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未来視はいつも俺に死を告げる

(やめろ! 俺を守るな! 逃げろ!)


 必死で念じる黒髪の男の身体は、暗いダンジョンのゴツゴツとした床に剣を振り下ろした姿勢でかたまっている。冒険者らしい身なりに均整の取れた身体、黒い細剣を持った男は、失敗した事に気がついて、体勢を整えようとしている。だが、遅い。男にもそれはわかっている。

 声を出そうとしても、喉は張り付いたように動かない。


(あ……、あ……、また、まただ……)


 動けない男の後ろから、黒い肌の異形の鬼──オウガだ。それも通常の個体ではない。炭のように黒く光沢をもった肌と角をもつ変異種──が戦斧を振るう。男の体勢は崩れたままだ。咆哮と共に、殺意を伴った一撃が、男の体に迫る。速く、重い。風圧でさえ身体が切れそうな一撃。避けられない。


(死んでしまう──)


 男の体に衝撃が走る。戦斧ではない。オウガと男の間に、青い長髪を紫の布で纏めた男より幾分か小柄な女冒険者が割り込んでいる。男の身体は床に倒れてはいるが、戦斧の一撃は避けられた。しかし、割り込んだ女の剣は折れ、腹には戦斧が半分食い込んでいた。


(なぜ俺を助ける? こいつは化け物だ、勝てはしない。逃げるべきなんだ!)


 呆然としながら立ち上がる男に、女は口から血を流しながら、輝くような笑顔を向ける。


「ヴァイ、よかった……」


 一言だけ言い残し、吐血して倒れる青い髪の女。腹の傷は深い、致命傷だ。助けられた男──ヴァイと呼ばれた短い黒髪の冒険者──は二、三歩女冒険者の方に近づこうとして、動きを止めた。オウガが戦斧を構え直し、ヴァイに向かってくる。


 女の体の下の血溜まりはどんどん大きくなっていく。顔はもう紙のように白い。その命は明らかに尽きようとしていた。仮にここに正教会の総主教がいたとしても助からないだろう。


 ヴァイは落ち着いていた。退路はオウガに防がれている。どちらにしろオウガを倒すしか生きる道はない。正面から振り下ろされる戦斧を紙一重で交わす。余裕がないのではない、最小限の動きで、返す剣に渾身の力をこめるためだ。戦斧の脇を抜け、オウガの側面に踏み込む。相手からは寸断した相手が消えたように見えただろう。隙だらけの脇腹を晒しているオウガに全身の力を込めて打ち込む。左脚で大地を蹴り、膝、股関節、腰、肩、肘まで一片も無駄にしないように力を伝達し、加速する。手首から剣に全ての力を伝え、脇腹から逆袈裟に切り上げる。

 

 ギャリン!


 鎖帷子に打ち込んだような硬い感触と金属音。ヴァイの打ち込みは確かにオウガの脇腹を裂いていたが、致命傷ではなかった。変異種のオウガの硬い表皮は、細剣の刀身では十分に切り裂けなかったのだ。


「グァオ!」


 脇腹から血を流しながら、オウガが苦痛の叫びと共に半回転して裏拳を打ち込んでくる。ヴァイは拳から逃げるようにオウガの周囲を半周し、次々と細剣を打ち込む。表皮は裂けるが、浅い。剣がなまくらというわけではない。ヴァイの使用する黒い細剣は黒神アズワルドの加護を得たものだけに許される武器、彩器と呼ばれる特別な武器だ。彩器・鋼糸細剣(スレッド・レイピア)。鞭のようにしなる変幻自在、防御困難な斬撃を可能とする一線級の武器だ。だが、繊細な技術よりも高い防御を粉砕する攻撃力が必要とされるこのオウガ相手では少々分が悪かった。


 ヴァイはBランクの冒険者ながら、なぜBランクにいるのかが不思議なほど身体の使い方がうまく、何より目がよかった。最小限の動きで攻撃を躱し、狭い間合いでも十分に力の乗った攻撃を繰り出す。だが、何度攻撃を繰り出してもオウガの身体に致命の一撃を与えることはできなかった。表皮は裂かれ、オウガも血まみれだ。しかし、その剣撃は厚い筋肉に阻まれ内臓までは届いていなかった。体力勝負になれば人間がオウガに勝てるはずがない。ヴァイは体力の減少と共に勝ち目がないことを悟った。退却するしかない。


「沈黙と神秘の神アズワルドよ! 我が敵に闇の帳を!」


 守護神である黒神アズワルドに祈祷すると共にオウガに突っ込む。オウガの顔が黒い靄に包まれ視界を奪う。狙いの定まらない戦斧の一撃を躱し、鋼糸細剣をしならせ両の目を狙う。


「ガアっ!」


 右目は奪った!そのまま脇を走り抜け出口に向かおうとして、ヴァイは暗闇に横たわる女冒険者を見てしまった。おそらく、もう息はしていないだろう白い横顔、血溜まりに沈む青い髪、脳裏に浮かぶ最後の微笑み。一瞬だけ脚が止まる。


 それが、運命を分けた。


 転倒するヴァイ。闇の魔法を振り払ったオウガが投げた戦斧が脚に命中した。ねじれた脚。もう走れない。運命を悟ったヴァイは女冒険者の元へにじり寄る。背後にオウガ。戦斧を拾っている。もう時間がない。手を伸ばす。頬に手が伸びる。オウガが戦斧を振りかぶる気配がする。後ろは見ない、女冒険者の死に顔を見つめて、一言声が漏れる。


「ごめんな」


風を斬る音が聞こえた。


──暗転。




 寝台から勢いよく身を起こす。ヴァイは目を覚して荒い息をついた。


「また、あの未来視か。しばらく見ないと思ってたのに。絶対に勇者候補とやらのせいだ」


 寝台から降りて水さしからコップに水をついで一気にあおる。あたりはまだ暗い。


 ヴァイは黒神アズワルドの信徒、「未来視」の加護を持つ冒険者だ。「未来視」は特に決まった条件はなく、突然未来の情景を見ることのできる加護。依頼を受けた結果や気になる娘に告白をした結果を知ることもあれば、なんの脈絡もなく一年後の晩御飯を見ることもある。自分の意思で使うことができない上に頻度もランダムなので使い勝手は良くないが、人生の重要な選択のときには出てきやすい。


 ヴァイも何度か助けられたことがあり、昔は黒神に感謝していた。黒神の加護は勘が冴える「直感」が圧倒的に多いため、当たりと言ってもいい加護だった。


 しかし、加護を得て数年、ある時からヴァイは自分が凄惨に死ぬ未来視しか見なくなった。どう努力しようと、腕を磨こうと、拠点を変えようと、ヴァイの死ぬ未来は変わらなかった。わかったことは、冒険者をやめれば、死の未来は避けられるということだった。


 Sランクにも届いたかもしれない腕。しかし、ヴァイが強くなろうとすればするほど、死の未来視は強くなった。

 それだけではない、ヴァイの未来視では、必ずヴァイと共に青い髪の美しい女戦士が死んだ。何度も見る未来視の中で、いつも青い髪の女戦士はヴァイを守って、満足そうに死んでいく。しかし、ヴァイもまた、女の跡を追うように死んでしまうのだった。どうせヴァイは死んでしまうのに、女はいつもヴァイを守って死んでいく。未来視は、必ず二人共の死を告げた。


 自分が死ぬだけならまだしも、この女を道連れにしてしまうらしい。

 女が恋人なのか、それ以前の関係なのかは分からなかった。ただ、単なる仲間では説明できないほど女の表情にはヴァイを守った喜びと安堵が浮かんでいた。ヴァイはそこまで想われている未来の自分に嫉妬すらした。そして、何度もその光景を見るうちに、報われない女の死を見るのに耐えられなくなってしまった。


(何故お前はそんなにも嬉しそうに死んでいくのだ。俺がお前に何をしてやったというのだ。もうやめてくれ、俺はお前がそれほどまでに命をかけるほど立派な男ではない。お前に報いることもできず、いつもお前に守られた後に死んでしまう。もう見たくない。幸福と達成感に満ちたお前の死に顔を、その表情が抜け落ちて冷たい骸に変わる姿を。その死を踏み躙るように後を追う自分の姿を。どうせ死ぬのだから俺のことはほっておいてくれ。無駄死になんだ。やめてくれ。やめろ! 見たくない! 死ぬな! 生きてくれ! 俺はいいからお前は生きてくれ!)


 悪夢に耐えられなくなったヴァイは、冒険者を諦めた。正確には冒険者として上を目指すのを諦めた。


 いっそ素直に引退することも考えたが、前から考えていた冒険者の育成とサポート、パーティーのマッチングに取り組むと、思ったより面白くギルドからも感謝された為、それを生業にすることにした。

 なにより、冒険者に関わる道を選ぶ事で未来視でしか会ったことのない、青い髪の女に会ってみたかった。青い髪の女はヴァイの中で特別な存在になっていた。


 事情があって探索に専念できない訳ありの冒険者を集め、技術やパーティーでの立ち回りを教える教育用のパーティーを作った。残念ではあったが、人に物を教えるのは性に合っていた。収入は少ないが、こんな生活もいいかと思い出した頃には未来視を見ることはほとんどなくなっていた。


 そんなヴァイ達にギルドから声がかかったのは先日だった。勇者候補生がくるので、当座面倒をみて欲しいということだった。勇者は、六体の「外からきたもの」と呼ばれる伝説の化け物と戦うのを目的とする、各神殿から選ばれたエリート戦士だが、こんな田舎町では見かけることは殆どない。実感が湧かないというのが偽らざる心境だった。


「今日勇者候補と対面だったな。いや、厄介なことにならなきゃいいけど。きな臭かったら断ろう」


 コップをテーブルに置いて、寝台に潜り込む。

 ヴァイは未来視を見ないことを黒神に祈って眠りについた。



***



「勇者候補生のジュリア・アスタリス、Aランク冒険者。守護神は紫神パルクーン。しばらくの間よろしく」


 翌日、昼過ぎにギルドに顔合わせに行ったヴァイを待っていたのは、未来視で何度も見た青い髪の女冒険者だった。






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