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彼との出会い

 五年前、駆け出し勇者候補だったジュリアは力量に見合わない依頼を受けて死にかけた。


 Eランクとはいえ同期の中でも腕が立つ自覚はあったジュリアは、いくつか依頼をこなして成功した事で、調子に乗っていたのだ。

 最近街道に出るというトロール退治。複数人が推奨だった依頼を一人で受け、これでランクがあがるとほくそ笑んでいた。

 後になって思えば噴飯物だったが、最悪倒せなくても逃げればいいくらいに考えていた。なにせ、その時は、なんでもできるような気がしていたのだ。


 出会ったトロールは想像していたよりも俊敏で力強く、ゴブリンやオークとは全く違っていた。しかも確認できただけで三体。帰る道を塞がれ、巧妙に森の奥に追い立てられた。気がつけば森の奥深く、方向も分からなくなり、日も落ちようとしていた。

 まずいことになった。流石に駆け出しのジュリアにも事態の深刻さは理解できていた。陽の光の下で逃げるしかなかったのだ。視界を奪われた上で襲われたら手も足も出るまい。かと言って火をつければそこにいるとトロールたちに教えるような物だ。

 死。不吉な言葉が頭をよぎる。手足が震える。何故、こんな無謀なことをしてしまったのか、今更後悔の念が押し寄せる。ギルドで先輩冒険者にも、職員にも止められた。偉そうなことを言って押し切ったのはジュリア自身だった。


 助けは来ない。

 逃げるしかない。


 一か八か、トロールに見つからないように街道方向に向けて隠れながら進むしかない。わかっているのに足が動かない。次にトロールに出逢ったら、どうすればいいのか。動けないまま時間だけがすぎていく。ジュリアは自分が自惚れただけの凡人だと思い知った。


 ガサリ。物音がした。剣を握りしめる。気がつけば辺りは真っ暗になっていた。トロールの餌。そんな言葉が頭に浮かぶ。


 ガサガサ。物音が近づいてくる。叫び出しそうな恐怖を、歯を食いしばって堪えた。辛うじてそれくらいの理性は残っていた。足が震える。剣を持つ手に力が入らない。涙が溢れ、嗚咽が漏れる。死にたくない。死にたくない。死にたくない。それしか考えられなくなった。その時。


「そこの坊主、動くなよ。っと嬢ちゃんか? ジュリア・アスタリスか?」


 そこに、彼はあらわれた。歩き方だけで腕が立つとわかる隙のなさ。腰には沈黙と神秘の神・黒神アズワルドの信徒である事を示す鋼糸細剣(スレッド・レイピア)を身につけていた。


「俺は、ヴァイラナン・ピックビート。教会からから有望な新人を助けてくれって言われてな。まあ、無茶したもんだ。これに懲りたらちったあ先輩やギルド職員の話を聞くことだ」


 彼は落ち合いた物腰で震えるジュリアに声をかける。助けにきてくれた。安堵で体の力が抜ける。その次に訪れたのは羞恥の感情だった。

 

「……グス……。ありがとう。ヴァイラナンさん」


 顔を真っ赤にして、小声で礼を言い。頭をさげる。


 「ヴァイでいい。おっと、泣いてんのか嬢ちゃん。まあ若いうちには己を過信することはよくあることだ。それで死んじまうこともな。嬢ちゃんは素質があって、たまたま俺の手が空いてた幸運があった。次に活かすんだな。ほら、ついてきな!」


 優しい言葉に益々頬が赤くなった。顔を見られないように俯き、ヴァイラナンの後を追いかける。


 ヴァイラナンは夜目が効くのか、迷いなく木々の間を抜けていく。時々「足元に気をつけろ」とか「この木の陰で休憩だ」とか、短い指示を飛ばす以外は口数少なく、無駄のない動きで周囲を警戒して脱出ルートを探索しているようだった。


 小一時間もして、森の出口が見えてきた。その頃には次第に落ち着いてきたジュリアにも、ヴァイラナンの凄さがわかってきた。どれくらいのランクかは分からないが、ギルドで見たどの冒険者より所作が美しかった。


 野生の獣のように気配を殺し、音を立たず、しなやかに動く。ジュリアが全く気がつかない山道の窪みや足を引っかけそうな木の根にも注意を促してくれ、場合によっては手を引いてくれる。昼間に一人で移動していた時よりもずっとスムーズに移動できていた。そして、何かに守られているような安心感。後ろを歩くだけでそんなことを感じたのは初めてだった。


(この人、凄い……。Aランク!? 索敵、警戒、進路の選択、同行者への注意、身のこなし、レベルが違う)


「ちっ、待ち伏せか。嬢ちゃん、ちょっと動かずに待ってな」


 森の出口で待ち伏せていたトロールと戦闘になったが、その動きも流麗で、応援に行こうとして、手を出した方が足手纏いになることを痛感させられた。

 実際、見とれているうちに戦闘は終了した。一撃で一体を切り伏せると、そのままの勢いで二体目の膝を薙ぎ、慌てる三体目のトロールに体勢を整える暇を与えず後ろから止めをさす。速い。それ以上に動きが連続していて澱みがない。三体の動きを見ながらそれぞれに対応しているのにまるで決められた演舞を見ているようだった。


「ほら、片付いたぜ。街に帰ろう」


 街道に出てから。ヴァイラナンは歩きながらいくつかのアドバイスをジュリアに送った。

 ひとつ、ギルドの職員や先輩冒険者の話には耳を貸すこと。わざわざ口を出してくるってことはなにがしかの理由がある。

 ふたつ、モンスターの情報は正確に調べること、トロールと一人で戦うのはCランク相当。Eなら三人は欲しい。

 みっつ、動きを見るに筋はいい、慢心せずに鍛錬すればBランクまでは上がれるだろうこと。

 よっつ、だから焦らずに毎日の鍛錬をしっかりと行うこと。

 いつつ、一人では限界がある。できればパーティー仲間を見つけること。場合によっては紹介してやること。


 ジュリアは全てに素直にうなづいた。実力を見せつけられたのだ。うなずくしかなかった。


 街に戻り、いろんな人に頭を下げた。ヴァイラナンはBランクだがAランクに最も近い期待の冒険者ということをそこで聞いた。

 パーティー仲間が所用でたまたま手が空いていたところに無謀な若手の話を聞いて、手を貸してくれたらしい。それ自体、自己責任の冒険者の世界では奇跡みたいな話だ。なんでも、ヴァイラナンは若手の育成やパーティーの斡旋も行なっている変わり者らしい。

 そのかわり、この町では新人の死亡率が他のギルドと比べて大幅に低いのだそうだ。


 この時から、冒険者ヴァイラナン・ピックビートはジュリアの憧れとなった。

 彼に追いつくために必死に鍛錬を行った。記憶に残る流麗な動きを、滑らかな所作を思い出しできるだけ動きを近づける。もう一度彼に会いたかった。彼に会った時に胸を張って「貴方のおかげでこうなれた」と言いたかった。できれば隣に立って並んで戦いたいと思った。守護神は幸いにも、黒神と相性の良いといわれる芸術と魅力の神・紫神パルクーンだった。


 Eランクの自分とはとてつもない差があるだろう。だが、いつか追いつきたい。ジュリアにとってこれは大いなる祝福であり、呪いでもあった。


(あの人に、もう一度会いたい。声が聞きたい。指導を受けたい。一緒に探索をして、背中をあずけてもらいたい。)


 ジュリアは、この体験から知識を貪欲に吸収し。毎日の鍛錬を欠かさなかった。

 ランクは三年でCまで上がった。

 パーティーにだけは入らず、人手が足りないパーティーの臨時募集や、ソロ冒険者のその場限りのパーティーにのみ加入していった。

 見聞を広めるために他の街に遠征にも行った。

 ヴァイラナンに会いに行こうとは思わなかった。あの人にふさわしくなるまで、自分からは探さないことを決めた。

 少年の様だった短い髪も、男と間違われない様に伸ばし始めた。


 そうしてとうとうあれから五年。Aランクになった。異例のスピードと言ってもいい。十代のAランク、しかも女冒険者、二つ名までついた。

「紫狼」。


 そして、ようやくジュリアは憧れの人を探し始めた。二年ほどは噂を聞くこともあったけれど、この最近はめっきり聞かなくなってしまった。死んだとは思わなかった。Sランクになっているかもしれない。任務に忙しくて姿を見ないのだろうか、ドキドキしながらギルドに聞いてみる。

 

 ヴァイラナンは、Bランク冒険者のままだった。




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