盗賊キャット
「マリアはこれまで何度かあたしとパーティーを組んだんだが、冒険者をして稼いだ金は全部あの教会に寄付してるのさ」
もう一人の冒険者仲間を迎えに行く道中パンドラが勝手に話し始めた。
「偉いよな。とてもあたしには真似できないね。あたしの場合は全部酒に消えてしまうからな。頭が下がるよ、まったく」
「そんなことないです。パンドラさんが私を冒険者の道に誘ってくださらなかったらあの教会は潰れていたかもしれません」
マリアがパンドラを見上げながら首を横に振る。
俺は三歩後ろから二人のそんな様子を眺めていた。
キャラが全然違うのに仲がよさそうだ。
パンドラは一言で言って豪放磊落。
好きな時に好きなことを言い、好きなことをするというタイプだ。
赤褐色の筋肉質な体をビキニアーマーという極小装備で纏い、剣を腰に差して大股で歩く姿は女だてらにかっこいい。
一方のマリアはシスターの服に身を包み、雪のように白い肌は顔と錫杖を持つ手以外ほとんど見えない。
温室育ちのお嬢様っぽい雰囲気と金髪碧眼の人形のような外見は見る者すべてを虜にするような気品がある。
「ナナオ聞いてるか? マリアはいい奴だろう」
パンドラが後ろを振り向き訊いてくる。
それと同時にマリアも後ろを振り向くと俺に冷ややかな視線を浴びせてきた。
「ああ、そうだな。いい奴だな」
男が嫌いじゃなければな。
「ところで次の仲間のいる場所はまだなのか?」
結構歩いてきたが。
「あともう少しだよ」
「そいつの名前はなんていうんだ?」
「通称キャットさ。本名は本人も知らないらしい。レベルは201で年は多分ナナオと同じくらいだろう。職業は……まあ盗賊かな」
「またレベル200超えかよ。もしかして冒険者ってそんな奴ばっかりなのか?」
だとしたら俺は浮きまくりだな。
「いや、あたしたちが特別なだけだ。大抵の冒険者はレベル2、30ってところだ。なぁマリア?」
「ええ、そうですね」
マリアがパンドラの顔を見ながら答える。
「だからあたしたちを仲間に誘ってくる連中も多いんだ」
「それも決まって男性ばかり……」
「それはマリアが美人だからだろう。男どもがほっとかないんだよ。マリアを紹介してくれって奴があたしのとこにもたくさん来るからな」
「ちっとも嬉しくありません」
こいつらの話だと俺の仲間たちは相当腕がたつようだ。
果たしてそれは運がいいのか悪いのか。
こいつらについていれば楽して依頼の報酬が手に入るかもしれないが、俺にはとても手に負えないような危険な依頼も引き受けかねない。
それにしてももう一人の仲間はキャットっていうのか……。
おい女神、そいつもお前が作ったんだよな。
『はい、そうですよ。わたくしが作成しました』
頭の中で女神の声が聞こえた。
そのキャットって奴はどんな奴なんだ?
『さっきパンドラから聞いたでしょう』
この世界を創ったお前しか知らないことがあるだろう。それを話せって言ってるんだよ。
『そうでしたか……キャットは物心つく前に母親に捨てられストレートチルドレンになりました』
ストリートだろ。
『大人には頼らず同じような境遇の子どもたちと路地裏でひったくりなどを繰り返しながらすくすくと成長していったのです。そして今ではストリートチルドレンの子どもたちの面倒を見るボスのような存在になった、という設定です』
そんな悲しいバックグラウンドいるか?
『キャラクターを作る時は細部までこだわることが大事だと友人の女神たちから言われました』
「……ナナオ。おい、着いたぞナナオ。聞いてるか?」
「お、おう、聞いてるよ。着いたんだろ」
目の前には今にも崩れそうなトタン屋根のボロ小屋があった。
「ナナオは時々ぼーっとしてることがあるよな。何考えてたんだ?」
「どうせいやらしいことではないですか? 男性はそういう生き物ですから」
マリアは俺に軽蔑のまなざしを向けてくる。
男に対する偏見がすごいな。
「おーい、キャット! いるかー!」
パンドラが外から呼びかけた。
「あっパンドラだ!」
「マリアお姉ちゃんもいるぞ!」
ボロ小屋から子どもたちがわらわらと出てきてパンドラとマリアの足に抱きついた。
「マリアお姉ちゃん!」
「あらあら、みんな元気だった?」
マリアが少年の頭を優しく撫でる。
同じ男でも子どもは平気なのか……。
「なあ、あんたたち。キャットはいないのか?」
パンドラはしゃがみ込むと子どもたちに問いかけた。
すると、
「わたしならさっきから後ろにいるわよ」
背後から声がした。
俺たちはとっさに振り返る。
とそこには小柄な少女が不敵な笑みを浮かべ立っていた。手に持った三本の短剣をジャグリングのように器用に投げ回している。
「キャット、いつの間にいたんだ。気が付かなかったよ」
「久しぶりですねキャットさん」
「パンドラとマリアが揃って来たってことは冒険のお誘いよね」
キャットはパンドラとマリアの顔を順に見た後、俺の胸に短剣を向けた。
「……で、この男が新しい冒険者仲間ってわけ?」
「こいつはナナオだ。これまでの男たちとは違うから安心しろ」
俺の肩に手を回し抱き寄せるパンドラ。
苦しいからやめろ。
「ザンザだったっけ? 前にわたしたちのお金くすねた奴。そいつがどうなったかナナオに教えてやった?」
「いや、話してないが……」
「ザンザはわたしがこの短剣で解体してやったわ。まだザンザの血がついてるかも……もしわたしのお金に手をつけたりしたらあんたも容赦しないからね、わかった?」
俺の頬に短剣の刃を当てるキャット。ひんやりしている。
「わかったからその物騒な物しまってくれ」
「ふふん、わかればいいのよ」
そう言うとキャットは三本の短剣を腰のベルトに差した。
「じゃあ、行きましょ」
「どこに行くかわかっているのか?」
「冒険者ギルドでしょ。さすがに何回もやってれば覚えるわよ」
「そうか」
キャットは子どもたちに「ちょっと稼いでくるからわたしが戻るまで悪さしちゃ駄目よっ」と言い残し、パンドラとともに歩き出した。
その後をマリアがついて歩く。
「おい、ナナオも早く来い」
「ああ、わかってる」
パンドラに急かされ俺も後に続いた。
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