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渡る異世界にコンプライアンスはない  作者: ぬがちん
第一話 おれだってつらいよ
3/33

「賊退治」

 そこはおとぎ話の世界であった。

 石造りのアーチ、コンクリが見当たらないどこまでも続く石畳の道、石と木材を組み合わせた建築物と屋根に突起する小塔たち、壁や柱には彫刻や装飾が施されてまさに西洋の街並……。


 なんだか日本が恋しくなってきた。

 時代に取り残された実家の日本家屋が妙に懐かしく感じる。

 そして弟はどこなんだ? 一緒じゃないのか? 無事なのか?

 おれと同じようにこの国〈カイン〉にいるとは限らないけど、あいつの安否が気がかりだ。


 煤けた空には太陽が一つ。

 いや、当たり前なのだがここは異世界。もしかしたら太陽は二つに増えてるかもしれない。

 魔界のように一日中夜の世界があるかもしれない。

 島が空に浮いていたりなんて考えたりもしたが、そこまで幻想世界では無かった。野暮な妄想であった。


 道行く人の中にはダークトーンのスーツにスカーフを巻いたジェントルマンや、大輪の花のように開いたドレススカートのマダムなど、都に近づくほど近代的になってる気がする。

 こう言うのって大体十六世紀前後の中世だろうけど、この国は十九世紀イギリスと表現した方が正しいかもしれない。

 この煤けてる空気の悪そうな都は、産業革命の煙害を思わせるではないか。


 仮装イベントなんかではないファンタジーな異世界であるが、その中でもペアの姿は飛びぬけていた。

 ラッパを吹く天使と見紛う背中に翼を持ったペアとの出会い。

 天使がラッパを吹くと幸運を告げるなんてロマンチックに考えてしまうが、実際は人類に災いを告げる破滅の音と言う。

 これもこれから起きる何かを暗示しているのだろうか。


 そう言えばペアの頬には民族っぽいフェイスペイントが施されてある。

 赤と緑色の二つのラインが猫のひげを模してるようにも見えた。

 しかもネイティブ柄のパレオ……。

 この少女だけ他の民とは違うのではないだろうか。


 

「あの店です……」


 ひた歩いてると突然ペアが足を止めてそう告げた。

 スマホも無いから見慣れない地を歩いてるのが不安だった。

 ペアが指で示した建物は可愛い尖がり屋根とドーマーが特徴的な、これまた童話から飛び出して来たような店だった。

 ここが詐欺野郎と待ち合わせ場所のアンティークショップ〈ゴールドバーグ〉か……。

 目的地に到着すると道に突出したメルヘンな鉄細工の看板が掲げられてある。老人がパイプを咥えたものを図案化したものだ。

 クラシックな雑貨が店先に展示されてる前で、明らかに見つけてくれと言わんばかりの目立つ長身の男が佇んでいた。


「きっと兄の同僚の方です!」


「待てペア!」


 虎太郎は今にも駆け出して行きそうなペアを引き止めた。

 あんな怪しい奴を鵜呑みにしちゃいけねぇ!


 すると、向こうもペアに気づいたようで視線を合わせてきた。

 通りにいる全ての女性たちを霞めてしまう端麗な顔立ちにスレンダーなシルエット。白い羽が可憐な天使がいそいそと幸運を持って来てくれた。

 その視界にチラついて邪魔するのは隣にいる虎太郎の存在であった。


(何だあいつ。薄汚い布切れに包まって放浪者か? 着れる物があれば何でも衣類になるとでも考えてるんだろうな。都に相応しくない無礼な生き物だ)

 

 その不快なものを見たと語っている目に虎太郎も気づいていた。

 何だあいつ。一度踏んずけた後で引きずられた野糞でも見たような目つき。失礼すぎるだろ!

 それにこの自称『同僚』はファンタジーの盗賊団のそれとは相応しくない風貌なのが気になった。

 黒髪はオールバックにかき上げて、右サイドは鱗模様に反り込んだ奇抜なヘアスタイル。

 スタイリッシュなメガネは右レンズだけサングラスというアシンメトリーにこだわった強烈な見た目。

 極めつけは服装だ。裸に黒づくめのロング特攻服を羽織り、その裸体の片側だけ鱗柄の刺青が彫られてある。

 ヤンキーじゃねぇかああああああああ!

 ファンタジーの世界にヤンキー映画から飛び出て来た不良がいるよ! 勇者慣れずじまいのグレた〈現代人〉だろ?

 さっきのオレオレレターといい、異世界文明から逸脱してるが大丈夫?


「あんたもしかしてペアさん?」


 先に静寂を破ったのはヤンキーだった。


「え、は……はい」


「オレあんたの兄貴が働いてる会社の同僚っス」


 ウソつけ! お前は半グレだろ! 絶対詐欺グループの受け子じゃねぇか!


「金、持って来てくれた?」


 淡々と話を進めやがる。

 容姿と長身も相まってか高圧的な『受け子』に、ペアも委縮してしまい紙袋をぎゅっと胸で抱きしめた。素直なカモだ。

 そこに持ってきた現金があると察した『受け子』は紙袋に目を付けた。


「ペア! まだ渡すな!」


 取引の主導権を完全に握られてるペアを虎太郎が制した。

 ボロ布から伸びた腕は華奢で色白。『受け子』は思わず目を疑う。しおれた爺さんでも入ってると思ってたからだ。


「この汚いの君の友達?」


「えーと、その……」


 目をパチパチ瞬かせて虎太郎を伺うペア。うん。まだ距離があるからその質問は困るよね。


「会ったばかりで……」


「そうなの。じゃあ、はっきり言ってそんな怪しい奴に関わらない方がいいよ」


 お前に怪しい奴なんて言われたかねぇよ!


「こんな都のど真ん中で協調性のないみすぼらしい奴だよ」


 右半分極道化してるお前のどこに協調性があんだよアシンメトリー野郎!

 異世界文化と不釣り合いなシチュエーションだが、窃盗団に間違いはないんだ。金は絶対に渡せない。こいつらに渡ったら取り返すのは難しい。


「待てよ」


『受け子』がペアの胸から紙袋を頂戴しようとした瞬間だった。

 そんな狼藉はおれが絶対に許さない! 虎太郎が動く――――


「この子に、兄はいないぞ?」


「あん?」と、不機嫌そうに睨みつけてくる『受け子』。今更白を切ろうとする警戒心が見え見えだと言いた気にだ。


「あのさ、部外者は引っ込んでてくれないか? オレはこの妹さんと話しがしたいんだよ」


 金のない放浪者に用はない。『受け子』は軽くいなすが虎太郎が食い下がる。


「そうだよなペア? おれたちはまだ兄貴に頼まれたなんて一言も言ってない」


「……はい」


 何が起きるのかわからないペアは虎太郎の作戦に大人しく乗った。


「おいおい、いい加減にしてくれよ」


 段々と苛立ち始める『受け子』はうんざりとした表情で語気を強める。


「オレも暇じゃないんだ! 早く会社に返す金を受け取って帰らなきゃならねぇんだよ! この子の兄貴がクビになってもいいのか? おぉん?」


 まくしたてて断りにくくさせる『受け子』に虎太郎は満を持して告げた。


「……ほんとだよ。『兄』はいない。『弟』のために今日ここに来たんだよ」


「!」


 ピリッと『受け子』が表情を強張らせる。

 そして饒舌だった口はすっかり勢いを失った。

 何が起きたのか?

 組織にはそれぞれ役割がある。

 詐欺グループで言うなら指示薬の『主犯』に、電話をかけて騙す役の『かけ子』と現金を受け取り役の『受け子』……。

 ペアの場合は自宅に金を要求する手紙が送り付けられてた。この時、詐欺まがいの手紙を配ったのが『かけ子』に該当するだろう。

 役割的には『かけ子』と『受け子』は別人であることが多い。つまり共犯の『かけ子』から「ペアって子からお兄さんがやらかした金を受け取って来て?」と指示が入り、次は『受け子』であるこのヤンキーがその指示の元、直接出向いてくる。

 そこに「兄貴じゃなく、弟だった……?」と疑念を抱かせたから今、この『受け子』は指示内容の食い違いに戸惑っていると言う事だ。


 もちろんこれは咄嗟に虎太郎が付いたウソ。だが『受け子』がそれを知る由はない。

 ほころびは見えた。この行動がどう作用するか……。


「そ、そうか。間違ってた」


 逆上を恐れたが意外にも『受け子』は冷静に受け止めていた。


「弟だったな! 勘違いして言ってたよ」


 話しを相手に合わせる選択をしたな。

 まんまと乗っかったな。非を認めるにもまだ早計。だが認められなかったためにボタンの掛け違いは広がるばかりだ!


「じゃあ、この子のお兄さんの名前は?」


「ええ? 名前……」


 同僚の名前も間違えて忘れたか? うっかりさんだなぁ。

 ここまで来るとペアも自称同僚を名乗る男を不審に見ていた。

 異世界人も現代文明の知能指数に追いついて来たな。虎太郎は更に追及する。


「じゃあ同僚はメガネをかけてるか?」


「あー、たまにかけてたかな。わからん。気にしたことが無い……」


 泥沼だよ。どんどん詰んでることに気づかずもがいている。


「あんたや同僚はいつもどんな仕事をしてるの?」


 同僚なら即答の質問だろ。自分の仕事を答えてみやがれっ。


「職人……」


 そりゃ「詐欺師です」なんて正直に言えないわな?


「それでいいのか?」


 ファイナルアンサーを訊ねる。


「いや。保険会社だったかな……」


 ばーか! 異世界に保険会社なんてあるかっ!


「…………っっ」


 だが『受け子』は腕を組んでバツ悪そうに悩む。

 悩んで長考する内にコツコツと石畳を靴で鳴らして苛立ちもピークだ。

 ここら辺が限界だな。

 虎太郎は『受け子』の精神状態を察して早々ととどめを刺しに行く。


「あのさ……さっきからなんか勘違いしてるようだけど」


「ああっ?」


 これ以上何を間違っているのか。『受け子』はパニックであった。

「実は……」といやらしく前置いて回答をじらす。とことん迷走させて出口を封じた。

 虎太郎はにんまりと笑んだ。このすれ違いコントの閉幕の合図だ。


「『弟』じゃなく『兄貴』で合ってたんだよなぁ」


 もうどっちがワルだかわかったものでは無い。


「あれれれれれれぇ~?」


「…………――――」


 個性的なその眼鏡越しに血走る目がイカれてた。レンズを割るんじゃないかと思う程の形相。

『受け子』の怒りはピークを通り越して思考するのを止めた。生命を維持するための体の不思議なメカニズムである。

 馬鹿みたいにあんぐりと口を開けて魂が抜きかけている。これだけ問答して粘ったのに裏切られる気分はどうだ? 惨めだろ?


「てめぇ……よくも人を騙しやがったな外道めえええええ!」


「お前に言われたかねええええええええ!」


 びっくりしたっ! なんでお前がそれ言えるの?

 詐欺をするような人間のクズにクズ呼ばわりされるなんて心外だ!


「そうです! 違います!」


 おお! ペアが味方してくれた。そうだ言ってやれ!


「兄はメガネなんて一度もかけたことはありませんっ」


 そこなの? んまあ、大事なことか。


「それに兄は『自動車製造工場』で働いてるんです。だからあなたはウソつきです!」


 そうだ! お兄さんは自動しゃ……? …………? え、自動車? 異世界にあるの?


「あなたは虎太郎さんの言う通り詐欺師です! サイテーです!」


 そ、そうだな! それに違いない! サイテーです!


 完膚なきまでに打ちのめされた『受け子』は「ちっ」と舌打つと、ペアの抱きかかえていた紙袋を掴んだ。


「よこせっ!」


 手荒く強引に奪い去ろうとする『受け子』。ようやくそれらしくなってきたじゃないか。

 野盗の知能とはこれくらいのレベルで、行動は単純明快でなければな。


「いやっ、離してください……!」


 ペアが悲鳴を上げて現金を守る。華奢な体躯を使って健気に奮闘した。


「手ぇ離せアシンメトリー野郎おおおお!」


 突如として風が吹いて虎太郎の体を包んでたボロ布が翻った――――いや、虎太郎が引き上げたのだ。

 布切れ一枚の中は素っ裸だが意に介さず大胆不敵。フードも脱げてしまい可憐な美少女の顔が露わになる。

 思わず強行手段に走った『受け子』も虎太郎の全裸に目を奪われてしまう。そこから密着において最強の破壊力を誇る足技へと展開する。



 腹の底から突き上げた気合はビリビリと空気を振動させるほどだった。


 ゴッ――――「…………っ」


『受け子』の顎を容赦なく捉えて打ち砕く膝頭。反り返って『受け子』は吹き飛んでしまった。


「い、今のは……!」


 その美蹴にペアも驚いている。

 


「……くそっ」


 あれ……。しかし『受け子』は思ったよりもピンピンしてるではないか。

 ダウンしきれない所を見るとこの魅惑のぷにぷにお肉の乗った脚では威力を発揮できなかったのだろうか。

 すると『受け子』の足元できらりと光る何かが転がった。

 鍵だ。

 どこかで見た形状だ。しかも……その鍵と一緒に括りつけられてる『虎』と『龍』の二つのキーホルダーは――


「お、おれの家の鍵じゃないか……?」


 虎太郎がはやる気持ちを押さえながらまじまじと鍵を見入る。

 似たような形状の物など珍しいことでは無い。キーホルダーだって特段希少なものでは無く、近くの神社の社務所に今もたくさん陳列してる授与品の一つだ。

 虎太郎はその鍵の持ち主である『受け子』を睨みつけた。

 姿形は全て異なっているが、その血眼の奥には潤んだ誠実な少年の面影が見えた。


「お前……」


 愚問だとわかっている。

 だが、そう聞かずにはいられなかった。


「辰美か……?」


 落ちた鍵を拾って乱暴にしまい込もうとした『受け子』の手がピタリと止まった。

 そして『受け子』は自分が今いかついヤンキーをやってる設定を忘れ去ったように、呆然と立ちすくんで目の前にいる薄汚い少女を眺めると、小さく口が動いた。


「……兄ちゃん?」


 ありえない。見知らぬ少女に向かって『兄』か否かを問うなんて滑稽である。

 さすがにそのナリと面で『兄ちゃん』は不釣り合い過ぎたが、弟と思われるヤンキーの呼びかけに次は虎太郎が静かに頷いて返した。


「おれが、わかるのか?」


 少女が当然女の声でそう訊ねる。

 すると辰美は再び小刻みに首を縦に振った。今度はバツ悪そうな顔だった。

 さすがだ。

 少女に『転生』して見た目も声も完璧に違うのに兄という事をすぐに察してくれる。やはりお前はこの世でたった一人の兄弟だ。そして――



 ――こんな姿のおれが兄という事を大層嫌がっている。



 やはり兄の存在がこの世で一番嫌いなのだろうと虎太郎は寂しくなった。

 その時、虎太郎ははっと我に返った。

 生き別れつつあった弟との感動の再会を異世界で果たして忘れていた。

 生きててくれたことを、また会えた喜びを二人で分かち合いたい所であるが、このはぐれていた時間の中で辰美は激変してしまった。見た目も。生き方もだ――


「てめぇ、何をグレてヤンキーになってんだよ詐欺野郎おおおおおおおおお!」


 一層の事生き別れておきたかった兄との最悪の再会をしてしまった辰美。

 安否どころか、兄がいた事実をリセットして異世界を満喫していたのに、忘れたころに顔を見せてきやがった兄は豹変してしまった。見た目も。生き方もだ――


「何が楽しくて『姉』に転生してんだよ糞野郎がああああああ!」


 ニートの役立たずの兄貴を嫌ってると言えど、姉になったところで気持ちは変わらない。むしろ胸糞悪い。


「か、勘違いするな! おれの意思ではないんだよ!」


「くそっ。ただでさえ兄ちゃんとまともに向き合えないってのに……」


「辰美……」


「女の姿になったら余計に向き合い方がわからなくなったよ!」


 ごもっともだ。

 辰美はそう言って逃げる様に駆け出してしまった。


「辰美ちょっと待て!」


 おれだってこの姿なのを受け入れるのに困惑してる最中なのだ。

 逃げる弟の背中に虎太郎が呼びかけたが、声も異なってる今の虎太郎に弟の足を止めるには至らない。

 辰美は兼ねてよりゲームでは奇抜なスタイルを好んでいた。見た目の物静かなイメージとは似つかわしくない狂気じみた風貌。

 その捻くれた心の模様が異世界に飛ばされたのちに反映されてしまったのだろうか。

 もう虎太郎が知ってる山田辰美は帰っては来ないのだろうか。


「待てって!」


 叫ばずにはいられない。

 今見失ったら永遠に会えなくなる気がした。

 ここは異世界。どこまでも未知の世界で家族と生き別れたくない!

 

「辰美いいいいいいいいいい!」」


 虎太郎の悲痛な断末魔を振り切って辰美の姿がやがて遠ざかる。


 膝から崩れ落ちて虎太郎は喫した。今日、ただ一人の弟を失ったと――――




 ――「だ、大丈夫ですか?」


 ペアだった。

 崩壊していく亀裂の入った兄弟劇を目の当たりにしたペアが、声をかけづらそうに訊ねて来た。


「あ、ああ……」と、尻尾を巻いて逃げて行く悪党()の様を感傷に浸って眺めながら答える。


「ごめん。君のお金を奪おうとしてた詐欺師はおれの弟だった……」


「あの方が弟さんなんですね」


「一緒に異世界へ来たらしい。だけどついさっきまで隣にいたなんてことない普通の高校生だった。……、まさか目を離した間にこんなことになるなんて」


 膝をついたまま虎太郎はペアに頭を下げた。


「本当にごめん」


 無一文の身ぐるみもない者が地にひれ伏す姿はなんとも哀れな光景だろうか。

 咎められることを覚悟していたが、ペアは優しく虎太郎に問いかける。


「でも、守っていただけました」


「……だけど、弟の道徳性を守ることができなかった。おれは何もできてない」


 複雑な気持ちの虎太郎にペアはさらに続ける。


「いいえ、あなたがいなかったらこのお金は奪われてました。感謝しているんです」


 紙袋の中身は五十万ハイムだったか。

 今のおれでなくても高額だよな。それを横取りしてほくそ笑んでいるような奴らは許せない! 例えそれが身内だったとしてもだ!

 何だか急に怒りが沸々煮えたぎってきた。挫けていた心が憤りに身を任せることで立ち直らせようとしてくれているようだった。

 くそっ。何だあの異常なまでのアシンメトリーは! あそこまでねじ曲がっていたなんて知らなかったよ。幻滅だよ!

 息を吹き返すように虎太郎は膝に力を入れて立ち上がった。

 ここでいつまでも落ち込んではいられない。


 道を外した弟の腐った性根を叩き直してやる!

 そして失った全てを取り戻してやる!


 美少女に生まれ変わった体に気合が入ると、その様を見ていたペアが満を持して提案してくれた。


「なにか、お礼をさせていただけませんか? わたしにできる事でしたら何でも言ってください」


 いいよ。全っ然気にしないでっ! サヨナラ! と後腐れも無く断りを入れて珍事や悲劇なんてどこの風が吹くまま。ゲームの主人公が別れを惜しんで前進するように――風来坊の如く立ち去ろうと考えたが、そんなキザに決められるほど現状余裕がない。風が吹いたらボロ布など吹き飛んでしまうわ。


「じゃあ、お言葉に甘えまして……」


 それにペアも是が非でもって眼差しを向けているし、それを無下にするのも野暮だろう。


「何か着るものが欲しいです」


 この生まれ変わった魅惑の肉体を雨風に晒しておくなどできない。


「それと、できれば馬小屋でもいいんで屋根と壁がある寝床を提供していただければうれしいです。それと腹が減ってるので、この役立たずの一文無しにも細やかな食べ物を恵んで頂けますでしょうか?」


 注文が多くなってしまったな。仕方ない。だって何もないんだもん。

 ちょっと図々しく嫌がられるかと考えていると、ペアは二つ返事だった。


「お安い御用です」


 なんて気前のいい子なんだ。神対応とはこのことだ。君のような人格者ならきっとおれが生まれ育った〈現実世界〉でもうまく生きていけるだろうな。


「〈ギルド〉がこの先にありますので、まずはそこまで行きましょう」


 これは幸先の良い人に巡り合わせたものだ。冒険者が〈ギルド〉に行くのは鉄板だからな。


「すぐに案内します!」


 そう言ってペアは虎太郎の腕を引っ張って走り出した。

 おいおい走るなあああああ! 裸足でボコボコ突起する粗い石畳を疾走するなんて拷問である!

 虎太郎は異世界先で出会った少女ペアに連れられて、無事に保護してもらう事に成功する。


 うん。異世界くんだり序盤の展開としては順調だな。

読んでいただきありがとうございます!


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