キセキの始まり
これは実話に基づいた話です。しかし全てがノンフィクションではありません。
出会い、希望、別れ、絶望。それが隣り合わせな恋愛という中での過酷な現実。そして運命。
特に失恋中。忘れられない人がいる。今は満足だけど、昔もよかった。という読者様は、共感してもらえるかもしれません。
男女共に、究極恋愛の一つを読んでみてください。
家に帰るとパソコンを起動する。これが日課になった。定額制なので、インターネットは繋ぎ放題。一昔前までは考えられなかった事だ。今日もいつものページを開いた。ただ、この日は何か違った。そうか!メールが来てるんだ。
22歳になり、某市の会社に就職した三月は、毎日の様に何か楽しい事はないかと考え続けていた。自分でも理解している飽き性な性格は、趣味や目指す事を一定のレベルまで到達すると飽きて止めてしまう。仕事に関してはルーチンワークは嫌いだが、難しい仕事も嫌いという典型的な「難しい人間」だ。実力もないのに格好をつけたがり周りの目線を気にする。女を口説く時に、たまにまぐれがあって上手くいっても、実力と勘違いし調子に乗り失敗する。ポジティブな思考は彼なりの長所なのだが短所でもある。誠実とはかけ離れた性格だが、自身の性格を分かっている事が不幸中の幸いとでも言えるだろう。
今、勤めている会社はクリエイティブな業種であり、私服でも大丈夫なのだが、スーツを身に着けていないためか、他の人より働いてる実感は少なかった。30分間 電車に揺られながら音楽を聴き、いつもの駅で降りる。人の波に乗り、手馴れたように定期券を出す。何個もある改札口を通り抜けると、人で溢れかえってる駅構内。そこにある様々なモール街は、若い女性を中心に毎日のように混雑している。クリスマスシーズンにはネオンが飾られテレビ局の取材も多くなる。カップルにとって絶好のムードを作れる場所であり、女の人は「おねだり」した結果がすぐ分かる場所でもある。
駅を出て上を見ると、都会の象徴であるビルが何棟も見える。この都会のベットタウン的な場所に住んでいる自分には、最初に訪れた時ほどの衝撃はなくなり、今では都会に勤めに来ているという満足感が満ち溢れている。道路は何車線もある広い道を車が走り、スクランブル交差点には人が絶えず待っている。迷路のような地下鉄の出口が何箇所もあり、初めて来る人は案内図を見ても理解するのが難しいだろう。
この駅の目の前のビルが勤めている会社だ。7階建ての漫画に出てきそうな単純な構造の貸しビル。その2〜3階が自分の働いている職場。決して大きくはないが、アットホームな環境で居心地はいい。
「おはようございま〜す。」
エレベーターを昇り、開いた瞬間にふざけた声を出しながら社内に入ると、
「またギリギリかぁ?」
入り口に一番近くの男の上司が、笑いながら椅子にふんずり返りチャカす。それにつられてスタッフ全員が笑い始める。それを見ると思わずこっちまで笑みになってしまう。
一日のスタートだった。
25ある机の一番端の列、入り口から3つ目。見慣れたデジタルフォトフレームとパソコンがある自分の席に着くと仕事を始める。パソコンを立ち上げ、黙々と昨日の続きである画像処理の仕事を始めた。
集中していると時間が過ぎるのは早い。二時間ほど経った後、息抜きに隣の同僚にチョッカイをかける。
「なぁ?楽しい事ない??」甘える様な口調で声をかけると、
「ん〜・・。」あしらう様に返事をされた。
「・・・俺さ、彼女も今いないし、お前しかいないんだよなぁ。」
自分が集中している時にこんな事を話されたら、怒りと不愉快さ満点で無視しているだろう。それなのに話しかけるのは自分じゃない人間だからだ。人は同じ人はいない。だから確定的な反応は分からない。もしかしたらこの状況でも笑顔満載で答えてくれる人もいるかもしれない。しかし、俺も馬鹿じゃない。上司や不機嫌な先輩にこんな事をするほど社会に乏しくはない。慣れた相手だからできるのだ。
「じゃぁ探せばいいじゃん。彼女。」
冷たく突き放された。無視よりはましだったが、なんともつまらない答えである。それと同時に彼女がいない事をバカにされた様な気がして思わずムっとなった。
「・・・そんなに簡単だったら苦労しないって。」
皮肉を込めるようにボソっと呟き、自分の机に向かい仕事の続きを始めた。
(今日は残業なしで帰りたい・・・。)
毎日考えている事だが、毎日叶わない事である。早く帰りたいのであれば、仕事のペースを速くすればいいのだが、如何せん、怠け癖とも言えるペーダウンをしてしまう。普通の人ならば、定時に帰れる事も可能な仕事量なのだが、どうもだらけてしまう。期日までに仕上げれば問題はないので上司が文句を言う事もないが、もちろん残業代もない。自身の能力が劣っているが為の残業なのだから、サービス残業が当たり前である。
帰りの電車に乗る頃には、もう真っ暗だった。イヤホンをしながら歩いていると、駅構内のモールは店を閉めて照明を落とし人がいなくなっていた。ホームにたどり着くも、朝の人の波が嘘だと思うほど静まり返っている為、音楽を聴いていてもアナウンスの声がハッキリ入ってくる。ちらほらスーツ姿の人が電車を待っているだけだ。しばらくすると都会から田舎へ向かう最終電車が停車して、それに乗り込んだ。座っている人ばかりで立っている人は誰一人いなかった。座っている人ばかりと言っても席に余裕があり、二人座席に一人座るという開放的な空間だ。発車前に座席に座り、ボリュームを少し上げ、窓から外を眺めて時間を過ごした。音楽が最後の曲になるとボリュームを更にあげて周りの音を完全に消した。しばらくして反射して写っている自分と目があった。自身の疲れている顔から目を背ける様に目を閉じ、歌詞を心の中で呟いていた。
――――「さっき彼女が欲しいって言ってたじゃん?」
昼食の休憩時間、雑誌を読みながらパンを机で食べていると、覗き込むように話しかけてきた。
「言ったよ。林先輩がなってくれるの?」雑誌を閉じ、覗き込んでいる目を見てからかい気味に返事をすると、その言葉を無視するかの様に目線を手作りの弁当に戻し、中断されていた箸を動かす作業を始めた。
「・・・じゃぁさ、ネットで見つけてみたら?」弁当を食べながら、話を続けた。
「最近は恋人をネットで見つけるの多いらしいよ。もちろん女の子は警戒するけど、仲良くなれたらデート位できるんじゃない?」
モグモグと口を動かしながら、こっちを見る事なく返事を待っている。
「ネットで?出会い系って奴?嫌だなぁ。何か情けないみたいじゃん。それに犯罪も多いらしいし?」
前を向いて今度はこっちがあしらう事を考えていたが、林真理は逃がそうとしなかった。
「そっかなぁ。あんた、犯罪するわけじゃないし、真剣に考えているのなら誰も笑わないと思うよ?私だって賛成してるんだし。それに自分から行動しなければ出会いは見つからないって。・・・うん!そうしな!」
肩を勢いよくポンポンと叩かれたので不機嫌な顔で思わず振り向くと、林真理は口元を隠して話を解決させていた。――――
「ご乗車ありがとうございます。次はO駅。O駅でございます。お忘れ物の・・。」
車内のアナウンスが終わる前に、席を立った。4つしかない改札口を通過して駅を出ると、市が運営している無料で利用可能な駐輪場に着いた。そこに置いてある高校時代から使っている自転車に乗った。駅前である為、田舎なりにコンビニや塾などで地域活性を頑張っているが500メートルほど店という物はなくなる。
帰り道は国道ではなく、街灯しかない民家だらけの夜道をライト付けながら走り、時折来る車のライトに目を細めながら、今日は真っ直ぐ自宅に帰った。
「ただいまー。・・って言っても誰もいないわな。」
自宅には駅を出発して15分ほどで辿り着く。独り言を呟き広い玄関で靴を脱いだ。
トイレに行き、手を洗い、12畳の畳の部屋の天井を大の字になり見つめていた。3つある部屋のこの部屋は、パソコンが置いてあり、テーブルとテレビがある巣とも呼べる部屋だ。
食事もしないで天井をみていると、その内に腹の虫が鳴った。食べる事が面倒と感じながらも空腹には勝てない。大きくタメ息をつき体を起こした。
台所に立つ習慣は身についていた。現在、1軒家に住んでいるが家族はいない。祖母が亡くなったときに、「誰も住む人がいないから。」という理由で半ば強制的に送り込まれた。古い家なので、冷蔵庫や洗濯機、掃除機など一通り買い揃えた。実家も裕福ではないので自分の貯金を使った。もちろん今は自分自身もオケラ状態でスッカラカンだ。
「・・・さてと。」
重い腰をゆっくり上げて台所に向かい蛇口を捻った。
お湯はでない。今のように春や夏は大丈夫だが、冬は千切れそうなくらい手が痛い。
朝食べた茶碗を洗い食器棚に入れると、冷蔵庫の中を見回した。
レトルトのカレーがあったので、それを暖めて食べる事にした。ご飯のスイッチを入れて時間をセットする。手を洗って拭いた後、パソコンの電源を入れるために部屋に戻った。TVもつけて、タバコに火をつけると、一人暮らしの男のリラックスタイムが始まった。
カレーを温めているお湯が吹き零れないように携帯のアラームをセットしてパソコンでインターネットを開く。目的は、昼間に林真理が話していた事を実行する為だ。
次々とサイトを開いていくが、いまいちピンとくるものがない。
理由の一つ目は出会い系サイトが星の数ほどあり、どれがいいのか分からなかった。
二つ目は、抵抗だ。自分の中でどうしても抵抗がなくならず、理由をつけてはサイトを閉じていった。
(やっぱり駄目じゃん)
諦めようと思い、ダラダラサイトを見ていると、ある言葉が目に入った。
『チャットをしよう』
チャットは出会い目的ではなくとも、リアルタイムで話ができるシステム。カメラを使ったものや、タイプで話すものなど様々だ。出会い系とは似たり寄ったりだが、自分を説得させるには十分だった。『チャット』と検索すると、某巨大有名サイトにチャット機能があった。その中には、住んでいる場所、年齢、職業、性別など、本人が公開していれば見る事がる。そこから、お話しませんか?という具合にチャットをしていくのだ。中には写真を公開している人もいた。
(チャットなら出会い系ではないし。)
自分に言い訳をしながら、条件を選び、検索ボタンを押した。―――Enter。
「はよざす。」
ふざけて社内に入り、一日のスタートが始まった。
椅子に座ると真っ先に話しかけてきたのは林真理だった。そして興味のない素振りで、キーボードを叩きながら聞いてきた。
「昨日帰ってから調べた?」
「さぁ?どっちでしょ?」
パソコンを見ながら半笑いで答えると、林真理がこっちを見たのが視覚に入った。
誘導尋問とも言えない単純な問いかけに引っかかった俺を見て顔つきがニヤけた。
「実行したんだぁ?へぇ〜・・。」
しまった・・・悪い癖だ。あれだけ啖呵を切った挙句、結局言いなりになっている事をばれたのはさすがに痛い。特にこの女は観察眼が鋭く、警戒すべき相手の第一候補でもあった。言いなりになっている恥ずかしさだけでなく、本当に彼女が欲しくて必死なのだと受け取られた事が、恥ずかしさに追い討ちをかけた。
満足気に頷きながらパソコンのモニターに首を戻すのを横目で見て、慌てて訂正した。
「実行なんかしてないよ。くだらない事言ってないで仕事しろよ。」
「そんな言い方しなくてもいいじゃん・・・。」
その言葉を無意識に遮断するように、イヤホンを耳につけて仕事の続きを始めた。
ゆっくりとバイオリンの旋律が耳を通り、頭の中に響き渡る。
自分の仕事に集中できるのなら。と社長が許可をくれたのだが、正直なところ役には立ってない。仕事というよりも自分の考えに集中したい時につけている。
音楽を聴いていると体が落ち着く。共感できる詩があると涙が出てくる。素晴らしい曲には鳥肌が立つ。集中して聴くとそこまで分かる。だから、いつも何かしらの音を聴いてリラックスしている。それが自分なりのストレス解消方法のひとつでもあった。
目を瞑ると演奏しているオーケストラが浮かんでくる・・。
――――――暑い夏の日、宛てもなくダラダラ歩いていると同じクラスの木村から着信があった。
「今どこにいる?」
いきなりの質問は、ただでさえイライラしている自分に拍車をかけた。何か面白い事はないかと張り切って外に出た。そんな30分前の自分はもういなかった。今となっては太陽が頭のつむじを、これでもか。と言わんばかりに熱していた。
木村は高校、専門学校と一緒であり、恥ずかしくはあるが親友という仲だ。いい加減な俺とは違い真面目な時は真面目な性格だ。話や気が合い、高校の時は、木村がバスケ部で遅くなる以外の時は一緒に下校したり、バイトも一緒にやる仲だった。
「どこでもいいだろ。お前は俺の親か。」
ビルの影に立ち止まり、頭をいじりながら皮肉をこめて伝えると、少しの沈黙が続いたが話しを続けた。
「大体何か用事があるならメールでもいいだろ。クソ暑いのに。」
「外にいるのかぁ。じゃぁ無理かな。」
思わず「あっ!」と声が出そうになった。勝ち負けのない探りあいに負けた感じがしたからだ。これを悟られてはいけないと手で額の汗を拭いながら冷静さを取り戻そうとした。
それと同時に木村が何を話したいか気になり、声を少し荒げた。
「だから言ってみなって。」
「はは、何ヘコんでるんだよ?」
「暑いんだよ。用件教えてくれ。」
後半、情けないほど声のトーンを下げてでも内容を聞かしてくれと頼んだのは、勝ち負けのこだわりではなく暑さの限界がきていたからだ。
それを悟ったか否か木村は話を続けた。そしてこの時点ですでに、俺はどんな話でも「YES」と答える事を決めていた。
「実はさ、今日ライブ行く予定だったんだけど、彼女が急に風邪引いたから誘ったんだよ。近場だし、インディースってか、趣味でやってる奴らのライブらしいけど、来る?金はいらないからさ。」
もちろん、俺の事を考えている様だが、自分が一人で行きたくないだけの話ではないだろうか。快調な話方もありイライラが増していたが、でもさすがにこの暑さには参ってしまう。家に帰って寝るだけも面白くない。
間髪入れずに分かったと答えた。そして電話を切るとすぐにライブハウスの方に歩き始めた。
ライブハウスの前は人で一杯だった。電車内でクーラーのありがたみを感じながら過ごし、太陽の拷問に10分近く耐えたご褒美でもある、その場所は、夏の暑さに拍車をかける様に見えた。海に近く交通は便利で、ご丁寧にもコンビニやファミレスもある。小さなライブハウスなので人は少ないだろうと馬鹿にしていたが、考えが甘かった。タオルのひとつでも持って来るべきだったのではないか?タバコ吸いながら待っていると軽口を言いながら登場した。
「よう!お待たせ〜。」
先ほどの電話と同じテンションでコンビニの袋を持った木村が近寄ってきた。
「すごい人の量だろ?」
ニヤニヤしながら顔を見られているのが分かる。「すごい人の量」を見ながら手で汗をぬぐった。多分、木村にしてみれば予想外の人の多さを見せたかったのだ。そしてその人数に驚く俺の顔を見て、やっぱりそういう顔をした!と感じ、自ら予想した「三月が反応する行動」の的中率の良さに満足しようとしているのではないか?
ヘラヘラした態度で、その的中率を下げる反応を示してみた。
「人は沢山いるな。意外だったよ。タオル持ってこればよかった。」
「そうだろ。案外流行ってるんだって。」
俺の予想が外れたのか、笑顔で満足そうに木村は答え、真新しいタオルを差し出してきた。そして次の俺の言葉を待っていた。
本来ならば木村の言う、「流行っている」のがバンドかライブハウスか聞くべきだったが、暑さでそれどころじゃなかった。
「よし入ろうぜ!」
元気良く誘ってくる木村に作り笑顔で答えるしかなかった。暑い中並びライブハウスのカウンターにチケットを出し入場していった。
中は凄い熱気だった、人から発する水蒸気が目に見えるほどに会場は薄暗く、外の暑さとは違うジメジメした暑さがあった。クーラーがないのか?そんな事を考えながら周りを見ていると木村が話しかけてきた。
「俺のツレのバンドは一番最初だ。」
笑顔で話しかけてくる木村を否定できなかった。そうか、だからチケット代がいらなかったのだ。結局自分の知り合いを見せたいだけなのか?自己満足なのか?
そんな言葉を頭で考えていたのか、そのような感覚だけだったか分からないが、そう感じていた。
「ほら、来た!」
上からの照明が4つしかないステージに目を向けると、若者4人のバンドが出てきた。ステージ最前線に置いてある白い照明が、下から彼らを照らすと、自己紹介と少しのトークの後、演奏が始まった。
木村には悪いが、このバンドの事を全然覚えていない。何か話し、何か演奏し、赤や青の照明が上から注いだ。それ位の印象だった。
「な!音楽ソンナニ興味ナシの お前でも熱くなるだろ?」
確かに。納得したのはこの言葉から1時間後の事だった。
「よろしくお願いします。スリープスです。」
女性はそう言うと、スタンドマイクに手を取り、音楽に合わせて歌い始めた。
歌に飲み込まれた。鳥肌が立ち、目が離せなかった。周りの雑音がなくなり、澄んだ声が頭で再生された。決して目立つサビがあるわけでもない。容姿がもの凄く綺麗でもない。派手な照明もないでもその時だけは、スリープスのファンになっていた。
自己紹介もなかった。演奏する曲も1曲だけで、あいさつするとステージをすぐに去った。
「今の人達は?」
雑談している人の声の中から目立つように木村に問いかけた。
携帯を操作している手が止まり、木村がキョトンとして答えた。
「知らねって。誰かの知り合いなんじゃねーの?あぁ、でも地方からもいろいろ来てるしな。1曲だけだし繋ぎだろ。」
そう答えると初めて合う周りの人と仲良くなり、俺をそっちのけで話す木村になっていた。
その後の演奏は特に覚えていない。狙った様な感動する曲。お腹を抱えるような面白い曲。一度聞いたら満足な曲。そんな曲ばかりだった。
帰りの電車の中で、「もう二度と会わないだろう人達」の歌を脳内再生しながら電車の外に浮かぶ夕日を見ていた――――。
仕事が終わり家に帰ると、電気を付けて急いでパソコンの電源をつけた。チャットの友達を探す作業の始まりだ。
「友達になってくださいってチャットしたけど、履歴みてくれるかな・・。」
検索した後、気に入った子にチャットの申請をしておき、返事が来るのを待つ。ここ最近そればかりしている。返事は滅多に来ない。警戒してるのもあるだろうし、きっと俺みたいな男も何百人といるんだろう。その中からお姫様達の返事を貰えるのはごくわずかだ。気の利いたインパクトがある文面を申請の時に一言履歴として残して置くか、よほどルックス良くない限り期待はできない。もちろんその両方を兼ね備えていない俺は選ぶ条件も近くて女の子のみ。つまり誰でもいいのだ。それを思い知らされたのがチャットをやり始めて3日目。
そして現在一週間目に突入する。
>>趣味が合いそうなので返事ください
とか
>>○○っていいね!
の様に誘っていく。オンラインの人はオフラインの時に誘われている一言チャット文を回覧できるのだ。
最初は「すぐに見つかるだろ」と、思いテンションが上がっていたが、上手くはいかない。返事が来ても「皆に送ってるんでしょ?」と言われる事ばかりだった。
しかし、今日は違った。
<新着メッセージがあります>
メールが届いていた。そして、急いでクリックするとチャット履歴がありますとお知らせがきていた。少々の期待を持って昨日していた「お誘い」した返事を見てみると、
>>夜景好きなんですか?^^私も大好きです。音楽も好きですよ〜(笑)音楽がなければ生きていけない位(笑)
(よし!)
心の中でガッツポーズをしたが直ぐに思い出そうとしていた。何人も「お誘い」を送っていたため、誰が誰だか分からなくなってしまっているのだ。
チャットのIDで検索をかけた。検索結果が出たのを確認して、急いでクリック。
相手のデーターが出てきた。
ハンドルネーム ハルナ
年齢 19歳
趣味 カラオケ 夜景 ライブ鑑賞 服研究
身長 162センチ
体重 42キロ
彼氏 なし
3サイズ 秘密
一言
夜景ってステキですよね☆仲良くなったら一緒に見にいきたいなぁ★
すぐに履歴として残るように返事を返そうとするとチャットの了承を求める画面が出てきた。相手を見るとその女の子からだった。
あまりのタイミングのよさに戸惑いと緊張が出てきた。10秒ほど悩んで了承するとすぐにチャット画面になった。
>>こんばんわ^^
>>こんばんわ。返事ありがとう^^
>>今大丈夫でしたか?★
>>大丈夫だよ。今仕事から帰ってきました~。
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:
>>それじゃまたね〜。
>>はいまたね★
約一時間位は会話していただろうか?夢中になると時間の流れが忘れるという事を改めて教えられたみたいだった。
相手の女の子は山下千春。地元から某市に来て一人暮らしの様だ。地元は田舎で、都会に憧れて引っ越してきたらしい。プロフィール通り、音楽と夜景が好きで、お洒落も人一倍努力しているみたいだ。決して、「やましい心」がなかったとは言わないが、純粋に会ってみたいと思う子でもあった。
(早く明日にならないかな。そうしたら、またチャットで千春と話せる。)
天井を見ながらニヤけている顔は、さぞ気持ち悪いだろう。
その日の夜は、その事だけで頭が一杯で、晩御飯も食べずに眠りに入った。
梅雨が過ぎて暑さが売りの夏が始まろうとしていた。当然半袖になるのだが、紫外線が怖くて長袖を着る。日焼けが嫌ではないのだが、皮が捲れたりヒリヒリするのが嫌なのだ。
出勤した社内はクーラーが稼動しており、ヤル気と同時にダラケも発生する。社内での自分のキャラクターは、「いい加減」というキャラだった。悪い意味ではない。たださわやか青年というよりは、ダラダラした方のイメージが強かったからだ。
部長は「粘着餅」課長は「YESマン」。口には出さないが、だぶん社内全員が思っている事だろう。イメージの捕らえ方や名付け方は人それぞれだが、必ず特徴を掴んでいる者になっていると思う。
「今日はやけにご機嫌だね?」
林真理が子供に話しかける様な口調で声をかけてきた。
パソコンに向かって仕事をしているだけなのに、何故それが分かるのか?
もしかしてニヤけた面が顔に出ているのか?理由を聞いても話さないと分かっているので敢て聞くわけではないが気になる事でもある。
「明日が休みだからかな?」
別にイライラはしない。彼女がこういうキャラだからだ。
「それともデートかな?」
・・・「百面相」。ピッタリなキャラだ。いろんなパターンができる彼女はある意味尊敬できる。
「秘密。」
彼女の方を見る事なく、は敢てニヤニヤしながら答えると、別のキャラになって反撃してきた。
「言ってみなよ〜。言った方が楽しいよ?」
ブリブリしながら言う真理に対して今度はダラダラしながら答えた。
「あのさ、秘密は言わないから秘密って言うんだよ?」
「・・・あっそ。」
キャラが消滅して普通に戻った途端、真理はすぐに仕事を始めた。
そんな彼女を横目で見た後、時計を確認した。今日はなんとしても18時には終わる事を目標としていた。
――――3日前。
>>今度夜景見に行こうよ?^^
林真理に教わってから2ヶ月。それは思いがけない誘いだった。
>>いいよ!じゃぁその日は車で迎えに行くね!集合場所は・・・。
チャットが終わる直後のその言葉は、俺の心を喜ばせた。 千春とチャットを始めてから3週間になる。千春はもう敬語を使わない。そしてお互い愚痴を言い、笑い飛ばす様な仲になっていた。たわいのない会話から相談まで、時間が続く限り、毎日喋っていた。
>>じゃぁまたね〜。
パソコンを切ると、すぐに私服の用意を始めた。3日後だと分かっていても、ワクワクする気持ちと興奮は抑えられなかった。心のどこかに「やましい気持ち」はあったが、それよりも初めて顔をみれる楽しみの方が強かった。
(自分の好みじゃなくてもいい。会ってみたい。)
(嫌われたらどうしよう。)
気持ちは楽しみだが、不安もあった。
その日は期待と不安で一杯だった。自分に大丈夫と言い聞かせて何とか眠りに入った。――――
18時が少し過ぎた頃、焦っていた。仕事が終わりそうにないのだ。
「何でこんな時にクライアントがケチつけてくるんだよ・・。」
思わず口にしてしまい。隣の女の子が声をかけてきた。
「デートするんでしょ?出会い系で知り合った子?」
一瞬手を止めて考えた。そして彼女に頭を下げてお願いしてみた。
「・・・なぁ。今度なんか奢るから仕事やってくれない?この処理だけだから30分位で終わるし・・・頼むよ。」
一瞬ムっとした顔をしたが、すぐに笑顔になりパソコンを見ながら呟いた。
「焼肉食べたいな〜。」
「ありがと!」
すぐに席を立ち会社を出る準備を始めると、彼女は最後に呟いた。
「軽い女だったら止めときなよ。マジで考えてるんなら余計にさ。」
きっと、この真剣な彼女の眼差に揺れる男も多いであろう。その目線は真っ直ぐ俺に向けられた。それにどんな意味があったのか分からない。ただ、「林真理」がそこには居た。
「・・・分かってるよ。サンキュね。」
鞄を持ってエレベーターに向かう間、彼女の視線をずっと感じていた。だがこの時は何も考えれなかった。
(千春に会いたい)
それだけが頭を埋め尽くしていた。
そして振り返ることなくエレベーターに乗り込んだ。
車に乗って集合場所には10分位で着く。昨日交換した携帯のアドレスにメールを入れた。
>>ごめん。少し遅れてるけどもう直ぐ着くよ。もう着いたかな?
信号待ちしている間に送ったメールに対して、千春はすぐに返してきた。
>>今着いたところだからいいよ^^ 気をつけてきてね^^
その返信を見て安心した。
スクランブルの交差点なので、なかなか進まない。目の前を横切る人を見ながら、千春の容姿を想像していた。しかし、何故か理想の人が描けない。前を通る美人を見てもイメージできない。
俺は考えるのを止めて、回りに聳え立つビルを見ていた。普段は気にもしないビルや広告を見ていると、自分に余裕がない事に気づいた。何かをしていないと落ち着かない・・。
信号が青になりアクセルを踏んだ。その瞬間にはもう、さっきまで見ていたビルの事などすっかり忘れてしまっていた。
集合場所に辿り着くと、千春に急いでメールした。
>>今着いたよ。どこにいるの?
返事はすぐに返ってきた。
>>もういるよ?車ってどういうの?
車の特徴を書いて返信した後、外に出た。なんとなくじっと座ってはいられなかったのだ。
タバコを吸いながら、コーヒーでも買いに行こうと、足を踏み出した瞬間、横から近づいてくる人の気配があった。
「佐久間三月君ですか?」
そこには一人の女性が立っていた。美しい黒髪に白色の清楚なワンピース。眼鏡をかけており、雰囲気としては落ち着いた感じの女の人だった。
「・・・眼鏡取ってみて。」
思わず口にすると、彼女は少し微笑んで俯き加減で眼鏡を外した。改めて真っ直ぐ見た先には自分が描く事ができなかった彼女がいた。
「可愛いね。ってか好みなんだけど。」
緊張していてぎこちない自分が分かった。思わず口にしてしまった一言に自分の未熟さを感じた。
(緊張するな。普段通りでいいんだ。)
自分に暗示をかける様に何度も心の中で唱え、未熟さから出た発言をごまかした。
「どこ行こうか?おすすめの夜景スポットってあるんだろ?」
目を合わすのが恥ずかしくて俯き加減に話しかけた。思わず口にしてしまった一言目と繋がらない二言目は、なんの誤魔化しにもならなかった。
「ん〜、じゃぁあそこかな?」
あまり時間かけずに指を指したその先に、夕焼けに浮かぶホテル街のネオンが見えた。
林真理の言葉がフラッシュバックした。
第二章に続く。
第一章は出会いです。男性だけではなく、女性でも共感してもらえる所があったのではないでしょうか?
出会い方や内容が違っていでも、運命や心の変化など、自分と重ねたり、そして想像してもらえると嬉しいです。
想像より長い話になりそうなので、終わりまで御付合いしていただくと嬉しいです。
そして、作者にどんな事でもいいのでメッセージを下さい。読者様の言葉が何より力になります。