第90話
空が屋敷を後にした直後。魔物殲滅隊の隊長等が住まう屋敷の前で、幾つもの影が姿を現す。
「にしても、こちらの人数少なくない?姉さん。…………。うーん名前は忘れたけど…包帯巻いた姉弟は死んだし…お貴族の嬢ちゃんも死んだし…二世の女の子も死んだらしいじゃん?あとあのクソ殺人鬼」
ケラケラと笑いながら、真ん中に立つ影が言った。耳障りな笑い声を響かせて、その隣に立つ影が腕を組んだ。
「やぁねぇちゃんとお名前呼んであげなくっちゃ。忘れちゃったけど。キャハッ」
「まぁいいさ。全員ぶっ殺して、魔界で上位貴族になるってのも一興じゃない?ロックシンガーも飽きちゃった」
それじゃあ、と真ん中に立つ影は指先を屋敷に向けた。
「始めようか、姉さん。…………。うん、殺戮開始だ」
屋敷のダイニングに、侑と美里はいた。侑は珍しくゲームをしておらず、ぼんやりと天井のシャンデリアを見上げていた。
美里はというといつも通り、犬のぬいぐるみを抱きしめ、そっと頭を撫でていた。
「珍しいわね、侑くんがゲームしていないなんて」
くすくす、と笑い混じりに向かいに座る侑を見つめる。
「なんかそわそわしねぇ?」
「…そわそわ?」
「落ち着かねぇの」
「…ふぅん…」
興味なさげに相槌を打った後、美里は犬のぬいぐるみをぎゅっ、と強く抱きしめた。
───パリンッ。
ガラスが割れる音が、二人の耳に届いた。
誰かがコップでも割ったのだろう、と無視しようとしたが、ガラスが割れる音は一つではなかった。
次々と、まるで地震が起きた時のように、けたたましくガラスが割れる音が屋敷全体に響き渡る。
「行ってみましょう」
「あぁ」
同時に立ち上がって、音のした玄関ホールへ向う。侑と美里が駆け付けると、すでに他の隊長等も集まっていた。
侑と美里はハッと目を見張った。玄関の窓ガラスが全て割られていたのだ。そして、割れた窓から侵入したと思われる魔物の姿…およそ十数人。
その中でも際立った圧を放つ四人がいた。
「!!」
「これは…!!」
慌てて侑が魔石を発動させる。銃を両手に構えて、一度深呼吸をする。
中央に立つ黒髪の女性の魔物がそれぞれを指さした。爪は長く尖っており、真っ黒なネイルが施されていた。
「弥生…卯月…皐月…水無月…文月…葉月…。少なくない?姉さん。……………。あぁ、他は今いないのか。…………。うん、そうだね。こいつら殺せば…ワタシ達がアルター様の側近になれる…」
妙に間の空いた話し方をする黒髪の魔物。
その隣に立っていた金色の髪をサイドテールにまとめた女性が、手に持つ鞭を弄りながら口の端を釣りあげた。現代に似つかわしくない、ボンテージ衣装を身にまとっている。
「いいじゃんいいじゃん!可愛いペット達の餌にしてあげるわキャッハハハハハ」
耳障りな笑い声を上げながら鋭い八重歯を覗かせ、女性は鞭を床に叩きつけた。
「油断は。しない方がいい。仮にも。魔物殲滅隊の隊長だ」
静かに、凛とした声が響く。この場にいる魔物の中でも、整った顔立ちの、マフラーを巻いた男性の魔物が注意を促す。
「でぇ皆…誰食いたい?」
鞭を持った魔物は、玄関ホールに集まった隊長等を見下ろしながら舌舐めずりをする。
「僕が葉月を貰う」
ふと、水色の髪の少年の魔物が、剣を鞘から抜いて切っ先を凛子に向けた。凛子も慌てて魔石を鎌に変形させる。
「お前には恨みがある…ここで殺してやるよ」
「望む所!!」
「あらあらぁん。可愛い女の子取られちゃった…仕方ないから…貴女で我慢してあげる。キャハン♪」
鞭を持った魔物が真っ直ぐに宵を見据える。視線が交わった宵は、一瞬肩を揺らしたものの、すぐに魔石を構えた。
「宵に手出しはさせない」
宵を庇うようにして前に出る竜に、鞭を持った魔物は盛大にため息をついた。
「『逃げの弥生』に用はないわぁん。ルーンの餌にしてアゲル♡」
ギッ、と鞭をしならせて嘲笑う。
「後はどうする?ワタシは残り物でいいけど。あ、何なら残り全員ワタシと姉さんで片付けよっか?」
黒髪の魔物はニヤリと笑う。しかしすぐさま、マフラーを巻いた魔物が手を挙げた。
「俺も。戦う」
「あとの雑魚は他に任せよう。そんじゃまぁ…始めましょうか」
パチン、と黒髪の魔物が指を鳴らす。すると視界が暗闇に囚われ、足元が揺れた。とっさに侑はすぐ隣にいた美里の腕を掴んだ。
「美里!捕まってて!!」
「うむ!」
侑は暗闇の中視線を彷徨わせて、敵の気配を探った。ふと、気配を感じて、気配の方へ銃口を向けた。
本来ならばすぐさま撃ちたい所だが、相手の術中に嵌っている今、下手に発砲すれば味方に当たる可能性もある。
「やっほー!」
暗闇が晴れる。その光景に侑は目を見開いた。先程までいた玄関ホールから一転、屋敷の最奥の廊下に立っていたのだ。
驚いたのも束の間、銃を握り直し、目を細めた。




