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ザワッ――風もないのに花園が揺れ……全ての花が枯れた。


魔王さんの憤りがこうして目に見える。

「は、あ? 調子に乗らないでね。私が……『私達で考えた』この力が負ける訳ないでしょ。負ける訳にはいかないのよ」

「姉さん……何があったんですか!? 昔の姉さんはそんなんじゃなかった!」

「姫……そうだぞっ! 思い出せ! 昔のお前は、臆病な泣き虫ではあったが、根は優しい奴だった! 変わったのは、お前があの〈天国の塔〉から戻ってからだ! あの一週間の間に、中で何があった!」

「――一週間ですって? ハッ、違うわ。私はね、あの塔の中に『一〇年』居たのよ」


天国の塔。

凡ゆる過酷が詰め込まれたダンジョン。そんな場所に、七つという幼きの頃の魔王さんは迷い込んでしまった。まだ魔法など使えぬ時。死は決定的。なのに、彼女は一週間という期間で帰って来られた。

だが、実際は一〇年という長い期間、彼女は天国の塔に迷い込んで居た。塔の中の世界と、外の世界は、時間の流れが違うらしい。


「とても……大変な日々だった。何度死ぬかと思ったか。いえ、実際何度も死んだわ。時魔法を習得してなければ、私は今ここに居ない」

「姉さん……そんな所に一人で……だから……」

「『一人』? ああ、何か勘違いしてるわね。貴方達は、そんな体験をした事で私がおかしくなったと思ったんでしょうけど、まぁ実際そうなんだろうけど……私はね、『戻れるならあの塔に居た時間』に戻りたいのよ」

「え……それってどういう」

「どうでもいいじゃない」と魔王さんは突き放す。これ以上の話はしたくないのだろう。彼女の心は、妹相手にも閉じたままだ。

「リリス。うん、そう、もう勝ち負けとかどうでもいい。リリス。悩みも無く『恋も知らず』呑気に生きて来た私の妹。どうか私に協力して。惨めと思うなら役立って。その為に貴方の国を襲い、貴方に四神竜の力を覚えさせたりなんて回りくどい真似をしたのよ」

「……何が、目的なんですか」

「そうね、協力者には教えないとね。――貴方が覚えたその魔法とその無尽蔵な魔力、私の時魔法を組み合わせてね――私は『異世界へ行きたいの』」


……、リリスとライコは言葉を失った。『え? それ?』という顔付きである。


「知ってる? この世界とは別の世界が存在するのよ? そこでは魔法がない代わりに色々凄い機械が沢山あるらしくってね? 行けたらしたい事が沢山あるの。その事を考えただけで、今もニヤケ顔が止まらない。だからこうして、酷い顔を貴方達に見せないようにしてるの」

「お前……まさかこの一〇年、塔から出た後ずっと魔王城の図書室に篭もっていたのは……」

「そ、異世界に行く方法を調べていたのよライコ。そして――私の理論が正しければ、私とリリスの魔力で『時空を歪められる』。ま、失敗したら私が死ぬかもだけど」


ハッキリと自信に満ちていて、そしてどこか狂気じみた結論を告げた魔王さんは、


「そんな訳でリリス、協力して? 出来れば素直に頷いて欲しいわ、この世界の為に」

世界を人質に、姫へ懇願した。

「姫! ダメです! ……貴様、そこまで堕ちたか。それは姫が了承しなければこの世界を破壊する腹積もりに聞こえるぞ! そんな危険な奴が異世界で求めるモノなど、どうせ強者だろう!? 異世界すら自らの手中に納めようと!」

「……どうでもいいの、強さも世界も。私は、ただ『幸せを取り戻しに』行くだけ」

「信用出来ん! それにその野望を聞いた以上、見過ごす訳にはいかん! 『私達も異世界の者に関わった以上』、異世界も護らせて貰うぞ!」

「は? 関わった? ライコ、何を訳の分からない事を……」

「お前は、私達に悩みを打ち明ければ良かったんだ。そうしていれば、こんな回りくどい真似をしなくて済んだ」

「……本当に、訳わかんない。ライコ、貴方は、そう、昔からうっとおしかった。リリスの護衛として貴方は残してあげてたけど……もう、要らないわよね」


鋭い殺気。この魔王さんなら、時を止めて悠々と相手に近づき、触れるだけで対象の生命活動を止められるだろう。相手は訳も分からず『死ぬ』。


「これだけ話せれば十分だ。もう説得は意味をなさない」

(……そう)

僕は心の中でライコに返事をする。それが、僕らが決めた『合図』だった。


「――へっくち」


と。そんな緊迫な場で、場違いな間抜けなクシャミ。

まぁ僕なんですけどもね。つい緊張して。


「え」


困惑してるのは、この場で魔王さんだけだ。行動に出られる前に、僕は、魔王さんを、『背後から』優しく抱

き締め、告げる。

「はい王手」、と。


――前以てリリスから頼まれていたのだ。


『魔王さんと話をさせて欲しい』と。

僕はいつでも魔王さんを無力化出来たけれど、捕まえた後では彼女の本音は聞けないと思ったのだろう。色々と甘いお姫様だ。


「え? ……あ、え……?」


力無くその場に膝をつく魔王さん。僕からエナジードレインを受けているから当然な反応なんだけど――はて? この抱き心地、どこかで……?

「お前は、私達に空竜ことスカイアさんをぶつけるべきではなかった。彼女の魔法の一つ、〈スカイスクリーン〉は光の屈折を利用し対象の姿を消す力。だが、この魔法を姫が使えば、『対象の姿も気配も匂いも消す事ができる』魔法へと格上げされる。まぁ、認識された今では姿も見えているだろうが」


解説するライコに、しかし魔王さんは意識を向けていない。「そんな、うそ、でも、この感じ、この匂い」とブツクサ呟いて震えている。


「お前は私と姫の洞察力を褒めていたな。『よくぞ四神竜を突破した』と。だが情けない事にそれは私達だけの功績ではない。私達は助っ人と共にこの城まで旅をしてきたのだ」


はぁはぁと魔王さんの息が荒い。振り返るのを躊躇しているようだ。――と、その時、彼女の顔を覆っていた黒い布が、ハラリと外れる。

露わになったのは、綺麗な白銀色の髪と、少し痩せこけた白い肌の頬が見える横顔。

リリスの姉らしく、やはり美少女で……んん、何だ、この肌が粟立つ感じ。

魔王さんが意を決し、首を回した。僕と目が合う。

彼女の目元には薄っすらとクマが出ていて、寝不足を思わせる疲れ顔で……、

……ああ……涙が零れ始めた。


「その助っ人は今回の件で私達がお前が望んで止まない異世界から呼び寄せた者。名は」


「ナ、デ?」


クシャリと表情を歪ませ、けれど、憑き物が落ちたような満ち足りた顔で……魔王こと〈ナイト・ドラゴ・クイーン〉は僕の胸元に倒れ込む。意識を失ったようだ。

気付けば、周囲の月下美人畑は、再び美しく白い花を広げていた。


「姉さん!」

「むっ、落ちたか。ナデ、そいつを離すなよ! そいつからは、ナイトからは聞きたい事が沢山あるんだ。暴れないように手足を縛るぞ!」


リリスとライコが駆け寄って来る。

僕はナイトの顔を見つめつつ、二人に『待った』と手で制す。


「気持ちはわかるけど、今はこの子、寝かせてあげられないかな? 疲れてるっぽいし」

「し、しかしナデッ!」

「ライコ。言うこと聞かないと、僕、ナイト側につくよ?」

「「え、ええ!?」」


月の綺麗な夜空の下。突然の僕の裏切り発言に、姫と剣士は驚嘆の声を上げた。

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