを、何度も聞いた事がある。
幼いのをいいことに、直接侮辱された事もある。
母を悲しませると思って、言いつけるようなことはできなかったが……
父は僕を大人にした様な醜い造形で、家の主人であるにも関わらず、母以外からは心から慕われては居なかったと思う。
皆、母の言うことの方をよく聞いていた様に見えたから。
両親が事故で亡くなった時の絶望は、言葉にできない程だった。
愛してくれた人が居なくなってしまった。
これから、使用人にすら嫌悪され相手にされない僕は、どうやって生きていけばいいのか……目の前が真っ暗になった。
僕がなんとか両親の死後も生きてこられたのは、母に沢山抱きしめてもらった、愛された記憶があったからだ。
侯爵家に引き取られる事が決まって、実際引き取られてから、養父や養母に冷たくあたられた事は、全くと言っていいほどに無い。
僕付きにされた従者や使用人は、歓迎している様子は無かったが。
いつも僕に実家と同じように過ごして良いと言って、優しく声を掛けてくれる養父母に、僕はとても感謝した。
だけど……だからこそ、自分でも鏡を見ると湧き上がるこの嫌悪感を、引き取ってくれた侯爵家の新しい家族に、感じさせたく無かった。
そうして僕は侯爵家では、自室に籠るようになった。
ごくたまに庭に出ることはあっても、一人でコッソリ人気のない場所を選んでいた。
アメリアが産まれた時、養父達はアメリアに僕を会わせてくれたのだが、アメリアは信じられないくらいに可愛らしい女の子だった。
この美しい子に僕はどう見えるだろう?
養父も養母もとても美しい。
だから、同じ屋敷に僕のような醜い者がいる事を嫌がるんじゃ無いだろうか……
そう思った僕は、小さなアメリアに会いに行かなかった。
数年経って、兄が居ると知ったアメリアが会いたがっていると聞いた。
何度も「アメリアが会いたがっているよ」と伝えてくれる養父母に、僕は「会うことはできない」と答える事しかできなかった。
そんな僕に養父母は、アメリアの希望を叶えろと強要することもなく、ただ「そうかい」と言って、悲しそうな顔をするだけだった。
アメリアも無理やり訪ねてくるような事は無かった。
そうやって侯爵家の家族の好意に甘えていた僕に、神が罰を与えたのか……アメリアとの初めての出会いは最悪なものになってしまった。
もう一度アメリアからの手紙を読み返す。
僕に聞いて欲しい話がある事。
誕生日を僕に祝って欲しい事、そして僕との時間を過ごしたいという、アメリアの望みが書いてある。
傷つけてしまったアメリアに僕が出来る事は、何だってしたい。
怖いけど、話した事もないのに遠ざけられて来た僕が、その気持ちを知っている僕が……アメリアに今同じことをしている。
いい加減、優しい新しい家族にこんな甘え方をするのは、止めなくては。
手紙を執務机の鍵付きの引き出しに仕舞い、招待状の返事を書いて、そこで気がつく。
パーティーへ参加する衣装が無いということに。
アメリアは、ささやかな二人だけのパーティーだと書いていた。
僕が行きやすいように気遣っての事だろうし、普段着より少し良い服を着ていくだけでもいいのだろう。
前日の午後に届いた招待状は正式な場でない事は明らかであるし。
だけど、僕はせっかく呼ばれたパーティーへ、そんなちょっといい服で行く事に抵抗を覚えて、直ぐに返事を出す事を躊躇った。
もう何年も公の場に出ていない僕は、パーティーに行くような華やかなものは暫く仕立てていない。
行かない選択肢は無いが、養父母にパーティー衣装を頼む事も憚られた。
(どうしよう……時間もない……)
両親の遺産は養父母に預けてはあるが、それは僕の面倒を見る事へのお詫びのようなものだと、僕は思っている。
僕のものでは無い。
悩んでいた僕が机の周りをウロウロしていると、ドアがノックされた。
やって来たのは養母と侍女、そして数人の知らない者達だった。
その知らない者達の中には、少年が着るような衣装がかかったトルソーを抱えていたり、箱を抱えていたりするものが多い。
「突然ごめんなさいね」
そう言ってニコニコと話しかけて来た養母に、姿勢を正して、挨拶を返す。
「ご機嫌よう、養母様」
「やだ、そんなかしこまらないで!急で悪いんだけど、ちょっと試着と調節をさせてくれるかしら?」
(ああ……養母は僕がアメリアに招待されたのを知って、衣装を用意してくれたんだ)
本当に侯爵家の家族は、こんな僕にどこまでも優しい。
「はい。……ありがとうございます養母様」
「いいのよ!アメリアが招待状を出すのが遅かったでしょう?困っちゃうわよね!ふふふっ。でも、今回だけは行ってあげて欲しいの。あの子、貴方に会いたいってすごく頑張ったのよ」
「……はい!必ず行きます!衣装、とても助かります」
こうして前日の夜になんとか衣装の調節を終えた。
招待状の返事が机に置かれたままだった事に気がつき、頭を抱えたが、もうアメリアも休んでいるだろうし、当日は忙しいだろう。
礼儀を欠くことにはなるが、当日直接アメリアの所に行くしかない。
そして当日を迎えて、時刻は20時。
僕は、アメリアが会場に指定したアトリエのドアの前に、養母が準備してくれた衣装を着て立っていた。
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