第96話
─魔界─
最上階にある魔王の私室。
厳かでありながらも簡素な部屋の窓から、アルターは一際大きな魔弾を放つ。
遠く離れた山の麓にそれは当たり、けたたましい音を立てて爆発した。微かに足元が揺れる。が、アルターは気にも留めずに部屋を出る。
一瞬とはいえ強い揺れだ。城に何者かが攻撃したのだから、城の中は騒がしくなっているものだとアルターは予想していた。
しかし、その予想に反して、城の中は静かだった。
「…誰かいないのか!」
アルターの声が反響するが返事はない。不審に思って何度か目を瞬かせる。一歩踏み出した時だった。
ぞっ、と背筋が凍る感覚。全身から嫌な汗が吹き出る。振り返ろうとするも、身体が動かなかった。
しかし胸の辺りに違和感を感じる。
視線を下に向け、目を見開いた。
腕が。血に塗れた誰かの手が、アルターの胸を貫いていた。
当然アルターはこの程度で死ぬ事はないが、動揺はする。
(誰だ…この俺の背後から…!?)
気配にも気付かずに、攻撃を許してしまった相手。
「動いたら…これ、潰すわよ?」
透き通った声で、陽羽は腕を引いてアルターの強く脈打っているものを指先でなぞる。 アルターは更に目を見開いて、息を飲んだ。
「お、女…何故だ…!?」
「…耳障りな声を聞かせないで…」
ぐちゃぐちゃ、と音を立てて腕を動かす。
本来、魔人とはいえ非力な陽羽に、魔物の男の身体を貫く力はない。が、魔力を扱えば別だ。
指先から腕にかけて魔力を纏わせ、鋭い刃のように扱う事が出来る。
アルターはただ黙って陽羽の動向を探った。
『動いたら殺される』
プライドも高く、多量な魔力を保有するアルターにそう思わせる程の、狂気。
薄ら笑いを浮かべながら陽羽は、アルターの胸から何かを取り出した。
陽羽の腕とアルターの身体が離れ、慌てて距離をとる。胸に穴が空いていて、出血も酷いが、そう生命に関わる程でもない、とたかを括っていた。
陽羽はその場に、アルターの胸から取り出した三つの魔石をその場に落とした。血に濡れていて、色の判別もつかないが、それは確かにアルターが自身の部下から取り込んだ魔力の結晶だった。
陽羽はそれらを踏みつける。パキンッと音を立てて魔石が粉砕される。
「…三つだけか…」
「…女…何があった…」
陽羽の身を案じているわけではない。が、そう聞かざるを得なかった。アルターの問いに、陽羽はじっとりとした感情の籠っていない瞳を向ける。
「はぁ?」
首を傾げて聞き返した後、陽羽は血に濡れた細い指先をアルターに向ける。黒い靄が陽羽の腕を包み込む。
「…そんなのどうだっていいわ…私は貴方を壊す。これ以上誰も傷付けたくないもの…。傷付くのは…私だけで十分だわ…。だから………私を怒らせた事を後悔して懺悔しながら無様に死んでいくといいわ…!」
「!」
アルターは陽羽の前から姿を消す。遠くには移動出来ないが、城の中なら少ない魔力量で時間を稼げる、と。
玄関ホールに足をつけたアルターは、またもや驚きに満ちる。
城の使用人が、魂を抜かれたかのように倒れていた。城内が静かだったのはこのせいだろう。
近くに倒れていた男の使用人に寄ると、彼の身体に黒い靄が残っていた。先程陽羽が見せたものと同じだ。
(…この魔力は俺の…いや。なんだこれは…)
男性の周りに微かに残っている黒い靄。それは間違いなくアルターの魔力だ。しかし当然、アルターが何かをした覚えはない。
そっと男性の首筋に触れ脈を測るが、脈は感じられない。息もしていない。
(…死んでいるのか…)
しかし魔石になっていないという事は、仮死状態であるという事。ひとまず安堵の溜息を零した。
アルターは倒れている使用人を見渡し、ふと気配を感じて階段を見上げた。陽羽が光のない瞳でアルターを見下ろす。
「これはお前がやったのか?」
アルターの問いに陽羽はクスリと笑った。
「…さぁ?」
陽羽から放たれた威圧感に、全身から血の気が引いていくのが分かる。アルターは数歩後退りした後、庭に続く扉を開けて走り出した。
(あの威圧は…ディツェンバーの…)
覚えのある感覚に、鼓動が早くなるのを感じる。
丁寧に整えられた花の道を、穴の空いた胸を抑えながら走る。花の道を通り抜け、鉄柵の門の前までやってくると、アルターはある気配に気付く。
「……くっ、なるほど…」




