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勇者候補も楽ではない

 その日、ヴァイ達は七階層攻略準備のために冒険者ギルドに集まった。


 七階層からは大型の魔獣が出現する。例えばコカトリス。ニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ怪鳥で、石化のブレスが厄介な相手だ。今はこいつの目撃情報が多い。資料や冒険譚で概要は知っているがヴァイも出会ったことはない。他にもグリフォンやマンティコア、ラミアなどの出現記録がある。


「基本は囮を置いて気を引き、残りのメンツで畳み掛ける。飛行種は拘束系から翼を潰すのが王道ね」


「後はブレス系じゃの。無色の神の信徒がいれば追い風で戦えるんじゃが生憎うちにはおらん。とにかくブレスに気をつけてキフィスには万が一の為後衛に下がってもらい、初級の風の魔法で体をガードして接近戦かの」


 経験値の多いキフィスとダズンからアドバイスをもらう。


 無色の神・風と奔放の神ギャレスも紫神パルクーンと同じく、五大神ではないが、奔放というところが冒険者の性格に合うのか、冒険者内の信徒は多かった。


 信徒となった冒険者は、真摯に祈りを捧げれば「加護」を得て神の力を借りることができるようになる場合がある。ヴァイの「未来視」がそうだ。加護を得た信徒は神に選ばれた証として彩師と呼ばれ、彩器とよばれるそれぞれの神に因んだ武器を持つことを許される。ヴァイも五年前に「加護」を受けてからは鋼糸細剣(スレッド・レイピア)と呼ばれる鞭のようにしなる特殊な金属でできた細剣状の黒神の彩器を使用している。束の間の休息(ブリーフ・レスパイト)ではキフィスも「破刃根(ブレイク・ロッド)」と呼ばれる緑神の彩器を扱う彩師の一人だ。もっとも、彩器は有用ではあるが癖が強いため、身分証のように持っているだけで使用はしない者も多い。


 加護を受けた冒険者はその神の力を借り、中級以上の魔法を使うことができるが、初級魔法は誰でも練習次第で使える。

 ブレス対策は、風の魔法を身に纏いブレスの影響を最小限にした上で、回復役のキフィスを安全圏において、護衛と援護にダズン。スピードに勝るジュリアが囮役、ヴァイがアタッカーを受け持ち、負傷した場合はダズンと交代ということになった。


 ギルドの訓練場を借り、風の魔法を身に纏う練習をする四人。


「風と奔放の神・ギャレスよ。我が身に風の護りを与えたまえ!」


 器用に風を身に纏い、素振りを行うヴァイ。


「ふむ、慣れればそんなに違和感はないな。剣速はむしろ上がるくらいだしブレス以外の羽ばたきなんかにも対処できればありがたいな」


 ダズンとキフィスもベテランだけあってそつなくこなしている。ジュリアは慣れていないのか手間取っていた。


「調節どうすれば良い? 体表で嵐が起きてる!」


 暴風のコートを身にまとったような状態のジュリアがヴァイに近寄ってくる。


「阿呆! その状態で人に触れようとするな! 一旦魔法を解け!」


 叫びをきくいとまもなく、よろけたジュリアに倒れ込まれたのを支えようとした瞬間風圧で回転するヴァイ。


「うぉぉぉぉぉ!!」


流石に受け身をとったが、床を高速回転して二転三転したヴァイが、眉間に皺を寄せて立ち上がる。


「いてて。魔法のコントロールはまだまだだな」


「ごめん。魔法苦手」


「ジュリアはまだ訓練が必要そうじゃな。ヴァイ、面倒見てやるんじゃぞ」


「ヘイヘイ」


 ダズンとキフィスに訓練を任されたヴァイは、体表での風の魔法のコントロールをジュリアに指南する。


「要はイメージだ。こういう魔法は意識を集中するよりも漠然とイメージした方が良い。集中しすぎるとそこだけバランスが崩れるからな。目標を指定する攻撃系はまた別だが、全身に作用させる系統の魔法は全体をなんとなくイメージした方がいい」


「ふん。イメージ」


 ふむふむと相槌をうつジュリア。


 ジュリアはこういう講義や講習を受けるときはとても楽しそうだ。

 本人に聞いてみると、勇者候補生は、一部の冒険者の子供以外は、教会に拾われた孤児たちが、育ててもらうのと引き換えに育成される場合がほとんどなのだそうだ。大量の孤児から勇者候補を作るために、技術的な話は二の次で、とにかく基礎体力の強化を叩き込まれる。栄養はあるが味は二の次の飯に、朝から晩まで重い荷物を背負っての走り込み、木剣での素振り、模擬戦を繰り返してついていけないものは不合格。そんな生活を物心ついた時から何年も送り、生き残ったものは今度は武器を与えられて魔物狩りをひたすら行い、そこまで生き延びてようやく技術論と魔法の講習が出てくるのだそうだ。


 大量の孤児からものになるものだけを選別するために、まず体力というふるいをかけて、それなりの成果を残したものだけを教育する。合理的ではある。どのみち基礎体力は冒険者には必須なのだ。


 (どおりでランクの割に速さと力でゴリ押すような戦い方をするわけだ)


 話を聞いて、ヴァイはジュリアに感じていたアンバランスさが腑に落ちた。


「技術も、基本勇者候補は人に教えようとはしないから、見て盗むのが普通。だから、こんなふうに見本を見せてもらったり、言葉で教えてもらうのはすごく楽しい。ここは、みんな優しい」


「勇者候補同士で魔物狩りに行く時は、周りは敵だった。余程仲良くしている相手がいる場合を除いて、危機に陥っても助けない。みんなそんな余裕はない。死んでも自己責任。魔物を倒すノルマをクリアできなくても自己責任」


「勇者候補でなくなれば、半分奴隷みたいな教会の下働きになるか、借金をして教会の外に出るか。でも、借金を返せる人はほとんどいない。商売をしようとして失敗するか、冒険者になろうとして挫折するか、結局行く末は奴隷か娼婦。もともと教会に拾われてなかったらもっと酷いことになってたのは知ってる。だからこれは仕方ないこと」


 昔を思い出すように、地面を見つめて告げるジュリアの表情には諦念が漂っていた。ヴァイには何も言えなかった。田舎町で暮らす身には勇者候補自体が縁の遠い存在だ。冒険者も自己責任とは言え、スタートを自分で選べるか選べないかの違いは大きい。幼い頃からなら尚更だ。ヴァイは、屈託のない少女のように思っていたジュリアが思ったよりも苦労をしていることを知った。


「だから、助けたり、教え合ったりする外のパーティーは好き。助けてくれる人達は暖かい。だから、ジュリア、強くなって恩返しする」


 ジュリアはそう言って、はにかんだ微笑みを浮かべた。


 ヴァイは、健気なジュリアの言葉にやるせなくなった。冒険者パーティーなら当たり前と言ってもいい助け合い。そんなことに対して恩義を感じるジュリアの過酷と言っていい人生に。

 幸福になってほしい。未来視で何度も助けられている身からすれば素直にそう思わずにはいられない。だが、このままだと遠くないジュリアは死ぬ。


 ろくに、世の中の楽しいことも味わうことなく訓練と戦いに明け暮れて、ようやく半分得た自由を、ヴァイを守って死ぬことで失う。ヴァイは責任を感じずにいられなかった。なんとかして生かしてやりたい。


 ジュリアの魔法のコントロールがある程度までできるようになるまで付き合って、その日は解散した。


 解散際、ヴァイはダメ元でジュリアに忠告を送った。


「ダンジョンでピンチになったら自分のことだけを考えろ。勿論立て直しができる状況ならそうした方がいいが、どうしようもない強敵が出て逃げるしかないならば、最終的には自分の命を優先しろよ。恩返しをしようとして死ぬ必要はないからな」


 ジュリアは少し驚いた顔をした後、寂しそうに頷いた。




 その夜、四度目の未来視で、やはりジュリアはヴァイを庇って死んだ。ヴァイは跳躍を使った攻撃を行い、黒いオウガの身体に傷をつけてはいたが、結局今までと同じようにジュリアの後を追うように倒れた。


 がばりと寝台に身を起こす。

 ハァハァと荒い息が漏れる。

 未来視を反芻する。ヴァイは跳躍を使った攻撃で確かに前の時よりも深く傷を与えていた。もう少し練ることができればあるいは、があるかもしれない。


 拘束系魔法と闇魔法は大した影響は与えていなかったが、もう少し扱いの余地はありそうだ。後は、もう少し連携をとるように努力するべきだった。ダンジョンに潜りながら連携を意識すること、脳内にメモをする。

 

 (少しづつだが手応えはある。絶対に死なせない)


 ヴァイは昼のジュリアとの会話を思い出しながら、暗闇の中もう一度そう誓った。

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