変わらない運命
ジュリアは考える。
この戦い、決定打を打てない自分は囮と撹乱しかできることがない。先ほど斬り結んだ感じだとヴァイのような防御を考えない捨て身の攻撃をかけたとしてもダメージを与えられるかは怪しい。だからといって逃げるのは論外だ。五年前に命を助けられた恩を返しにきたのだ。たまたま紫神様の神託があったからにせよ、また命を助けられて、挙句にヴァイが怪我をするか、最悪死んでしまうようならなんのためにここにきたのかわからない。
いや、紫神様も、ここならばジュリアが死ぬ気で戦って成長するから選んだのかもしれない。どちらにせよ、ヴァイに戦闘を任せて隙あれば逃げるなどできるわけがない。難度は高いが攻撃の効きそうな目、口を狙い、できるだけ黒いオウガの攻撃を分散する。それが自分の役目だ。ごく短い間だったが束の間の休息の日々は、心地よいものだった。5年前の恩もある。ヴァイが傷つく時は自分が命に変えて身代わりとなる。ジュリアは決意を固めて剣を握りしめた。
「俺が闇の魔法で視界を奪うふりをしてオウガの気をそらす! ジュリアは上に気を取られているオウガの足元を拘束魔法で狙え! 動きを止めたら俺は最大の攻撃をかけるから、お前は気を逸らしつつ隙があれば目をつぶせ!」
ヴァイから指示が飛ぶ。エンカウント前の不意打ちでの視界剥奪からの攻撃が失敗した以上相手も警戒しているだろう。正面から魔法を当てるのは現実的ではない。拘束か視界剥奪かどちらかが成功しない限り致命傷を与えるのは難しいだろう。それくらいしかジュリアにもうつ手がある様には思えなかった。
前に出る。オウガは右手に戦斧を持って待ち構えている。左手に怪我をしているがどれだけ影響があるかはわからない。間合いの少し外に立ち、剣をヒラヒラと振って挑発をする。戦斧を振り上げるオウガの懐に飛び込み、拘束魔法を撃つ。動いている相手を拘束するのは至難の業だが、意識をこちらに向けるだけで構わない。どうせ攻撃は通用しないのだ。足元に意識が向いてヴァイの闇の魔法が当たればもうけものだ。ジュリアはけして攻撃の当たらない距離を保ちながらオウガがヴァイに意識を向けたらすかさず踏み込んで目を狙う。いやらしい戦い方だが、それだけにオウガの集中力を乱すのには効果的な様だ。時節頭を狙う魔法を交わしながら、イライラした様に戦斧を振り回す。
しかし、集中力を必要とするのはジュリアも同じだ。一撃をくらえば終わりの状態で回避しつつ魔法の祈祷を行い、隙をみて攻撃をかける。短時間だが恐ろしく神経を使う。時折ヴァイの魔法と攻撃が束の間の休みをくれるが、体力の減りは通常時の戦闘の比ではなかった。
(集中しろ! ヴァイだけは守るんだ!)
ヴァイもこの均衡が崩れる時が近いことは察知していた。闇の帷の魔法は警戒されている。攻撃を仕掛けない時もオウガは左右に細かく動いて的を絞らせない。ジュリアの拘束魔法もこれでは当たらない。時間が経てば体力に優れるオウガが有利。ヴァイは勝負に出ることにした。
「ジュリア! 少しばかし引きつけてくれ。俺は集中する!」
今までとは魔法を使うことを仄めかし、少し間合いを取ると集中して黒神に祈祷する。
「恐怖と闇を司る黒神アズワルドよ! 御身の力を貸したまえ! 生命を蝕む黒の侵食! 忌まわしき亡者の腕! 悉く吸い尽くせ!」
黒神の加護を得たものだけがつかえる高等呪文、「腐食する闇」。キフィスの様に戦いながらは使えないが、ヴァイに使える唯一の高等呪文だ。広範囲に生命を腐食する闇を発現させるこの呪文は本来なら多人数相手に使用する広域魔法だが、今回はその範囲の広さを利用してオウガの上半身を包み込んだ。未来視を見てから選択肢の一つとして練磨していた呪文だ。慣れない高等呪文にヴァイの頭を疲労感が包む。だが、その甲斐はあった。
「ギャウァアアアアア‼︎」
絶叫して身悶えるオウガ。皮膚には腐食もそれほど効果がないだろう。だが、目と耳と口は別だ。闇の腐食作用で焼かれた粘膜は当分は使い物にならない。
すかさずジュリアが拘束呪文で両足を捉える。
ここしかないというチャンスが訪れた。
「ハァァァァ!!」
気合を込めたヴァイが、疲れた体から力を絞り出してオウガに向かって跳躍する。身長ほどの高さを飛び、全身を弓のようにしならせ、前方に向かって細剣を振り下ろす。冒険者人生でも間違いなく最高の一撃だった。
ザグリと剣がオウガの右手を切断し、首元まで食い込んだ。天井まで血飛沫が上がる。ヴァイは地面に倒れ込み荒い息をついた。
最大の力を振り絞った反動で、手は痺れ、足はガクガクと震える慣れない魔法のせいで頭も重い。だが、どうやら逃げ伸びることはできそうだ。ヴァイがそう思った時だった。
「ガァァァァァ‼︎」
目の前に戦斧を振り翳したオウガが接近していた。
何故⁉︎ まだ視力が回復しているはずはない。そう思う暇もなく、戦斧が迫る。間に合わない。結局未来視は覆せないのか。だが、ジュリアより先にヴァイが死ぬのならば、これだけのダメージを与えたのならば、ジュリアは生き延びられるかもしれない。そうであれば、戦った甲斐があったというものだ。願わくば、あの青い髪の、不器用で、率直で、優しい娘の今後に明るい未来が訪れんことを。
刹那の間に思考が巡る。
戦斧が眼前に近づいてくる。
ヴァイの体に衝撃が走った。
戦斧ではない。
青い髪を振り乱した小柄な女冒険者が、ヴァイに体当たりをする様にして戦斧の軌道から逃してくれていた。
「ジュリア! この馬鹿! なんで……」
戦斧が掠めたのだろう。青い髪がバラバラと舞う。
側頭部から血を流しながら、ジュリアは微笑んだ。
「ヴァイ、よかった……」
幾度も見た未来視の光景がリフレインする。笑うジュリア。次第に血の気を失う表情。背筋に氷を突き刺されたような悪寒。
ジュリアの落としたロングソードを拾い、オウガに向き合う。
オウガの顔は血で染まっていた。
「そうか、腐食の闇を落とされた右手からの出血で洗い流したのか。バケモンが」
流石にオウガも無事ではない。右手を失い、左手にも傷を負い、顔に腐食の魔法を喰らったのだ。血で洗い流したとはいえ眼球は充血して涙を流している。視界も十分ではないだろう。時節、腕で顔を擦って涙と血液を払っている。
今まで見た中で、一番追い詰めているのは間違いない。あと一押しできれば倒せないまでも撃退できるだろう。ただし、魔法は無しで、手負いのジュリアを護りながらだ。
(やるしかないだろ)
「ジュリア、出来るだけ壁際に移動しろ!」
もう魔法は使えない。そんな気力は残っていない。出来ることは残り少ない体力を絞り出して、ヤツの左手か、視力を奪うことだ。
ふうふうと、ゆっくり呼吸を整えてロングソードを正面に構える。
オウガも少し落ち着いたのか左手に戦斧を握りなおしこちらに向き直した。肩に食い込んだ細剣を抜いて投げ捨てる。カランと、洞窟に金属音が響いた。
不幸中の幸いか、オウガはジュリアには興味が無いようだ。憎悪に燃える目で、こちらを睨みつけている。
ジュリアはゆっくりとだがよつんばいで壁際に移動している。頭から血は流れているが死に至るようなものではないようだ。
ジュリアと逆方向に誘導するよう。オウガを睨みながら少しづつ移動していく。来た!
オウガが戦斧を横薙ぎに払う。片腕になったお陰でスピードは落ちている。バックステップして避け、踏み込んで目を狙って刺突を繰り出すが首を捻って避けられる。的が小さい! 手首から先のない右腕が振り回される。そのまま腕に追われるように脇から背後に回る。左手の傷口を狙って袈裟斬りに切りつけるが表皮に弾かれる。
(クソッ! 手詰まりだ。ジュリア無しだと隙の大きい跳躍斬撃は不可能。魔法は弾切れ。目と傷口は狙いが狭すぎて外される。このままじゃジリ貧だ)
避けるだけでも体力は刻一刻と減っていく。焦るヴァイへ、オウガが連続して戦斧を繰り出してくる。避けることは可能だが、決め手が打てない。
ジュリアは壁際まで移動して、壁に背を預けてその様子を見ていた。
(決め手がない。このままだと体力が尽きてヴァイが負ける。どうする?私はもう飛んだり跳ねたりは無理。ヴァイの盾になって隙をつくるか? 1人でも生き延びられるとしたらそれしかない。紫神様、どうか力を貸してください)
壁にもたれながらゆっくりと立ち上がる。武器はない。ヴァイの鋼糸細剣を探すが、遠い。ダメージを与えられるような魔法はない。よろよろと歩を進める。
(これしかない。オウガの攻撃に割り込んで、遮二無二邪魔をする。その隙にヴァイに攻撃してもらう。多分死ぬけど、2人とも死ぬよりはいい。5年前にもらった命を返すだけだ)
オウガの攻撃を避けるヴァイの元へ近づく。
ヴァイとの思い出が頭をよぎる
(──助けにきた。ジュリア・アスタリスだな?──)
(──おっと、泣いてんのか嬢ちゃん──)
(──できればパーティー仲間を見つけること──)
(──筋がいい。こりゃすぐにうちは卒業しちまいそうだな──)
(──要は斬撃に繋がる行動全てを最適化する事だ。俺はこれを身体を剣にすると教わった──)
(身体を剣にする──。紫神パルクーン、どうか未熟な信徒にご加護を!)




