休息の終わる時
ジュリアは最後の勝負に出る。
オウガとヴァイの間に割り込んだ。水平に戦斧が迫る。
(足掻くんだ!)
戦斧が早い。ほんの数瞬でジュリアの身体に食い込むだろう。
ジュリアも覚悟はできている。戦斧を喰らっても、しがみついてでもオウガの動きを止める。
その時が迫る。
ジュリアが最後の勝負に出ようとした瞬間。
死の直前に走馬灯が生存の可能性を探るように、ジュリアの脳がフル回転しているためか、紫神の加護か、世界が動きを止めた。いや、スローモーションのようにゆっくりと動く。
(これは……? 見える⁉︎)
オウガの戦斧の軌道をのけぞって最小限の動きでかわし、そのまま懐に潜り込む。手元に残った最後の武器を最短、最適な動きで振り上げる。
わずかにかわそうとするオウガの動きを読んで、かわす方向に軌道を変える。
(身体を剣に!)
ズブリ。オウガの右の眼球に、コカトリスの脚の爪が突き刺さる。
「ゴアァァァオオオオオオ!!」
絶叫をあげるオウガ。突き刺した爪をグリンと捻り込み、素早く間合いを取る。
「今よ!」
「任せろ!」
ヴァイは待っていた。ジュリアが近づいてきた時から、死ぬつもりなのはわかっていた。それこそ、未来視で見なれた光景だった。だが、未来視では即死しなかった光景もまた、何度も見ていた。命を賭して隙を作ってくれるなら、その隙を逃さずトドメを刺すのが自分の役目だった。トドメさえ刺されば、負傷したジュリアの生存確率も上がる。
ヴァイはジュリアが間合いに入ってきた時から、オウガの動きに集中していた。
全力で死角から飛び高さと速さと回転を、剣に乗せ首を薙ぐ。
コカトリスの脚をねじ込まれ、顔を抑えて身悶えするオウガの側面から首を狙って剣を滑り込ませる。
オウガの首が飛んだ。しかし、同時に残された生命力は、オウガに首がない状態で戦斧を振らせていた。回転しながら放たれた横薙ぎの一閃の後を追うように、戦斧がヴァイの身体に迫る。
ジュリアは息を呑んだ。剣を振り切ったヴァイは遠心力でほぼオウガに背中を向けている。首を飛ばすのに集中していたであろう尊敬すべきパーティーのリーダーに、この死体の一撃はかわせない。
剣を振り切ったヴァイは、オウガの首を飛ばした感触を味わっていた。この5年事あるごとに見ていた未来視の、何十回と戦った宿敵をようやく倒したのだ。信じられなかった。そして、生の解放感と達成感はヴァイから警戒と緊張を拭い去っていた。だが、その時、ヴァイの目に背後のオウガが戦斧を振り回す映像が見えた。未来視を見る時のような、幻影でありながら感じる実感。迷いはなかった。本能に従い、ロングソードの刃筋を立てて背後で戦斧を受ける。映像に寸分違わず戦斧の一撃が炸裂した。
空中に浮いた身体は宙を飛び、壁に叩きつけられる。
そのままヴァイは床に倒れ込んだ。
身体は痛むが、打撲以外の傷はない。
「今のは……」
「大丈夫? 絶対死んだと思った。空中で背面受けってどうやって攻撃を読んだの?」
「そっちこそ。近距離で戦斧交わしてコカトリスの爪をねじ込むなんざ、大したもんだ。すげえ見切りだったな」
「多分、紫神の加護。『瞬眼』だと思う。あの瞬間世界がゆっくり動いて、間合いがはっきり認識できた」
「加護か。こっちも似たようなもんだ。もともと俺は未来視を持ってるんだが、オウガの首を飛ばした瞬間。少し先の未来が見えるようになった。『先見眼』とか呼ばれるやつだな。どうせなら倒す前に与えてくれりゃあいいものをなあ」
「とにかく、無事でよかった」
「ああ、全くだ。これで、そうそう強い奴はいないだろう。少し休んだら先に進もう。そろそろダズンとキフィスも来てるかもしれん」
二人で座り込んでしばしの休息を取る。
ヴァイにとっては、5年ぶりと言ってもいい休息だった。
ずっと恐れていた死の未来。それが、ようやく払拭された。未来視で自分を庇ってくれた少女を助けることもできた。操れるかどうかわからないが、先見眼と言う武器も得た。諦めていたAランクを再び目指す事も可能かもしれない。
「どうしたの? 随分スッキリした顔」
「ああ、なんせ5年ぶりだからな」
「……?」
「ジュリアは、この修行が終わったら、また託宣で修行先を探していくのか?」
「そうなる。託宣を受けて修行して、また託宣を受けて、実績をあげたら勇者になって、『外からきたもの』と戦う。それが私の運命」
「でも、ここは居心地がいいし、まだ、学ぶこともある。もうしばらくは束の間の休息にいたい」
「そうか。パーティーは自分で作っちゃいけないのか?」
「どの街を拠点にしてるかの問題もあるし、教会との関係もある。不可能ではないんだろうけどあまり実例は聞かない」
「駄目じゃあ、ないんだな。どうだ? ここにやる気もあって腕も立つ。黒神の加護持ちにして先見眼を使える優良物件がいるんだが、パーティーメンバーにしてみないか? この先もだ」
「え、ええええ⁉︎」
ばっと、音が出そうなほど瞬時に顔の向きを変え、驚きの顔でヴァイを見つめるジュリア。
「いや、ずっと、この先に行っちゃいけないって、神様に言われてるんだと思ってたんだ。それがなくなった。だから、俺も上を目指そうかと思ってな。キフィスとダズンはわかってくれる。俺と組まないか?」
眩しそうにジュリアを見ながら、少し楽しそうに語るヴァイは、憑き物が落ちたかのようだった。ジュリアがパーティーに参加してから常に感じていた鬱屈がなくなっている。
「私でいいの?」
「ああ、お前がいい」
(なんせ五年間ずっと見ていたんだ。何度守られたかわからない。話しても伝わるかはわからないけど、思い入れもできちまったし。恩は返したい)
「組む! 教会にも文句は言わせない。今更なしは受け付けないからね!」
顔を真っ赤にして、肯定の返事を返すジュリア。
「ああ、『外からきたもの』と戦うまで、お前に付き合ってやるさ」
実際どこまで行けるかはわからない。ジュリアの素質は素晴らしい。順当に成長すれば、ヴァイがついていけなくなる可能性もある。年齢も、ジュリアの方が10以上若い。それでも、ヴァイはこの不器用で優しい勇者候補と共に歩みたくなってしまった。
「絶対よ! 絶対だからね!」
束の間の、というには長い休息だった。
「そろそろ休息を終わりにしないとな」
「え……? そうね。なんか元気出てきた。キフィスもダズンも待ってるだろうから、いこうか!」
立ち上がる。
身体はボロボロだ。けれど、ジュリアの言うように、力は湧いてくる気がした。五年の遅れの代わりに、ヴァイは勇者候補の仲間と、黒神の高等魔法と先見眼を手に入れた。遅くはないだろう。元々、Aランクを目指してはいたが、その後のビジョンがあったわけではない。勇者なんて風の噂でしか聞かない存在と縁ができるとも思ってなかったし、魔物は兎も角「外からきたもの」になると伝説級の存在だ、全く実感が湧かない。
「でも、まあ、せっかく拾った命だ。やりたいようにやってみるさ」
目の前には運命を変えた相棒が、早く先に進みたくてうずうずしている。
さあ、いこうか。




