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君に愛を乞う  作者: 京町ミヤ
第1部
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第91話

侑と美里の目の前には中央にいた、黒髪の魔物が立っていた。


改めてよく見ると左側の襟足が長い、パンクファッションの女性だ。その姿に美里は覚えがあった。


「お姉さん…ブラッディナイトメアのボーカルの人…」


それはテレビでもよく見る顔だった。

人気ロックバンド、『ブラッディナイトメア』。ボーカルの女性が目の前に立っていた。


しかし侑も美里もテレビでは見るが名前は知らない、と言った具合だった。


「ピンポンピンポンピンポーンだーいせーいかーい!」


至極嬉しそうに手を叩いて笑みを浮かべる黒髪の魔物。余程嬉しかったのか、警戒する侑と美里を気にする事なく高らかに自己紹介を始める。


「ブラッディナイトメアのボーカル!霧島紫雲きりしましうんこと、本名ヴォルケ!どぞどぞシクヨロ!!」


「未来永劫、貴方の曲を聴く事はないよ…!」


美里は手で鉄砲を放つ形を取り、指先をヴォルケに向ける。指先に集まった光を素早く放った。


ヴォルケは軽々とそれを避け、放たれた一つの魔弾を蹴り飛ばし、天井のシャンデリアに当てた。


ぐらぐらと揺れた後、ガシャンッと耳を劈くような激しい音を鳴らして落下した。粉々になったガラスの破片が散らばる。


そしてシャンデリアが落ちた事により、廊下の灯りは壁に掛けられた小さな電球だけが頼りとなっってしまった。


「光は」


「問題ない。援護頼むよ」


両手に銃を構えた侑はヴォルケ目掛けて発砲する。それらを避けたヴォルケは壁を伝って侑の背後へ移動する。


「やぁ」


「甘い…!!」


背後に立ったヴォルケの顔面目掛けて、身を捻りながら肘を引いた。


「おっと」


パッ、と軽々と受け止められてしまう。と、その時、美里が数発の魔弾を放つ。避けるためしゃがみ込んだヴォルケの鳩尾を思いっ切り蹴り上げる。


バキッ、と肋骨が折れる音がする。が、彼女の表情は変わらぬまま、涼し気な顔で距離をとった。


「……痛いね。姉さん。…………」


鳩尾をさすった後、ヴォルケはゆっくりと立ち上がって侑を見据えた。


「ふふっ…まさか蹴られるとは思ってなかったよ…銃は使わないの?」


「…勿論使うさ」


返事も曖昧に、侑はヴォルケの向こうにいる美里に声をかける。


「美里!行けそう?」


しかし美里は侑の問いには答えず、その場に膝をついた。その顔は蒼白で呼吸も荒かった。突然の事態に頭が追いつかず、侑は目を見開いた。


「美里!?どうしたの!?」


「…姉さん」


ズズッ、と美里の影から白髪の女性が現れる。ヴォルケとは髪の分け目が反対だったが、同じ髪型に同じ顔をしていた。


彼女の服もまたヴォルケと同じ物だった。真冬だというのに半袖無地の黒い服だ。


「お前は…!?」


「…我が名はネーベル…。妹。魔力は十分」


「そう。じゃあ…殺しちゃおっか。姉さん」


「えぇ。殺しましょう。妹…」


ネーベルの声と共に二人の姿が消える。瞬間、侑の身体に衝撃が走り、廊下の壁に叩きつけられていた。


「ぐぁっ!!」


慌てて銃を二発発砲する。ネーベルが空中で避け、ヴォルケは影の中へと逃げ込んだ。


「クソ…影の中を自由に行き来して──」


「せいかーい」


侑のすぐ耳元で声がした。慌てて距離をとろうとするが、背後から腕を回され、首を締め上げられる。


「ぁぁうぐっ……あ、あぁぁ…!!」


浮いた足をばたつかせヴォルケの腕に爪を立てる。が、ダメージはいっていないらしく、力が弱まる事はなかった。眼前にネーベルが近付くのが見える。


(ヤバいヤバいヤバい!!!)


「み、り……!───美里姉ちゃんっ…!!」


せき止められる声をなんとか発して、美里を呼ぶ。ピクッ、と美里の指先が動いた気がした。


「妹。抑えておいてね」


「勿論姉さん。安心しなよ、水無月」



「「すぐに楽にしてあげるからさ」」



ニタリ、とヴォルケとネーベルが笑う。ネーベルの拳が侑に当たる寸前、彼女の身体が横に吹き飛んだ。


「姉さん!!」


ヴォルケの力が弱まった。その隙を逃さず、侑は肘を後ろに引く。


「チッ…!」


ヴォルケが影の中へと戻っていく。侑は慌てて美里の元へ駆け寄った。


「美里!」


先程の攻撃で魔力を使い切ってしまったのか、反応がない。侑は美里の手を握って、自身の魔力を流し込んだ。やがて美里が眉を動かし、うっすらと目を開けた。


「……ゆ、…くん…」


「美里!大丈夫!?」


「…落ち着き…たまえ…よ…」


仕様がないな、といった風に目を弛める。自身の半分程の魔力を渡し終えると、美里は右手を握ったり開いたりした。


「ありがと…」


「美里。頼みがあんだけど───」


侑は倒れたネーベルを起こすヴォルケを見据えなら、美里にある事を伝える。それを聞いた美里はふっ、と口の端を上げた。


「流石ゲームオタク」


「へへっ頼んだよ」


侑と美里はゆっくりと立ち上がる。美里の方は少しふらついたが、足元に落ちている犬のぬいぐるみを抱き上げた。


「…妹。あまり長引かせたくない」


「そうだね姉さん。急ごうか」


二人が頷きあってネーベルが影に入った。その瞬間、美里の犬のぬいぐるみが光を帯びた。


目が痛くなる程の光が廊下全体を包み込む。薄暗くなっていた廊下が光に包まれ、出来ていた影が消えた。


影の中に潜んでいたネーベルは弾き出されるようにして壁から現れ、床に倒れ込んだ。


「きゃっ!?」


「何…どうして…!?卯月の魔力はもう」


「このぬいぐるみには魔力を封じ込めているの。緊急用にね」


いつ何時も手放さなかった犬のぬいぐるみ。趣味で持ち歩いている、という理由もあったが、本来はそうではない。此度のような緊急事態に備え、魔力を備蓄していたのだ。


「ふん…影に入れなくったって二人位…」


「だ、駄目…妹…足が動かない…」


備蓄していた魔力を使って、美里は影を消す光魔法と、捕縛魔法を同時にかけたのだ。ヴォルケがギリッと歯を鳴らした。


そんなヴォルケをよそに、侑は銃を構えながらネーベルに歩み寄った。


「あんた達はまず、俺と美里に『敵はヴォルケ一人』と思わせる」


なんの前触れもなく話し始めた侑を見上げ、ネーベルは目を瞬かせた。


「美里の魔弾を弾いてシャンデリアを落としたのも、行き来するための影の面積を増やすため。

そして俺とヴォルケが戦ってる間、ネーベルは影に潜みながら美里の魔力を吸収」


そして始めの空間移動も、ネーベルが仕掛けたのだろう。そこで魔力を大量に消費したネーベルは、美里の魔力を吸収。美里を動けなくしてから、二人がかりで侑を倒すつもりだったのだ。


「そ、それがどうしたっての…」


「……この影の移動には…いくつかのデメリットがあるんだろ?

一つ。影の中に入れるのはどちらか一人だけ」


侑が発砲した際、影に入ったのはヴォルケのみだった。二人の足元には影があったのに、入ったのは一人だけ。

図星だったらしく、ネーベルは視線を逸らした。


「あとこれは憶測だけどさ…あんた達、服着てないでしょ」


「「…は、はぁ…!?」」


「ど、どゆこと…?」


美里の問いに侑は、軽く笑んだ。


「ヴォルケの姉さん。ピアス穴は沢山あるけど、一つもピアスは付けてない。服は黒ずくめだし…大方魔力で服を模してるんでしょ。て事は、服を来ていると影の中には入れない」


ヴォルケに背後から首を締められた時。侑の引いた足は影の中には入らず、壁に当たっていた。


しかし何も付けていない手は、影の中へ入ったのだ。だからこそヴォルケは影の中に引きずりこむ事はせずに、侑の首を絞めるという選択をしたのだ。


「っっ!!」


「相手が悪かったね。僕は戦闘よりもゲーム攻略の方が得意なんだ」


「攻…略…?」


ガタガタ、とネーベルが震える。手の内を明かされ、身動きが取れない今、彼女に待ち受けるのは死だ。


向けられた銃口を凝視しながら、ネーベルは口を開く。


「ま、待ってよ…貴方さっき…卯月の事姉ちゃん、って呼んでたよね!?」


「………」


「姉弟がいる身なら分かるでしょ!?私が死んだら妹が悲しむの!!だからお願い見逃してよ妹の夢を叶えてやりた───」


それ以上、言葉が続く事はなかった。バンッと銃声が廊下に響き渡る。ネーベルの額に小さな穴が空いて、そこから血が吹き出した。


彼女の身体が床に当たる直前で、彼女の姿が消え灰色の魔石となった。


「馬鹿でしょ…この屋敷に攻め込んだ時点であんた達の命はないんだよ」


「ねえ…さ、ん…お、お姉ちゃん!!」


ヴォルケの目が黒く淀む。瞳孔を開き、侑を睨んだ。激しい憎悪が感じられるが、侑も美里も眉一つ動かさなかった。


「水無月ぃ!!!よくもお姉ちゃんを───」


再び、銃声が鳴る。ヴォルケの姿も魔石に変化した事を確認してから、美里は魔法を解いた。


眩しくて目が痛かった廊下は、先程の薄暗さを取り戻した。が、目はチカチカしていて先程よりも暗く感じられる。


銃をしまった侑に美里がそっと歩み寄る。前髪で隠れて見えなかったが、侑の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「……ごめん…なさい…」


ヴォルケとネーベルの声が侑の頭に響く。魔物殲滅隊に身を置く反面、侑は魔物を殺す事をよく思っていなかった。


侑達の住む世界に害を及ぼす存在とはいえ、それを抹殺するという事は『その人の人生を奪う』という事だ。


その事実は侑の心に重くのしかかっていた。虚勢を張っていても、それは表面でしかない。心までは誤魔化しきれなかったのだ。


その重みを知っているからこそ、侑は恋愛ゲームしかしていない。正確には出来ないのだ。


「…大丈夫…侑くんは悪くないよ…」


優しく侑の背を撫でる。


「大丈夫。…お姉ちゃんが…傍にいるよ…」


遠くで刃と刃がぶつかり合う音が聞こえてくるが、今の侑の耳には届いていない。


美里はその音に耳を澄ませながら、子どものように泣き出した侑を抱きしめた。

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