三十万マルク
「本当に俺が全額もらっていいのか?」
ギルドに向かう途中俺は三人に確認する。
大王ウミウシガエル退治の報酬三十万マルクを全部俺に譲ってくれるという話だが冷静に考えると悪い気がしてきた。
「構わないさ。ナナオが仲間になってくれてあたしたちは嬉しいんだ」
「別にわたしは嬉しくないけど……っていうかなんで服びちょびちょなのよ。あんたって服着ながらお風呂入る人?」
「そんなわけないだろ。いろいろ理由があるんだよ、気にすんな」
「濡れるので近付かないでくれますか」
手を伸ばし俺との距離をとろうとするマリア。
「わかってるよ」
パンドラは俺を仲間として歓迎してくれているが、キャットとマリアは違うようだ。
キャットは金にシビアだから俺が報酬を全額もらうことに納得いっていないようだし、マリアはそもそも男嫌いだから俺のことをよく思ってはいない。
「そろそろ昼飯の時間だな。せっかくだからナナオとも打ち解けたいし一緒に飯にするか?」
パンドラが提案する。
「ナナオのおごりならいいわよ」
「まあ、それくらいいいけどさ……」
三十万マルク一人占めは多少後ろめたかったからな。
「あとうちのチビたちにもお土産に何か買ってやってちょうだい」
「ああ、わかったよ」
チビたちというのはキャットとボロ小屋に寝泊まりしているストリートチルドレンのことだろう。
「私はお弁当を作ってきましたので遠慮します」
「そんなこと言わずにマリアも一緒に行きましょ。どうせナナオのお金なんだから無駄に豪華なものいっぱい頼んじゃえばいいんだわ」
キャットはマリアの服の袖を引っ張る。
「無駄はよくないですよ、キャットさん。もったいないです」
「も~、堅いんだからマリアは」
「マリア、これはナナオの歓迎会みたいなものだ。だからみんなで食事をすることに意味があるんだよ」
「はぁ……わかりました」
マリアも年上のパンドラの言うことは聞くらしい。渋々首を縦に振った。
「ではこちらが報酬の三十万マルクです」
ギルドに着くと受付の女性から札束を手渡される。
初めて持つ三十枚の札束の感触はなんとも心地がいい。
「おい、パンドラたちだぜ」
「マリアさん、きれいだな~」
「あの弱そうな男は誰だ? 新入りか?」
周りの冒険者たちが俺たちを遠巻きに見て口々に言う。
もっと声量を落としてくれないと丸聞こえだ。
「じゃあ昼飯にするか」
「待ってパンドラ。せっかくギルドに来たんだからなんか適当な依頼でも受けときましょうよ。今日はナナオのせいでただ働きなんだから」
キャットが言うがお前は気絶していただけだろ。
「そうだな、今朝見たばかりだから新しい依頼は入ってないと思うがBランクの依頼ならいくつかあったはずだしな。マリアもそれでいいか?」
「はい。私もキャットさんに賛成です」
とマリア。
キャットが人の波をするりと抜けて壁の前にいち早く着く。
パンドラとマリアが続いて壁の方に近付いていくと人の波が割れていく。
やはりパンドラたちは冒険者たちから一目置かれているようだ。
気付けば壁の前の人だかりがなくなっていた。
「おいナナオ、早く来い」
「おう」
パンドラに呼ばれ俺も依頼書が貼られた壁の前へ。
「どうせ選ぶならなるべく報酬が高いのがいいわね」
キャットが背伸びしながら上の方の依頼書を眺める。
「大王ウミウシガエルが三十万だったからな、出来れば同じくらいのがいいよな」
「これはどうですか?」
マリアが上の方にあった依頼書に手を伸ばした。
マリアが手に取った依頼書には、
【魔法の家庭教師 Cランク 二十八万マルク】
と書かれてある。
「魔法の家庭教師ってなんだ?」
よくわからないのだが。
「そのままの意味でしょう。魔法を教えるんじゃないですか」
面倒くさそうに俺の問いに答えるマリア。
「あたしは魔法は一切使えないからあんたたち三人に任せることになってしまうがそれでもいいのか?」
「言っとくけどわたしだって大した魔法は使えないわよ。わたしが使えるのは盗賊専用の魔法だけだし」
とパンドラとキャットは揃って口にする。
「私は回復魔法と神聖魔法を使えますからある程度は教えることが出来ると思います」
「マリアはいいとしてあんたはどうなのよ。魔法は使えるの?」
キャットは俺が大王ウミウシガエルに魔法を使ったところを気絶していて見ていないのでそんなことを訊いてきた。
「そうだなぁ……」
女神、俺は勇者が覚える魔法は全部使えるんだよな。
『はい、そうですよ』
「俺は勇者の魔法は一通り使えるぞ」
「はぁっ!? っていうかあんたって勇者だったの? うっそだー!」
キャットは俺を指差し口を開く。
「いや、俺は勇者だぞ」
少なくとも女神はそう言ってくれている。
「ナナオ、勇者ってのは本当なのか? それに勇者の魔法を全部使えるだなんて」
「ああ」
多分な。
「変態で嘘つき……これだから男性は嫌いなんです」
マリアは目を閉じふるふると首を振っている。
男に嫌な思い出でもあるのか?
「信じられないわ。あんたが仮に勇者だとしてレベルはいくつなのよ?」
キャットが訊ねる。
「レベルは999だ」
「「「なっ!?」」」
「あんたバカなのっ。つくならもっとましな嘘つきなさいよねっ。レベル999の勇者なんているわけないじゃないっ。わたしたちだってレベル200台なのよっ」
「ナナオ、さすがにレベル999は無理があるぞ」
「ナナオ様は病院に行くべきです」
三人とも信じてくれない。
パンドラとマリアは可哀想な者を見る目で俺を見てくる。
『ナナオさん、あなたがボタンを押しすぎたせいですよ。レベルが上がりすぎて真実味がまったくないのです』
そう言われてもなぁ。
「いいです。魔法は私が教えますからこの依頼を受けましょう」
「悪いなマリア」
「マリア、ありがとっ」
マリアたち三人は受付カウンターに依頼書を持って行ってしまった。
「おい、待てって。俺を無視するなっ」
お読みいただいてありがとうございました!




