その勇者候補は死の未来視をはこんでくる
幾度見たかわからないほど見知った顔だった。未来視でしか出会わない、いつもヴァイを庇って死んでいく青い髪を紫の布で束ねた女冒険者。未来視で見るよりやや幼いが、彼女は確かにあの女だった。
未来視は映像ではなく体験として訪れる。彼女の死を見たのも40や50回ではきかないし、共に戦った時間はややもすると今のパーティーメンバーよりも長い。
(生きて、動いている……)
「未来視」なのだからいつか会うだろうとは思っていた。しかし、実際に遭遇してみれば、いつも死線を共にした仲間との邂逅は奇妙な感慨に溢れていた。
「ほれ、何を黙っておる。挨拶くらいせぬか、困っておるぞ。ワシはダズン・デントジア。青神ブラウレウムの信徒、Aランクの冒険者だ。ロートルじゃがな。こっちはキフィス・レミドゥ、緑神ヴァルダルの信徒で回復役、Aランクだが子持ちなんでの、ここにいる。ほんでこっちが、ほれ」
驚きのあまり固まってしまったヴァイの代わりに、隣にいた白髪の戦士・ダズンがメンバーの紹介をしてくれる。肘で突かれて我に帰ったヴァイは気を取り直して話しかけた。
「ああ、すまん。ちょっとぼーっとしてた。俺はヴァイラナン・ピックビート。ヴァイって呼んでくれ。黒神アズワルドの信徒でBランクの冒険者だが、一応このパーティー、束の間の休息のリーダーをやっている。よろしく頼む、ジュリア」
「……よろしく、ヴァイ、ダズン、キフィス」
挨拶を終えると、ジュリアの隣にいた紫神パルクーンの神官が経緯を説明してくれた。勇者はこんな田舎では滅多にみる事がないが、人類の敵・六体の「外からきたもの」と呼ばれる伝説の化け物と戦うのを目的とする教会公認の戦士だ。各神殿が育てる勇者候補生は「託宣」により育成先となるパーティーが選ばれてそこに派遣される。これは国と教会からの依頼のため断ることはできないそうだ。そのかわり金銭やギルドへの貢献度は優遇される。一定期間パーティーに加入して、経験を積み、新たな託宣が降りるか、パーティーから認められれば次のパーティーに参加、十分に経験を積んだら候補生同士でパーティーを組み、一定の成果を上げることで「勇者」に認定される。ジュリアはこの強制加入の段階ということだ。
「通常は現役探索をおこなっているAランクの冒険者が多いんですけど、何度試してもファナンの街の束の間の休息が育成先となったんですよね。まあ、教育専門のパーティーということですし、よろしくお願いします」
神官の物言いは引っかかるものがあったが気持ちはわかる。
勇者の輩出数はそのまま神殿の力関係となる。
五大神と呼ばれる太陽と血と炎を司る赤神リムザ、自由と知識と水を司る青神ブラウレウム、希望と光を司る黄神アマリアム、森と草原と調和を司る緑神ヴァルダル、恐怖と闇を司る黒神アズワルトの神殿は常に勇者を輩出している。
紫神パルクーンは、芸術と魅力の神として貴族や娼婦には人気があるが、勇者は滅多に輩出していない。そもそも紫神の性質上、冒険者への恩恵は少ない。彩器──その神の信徒専用の武器もなく、加護も特異なものが多い。パルクーンの加護は感覚器の強化系統が多く、「瞬眼」──動体視力の強化──などを授かれば冒険者としても有効だが、触覚や味覚の強化などにあたった場合、メリットがほとんどない。
以前出会ったパルクーンの信徒は、加護によりどのモンスターが近くにいるか匂いでわかるようになったらしいが、役に立ちはするが初見のモンスターは何がいるのかわからず、汗まみれの仲間の匂いを常に至近距離で嗅いでいるような状態になるためやる気が下がるとひどく微妙な顔でヴァイに伝えてきた。
紫神の神官としては数少ない勇者候補は、実績のあるAランクの冒険者に鍛えてもらいたかったのだろう。
ヴァイ達、束の間の休息は三人に加えて、育成希望の冒険者の4人で探索を行うスタイルだったのでパーティーの形成には問題なかった。訓練所で動きを見せてもらい、浅い階層からダンジョンの探索を始める。ジュリアは優秀で真面目だった。
冒険者の主な仕事の一つはギルドの管理するダンジョンの探索だ。ダンジョンからモンスターが溢れないようにする為、また、素材となるモンスターを倒して素材を集める為、冒険者はダンジョンに潜る。深くなるほどモンスターは数が多くなり強くなる。おおよそ、Dランクで地下二階、Cランクで地下四階、Bランクで地下六階、地下八階以降の階層はAランクのパーティーが推奨となる。地下十階層より下に潜るのはダンジョン専門のAランクパーティーだけだ。
ジュリアは基本的な動きは問題なく、ダンジョンの知識も正確だった。素質だけでランクを上げたところがあるので体の使い方や魔法の使い方は教える必要があったが、Aランク冒険者だけあって地下六階までは余裕があるということだった。数回、訓練所で連携の練習をしたが、パーティーに溶け込むのも早かった。言葉は少ないが、向上心があり、素直で、勇者候補の噂で時々耳にするような傲慢なところもない。ヴァイも、彼女を育てるのは楽しかった。
数回の訓練の後、4人での初探索に行くことになった。前衛はヴァイとジュリア。回復役のキフィスを後衛に置いて、キフィスの護衛と前衛との交代役にダズン。ヴァイは黒神の彩器・鋼糸細剣、ジュリアは片刃のロングソード、ダズンはバックラーとブロードソード、キフィスは緑神の彩器・破刃根と呼ばれる片側の先端にスパイクのついた金属製の根を使う。
一階層、ゴツゴツとした岩はだの洞窟に降りる。舗装されたダンジョンもあるらしいがファナンの街のダンジョンは自然の岩穴という風情だ。入口で、光と希望の神アマリアムに灯火の魔法を願う。初級の魔法は各々の神に祈れば信徒ではなくても使用できる。神様は心が広いのだ。ジュリアにも頻度の高い魔法は練習させておいた。ヴァイとキフィスが2人で灯火の魔法を使い、二つの明かりをともして進んでいく。魔法が切れて暗闇にならないための予防策だ。洞窟を進む。一階層で出るのはゴブリンとオーク程度。幾度か遭遇するが、全く危なげなく前衛だけで処理ができた。ヴァイは無駄のない動きで、ジュリアは速いがやや大きく動きながらゴブリンを切り伏せる。
(訓練所でも思ったがスピードで勝負して威力は跳躍で補う感じだな。下の階層で派手に跳ぶと狙われる事を注意しておかないと。あとは身体の使い方だな。本人も遊んでるわけじゃないんだろうが無駄が多い)
「ジュリア、下層に進むと相手の連携も上手くなるし飛び道具も飛んでくる。迂闊に高い跳躍をするなよ。四階層あたりまではスピードだけで何とかなりそうだが、動きをコンパクトにして剣先に力を載せるように意識してみろ」
ジュリアが驚いたようにこちらを見て、しばし考えた後答える。
「跳躍を高くしない。気をつける。動きをコンパクト。こう?」
体重を乗せて剣を振るジュリア。ヴァイの戦闘が参考になったのか、実戦をこなしたからか、その剣閃は訓練所より明らかに鋭かった。
「筋がいい。こりゃすぐにうちは卒業しちまいそうだな」
「え、いや、私ここがいい!」
慌てたように小さく叫ぶジュリアに、ヴァイは思わず笑顔がもれた。
「そりゃ、嬉しい話だ。だが、うちはAランクでも一線級とは言い難いからな、学ぶ事を学んだら遠慮なく出て行ってくれて構わないぞ」
「出ていかない!」
特に他意はなかったが、ジュリアはお気に召さなかったようだ、ふくれっつらでプンと前を向いてしまった。
(まあ、気に入ってくれたなら嬉しいんだがな)
二階層、スケルトンが混ざってくるが特に問題なく対処。ジュリアの剣は骨を粉砕するくらいの威力は充分に出せている。
三階層、グールとスケルトンがでてくる。数が多い。敵の手数が増えるがスピードで対処しているジュリアには何ということはないようだ。
四階層、ヘルハウンドが初心者殺しで、低い位置から速い攻撃を仕掛けてくるが、全く動じる事なく対処している。剣閃も早く、無駄がなくなっている。
(探索初日だぞ? 経験者とはいえこのダンジョンは初めてなのにおそろしい適応力だな)
ヴァイが驚いていると、キフィスもダズンも目を見交わしていた。滅多にない事なのだろう。キフィスは同性ということもあり露骨に気に入ったようだった。
五階層、トロルとオウガが混じり出し、敵の攻撃力が上がる。ジュリアは実戦でいま学んだ事を試せるのが楽しいようだ。小さい跳躍で得た力を剣尖に載せる事で破壊力を増やす斬り方を試している。ヴァイは腰の捻りや足の踏み込みで得た力を、最大限無駄なく剣に伝える刀法を使っているため、破壊力を増すために跳躍する必要はなかったが、ジュリアの戦いを見て自分でも試してみた。
軽く跳躍し、同時に鋼糸細剣を振り上げる。跳躍の頂点に達した時、振り上げた細剣を振り下ろし、跳躍のエネルギーを剣尖に伝える。剣がしなる。
シュパッ!
オウガの首が飛ぶ。
(初めてやってみたが破壊力は上がるな。だがやはり隙は多くなる。よほど困った時以外は手を出さない方が良さそうだ)
周囲の敵を倒したジュリアは目を丸くしてこちらを見ていた。再現するように、小さな跳躍から剣を振り下ろす。どうやら今のを見て模倣しているようだ。ヴァイの動きを見て、自分の動きの最適化を行う。ダンジョンにきてからのジュリアはこれを愚直に繰り返していた。
六階層、エンカウントの頻度が上がり、モンスターの数も増えた。まだジュリアに余裕はありそうだが、初めてということもあり、今日はここまでで探索を終えることにした。全員無傷で、連携も取れた。このパーティーはいいパーティーになりそうだ。全員がそう思った。
「皆凄い。勉強になった。ここにきてよかった」
別れ際、ジュリアは嬉しそうにパーティー全員に笑顔でお礼を言った。
その夜、ヴァイはより鮮明に昨夜と同じ死の未来視を見た。ジュリアと2人で潜るダンジョン。黒いオウガ。
2日連続で死の未来視を見るのは人生で初めてだった。
直感が告げる、死が近づいてきてると。
(まずいまずいまずい、思ったより近い将来ってことか?)