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少年よ讃歌を高らかに歌え  作者: 焼き蜜柑
3/7

#2 対処

 リメイニア人民社会共和国。東の連邦との戦争で王制が打ち崩されたこの国は、人民主義体制に基づく共和制国家となった。そして実質的な連邦の経済的傀儡国となり果てた国の現状を(うれ)いた人々によって体制は再び転覆され、豊かな資源と肥沃な大地をあてにした新政権によって鎖国政策がとられる。


 そして、政権を握った独裁者は自己の権益を保全するために"反逆する心配がない"少年少女による秘密警察を組織した。半ば管理国家であった前政権時代ですら『温情であった』と言わしめるほどの苛烈な反政府分子狩り、子どもという特徴を活かしごく小さなコミュニティにすら入り込む秘密警察による相互不信の醸成によって国家は暗黒郷(ディストピア)と化した。


 国の内外を問わず、人々はこの国をこう評する。『恐怖国家』と。


――――――――――


 共和国の心臓部たる首都エブカリス、その一等地に位置する人民保衛庁庁舎にクレノ・コリンテスはいた。人民保衛隊員である彼女は、戦闘訓練で思わしくない成績を残したが、しかし事務処理能力に一定の才能を見出され、孤児院長の口添えもあって内局勤務を勝ち取った。


「同志長官殿、失礼いたします」

「入れ」


 クレノは緊張しながら長官執務室に入室する。執務机に座り、淡々に書類を処理していたのは、イエナ・コーホソフ人民保衛隊長官。


(綺麗だ……)


 クレノは彼女を見ると、毎度そう思わざるを得ない。銀に近い灰色の髪を流し、透き通るような青色をした双眸(そうぼう)がこちらに視線を投げかける。


 無骨な軍服を纏っているはずなのに、却ってそれが彼女の雪のように美しい容姿を引き立てているような感じさえする。その姿はもはや『少女』という形容が不適格だと思うほどで、これでいてよりわずか1歳年上の17歳だというのが、とてもでは信じられない。


「要件を」

「ハサラーブ州の()()()()()()()が何者かによって襲撃されました。施設職員、施設警備隊ともに全滅とのことです」

「そうか。資料は?」

「こちらになります」


 震える手を必死に誤魔化(ごまか)しながら、資料をイエナに対して提示する。彼女はそれを受け取ると、一瞬だけ顔がゆがめたように見えた。


(えっ……何かしてしまったのかな)


 それを見てクレノは戦々恐々としたが、イエナはすぐに表情を戻して「ご苦労様、下がってよい」と一言。


「失礼しました!」


 クレノはほっと安堵する間もなくペコリと一礼し、執務室を退室した。そのまま、自分の職場への道を戻る。しかし、彼女の心中には、イエナが一瞬見せたあの表情がずっと残っていた。


――――――――――


「……北部管区指導者のハイス少将に繋いでくれ」

「了解いたしました」


 イエナは先ほど持ちこまれた資料を読みながら、秘書の少女に責任者を呼び出すように命じた。すぐに電話の受話器が差し出され、イエナはそれを受け取る。それと同時に、秘書に対して退出してくれという意味のハンドサインを出し、彼女はそれを読み取って失礼しますとだけ言って部屋から退出した。


「同志ハイス、久しぶりだな」

『同志長官殿、ご無沙汰しております。して、この度はどのようなご用件で……』

「つい先ほど、こちらにハサラーブ州の()()()()()()()が何者かによって襲撃されたとの報告が上がってきた。詳しい情報が欲しい、仔細は省いて構わん」

『……2日前の12月11日、ハサラーブ州スチェヤルヴァ県ラダウツ地区の()()()()が武装勢力に襲撃されました。同志長官殿も把握しておられると思いますが、同施設は保衛隊が管理する中でも最重要の施設と言って過言ではありません。すぐに同地区に保衛隊部隊を送り、損害や襲撃者についての調査を行いました』

「……調査結果について教えてくれ」

『人的な損害としては、警備隊・施設職員ともに恐らく全滅したと思われます。身元の確認が取れない死体も多数存在しており、確認作業を続けています。また、施設内に保管されていた『007号』を始めとした研究サンプルや書類は紛失するか、警備隊によって焼却処理されているようでした。襲撃者については少数の生存者がおり、"アルデアル独立解放軍(AILF)"の下部組織のようです』


 イエナはその報告を聞き、唇を噛んだ。あの施設で保管されていたのは彼女にとって今一番必要なものである。何が何でも取り戻さなければならない。


「承知した、対応策はこちらで考える。引き続き施設内の調査を続行せよ。わかっていると思うが、国防軍の連中に嗅ぎ付けられないように」

『……それと、警備隊に一人だけ生存していると思われる行方不明者が。彼が007号を奪取したと考えられます』

「そいつの身元は分かっているのか?」

『ええ。施設内の監視カメラを分析したところ、施設内警備隊に配属されていたロンド・ハルメンス保衛准尉が007号を連れて脱出する様子が記録されていました。先ほどの生存者を拘束し証言をさせたところ、彼で間違いないと』

「ロンド・ハルメンス……!?」


 イエナはその名前を聞き、動悸が激しくなるのを感じた。それが声色に出ていたのか、ハイスが怪訝(けげん)そうな声で聴いてきた。


『同志長官殿、どうなさいましたか』

「いや、何でもない。先ほども言ったが、こちらで可及的速やかに対策を考える。そちらは情報の洩れに気をつけつつ業務を続行するように。それと、先ほどの証言者だが()()しておけ。こちらへ移送する必要はない、管区指導者名で裁判を行うことを許可する」

『了解いたしました。それではこれで』


 受話器を置いてからも、しばらく胸の動悸は収まらなかった。数分後、ようやく落ち着いてからイエナは秘書を呼び戻した。


「車を回してくれるかしら」

「了解しました。どちらへ?」

「統領閣下の下まで。緊急で申し入れなければならない用事が出来た」

「分かりました。すぐに手配します」

「うん、よろしく」


――――――――――


「統領閣下は?」

「連邦の密使と歓談中であります。緊急の要件であれば取り次ぎますが」

「お願いしてもいいかしら」

「承りました」


 人民保衛庁庁舎から統領官邸にあたる『人民宮殿』までは車で十数分とかからない。数名の護衛だけを連れて人民宮殿に入ったイエナを迎えたのは、ミオルス・コーネンス統領補佐官。彼女もイエナと同じように、若年でありながら――いや、()()()()()か――高級官吏へと上り詰めた人物だ。


「……ご歓談中失礼します、ミオルスです……はい、コーホソフ人民保衛隊長官がお見えです。なんでも緊急の要件とのことで……はい、了解しました……すぐにご案内します」


 ミオルスが統領執務室とつながる内線で連絡を取る。すぐに話はついたようで、「こちらへ」と言いながらミオルスが執務室まで案内する。途中で大柄な軍服姿の男性とすれ違ったが、あれがミオルスが言っていた『密使』なのだろう。ご丁寧に軍服はリメイニア国防軍のそれにそっくりなように見えたが。


「護衛の方はここまで、私は付き添っても構いませんか?同志イエナ長官殿」

「……どうせ締め出したところで、()に統領閣下から聞き出すのだろう」

「何のことだか。まぁ、許可していただいたと解釈しても大丈夫ですね?」


 すっとぼけたような態度を取るミオルスに、イエナは無言を以て肯定した。護衛が執務室の前から出て行ってから、2人は執務室に立ち入る。


「統領閣下、失礼します。長官をお連れしました」

「失礼します」

「イエナか、まぁ取り敢えず掛け給え」


 恭しく礼をしながら入った2人を迎えたのはチャオレス・ニコライ共和国統領。この国の国家元首であり、イエナら若年の少年少女を取り立ててくれた心優しき指導者閣下――ではなく実際にはただの児童趣味者(ロリコン)で権力欲に取り()かれたクソ野郎――である。


「して、どうした?余と大使の歓談を中断させてまで言いに来るとは、余程のことであろうな?」

「はっ……、つい先日、『()()()()()()』を保管していた施設が襲撃され、警備隊や施設職員は壊滅。さらにこれはまだ確証が完全に取れてない情報ですが、その場に居合わせた保衛隊員の一人によって『被験体』が奪取されたようです」


 イエナがそれを言った瞬間、チャオレスの表情が一気に青ざめ、そしてそのあとすぐに真っ赤に染まったのが見て取れる。明らかに興奮した様子で、チャオレスがまくしたてた。


「何だと!あれは余が最も力を入れていたプロジェクトだぞ!アレのためにお前の助言を()れて連邦との密約まで交わし、何よりも優先して予算を付けてきたのを忘れたのか!それを奪われただと?よくも抜け抜けと斯様(かよう)なことが申せるな!」

「……申し訳ございません」

「しかも保衛隊員が被験体を奪っただと!?君が自分が飼う犬の手懐けすらできん無能だとは思わなかったぞ!」


 どんどん強まるチャオレスの罵声に、イエナは言い返したい気持ちを必死に抑えながら平謝りする。ここで悪態をついては、これまで作り上げてきた地位が一瞬で覆ってしまうのは目に見えている。


 それを見て流石に不憫に思ったのか、それとも借りを作れるチャンスだと思ったのか、ミオルスが諭すような口調で助け舟を出してくれた。


「統領閣下、落ち着いてください。同志イエナの失態を(ののし)っても何の解決にもなりません。先に対応策を考えるのがよろしいかと思います」

「………それもそうだな。イエナよ、お前が考えている対応策を述べよ」


 ミオルスの仲裁もあって何とか沸点を乗り越え、聞かれないようにそっと息を吐いた後、イエナは必死に頭を動かし返答をひねり出す。


「……被験体を奪取――連れて失踪した保衛隊員の捜索は北部管区所属の人民保衛隊を全て動員した上で、国民に対しても協力を呼び掛けて全力で行います」

「しかし、()()()()が一般国民――どころか一般の保衛隊員にすら発覚したら非常にまずいのでは?」

「それについては、これまでと同様に名目上は『医薬品プラントが襲撃された』ということにして、保衛隊員の罪状は『プラント襲撃犯に加担し、軍事機密に当たる重要な資料を奪取して逃亡した』と発表します」

「『真実を混ぜた嘘は真実以上にものを言う』……というわけか」

「そうでございます」


 チャオレスの声色が普段のそれに戻りつつあるのを感じ取り、内心安堵した。しかし、それだけで終わるほどこの男は甘くなかった。


「……対応策については了解した。その方向で進めよ。しかし、まだ問題が残っているのは分かっているな?」

「え……?それは一体――」

「責任だ。このような失態を演じた責任を、どう取ってくれるのかと聞いておるのだ!」


 激昂はしないが、しかし静かな怒りを込めてチャオレスはイエナをじっと見据えた。その視線に、イエナはゾッとした。


「そ、それは――」

「お前が決めておらぬなら余が決めてやろう。北部管区の上級連隊指導者以上の将官すべてと、施設があった地区の大隊指導者全てを更迭せよ」

「……!」

「元はと言えば、北部管区の連中が警備を厚くせず、しかも内部の敗北主義者を見逃したために起きたことだろう。勿論お前にも責任は取ってもらうが、それ以上にあの怠惰な裏切り者には祖国に対する責任を取ってもらわねばならん」

「……承知いたしました。すぐに監督部隊を北部管区に送らせます」


 先ほど連絡を取ったばかりのハイス少将に対し心中で申し訳ないと詫びを入れながら、イエナは返答するしかなかった。


「……報告は以上か?」

「はっ、以上であります」

「ならばもう下がってよい」


 待ち望んでいたその言葉がチャオレスの口から飛び出た瞬間、イエナはなるべく不自然に思われないようなタイミングで深々と礼をし、(きびす)を返そうとした

 

「それでは失礼します」

「待て。今日の夜、またここに来るように」

「……分かりました」


 チャオレスのその言葉が意味することは、すぐに分かった。吐き気を催しそうになりながらも、何とか普通の表情を保ったまま執務室を退出したイエナは、はぁっと大きなため息を吐いた。


「お疲れ様。大変だったねー」

「……"貸し一つ"とか思ってるくせに、善人ぶるのはやめた方がいいわ」

「何のことやら」


 いつものように貼り付いたような笑みを浮かべながるミオルスに対し、イエナはもう一度ため息を吐いた。


「イエナ()()()は統領閣下のお気に入りだから、今日の夜は大変そうだね?」

「……次そんな口を私にきいたら、あなたのそのよく動く口を二度と動かせることがないようにしてあげるわ」

「おー怖い怖い。ま、頑張ってくれ給え。じゃ、これで私は失礼するよ」

「……」


 統領補佐官としての業務に戻っていくミオルスを見送ってから、イエナも人民宮殿を外に出て、そこで待機していた護衛たちとともに車に乗り込み、自らの職場へと帰っていった。

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