アナザーワールド
「いってぇ……」
女神の奴、もっとましな転移のさせ方にしとけよな。
……つうか地面がやけに冷たいな。
「きゃあっ!」
すぐそばから女性の悲鳴が聞こえた。
俺は思わず目を開ける。
「うわっ!? なんで裸なんだよっ!」
見ると俺は一糸纏わぬ姿で町の往来に寝転がっていた。
まずいまずいっ。
俺はすぐに起き上がると悲鳴を上げている女性の横を通り過ぎ、近くにあったゴミ箱の蓋を取り大事なところを隠す。
「ははっ、俺、変態じゃないですよ」
目を丸くしている町の人たちに愛想を振りまきながら俺はじりじりと後退していく。
とにかくどこかに隠れないと……。
だが女性の悲鳴を聞いて駆けつけてきた警官が俺を見て、
「この変態めっ、逮捕だっ!」
後ろ手に手錠をかけた。
「誤解だっ、俺は変態じゃないっ!」
「黙れ、変態め!」
抵抗むなしく俺はあられもない姿のまま警察署に連れていかれた。
そして手錠こそ外してもらえたが檻の中へと入れられてしまった。
「くそ女神、聞いてるか! お前のせいだからなっ!」
地下牢に俺の声が響き渡る。
「うるさい、静かにしてろ!」
強面の看守が警棒でガンガンと鉄格子を叩いた。
くそ……。
異世界に来て早々、全裸で捕まるなんて……。
あのくそアホ女神のせいだ。
と、
『ナナオさん、聞こえますか? わたくしはばっちり聞こえていますよ』
突然頭の中に女神の声が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
俺は宙を見上げる。
『わたくしです。聞こえていますよね、ナナオさん。わたくしは女神なのでナナオさんとこのようにして会話が出来るのです』
「おい、俺は全裸でどっかの町に放り出されたぞ。どういうことだっ?」
看守に聞こえないように小声で話す。
『記憶と肉体はそのままですが服は設定していませんでした。すみません』
「すみませんで済んだら警察はいらねぇんだよっ。いいからなんとかしろっ」
『なんとかと言われても、一度創り上げてしまった世界なのでわたくしはもうその世界を創りかえることは出来ないのです』
「なんだそりゃっ」
使えねぇ。
「えーとじゃあ、創造主なら何か裏技みたいなものとか知ってるんじゃないのかっ?」
この世界を創った張本人なら俺が知らないことも知っているはずだ。
『うらわざ……ですか? それっていやらしい意味ですか?』
「いやらしくねぇよ! 裏技だよ、裏技っ。抜け道っ。何かないのかっ?」
「おい、うるさいぞっ!」
「はい、すいませんっ」
ちっ……アホ女神のせいで看守に怒鳴られてしまったじゃないか。
「女神、俺は今全裸で牢屋の中に入れられてるんだぞ。わかってるのか?」
『それはわたくしにも見えていますから充分わかっています』
「見えてんのかよ、それを先に言えっ」
俺は股間を手で覆う。
その時、
『あっ』
と女神が声を上げた。
「なんだ? 何か思いついたか?」
『わたくしちょっとお手洗いに行ってきますので、またのちほど』
「あっ、おいこら、待てって……」
それっきり女神の声は聞こえなくなった。
駄目だあいつは。
すると上の階からカツン、カツンと階段を下りてくる音がしてきた。
その音は段々近付いてきて俺の牢の前で止んだ。
見上げるとハイヒールを履きムチを持った目つきの鋭い女が俺を見下ろしている。俺より一回りは上だろうか。
その女は値踏みするように俺の全身を上から下までなめまわした後、
「この男はいくらだい?」
看守に訊ねた。
「こんなのがいいのか? あんたにしちゃあ目の付け所が悪いんじゃないのか?」
「ずいぶんなこと言ってくれるじゃないか。あたしは別にここじゃなくても他で手に入れたっていいんだよ」
「わ、悪い。冗談だよ、そんな目くじら立てるなって。あんたなら十万マルクでいいぜ」
「ふっ、散々言った割にはふっかけるじゃないか……三万にしな」
女は看守を睨みつける。
「それはいくらなんでも安すぎるぜ」
「だったらあたしは帰らせてもらうよ」
女がきびすを返した。
「わ、わかった……三万でいい」
「はいよ……元手はただなんだからあんまり欲張るんじゃないよ」
この世界の紙幣だろうか、三枚の札で女は看守の頬を叩く。
それを受け取りポケットにしまい込むと看守は俺の牢の扉を開けた。
「ほら出られるぜ。パンドラのお眼鏡にかなってお前も運がよかったな。いや、悪かった……かな。まあオレにはどうでもいいことだがな」
俺は股間を手で隠しながら牢を出た。
そんな俺に対して女は麻で出来た服を放り投げてくる。
「それを着な」
続けて、
「あたしはパンドラってんだ。奴隷商人だよ。あんたは今からあたしの物だ、わかったね」
パンドラは妖艶な笑みを浮かべてみせた。
おい、くそ女神。
このキャラもお前が作ったんだよな。
だとしたらなかなか悪趣味だな、お前。
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