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少年よ讃歌を高らかに歌え  作者: 焼き蜜柑
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#4 取引

 さらに車を走らせること数時間、ロンドたちは目的地であるピアトラ市に辿り着いた。積み込んだ物資や金品を持てるだけ持ち、装甲車から降りる。銃火器はどうするか迷ったが、拳銃はそのまま、小銃はバックパックに隠していれることにした。列車の荷物検査で引っかかれば没収されるかもしれないが、手放す方が不安だ。


 もう夜も深まっている時間帯である。勿論街に入ると奇怪な目で見られはしたが、肩に縫い付けられている人民保衛隊の徽章(きしょう)を見た瞬間、人々はロンドたちから目を逸らした。


「……嫌われているような避けられようですね、ご主人」

人民保衛隊の将校服(この格好)を着ているやつと関わり合いになりたい変人なんてこの国を駆けずり回っても存在せんよ」

「そうですか」

「そうだ、さっき言おうと思ったけどその『ご主人』という呼び方をやめてもらえないか……」


 『え?』と言いたげに首をかしげるセプテに、ロンドはため息をつく。


「君の年齢や詳しい身上は知らないし、敢えて聞く気もない。しかし、俺からするとほとんど年格好(としがっこう)も変わらん君に『ご主人』と呼ばれるのはどうも少しやりにくい」 

「なるほど、ご主人の言わんとすることは理解しました。それでは、どのようにお呼びすればよろしいのでしょうか?」

「普通に名前で呼んでくれ。あぁいや、なるべく呼ばないでもらえるとありがたいが」

「分かりました。アルネス様、でよいですか?」

「え、いや――さっき名乗ったのは偽名だ。俺の本名はロンド・ハルメンス。ロンドと呼んでくれ」

「……分かりました、ロンド」


 駄々を()ねられずに済んでよかったと安堵したその次の瞬間、セプテの口から出てきたのは、さっき検問で名乗った偽名だった。それを訂正し、本名を伝える。……できれば、名前を口に出して欲しくはないのだが。


「取り敢えず、まずは食糧調達だ」

「駅に向かうのではなかったのですか?」

「俺が今から乗ろうとしている列車は停車駅がほとんどない。終着駅のコルジュヴェルまで数日間をかけて向かうし、その途中で大きな駅はレグヒン駅くらいしかなかったはずだ。それに、まだ情報が回ってない今の間にやるべくことは済ませておくに限る」

「……なるほど」


 頭を振りながらセプテが相槌を打つ。


「しかし、この国に売れる食料があるとは……」

「よく知ってるじゃないか」

施設(あそこ)で散々聞かされてきました。この国ではすべての生産物は平等に分配される、特に人が生きるために必要な食料は売り買いの対象にしてはいけないと。……生き血を啜ればいい私にはあまり関係のない話ですが」

「なるほど」


 ある程度の教育は施されていたらしい。


「それは間違っちゃいない。少なくとも俺が知る限り、()()()()()配給された品を売り買いすることは禁じられているし、農家が国家に供出するべきノルマを越した分は特例で売ることが許可されているがそんな豊作はめったにない」

「ではどうやって……」

「ついてきたら分かる」


 そう言って、ロンドは街の地図を見ながら奥深くの地区へと歩いていく。保衛隊員に出会うと面倒なことになるが、そうでない人々はさっきと同様に保衛隊の制服を見ただけで勝手にロンドたちを避けてくれる。


 そうして歩くこと十数分、辿り着いたのは貧民街(スラム)という形容がピッタリな地区だった。記憶を頼りにさらに歩くと、目的の建物が見えてきた。


 それは見た目はオンボロの二階建て木造建築だった。所々(ところどころ)柱などは腐っており、少し衝撃が加われば一瞬で崩壊しそうな、どう見ても廃墟としか見えない建物だったが、ロンドはある種の確信を以てその戸を二回ノックした。


「中に誰かいるだろう。少し話がしたい」

「なんだ……商談なら中で――ほ、保衛隊!?」


 しばらくしてから戸を少し開けて出てきた男は、ロンドの服装を見た瞬間、目をひん()いた。パニックを起こす勢いの男を制止するように手を添えつつ、ロンドは刺激しないように注意しながら静かに口を開いた。


「おっと、勘違いをしないでくれ。俺は取り締まりに来たのではない、商談に来た」

「……保衛隊のそれもお偉いさまが、こんなドブのような場所に女を(はべ)らせてまで来てやることが闇取引ィ?」


 『女を侍らせて』のところで後ろに控えているセプテが拳を握るのが見えたので、それをもう片方の手で制止しながらロンドはそうだと頷いた。


「あんたらが我々をどんな存在だと思ってるのかは知らないが、我々も腹が空くもんでね。しかし偉大なる指導者(クソ野郎)閣下は奉仕する我々に対しても満足な配給をしてくださらないと来た!あまりに部下が哀れなのでね、こうしてはるばるやってきたというわけさ」

「……あんたらの事情は知らねぇが、お上に知れたら大変なことになるんじゃねぇのか」

「その時はその時さ。こんな国家で長生きしてもいいことなんざないんでね」

「あんた、ほんとに保衛隊の人間か?そんなこと言うやつ見たことねぇ」

「あぁそうだとも。疑うなら問い合わせればいい」


 本当は問い合わされれば困るのだが、相手の立場を考えてはったりをかける。男はしばし訝しむような目をこちらに向けたのち、「取引の条件は」と聞いてきた。


「金ならある」

「金だぁ?紙くず同然のもんはうちでは受け取らない決まりでね、そこら辺学んでから出直し……」

「言い方が悪かったな。(かね)ではなく(きん)なら構わんだろう?」


 男はロンドに貨幣価値がぶっ壊れてるこの国で貨幣を使うのはナンセンスだという当たり前の事実を突きつける。それを聞いたロンドが懐から袋を取り出し、その中から金貨を取り出して見せると、男が息を()むのが見て取れた。


「……腐ってやがるな、あんたらも」

「何とでも言ってくれて結構。できれば保存性の高い食料を頼むよ」

「……分かった」


 しばらくして男が建物の中から持ってきた品物は、紛争地帯を経由して密輸したのであろう外国の産品からどっから持ってきたのか首都でしか流通してないような嗜好品まで何でもござれだった。缶詰を中心に少し多めに商品を買い取る。対価は大金貨1枚と小金貨1枚と意外と良心的であった。男はロンドたちが去る際に再び密告だけはしてくれるなよと念を押し、ロンドはそれに頷いてからスラムを去った。


「闇市、でしたか。しかし、なんでロンドがそれを?」

「あの施設に来る前に俺はここで職務に従事したことがあってね。あの男はあそこのスラムの元締(もとじ)めとして有名な人間だったよ」

「え、でもじゃあなんで今まで……」


 改めて駅へと向かう途中に、セプテから至極真っ当な疑問が飛んでくる。それを聞いて、ロンドは首を振った。


「あの男も言っていただろ、『腐っている』と」

「それはつまり――」

「そう。保衛隊も奴の存在を把握していた、でも主に将校連中が嗜好品を仕入れるのにあの店を使っていたんだよ。まぁさっきの俺みたいにバカ正直に将校服纏って行く阿呆はいなかったが」

「それは確かに、腐りきってますね」


 そうだろ?とロンドは自嘲気味に言う。(名目上は)人民に『正しい』生活を徹底するという目的で設立された人民保衛隊も、現場はこれである。ロンドが今懐に忍ばせている袋も、あの施設の警備隊長がせっせと賄賂(わいろ)なりなんなりで蓄えていたものであろうことは容易に想像できた。


 まぁ、それを奪って闇取引に使っているロンド自身も、同じ穴の(むじな)であることに変わりはないのだが。


「駅が見えてきたな、できるだけ顔を見せないように。手続きはできるだけ俺が済ませるから、黙って待っていてくれるか」

「分かりました」


 2つ目の関門である駅が、見えてきた。


――――――――――


 もう真夜中と言ってもいい時間帯になるからか、駅にはそこまで人がいなかった。この国は経済はぶっ壊れ、他の産業もお世辞にもうまくいってるとは言えない国家ではあるが、南部地域に存在する油田を始めとした豊富な資源を背景に最低限のインフラだけは曲がりなりに保っている。列車はそんなインフラの中の一つであり、数少ない紙幣(紙くず)の使い道とさえ言われるほどだ。


 数人ほどしかいない構内を足早に抜け、時刻表を確認する。コルジュヴェル行きの列車の時間を確認する。次の列車は15分後に出発するようだ。定刻通りに来るとは思えないが、ちょうどよい時間に来たというわけだ。


「どちらまで?」

「コルジュヴェルまで」

「乗車券はお持ちでしょうか?」

「パスポートがここに」


 改札に向かい、パスポートを駅員に提示する。パスポートには名前や所属などの情報が書かれているが、警備隊長のそれはかなりいい加減なものだった。所属もデタラメ、名前もデタラメ、合っているのはピンボケした顔写真だけだ。


 しかし、駅員は中身を見ずにパスポートが偽造されたものでないかどうかだけを確かめただけでこちらによこしてきたのだ。写真に少しでも寄せるように髪形などを変えたロンドにとって、これは拍子抜けすることだった。危惧していた荷物検査などもろくに行われず、そのまま改札を通された。


「はい、確かに確認しました。では、よい旅を」


 無事に改札を抜けたロンドはセプテを連れて階段を下り、プラットホームまで降りる。


「びっくりしました、私のことを誰何(すいか)されると思ってたのに」

「関わり合いになりたくなかったのかそれとも単にサボりの駅員だったのかは分からんが……とにかく幸運だったな」

「それで、これからは列車で移動ですか」

「そうだ。情報が広がる前にできるだけ保衛隊(連中)の影響が薄い地域に行っておきたいからな。さっきも聞いたが、実質これが引き返す最後のチャンスだぞ」


 改めて聞くと、セプテはまたも首を振った。


「よし分かった。これからの計画は車内で話す。じきに列車が来るはずだから、それまで待っていてくれ」


 しばらくして、定刻よりやや遅れて列車が来た。行先は東アルデアル州コルジュヴェル、『リメイニアで最も危険な地』として悪名高い、アルデアル紛争地帯への入り口である。

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