彼との再会
別人かと思った。確認すれば確かにヴァイラナン・ピックビートだという。ジュリアは混乱した。何故? ヴァイラナンの動きは今も目に焼き付いている。あの当時でAランクに既にふさわしい身のこなしだった。
それから、ジュリアはヴァイのことを調べた。五年前はAランク寸前の期待の冒険者だった。ちょうど、ジュリアを助けた頃までは。その後活動が減り、今はD、Cランク冒険者の講習のようなことを行ったり、Bランクでパーティーからあぶれた冒険者にパーティープレイを教えてA、Bランクのパーティーに斡旋を行なっているらしい。
ジュリアにも覚えがある。Bランクくらいになると冒険者の数が減り、新規で入れるパーティーが少ないため、ランクは上がったがCランクパーティーから次に入るところがなくて足踏みをしてしまうのだ。よほど名が売れていればスカウトが来るかもあるが、地道にランクを上げた冒険者ほど行き先がなくて、無理してソロで活動したり、諦めて低ランクで定着してしまうことがままある。
こうなると、低ランクのパーティー仲間が高ランクの仲間に頼って楽をする、言葉は悪いが寄生状態になってしまうケースなども出てしまう。ヴァイラナンの活動は、そんな冒険者の停滞が起こらないように必要なスキルを教えて、パーティーを組む相手がいない冒険者を、人手が必要な冒険者に斡旋する事のようだった。
そんな役割柄か、知名度の割に顔が広く、すぐに話を聞くことができた。教えるのが上手く、必要な技術を教えてもらったと感謝する者、パーティー崩壊の危機に斡旋した冒険者で穴を埋めて命拾いした者、反対に、冒険者のくせに人を動かして金をもらう人買い屋とか、低ランクから見どころのあるやつを引き抜いてパーティーを崩壊させるパーティークラッシャーという悪評も耳にした。ただ、ヴァイがこの活動を始めてからファナンの街の冒険者の死亡率は激減したらしい。
ギルドはとても彼に感謝していた。
安堵すると共に疑問が浮かんでくる。ヴァイは何故こんな事をしているのだろう。他のメンバーはわかる。一人は子持ちの寡婦でもう一人は初老のAランク冒険者、二人とも引退するほどではないが、命をかけるほどの活動は避けたいという事情がある。
彼は?
もしかして一線で働けない程の怪我でもあったのだろうかと思ったがそんな噂も耳にしなかった。元パーティーメンバーの男を訪ねたところ、もうすぐAランクになると言う時期に暫く悩んでいた様子を見せた後、突然今の活動を始めたらしい。
ジュリアは考えた。
なんとかして育成枠で臨時に彼のパーティーに加入する。そのまま現在の実力を見極めて、あの頃のままであれば一緒に冒険者として活動する。もし、なんらかの事情で低難度の依頼で抑えているのであれば、全力でサポートする。ずっと憧れていた恩人なのだ。できれば彼には憧れの存在のままでいてほしい。事情があるのならば手助けしたいし、万が一自分の思い出補正で実力を見誤っているのならば、あの時の礼をして、精一杯恩返しをしてお別れしよう。なんにしろ、一度は近くで実力と、彼の気持ちを聞いて見ないことには始まらない。
しばらくはソロで活動しながら機会を伺った。そして、紫神の神官に、ベテランのスキルを体感するために束の間の休息への加入を打診する。返事はNOだった。Bランクまでならまだします、Aランクとなれば勇者候補としても有数の実力ということになる。紫神の勇者候補でAランクになるものは少ない。行き先は総主教による託宣に守り決まるということだった。ジュリアはパルクーンに祈った。彼の実力が昔のままなら自分の実力は必ず上がる事、個人の技量頼りでやってきた自分にはパーティープレイを教えてくれる行き先が必要な事、束の間の休息はそれに相応しいパーティーだという事。
そして、託宣は望み通り降った。ジュリアの祈りが通じたのだ。
「じゃ、行ってくる」
「ちょっと待て、こんなパーティー聞いたこともないぞ。なんかの間違いじゃないのか?」
紫神の神官は、聞いたこともない田舎のパーティーへの参加に難色を示したが、パルクーンが祈りを聞いてくれたのか、何度託宣を請うても結果は同じだった。
ジュリアは慌ただしく出立した。5年間待っていたのだ。
ファナンの街に行き、ギルド長に掛け合う。紫神の神殿の託宣によりこの街のパーティー束の間の休息に協力を要請する。神殿からそれなりの礼が出ること、勇者候補であること、自分の実力について。
「Aランクになったのは3ヶ月前だけど、もうAランクの依頼もこなしている。神殿に確認してもらっても構わない。ポジションは前衛。剣を使う。オーガくらいまでは単独で任せてもらって大丈夫。パルクーンの加護はないけど、黒神の前衛と相性はいいはず。初級の魔法、魅了、鼓舞、洗浄、鎮静、照明、軽度の治癒、拘束あたりは使える。あと、ソロで活動して臨時パーティーを組むことが多かったから人にあわせるのは慣れてる。指示には従うつもり。後は、後は……、そう! 何年後かにはSランクになる予定だから今ならお買い得。」
一気に捲し立てる。顔が赤くなってきた。ドキドキしている。なにしろあのヴァイラナンが! 5年間追いかけてきた憧れの人が! もうすぐのところいるのだ。
早口で捲し立てるジュリア。余裕などあるはずがない。予定ではかっこよく切り出してパーティーに迎えられるはずだったが、そんなことは頭から吹っ飛んでしまった。とにかく、この機会を逃さず、アピールをしないと! そんな思いが行きすぎて、少々喋りすぎているのだが本人だけが気づいていない。
(なにかしら、反応が薄い? 私じゃ不足? 何かアピールしないと…… えーと、他には、何か……。孤児はダメだろうし。あと、あと……、ギルドじゃよくナンパされたし可愛いとか……。いや、ない、自分で言うのはない)
「あー、嬢ちゃん。いや、ジュリアと言ったな。ギルドは特に思うところはない。神殿に言われたら準備するし、ヤツらはそんなにうるさくはない。Aランク冒険者の研修ということなら二つ返事で引き受けるだろう。売り込みはわかったし条件は悪くない。ただ、内容の確認も取りたいし、話し合いも必要だから明日まで待ってもらえないか? 明日同じくらいの時間にまたギルドに来てくれ。それで良いかな?」
ジュリアは急ぎ過ぎていたことに気がついて、さらに顔を赤くした。
次の日、ギルド長から受諾された事を聞いたジュリアは、表情を崩さないように努力をしなければならなかった。後ろ手に拳をグッと握り締める。深く頭を下げたのは、ニヤニヤが止まらない顔を見られないようにするためだ。人がいなければ、両手を天に突き上げて叫び出していたことだろう。
顔を合わせる当日。ジュリアはドキドキしながらギルドで待った。
三人が揃う。久しぶりに見たヴァイは、五年前よりも精悍だった。ただ、五年前の自信に満ち溢れた雰囲気はなくなっていた。
「勇者候補生のジュリア・アスタリス、Aランク冒険者。守護神は紫神パルクーン。しばらくの間よろしく」
勢いよく、頭を上げて、右手を前に出す。
(あなたのお陰でここまでこれた。あなたに助けられて、憧れて。眩しくてどうしようもなく遠いと思っていたあなたのところへ、やっと辿り着いた)
心の中で、今までの道のりを噛み締める。
返ってきたのは長い沈黙だった。
反応がないヴァイに代わり、ダズンが応える。
「ほれ、何を黙っておる。挨拶くらいせぬか、困っておるぞ。ワシはダズン・デントジア。青神ブラウレウムの信徒、Aランクの冒険者だ。ロートルじゃがな。こっちはキフィス・レミドゥ、緑神ヴァルダルの信徒で回復役、Aランクだが子持ちなんでの、ここにいる。ほんでこっちが、ほれ」
「ああ、すまん。ちょっとぼーっとしてた。俺はヴァイラナン・ピックビート。ヴァイって呼んでくれ。黒神アズワルドの信徒でBランクの冒険者だが、一応このパーティー、束の間の休息ブリーフ・レスパイトのリーダーをやっている。よろしく頼む、ジュリア」
「……よろしく、ヴァイ、ダズン、キフィス」
(覚えてなかった……。そう、五年も前のこと……)
ジュリアは自分が思ったより落ち込んでいることに気がついた。
多分本当は、五年前の自分を覚えていてくれて、感動の再会とかを夢見ていたのだということに今更気づいて、恥ずかしさで頬が赤くなる。
実のところ、ヴァイはジュリアの事を忘れたわけではなかった。5年前に依頼を受けて助けた新人冒険者だと言われれば、気がついただろう。単純に5年前の少年の様な新米冒険者と目の前のキリッとした勇者候補が結びつかなかったのだ。ジュリアは自分が5年前、少年と間違われた時と比べれば段違いに女らしくなったことに気がついてなかった。髪は背中まで伸ばし、背も拳二つ分は伸びた。すらりとした体は「紫狼」と呼ばれるほどに俊敏でしなやかに動き、胸も尻も丸みを帯びて女らしい身体となっていた。しかし、ジュリアにそれを教えてくれる知己はいなかった。そもそも男女関係で盛り上がることなど勇者候補の間ではあり得なかった。そうしてジュリアは、人並みにの容姿ではあるらしい程度で、自分が女らしいや、美人である、という認識は針先ほども芽生えなかった。ジュリアが自分の容姿を気にするようになるのはもう少し先の話である。
(何人も助けた中の一人で五年も前の話。覚えてなくて当然。落ち込む必要はない。一緒に探索を始めてから忘れられないようにしてやればいい)
気合を入れ直す。
この日、「束の間の休息」に新たなメンバーが加入した。




