ガーゴイル
その時、馬たちが一斉にいなないた。
馬車が大きく揺れて止まる。
「うおっ!? な、なんだ、どしたっ!?」
「上を見な! ガーゴイルだよ! あんたたちは大事な商品だからそこでじっとしてなっ!」
パンドラが声を上げ地面に降り立った。
ムチをパシンッと地面に打ち付ける。
「ガーゴイル?」
ってなんか聞いたことあるような……。
俺はパンドラの言う通り鉄格子の隙間から空を見上げてみた。
すると空中に翼を生やした人型のモンスターが見えた。
剣を持ち、般若のような形相でパンドラの方を睨みつけている。
「怖っ! なんだあいつは!?」
『ナナオさんが見ているモンスターはガーゴイルです。馬を好んで食べますが時には人間も食べます』
「化け物じゃねぇか!」
ガーゴイルはパンドラめがけて襲い掛かっていく。
すごい速さで滑空しながら剣を振り下ろした。
だがパンドラは後ろに飛び退き剣をよけると、ムチを一振りガーゴイルに浴びせる。
「グエッ!?」
ガーゴイルは奇声を発し、一旦空中に逃れパンドラから距離をとった。
「どうした、もう戦意喪失かいっ?」
空を見上げ余裕の表情を見せるパンドラ。
どうやらパンドラの方が優勢らしい。
「おい、女神。この隙になんとか逃げられないか?」
パンドラに聞こえないようにささやく。
『逃げるのですか?』
「当たり前だろ。どっちが勝っても俺は助からないんだぞ」
『やめた方がいいと思いますけど』
「なんでだよ?」
パンドラが勝てば俺は奴隷としてどこかに売り飛ばされ一生こき使われるし、ガーゴイルが勝てば俺は食われる。
だったら逃げるしかないだろうが。
『今のナナオさんはレベル1ですよ。力も守りも素早さも一桁しかないのですからとても逃げ切ることは出来ないと思いますよ。そもそも鉄格子を破る力もありませんし』
「おい、待てよ。この世界にはレベルなんてあるのか?」
『あれ? 言ってませんでしたっけ』
「言ってねぇよ」
これじゃいよいよ本当にゲームの中の世界じゃないか。
俺は上空で手をこまねいているガーゴイルと地上からそれを眺めているパンドラを交互にみつめ、
「……それじゃあ、あいつらにもレベルがあるのか?」
訊いた。
『もちろんです。ちなみにガーゴイルのレベルは208でパンドラのレベルは264です』
「高すぎだろっ!」
俺がレベル1なのにあいつらは揃ってレベル200超えだと……。
くそ女神め、アホみたいなレベル設定にしやがって……これじゃああいつらから逃げ切れるわけないじゃねぇか。
と、俺の声が聞こえたのかガーゴイルが俺の方を見た。
ばちっと目が合ってしまう。
「やばっ」
すると次の瞬間ガーゴイルは耳の辺りまで裂けた口をにやりとさせ、標的をパンドラから俺に替え向かってきた。
高速で飛行してくるガーゴイルを視界にとらえながら、
「い、いや待て大丈夫だ。落ち着け俺。俺は今鉄格子の檻の中にいるんだから安全なはずだ! 安全であってくれっ!」
と俺は自分に言い聞かせるように叫んだ。
しかし俺の願いもむなしくガーゴイルが斜めに振り下ろした剣は鉄格子をいとも簡単に切り裂き、檻を破壊した。
「ぅあっぶねっ!」
ガーゴイルの剣はぎりぎり俺の顔の前を通過しそのまま地面に刺さってしまう。
檻は馬車もろとも壊れた。
棚ぼただが千載一遇のチャンスだ!
俺は地面に足を着くと全力で森の外へ向かって駆け出した。
「あっ、ちょっと待ちなっ!」
パンドラの声が後ろから聞こえたがそんなのは無視だ。
もしかしたらガーゴイルが追ってきているかもしれないが後ろを確認したい気持ちをぐっとこらえ俺は前だけを見てがむしゃらに走った。
「はぁ……はぁ……はぁ……きっつ……」
さすがに走り疲れて足を止めた時、そこで初めて後ろを振り向いた。
……幸運なことに誰も追ってきてはいなかった。
「はぁ……はぁ……やったぞ……」
きっと今頃パンドラとガーゴイルがやり合っているはず。
たとえパンドラがガーゴイルを倒していたとしてもだいぶ距離は稼いだ。
森の中ということも幸いし、俺をみつけることは難しいだろう。
むしろ森の中にいた方がみつからずに済むかもな。
なんて考えを巡らせているといきなり青い物体が木の陰からぴょんと飛び出てきた。
「……っ!?」
俺はそれを目にして一瞬たじろぐもすぐに破顔した。
「はぁ、びびらせるなよ……」
こいつは俺でも知ってるぞ。
ゲーム序盤でおなじみの最弱モンスターだ。
俺の足元でぷるぷる震えながら俺を見上げている青色のちっこいモンスター。
そう、こいつの名前は……。
「スライム!」
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