#6 追跡
審判の時間は、存外早くやってきた。
何事もなく、終点のコルジュヴェルへとたどり着いたロンドたち。ドアを開けた先で待っていたいたのは――
「ロンド・ハルメンス准尉だな。貴様は反革命罪の容疑で保衛公安本部によって手配されている。ついてきてもらおう」
腐るほど見てきた、泥土色の制服で瘦せこけた体を包んだ隊員がざっと数名。しかし生気を失ったかのようなその目からは例外なく鋭い視線が放たれていた。
「……」
「こちら駅ホーム配備班。容疑者と思わしき人物が列車内から出てきた。これから確保す――」
先頭に立ち、無線機に口を近づけた隊長らしき隊員から報告がなされることはついぞなかった。セプテが一瞬で彼の目の前に跳び移り、いつの間に取り出していたのか分からない小銃の銃剣でその喉を掻き切ったからだ。
悲鳴を上げる間もなく倒された隊長の死体を見て、他の隊員は恐怖で体を硬直させる――ようなことはなく、すぐさまこちらに銃口を向ける。しかし、そこから火を噴くことはなかった。
瞬きする間に彼らの銃は真ん中からへし折られていた。その状態で引き金を引いた彼らは、自らの銃の暴発で命を落とすことになってしまう。
「ロンド、命令を」
「……取り敢えずこの場を速やかに離脱するぞ」
時間にして数秒もかからなかったであろう殺戮劇が目の前で繰り広げられた後、セプテは頬に着いた返り血を拭いながら言う。ロンドは彼女の文字通り化け物じみた戦闘力に畏怖の情を抱きながら、簡潔に指示を伝えた。すると――
「分かりました。では少し失礼しますね」
「……は?」
いきなりセプテは屈みこむと、ロンドを抱え上げた。そして、そのまま猛然と走り出す。もはや慣れてきた感じすらあるが、ロンドは驚きの声を上げる。まるでこれは――お姫様抱っこではないか。立場が逆だ逆。
「お、おいちょっと待ってなんでこんな格好で――」
「ロンドを守る、そして早く逃げるという観点においてはこれが一番かと思いまして。それで、どこに逃げるのか指示を下さい」
「……一先ず街を出るのが先決だ。この様子だと街中に保衛隊が哨戒網を張っているだろう」
「承知しました」
あっけらかんと答えつつ、改札に集結した隊員を赤子の手を捻るかのように殲滅するセプテに対しロンドは指示を出す。いくらロンドたちを捕まえるためとはいえ、国防軍のように重装備を持たない保衛隊員を治安が最悪な郊外に進出させるとは考えにくい。
そこまで逃げれば、落ち着いて考える余裕もあるだろう。
――――――――――
そうはならなかった。確かに駅周辺に配備されていた保衛隊は中隊規模の常識的な範囲であり、セプテの圧倒的戦闘力を以てすれば対処は容易であった。
しかし、街全体に配備されていた保衛隊は想像を大きく上回る物量であり、流石にセプテでも対処に困るレベルであったのだ。
「もう大分走ってますが、まだ街からは出られないのですか!?」
「……こんなにコルジュヴェルが広いとは思わなかった。……うっぷ」
かれこれ1時間以上お姫様抱っこの状態で抱えられているが、一向に保衛隊の追跡が終わる気配がない。恐らく3桁を越える屍を積み上げてきたはずなのだが、未だにロンドたちのケツを何人も保衛隊員が追っかけている。
しかもセプテがロンドを抱えた状態で超機動をやるせいで、ロンドは半ば失神したかのような状態で指示を出し続ける羽目になった。
「しかし、このままじゃキリがありませんよ」
「そうだな。しかし……」
セプテの言うとおりである。どうするかと思案していると、聞きなれない音が聞こえてきた。
「なんだこの音」
シューという音が聞きとれたその刹那――
チュドーン!
「……ミサイル!?」
「ロンド、前を!」
ロンドたちの後ろで走っていた保衛隊員たちが爆発し、部隊ごと消し飛んだ。思わず振り返って彼らが消え去ったのを確認するが、間もなくセプテの警告を受けて前に向き直す。
すると、一台の四輪駆動車が近づいてくるのが見えた。その運転手がこちらに向かって手招きしているのを見て取れる。恐らくさっきのミサイルは彼が放ったものであろう。
「どうしますか?」
「……乗り込もう」
「承知しました」
ロンドの指示を受けた途端、セプテは跳躍し見事に四輪駆動車に着地する。
「手招きしたのはこっちとはいえ、おいおいいきなり飛び乗るなんて、今どきの若い奴はどいつもこいつも礼儀がなってないな?」
「それは失礼。ところであんたは?」
「それはこっちのセリフだ坊や。ついでに嬢ちゃんも」
保衛隊員たちを爆殺した(であろう)直後にロンドたちを乗りこませた男は不愛想な声色で質問を返した。ボロボロの迷彩服に、顔に刻まれたいくつもの傷跡。そして保衛隊員を平然に殺せるということから勘案すると、この男は――-
「……俺はロンド・ハルメンス。こっちは連れのセプテ。そういうあんたは……AILFの戦闘員だな」
「よく知ってるじゃねぇか。坊やは指名手配犯、とするとそこの嬢ちゃんは――チャオレス、もしくはイエナ閣下の隠し玉といったところか?」
ロンドは無言で頷き肯定の意を表すると、男ははぁっとため息を吐いた。
「どうやら俺はとんでもない地雷をピックアップしてしまったらしいな?」
「なんで俺たちを助けたんだ」
「敵の敵は味方ってな」
器用に運転をしながら、男は嘯く。
「……ってのは半分冗談だ。ま、信頼できる筋からここに妙に保衛隊のクソッタレどもが集結してるって話が来てね。あんたも知ってることだろうが、ここらは俺たちの縄張りでね。国防軍の連中ならいざ知らず、保衛隊が出張ってくることなんて滅多にない。これは何かあるということで、来てみたら――」
「追われている俺たちを見つけたと」
「そういうことだ。……なぁ坊や、俺たちと取引をする気はないか?」
「取引?」
「そうだ、俺たちの要求は言わないでもわかるだろう」
「アルデアル独立に協力しろ、と」
そうだ、と男は頷いた。
「組織の上層部は知らんが、少なくとも俺は別にリメイニアの人間を憎んでるわけではない。ぶっちゃけた話、俺たちの独立さえ認めれば武器を置こうってやつが大半だ」
「なるほど、保衛隊はあんたらAILFは悪魔の集団で、リメイニアの人間を見かけたらすぐにぶち殺す以上者の集まりだと教えられるが」
「はんっ、逆だよ逆。保衛隊や国防軍の連中は俺たちを見かけたらすぐに殺しに来るからな」
「何なら今でもあんたの命を数秒後にこの世からサヨナラさせることが出来るが」
ロンドが傍らのセプテを見ながら言う。彼女は見ず知らずの男の車に乗りこむという状況に少し警戒しているようだが、ロンドが(少なくとも表面上は)平和的に男と会話しているからか、そこまで殺気立ってはいなかった。
「おお怖い怖い。でもこの取引は坊やたちにとっても悪くないと思うぜ。実際坊やたちは既に"足"を獲得しているだろ?」
「自分で制御が出来ない足は安心できないもんだ。……では俺たちの要求を言おう」
「聞こうじゃないか」
「ヒュジョスラビアまでの安全な亡命ルートの提供。ついでに言うまでもないと思うが、安全な住処と食料弾薬その他の提供」
最初の提案で男は眉を顰めた。
「ヒュジョスラビアに亡命だぁ?気が狂ってんじゃねぇのか坊や」
「狂ってるのはこの国だ。そこから逃げるためなら手段なんて選んでられない」
「だからといってヒュジョスラビアはナンセンスもいいところだぜ。……俺たちと組むならパンノニアに行けるビザくらいなら作ってやるが」
「パンノニアに逃れたところで、俺はともかく彼女は当局に抑留されるだろう?それなら自由主義とやらを掲げているらしいヒュジョスラビアの反乱勢力に身を委ねてみるのも賭けとしては悪くないと思ってね」
「……飼い主に手を噛む保衛隊員ってだけでもイカれてやがると思っていたが、どうやら想像以上だったみたいだな。いいだろう、俺が確約することは出来んが、提案はしてみよう。一先ずこれで手を打たないか?」
どちらにしろ断る選択肢は実質ない。ロンドはまたも無言で頷いた。
「オッケー、取引成立だ。そこの嬢ちゃんもそれでいいか?」
「……ロンドが良いというのなら」
「よし来た。……おっと、さっき言い忘れていたが俺の名前はキョルス・メンロフ。まぁ恐らくこれからそれなりには長い付き合いになると思うが、よろしくな坊や」
キョルスと名乗った男は、相変わらず器用な運転で街を抜け、そのまま郊外へと車を走らせた。