大王ウミウシガエル
「ヘキサ湿原てどこにあるんだ?」
歩きながら訊くと、
「この町のすぐ西側にある湿地帯がそうさ。今まさに向かってるところだよ」
パンドラが答えた。
その言葉通り、しばらく歩くと足元がぐちゃぐちゃにぬかるんできた。
ヘキサ湿原に入ったらしい。
「ねぇパンドラ、わたし大王ウミウシガエルって見たことないんだけどどんなモンスターなの? わたしカエルってほんのちょっとだけ苦手なんだけど……」
キャットが隣を歩くパンドラを見上げる。
「実はあたしも知らないんだよ。でもBランクの依頼だからあたしたちなら問題ないだろうと思って引き受けたんだ」
「私は戦ったことありますけど強さ自体は大したことはなかったですよ。ただ――」
「おいみんな、あれを見ろ!」
マリアの話をさえぎりパンドラが叫んだ。
パンドラが指差す先には……何もいない。
「何よパンドラ、脅かさないでよ。何もいないじゃない」
「違う、何か変だ!」
俺は目を凝らしパンドラの指差す先を再度見た。
「……ん? なんか今景色が動いたような……」
すると次の瞬間、目の前に突然二階建ての家くらいでかいウシガエルが出現した。
長い触角のようなものが二本頭から飛び出ている。
「おわっ!? どこから現れたんだこいつ!?」
「さっき言おうとしていたのですが大王ウミウシガエルは擬態が出来るんです」
マリアが落ち着いた調子で言う。
「つまり背景に溶け込んでいたのか。だからこの距離まで気付けなかったわけか」
パンドラは周りを見回した。
「よく見るとうじゃうじゃいるじゃないか」
パンドラが言うように大王ウミウシガエルが十体以上擬態を解いて姿を現した。
「擬態を解いたということは襲ってきますよ、パンドラさん」
「そうみたいだな。準備はいいかいマリア、キャット」
「はい」
「……」
キャットの返事がない。
「キャット?」
見るとキャットは地面に倒れていた。
「おいキャット、どうしたんだ?」
パンドラが揺すって起こそうとする。が、
「……」
起きる気配はない。気絶しているようだ。
「そういやカエルが苦手だとかなんとか言ってたな……」
そう言うとパンドラは、
「ナナオ、あんたはこの子を抱えて後ろに下がってな」
俺にキャットを預け、前を向いた。
「ここはあたしとマリアでやるから」
「ナナオ様はキャットさんを守ってくださいね」
キャットを抱きかかえた俺の前に立つパンドラとマリア。
「二人で大丈夫なのか?」
俺は訊ねながら後ろへと下がる。
「余裕さ、一人でも充分なくらいだよっ」
パンドラはぬかるんだ地面を強く蹴り、向かってきた大王ウミウシガエルの頭上に飛び上がると脳天に剣を突き刺した。
「ゲグェェー!!」
大王ウミウシガエルが声を上げ巨体を揺らした。
パンドラは剣を引き抜くと別の大王ウミウシガエルに飛び移りまたも剣を突き刺す。
「ゲグェェェー!」
二体の大王ウミウシガエルはそのまま地面に倒れ込んだ。
一方のマリアは「聖なる光よ……」と目を閉じながら何やら唱えている。
「ホーリーマギカ!」
目を開けると言葉を発した。
するとその刹那、まばゆい光が残る八体の大王ウミウシガエルたちに降り注ぐ。
そして断末魔の叫び声を上げる間もなく八体の大王ウミウシガエルたちは消滅した。
……強い。規格外だ。
あっという間に二人で十体の大王ウミウシガエルたちをやっつけてしまった。
「お前たち……マジで強いんだな」
くるりとこっちへ向かってくるパンドラとマリアに俺は声をかけた。
「ふっ、だから言っただろう余裕だ……って危ないナナオっ!」
「後ろですっ!」
二人の声に反応して俺は振り向いた。
背後には大きな口を開けた大王ウミウシガエルが今まさに俺とキャットを飲み込もうとしていた。
俺はとっさに抱えていたキャットを力の限り遠くへ放り投げると――
次の瞬間目の前が真っ暗になった。
同時に全身がどろどろとした液体に包まれる。
マリアの奴、急に大声を出すのは非常識だとか言ってたくせに自分だって今さっき出してたじゃないか。
と考える余裕があったのもここまで。
後で思うと幸運だったのは大王ウミウシガエルの消化液が非常に強力だったこと。
一瞬のうちに体が溶けてくれたおかげで俺は痛みを感じる間もなく死ぬことができた。
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